Staycation

カンザスシティーの週末

スティケーション1

2008年8月23日

カンザスシティーの週末

Isoko Durbin のブログ集

アメリカ人夫の一言

アメリカ生活録

アメリカで出会ったおいしい料理

 

 

 以前「アメリカ人夫の一言」にも書いたが、最近「Staycation」という言葉が、新たに英語として市民権を得つつある。これは、「Stay(滞在する)」と「Vacation(バケーション、休暇)」の造語で、最近のガソリンの高騰で連休でもどこにも行かない人々が、家でバケーションのように過ごすことをいう。ただ単に私が見たテレビ番組で使っていたのかと思えば、とある旅行雑誌が「Staycation特集」というのを編集し、それをテレビで紹介していた。ということは、英語としてかなり浸透しつつあると言って良いと思う。私自身、このコンセプトが大好きだ。本来人生は、「Staycation」のように、どこにいても謳歌して生きていくべきであると思う。

 誕生日と1年に1回の親戚のポットラックパーティーがこの週にはあったので、夫は彼の休みの前後1日ずつに、有給休暇を取った。特にどこに行くわけでもなく、彼は裏庭の囲い塀を修理しだした。我が家には愛犬ボジョがいるが、犬を飼っていた家族が隣の借家に住んでいた時代、ボジョはフェンスにかなりの「蹴り」を入れており、ほとんど倒れそうになっていたのだ。私がフェンスを「ひも」でくくりつけ、応急処置をした日、フェンスを直すよう夫に頼んだのだが、その時私は、ただ単に倒れそうになっている場所だけ、新しく板を張るなど、部分的な修理を考えていた。しかし、ある日私が会社から家に帰ると、夫は隣の家の側のフェンス全体を取り壊していた。コンクリートで打ち込められた杭を掘り起こすなど、かなり本格的な作業である。私が家に着いたときは、シャベルが一本折れていた。

 こうして私も休みの土曜日に、夫を手伝ってフェンス直しをした。手伝うといっても、夫がホームセンターから買ってきた木材を運んだり、横に木を打ちつける時に、その片方を持つなど、アシスタント的なことしかできなかったが、暑い夏の日に、汗を流しながら作業するのは、かなりの肉体労働だった。私は夫の姉から貰ったピンク色の「カウガール帽」をかぶった。かなり「Staycation」気分である。夫が隣の裏庭から写真を撮ったが、なんだかどこかの農家のように広々と見えるから驚きである。私たちが作業しているとき、ボジョは行こうと思えば隣の敷地まで行くことができたのだが、境界線が彼の頭の中にインプットされているのか、ボーダーラインを超えようとはしなかった。この辺が、頭の良いボジョとそんじゃそこらの犬との違いよと、私は少々鼻が高かった。

 フェンスを均一の高さに揃えて打ち付けるのは、かなり難しい作業である。こういうことにはうるさい夫は、何度も機材を使って、高さを確認した。これも誰かが紐の片方を持つ必要があるので、私が手伝える仕事だった。目標の高さが決まると紐に合わせて板を打ち付けていく。昔なら釘と金槌での作業であろうが、夫はネイルガンというのを持っているので、「パン、パン」とホッチキスのように打つだけである。といっても、すごい音がし、ネイルガンを押しながら打たなければならないので、私にはできなかった。できない作業といえば、穴を掘るのに、巨大なスプーンを二つくっつけたような道具を地面に突きつけ、土をつかむ作業があったのだが、これも私にはできなかった。道具を地面に殴りつけても、土をつかむことができないのである。なんともまあ、お子ちゃま的な自分ではあると思うが、できない物はできない。たぶん道具の柄が長すぎて、背の低い私にはうまく使えないのであろう。この辺は、ただ見ているだけに終わった。しかし、掘った穴にセメントを入れ、水を流し入れる作業はできた。ネイルガンで板を打ち付ける夫に、板を渡す作業もした。これはトラックから板を運ばなければならなかったので、かなりの貢献と言える。

 私ができない作業を夫がしている間、木の下で椅子に座り、風に吹かれているのは気持ちが良かった。木の下の風は、どこか普通の風と違う。木の葉がさらさら音を立てるせいか、それとも太陽の日に透けた緑の葉が舞う様子が美しいせいか、たぶんその両方なのだろう。こういう時間が「Staycation」の良いところである。自宅にいながら、どこかの農場にでも滞在しているような気分である。ということで、暑い日の中の肉体労働ではあったが、私たちにとっては楽しい「Staycation」であった。