Negro Leagues Baseball Museum

カンザスシティーの週末 

ニグロリーグベースボール博物館 & ジャズ地区

(2008年5月3日)

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ニグロリーグベースボール博物館

 

 

 夫と共に車に乗っていた時、偶然、前々から行きたいと思っていた「ジャズ地区」を見つけた。ここには、ジャズが聴けるレストランやバーがたくさんある上に、「ニグロリーグベースボール博物館」があるのだ。地元のニュースで何度か見たことがあったので、ぜひ行きたいと思っていた。この博物館は「アメリカンジャズ博物館」と共に、18th St & Vine にある。バスも出ているみたいなので、カンザスシティーに来た時はぜひ訪れてほしい、お勧めのスポットだ。この博物館を力説して書きたいと思う理由は、アメリカのあまり知られていない、しかしとても重要な歴史が学べるからである。アメリカは、19世紀の終わりから1950年代まで、プロ野球から黒人が排斥されていたという悲しい歴史を持っている。黒人という理由だけで、メジャーリーグでプレーができなかった人々が19世紀の終わり、黒人のプロ野球チームを作り、1920年代には "Negro National League" が組織化された。その歴史を伝えているのがこの博物館である。「ニグロリーグベースボール博物館」について詳しく知りたい方は、こちらをどうぞ。

 チケット売り場のお姉さんに「カメラの持ち込みは禁止されています」と、取り上げられてしまったため、博物館内で写真を取れなかったのが残念だ。ここにある写真はパンフレットを写したものである。入り口を入ると、まず一番上の写真のように、選手のブロンズ像がその当時の球場を模した場所に立っている。これはなかなか臨場感のある設定である。その奥に入ると、歴史の説明や写真などの展示が始まるのだが、意外にも私の夫が丁寧に一つ一つを読み始めた。彼の後に続いて小さな文字で書かれた説明を読んでいると、隅にある入り口から、アメリカ国家を斉唱している若い男性の歌声が聞こえてきた。その歌声があまりにも美しかったため、「ビデオがあるみたいだから、見てくるね」と夫に口早に言い、吸い込まれるようにその部屋に入った。野球場の観客席のようなベンチがあり、白黒ビデオに写るユニフォーム姿の歌い手の下には、耳が不自由な人のためか字幕があった。しかし、アメリカ国歌のなんと美しいことか。日本の国歌も国民がもっと誇りを持てるような音楽であれば良いのにと思う。時間があまりないことが気になり、ビデオを全部見なかったことが残念だが、次の機会には、ぜひ全て見たいと思う。

 展示場に戻り、また夫の後ろについて説明を読んだり、写真を見たりした。このメジャーリーグからの黒人排斥は、その当時の有名な白人選手の「黒人とは一緒にプレーをしたくない」という言葉から始まったようだ。なんと卑劣な言葉かと思うが、その当時は、それがまかり通っていたのである。こんな悲しい歴史を背景にしながらも、この博物館に悲壮感がない理由は、この「ニグロナショナルリーグ」が大成功を収めたからだろう。人種差別に苦しんだというより、誇りを持って存在していたように思える。昼間働いている労働者のために夜のゲームを考案した球場のオーナーは、アメリカで初めて夜用のライトを設置する。白人のメジャーリーグよりも数年前のことである。多数の優秀な選手を生み出し、球場には多くの観客が押し寄せ、ニグロナショナルリーグは黒人社会に、経済的にも大きな影響を与える。1960年代の人権運動によって幕を閉じ、白人のメジャーリーグと統合されるのだが、メジャーリーグはこの時期、選手といい、収入といい、大きな物を失ったに違いない。

 一つ一つの説明を丁寧に読んでいると、この小さな博物館を全部見て回るのにかなりの時間がかかる。チケット売り場のお姉さんは、「普通の人はジャズの方と合わせて1時間半くらいかけます」と言っていたが、私たちは野球の方だけで2時間くらいいた。それでも全て見ていないのである。絶対もう一度来たいと思った。博物館の出口のドアを開けると、土産物屋に通じている。多分ここでは写真を取れたであろうが、カメラを手元に持っていなかったので、ベースボールの写真は取れなかった。つくづく残念である。このあと、大急ぎでジャズ博物館に走る。こちらの方は、特に私の印象に残らなかったのだが、博物館内にあるカフェはとても気に入った。そのカフェは、博物館が閉められた後、ジャズバーになるらしい。また、ここに戻る理由が増えた。

 

ジャズ地区

 

 

 博物館を出た後、お腹が空いていたので、同じジャズ地区にあるレストランに入った。カウンターで夫はスペアリブ、サラダ、ポークビーンズを注文し、私はキャットフィッシュと呼ばれる「なまず」と、サラダ、フライドポテトを頼んだ。

 

 さっき行ったニグロリーグベースボール博物館でもそうだったが、この辺で働いている人は皆黒人であった。私が仕事の面接に行っても採用されるのだろうかと考えた。こういう店で私のような日本人が「いらっしゃいませ」と出迎えれば、かなりびっくりされるに違いない。しかし、「黒人ではない」という理由で採用されないのは違法である。今、アメリカの大統領選では、黒人候補者のオバマが通う教会の牧師が「黒人が大統領になるべきだ」といったコメントを出し、これが「人種差別だ」と世を賑わしている。時代はかなり変ったようである。

 私たちが座っていたテーブルには、「キャットフィッシュ」の代わりに開いたえびのフライが運ばれた。食べ始めてしばらくたってから気付いたのだが、えびフライもおいしかったので文句を言わずに食べ尽くした。それになんと言っても一緒に付いてきた「カクテルソース」が格別で、特にフライドポテトに付けて食べると絶品だった。ケチャップなどをつけるよりかなりおいしい。これからはフライドポテトにはカクテルソースを付けて食べようと、贅沢なことを考えた。

 

 

間違って運ばれたエビフライとフライドポテト。

黒いカップの中がカクテルソース。

 

夫が食べたスペアリブとポークビーンズ。結構おいしかった。

 

 「勘定を支払ってくる」と、私がまだ食事を終わる前にレジに行った夫が、誰かと話しているのが聞こえてくる。食事をしていた二階から階段を下りて一階に行くと、彼はカウンターに座っていた男性と話をしていた。このおじさん、このレストランの常連のようで、「ここは、バギーパンツをはいた若い子供が来る場所じゃなく、大人が楽しめるバーだ」と語った。確かに、食事をしている人たちは皆、40代、50代が多く、ジーンズをはいているのは、私たち夫婦だけだった。店の雰囲気も落ち着いた色を基調とし、奥には夜演奏されるジャズのステージがあった。バスの運転手をしている彼は、何でもこのコミュニティーの世話役のようで、この町の歴史をよく知っていた。私の夫もおしゃべり好きだが、このおじさんは夫よりもよく話す。途中で話を打ち切って店を出た私たちだったが、人の良いおじさんだった。

 今回はジャズを聴くことができかなったが、またいつか近いうちに行きたいと思う。