Independence Day

カンザスシティーの週末

アメリカ独立記念日

2008年7月4日

カンザスシティーの週末

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 7月4日は、アメリカがイギリスから独立した日である。この歴史的な日を、現代アメリカ人は、バーベキューと花火で祝う。今年の独立記念日は、金曜日で夫の休日と重なったため、私たちは、オクラホマ州に住む夫の姉の家に行くことにした。片道4時間のドライブである。私は今までオクラホマに行ったことがなかったので、オクラホマに行くのは楽しみだったが、夫の姉の家に泊まるのは、少々不安を抱かずにはいられなかった。というのは、夫の母が10日ほど前、私と電話で話をした時、次のようなことを言ったからである。

「あなた達もオクラホマに行くの?じゃあ、私はホテルにでも泊まったほうが良さそうね。でもティム(夫の姉の旦那さん)のご両親は、とても大きな家に住んでいらっしゃるから、彼らの家に泊めさせてもらえるかもしれないわ。」

夫の姉夫婦には、3人の子供たちがいる。そして夫の母も、カンザスシティーから毎年独立記念日には、オクラホマに行く。どうやら、私たちが眠るスペースが、姉の家にはなさそうなのである。嫁の私が、夫の母をホテルに泊まらせてまで、彼女の娘の家に泊まることはできない。それで夫に「ホテルに泊まろうよ」と言えども、「エアマットレスがあるから、リビングルームで寝れば大丈夫」と言う。なんだかキャンプに行くような話である。でも、夫の姪と甥には会いたいので、「まあ、いっか」と、とにかく行くことにした。

 

 独立記念日の当日、犬のボジョをカンザスシティーに住む叔母の家に預け、ガソリンを満タンにし、いざ出発である。カンザスシティーからオクラホマまでの道のりは、延々とのどかな田舎の風景が続く。夫と一緒にドライブに出かけるのは、やはり楽しかった。ラジオから流れてくる「ホテルカリフォルニア」を、音痴な夫が歌うのを聞くのは、まあなんと幸せなことか。途中、ミズーリ州のどこかの町で、昼食を取るため高速道路から降りる。夫がタコスのファーストフードレストラン「タコベル」のドライブスルーで注文した食事の受け取りを待っている間、トイレに行くため、車から降りることにした。しかし、タコベルから続いたガソリンスタンドのトイレに入ると、長蛇の列ができている。アメリカの独立記念日は、親戚が寄り集まり、バーベキューパーティーをする日でもある。だからこの日は、アメリカ中、旅行客でいっぱいになるのだ。これを待っている気にもなれず、ちょうど食事を受け取った夫の車に乗り、すぐ近くの「ピザハット」に行った。こちらはトイレの列どころか、客一人いなかったので、トイレだけを使わせてもらうのは少々気が引けたが、「サンキュー」と笑顔で切り抜けた。途中、2回の高速道路料金支払い所を通過し、GPSの誘導案内を頼りに姉の家に着いたのは、午後2時を回っていた。

 姉の家の前庭には、数人の見知らぬ人が、バーベキューパーティーの準備をしていた。荷物を車から出し家に近づくと、その中の一人が夫の側に近寄ってきた。夫の姉の旦那さん、ティムである。私が彼に会うのは初めてだった。青い目と金髪が、彼の長女に良く似ていると思った。

 家の中に入ると、夫の姉と母親が台所にいた。久しぶりの再会に、キャーキャーとはしゃいで挨拶を交わす。どうやらこの家は、近所一帯のパーティー拠点らしく、多くの人が家の中を行き来していた。夫の母の電話での話し振りから、この独立記念日が、親戚だけのバーベキューパーティーでないらしいのは、うすうす気付いていたが、これほどたくさんの人が来るとは想像していなかった。そして、台所にいた女性部隊で、ハルピーニョと呼ばれる、唐辛子のような緑の野菜の種を取り、それにクリームチーズを詰め、ベーコンを巻く作業をした。私もこの作業に加わったのだが、プラスティックの手袋をはめ、おしゃべりをしながら、近所の女性とバーベキューパーティーの準備をするのは、映画を見ているようで、アメリカの田舎町を満喫することができた。私たちが作ったこのベーコン巻きハルピーニョは、その他の肉と同じくバーベキューのスモーカーの中に入れられた。

