Japanese Restaurant Kato

カンザスシティーの週末

日本食レストラン Kato

2008年11月29日

カンザスシティーの週末

Isoko Durbin のブログ集

アメリカ人夫の一言

アメリカ生活録

アメリカで出会ったおいしい料理

 

 

 私の夫の母は郵便局で働いている。ある日、彼女が窓口業務をしていると、東京に小包を送る若い日本人女性が来た。私が日本人であることもあり、日本人にフレンドリーな母は、その日本人女性に声をかけ、なんと電話番号の交換までするほど意気投合したらしい。その夜、母は私に電話をかけ、彼女と連絡を取って欲しいと言う。それで貰った名刺に書かれていたアドレスにメールをすると、早速その女性から返事がきた。そこで私たちは、この地域にある日本食レストラン「Kato」で食事をすることになった。以前どこかのインターネットの記事で、このレストランがあまりおいしくないといったことが書かれていたし、母も「好きじゃないって言う意見を聞いたことがある」とは言っていたが、まあ、日本食レストランであれば、どこでも良いだろうと思ったからだ。

 その日は雪が降ると言っていたし、遅れるのは申し訳ないと思い、かなり早めに家を出たら、約束の時間よりかなり早く着いてしまった。中に通されると、正面に板前さんが2名、料理をしている。彼らの後ろには超薄型テレビがあり、少々スポーツバーのような雰囲気だった。意外とおしゃれだったので、私としては好印象であった。一人で席に着き、メニューを開ける。日本食レストランで食事をするのは久しぶりだったので、普段食べられない物、自分では作れない物を注文しようと思った。日本の調味料は揃っているので、大抵の日本食は自分で作れるが、刺身などの材料はなかなか手に入らない。なので、寿司でも頼もうか、しかし、うな重にも惹かれると思っていると、その日本人女性と彼女の家族がやって来た。ご主人と小さな男の子、それに籠の中に入った赤ちゃんである。赤ちゃんはすやすや眠っていたので、私たち大人が自由に話せるのは、ありがたかった。男の子は、お母さんが言う日本語は理解できるが、返ってくるのは英語だと言う。アメリカでは、日本人のお母さんを持っても、お父さんが日本人でない場合、大抵の子供は日本語を話さずに成長するのだが、彼女がきちんと日本語を教えているのは素晴らしい。これはきっと、ご主人も進んで日本語を学ぼうとする人だから可能なのだろう。

 しばらくすると、夫の母もやって来た。この日は夫の仕事の日だったので、夫抜きの食事会である。私と母は仲が良いので、こういう風に、夫抜きで交流することがある。彼女もメニューを開け、何にするか考え出した。この日本人女性のご主人はアメリカ人なのだが、ずいぶん日本食通らしく、母にメニューの説明をし出した。彼は、とんかつを食べると言う。私は少々高めであるが、最後に食べたのがいつだか思い出せないくらい食べていない、うな重にすることにした。私が「Unajuuにします」と言うと、「それは何?」と言う母。それで「うなぎです」と言うと、どうやらショックを受けたようだ。カンザスシティー出身の彼女は、魚を食べない。ましてや蛇のような形をした「うなぎ」など、食材であることすら信じられなかったのだろう。彼女は、ベジタリアン用の寿司を注文した。

 メインディッシュの前に、サラダと味噌汁が運ばれる。久しぶりの真っ当な日本食に、感動であった。やはり自分で作るありあわせの日本食とは訳が違う。ただ単に味噌汁とゴマ味のサラダであったが、かなりテンションが上がっていた。しばらくすると待ちに待ったうな重が、重箱に入って運ばれてくる。付け合せに漬物まであった。思わず拍手をしていた。たぶん日本にいればそれほど感動するほどのことでもないだろうが、自分が予想していた以上に、私は感動していた。「おいしい、おいしい」と一口食べるごとに言う。母にも一口分けてあげた。うなぎに最初はショックを受けていた母だったが、彼女もおいしいと言って食べた。

 初めて会った人たちとの食事であったので、会話の内容は自己紹介に近いものがほとんどだった。彼らがどのように出会ったのか興味があったので聞いてみると、大学の寮で知り合ったそうだ。なんと彼らは出会ってから、すでに18年も経っているという。若く見えるカップルだったので、驚いてしまった。ご主人は何度も日本に行っているらしく、日本のことをよく知っていた。日本のテレビを見て、日本語も勉強しているそうだ。私も子供が生まれたら、日本語を教えるために、もう少し家庭で日本語を話すようにした方が良いと思った。

 楽しくおしゃべりをし、また会うことを約束して、私たちはレストランを出ることにした。今回私が食べたのはうな重だけだったので、他の食事の批評はできないが、うな重は感動する程おいしかった。あまり期待していなかったレストランだったから、感動の率が高かったのかもしれないが、私はもう一度行きたいレストランである。