Midland

カンザスシティーの週末

ミッドランド劇場

2008年11月13日

カンザスシティーの週末

Isoko Durbin のブログ集

アメリカ人夫の一言

アメリカ生活録

アメリカで出会ったおいしい料理

 

 

  ある日、友人の一人が、「バレエは好き?」と私に聞く。

「今週からダウンタウンの劇場で、バレエの公演があるんだけど、一緒に行かない?」

と言うのである。バレエと言えば、小学生の時クラスメートが習っていて、彼女の発表会に行って以来、私の憧れだった。バレエのレッスンが受けられる裕福な家庭に生まれた友人がうらやましく、自分も習いたいとは思っても、私の両親にそんな余裕は無いのは分かっていたので、諦めるしかなかったのだが、そのせいか未だにバレエに対し、特別な想いがある。

 劇場の駐車場は10ドルかかるので、違う場所で待ち合わせをし、一台の車で行くことにした。開演時間は7時半だったが、友人は6時半までに集まったほうがいいと言う。その言葉に忠実に従い、仕事を早めに切り上げた私は、約束の時間に遅れて他のメンバーが劇場に行くのが遅れてしまっては申し訳ないと、大急ぎで夕食を食べ、車を飛ばして待ち合わせ場所に向かった。しかし、5分遅れで到着しても、まだ誰も来ていない。開演時間は7時半だから、まだ間に合うと思い直し、待ち続けるが、なかなか来ない。7時15分頃やっと友人2人が登場する。予定ではもう一人来るはずだったが、7時25分になってやっと彼女はやって来ないことが分かり、大急ぎで会場に向かう。しかし同じ日に、私たちが行く劇場の近くにある建物でもコンサートがあるらしく、ダウンタウンの狭い一方通行の道は、どこも渋滞だった。たいした距離でもないのに、車を進めることができず、私たちが劇場の入口に着いた時、当然公演は始まっていた。

 劇場係員は、公演の途中から中に入ることはできないが、7時45分になれば一度休憩が入るので、その時まで待って欲しいと言った。私自身も暗がりの中、人をかき分けて自分の席を探すのは気が引けると思ったので、僅かな間待つのは構わなかった。それより、劇場ホールの豪華さに呆気に取られ、写真を撮る時間ができて良かったと思ったほどだ。その建物は百年以上前に建てられ、その後改築が重ねられたとは言え、天井の飾りやシャンデリアなどはオリジナルのものらしく、ヨーロッパの宮殿のようだった。二階に行く階段にも赤い絨毯が敷き詰められ、中世時代のドレスを着た女性が登場しそうな踊場が、細かい彫刻が施された通路壁の向こうに見えた。高い天井からは、大きなシャンデリアが堂々と垂れ下がっている。こういう華やかな場所にドレスアップしてたまに行くのは、良いことだと思った。格式のある劇場らしく、そこで売られている飲み物はジュースなどではなく、カクテルやウイスキーのようだった。

 7時45分になり、劇場内に入るドアが開けられる。わくわくしながら中に入ると、薄暗い中にたくさんの人がいた。ドアの近くには、カクテルを売っているバーがあった。彫刻や天使などの像が、高い天井と壁を至る所飾りつくし、入口のホールよりも更なる豪華さだった。カンザスシティーにこんな場所があるとは。アメリカの都市は、なかなか奥深いものがある。

 友人から誘われた時は、それがクラッシックバレエだと私は思っていた。しかし公演が始まると、典型的なクラッシックバレエではなく、モダンバレエであることにすぐ気付いた。どうやらクラッシックバレエのように一連のストーリーがあるわけではなく、一曲ごとに全く違うテーマと振り付けがあるようだ。言葉の無い舞踏で曲のテーマやその奥に隠された深淵な意味を表現するというのは、よほどクリエイティブな才能がなければできないと思った。

 最初、私はミュージカルのようなスピーディーな踊りが、あまり好みではないと思った。このような豪華な劇場に、踊り狂うダンサー達は似合わない。しかし、あるスローな曲で、男女二人が「祈り」を表す踊りを舞ったのは、素晴らしいと思った。ライトの下に浮かぶ、人間の魂からの祈り。舞踏とは、肉体的な強靭さだけではなく、心の叫びを表現できる情緒の豊かさも必要である。

 クラッシックバレエでは、チュチュを着た女性バレリーナが、どうしても主役になってしまう。しかし、特に遠目から見ていたせいか、今回のバレエでは、背が高く体格の良い男性ダンサー達の方が、華があると私は思った。背の低い女性達では、踊りもやはり小さい。しかし鍛えられた筋肉と長い手足を持った男性ダンサー達は、登場するたびに拍手を貰っていた。私たちが座った席は決して前の方ではなく、間近に彼らを見ることはできなかったのだが、それでも男性ダンサー達の筋肉が、身体全てから盛り上がっているのが分かる。どれだけトレーニングをしているのだろうか。プロの厳しい世界で生きている彼らの行き方が見えるようである。

 程よい長さで公演も終わり、駐車場に戻ったが、いつも通り渋滞である。運転していた私の友達は道を間違えてしまい、元の道に戻るのにかなりの時間がかかった。しかし、そのおかげで夜のダウンタウンの中心部を見ることができて良かった。まだまだ見ていないものが、たくさんある。そんなことを感じさせてくれる夜だった。