Walk with Bojo

カンザスシティーの週末

ボジョとお散歩

2009年1月10日

カンザスシティーの週末

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 今日は、犬のボジョと一緒に、地元の遊園地「ワールドオブファン」まで散歩に行った。ボジョの散歩は、雪や雨が降っている日や、よっぽど疲れているか時間が無いとき以外、毎日しているのだが、大抵は夕食を食べた後の暗い時間帯にしている。なので今日のように週末で天気の良い昼間に遊園地まで出かけるのは、近所とはいえ、ちょっとした観光である。この辺を歩いていると、野生動物に出会えるチャンスも高いので、ナショナル・ジオグラフィックのカメラマンにでもなった気分で、今日はカメラを持参した。

 

 

 最近暖かい日があり、雪もすっかり溶けた道は歩きやすい。気温は氷点下であったが快晴で風もなかったので、私たちにとっては「お散歩日和」である。坂を登り、遊園地の近くの空き地に行くと、案の定、鹿の一族がのんびりとお散歩をしていた。ボジョの紐を左手にしっかりと握り締め、片手でシャッターを何枚か切る。あまり近づくと逃げてしまうので、遠くから取ることにした。望遠レンズが付いたカメラで取れば、もっとドラマチックな写真が取れるのであろうが、私のソニーのデジカメでは、これで精一杯である。これでも、鹿が逃げずに撮れたので良かったと思っている。鹿は、夕暮れ前に良く現れるように思う。今日散歩に行ったのは4時くらいだったので、丁度良かったのかもしれない。私が写真を撮っていると、何台かの車が道で止まって、彼らも鹿を見ていた。上の写真、ずいぶん広い公園のように見えるが、実はすぐ近くは住宅地で、このように人間と共存しているといって良い。しかし彼らは一応、森の中で生活をしているようである。人間が彼らの陣地に侵入するので、住む場所がどんどん狭まってきているが。

 上の写真の木立の横には、共同墓地がある。墓地といっても、特に柵があるわけでもなく、私もボジョと一緒に散歩を良くする。でも一応、死者に敬意を払うため、ボジョに墓の上を歩かせるようなことは決してしない。今日も墓地の横を通ったが、墓を写真に撮ると幽霊でも映りそうな気がして、墓地の写真を撮るのはやめておいた。

 遊園地の敷地内には、大きなわらの塊がある。夏の間、伸びきった芝生を一気に刈り、このような塊にしてゴロゴロと敷地内に放置してあったのを見た。今はこれ一つだけが残っているのだが、以前ここをボジョと散歩した時、彼はこのわらの塊をモンスターとでも思ったらしく、大きく飛び上がって驚いていた。本当に彼は飛び上がったのである。驚いて犬が飛び上がったのを見るのは、生まれて初めてであった。まるで漫画のようであった。ボジョには悪いが、あまりにもおかしかったので、この話を何人かの人にしている。

 更に敷地内の奥に行くと、大きな鳥がいるのを発見した。近くによって、木の上に止まっているのを写真に収めたかったのだが、生憎逃げてしまった。しかしそれでもシャッターを切ったのが、一番上の写真である。木の上に止まっているのを取れなかったのは残念であるが、夕焼け空に飛んでいくのもドラマチックな気がするので、かえって良かったのかもしれない。この鳥、最初は鷲かと思った。それほど大きな鳥だった。もしかしたら、トンビかもしれないが、私には鷲とトンビの違いなど良く分からない。

 今回は、鹿と大きな鳥だけしか発見できなかったが、春になると、兎があちこちに現れる。4月に行われるキリスト教のお祭で「イースター」というのがあるが、このイースターでは「兎」が登場する。アメリカに来た当初、なぜ「イースターバニー」というのか不思議で、アメリカ人の友達に聞いた事がある。

「イースターは、キリストの復活を祝うお祭だから(キリストが殺された後、墓に移されるのだが、後に墓からキリストの死体がなくなっていたらしく、これをキリスト教徒たちは『キリストが復活した』と信じているらしい)春に生まれる兎は、『再生』の象徴だからじゃない?」

と、友人は説明してくれた。春、兎の赤ちゃんを見るたび、その時の話を思い出す。本当にポンポンと地から飛び出すように、小さな兎が飛び跳ねているのである。カンザスシティーでは、まだまだそんな風景を見ることができる。この遊園地の近くでは、フクロウを見たことがある。アライグマも、たくさん生息している。そういえば、ボジョが地面をなにやら一生懸命掘っていると、モグラが飛び出したこともあった。私はこうした自然が残っていることは素晴らしいと思う。いつまでも美しい景色が残って欲しいものである。