 

 

 外に出ると、近所のミュージシャンが設置したドラムを、夫が叩いていた。口にタバコをくわえ、もちろん傍らにはビールがある。こうして改めて写真を見ると、左腕だけが日に焼け、やけに赤くなっている。アメリカでは左ハンドルなので、運転手は、左側だけ日に焼けてしまうのだ。こんなに赤く腫れてしまうまで運転をさせてしまって、申し訳なかったなと思う。

 午後5時半ごろになると、近所の女性が各家庭で作ったポテトサラダ等を持って、寄り集まってきた。前庭のテーブルの上に、スモーカーから出されたバーベキューも並べられ、いよいよ、お待ちかねのバーベキューパーティーの始まりである。テーブルの食事の準備を手伝っている時に、姉の旦那さん、ティムのご両親が登場した。ティムのお父さんは、アメリカでも大きなパンの製造会社の副社長をしている、背の高い男性だった。お母さんもとてもきれいな方である。ティムのお父さんを見ていて関心したことは、食事の列に一番最後に加わったことである。やはり、社会で成功する人は、こうして謙虚であり、人を大切にするものだ。だからこそ、大企業の副社長にまでなれたのであろう。きっと彼はなにげなくしたことであろうが、私は人生で大切ななにかを学んだ気がした。

 さてさて、アメリカ独立記念日は、なんと言ってもバーベキューである。夫の姉のお隣さんは、かなりのバーベキューマニアらしく、右のような本格的なバべキューのスモーカーを持っていて、今回私たちが食べたバーベキューは、全てこのスモーカーで作られた。ドアを開けると、汁が滴り落ちる肉の塊が、ゴロゴロとたくさん並べられ、弱火でじっくりと焼かれている。肉は全て柔らかく、スモーキーで美味しかった。付け合せは、ポテトサラダ、インゲン豆、ポークビーンズなど、アメリカの伝統的な料理が多い。今回のパーティーでは、緑の芝生の上に座り、大人数でバーベキューを食べるという、独立記念日の王道を行く、とても典型的なアメリカの夏が体験できて幸運だった。その点、全てのパーティーを取り仕切ってくれた姉夫婦に感謝しなければならない。なにしろ、この近所一帯、100名以上の住人が食事をあさりに来たのだから、ほとんど社会奉仕のようである。私たちがバーベキューの肉にかぶりついている間にも、三々五々、どこからか人が集まってきて、それぞれの皿を一杯にしていく。こういった、昔ながらの人と人との繋がりが守られているのは、素晴らしいと思った。

 

 

 そして、もう一つ独立記念日に欠かせない物が、花火である。一番上のいわば「表紙」に当たる写真に、子供達がクラッカーで遊んでいる様子を使ったのは、そのためである。我ながら、この写真はアメリカ独立記念日を良く表した報道性のある一枚だと思う。というのは、町中こんな子供たちで一杯になるのだ。一番左の青いTシャツを着た女の子が、私の夫の姪(つまり私の姪でもある)なのだが、彼女がほっぺたを真っ赤にしながら、クラッカーに火をつけるのに、口でふうふうと吹いているのは、なんともユーモラスでかわいらしいと思う。

 この日に使用された花火の量は、尋常ではなかった。私たちが姉の家に着いたとき、リビングルームの一角は、花火で埋め尽くされていた。これでも前日、購入した花火の半分は使用したというから、私たちが見た2倍の花火が家の中にあったのだ。で、どれだけかと言えば、右の独立記念日翌日の掃除をしている写真を見てもらえれば、想像できるだろう。小型トラック1台分である。まるで、テロリストのような光景である。

 夜になると、本格的な花火が始まった。プロの花火師がするような、花火大会で見るような花火が、家の前で、私たちが座っていたすぐ近くで、バンバン打ち上げられる。空からは、花火の欠片や燃えカスが、頭の上に降ってきて、危険なこと極まりない。口を開けて空を見上げていたら、口の中に花火の欠片が降り注いでも、不思議では無い状況である。それで夫の姉は、ゴーグルをたくさん買っていたのか。私が家の中に入り、ゴーグルを探していると、全て出払っていると言われた。それで、サングラスをかけ、その上に帽子もかぶることにした。夫のサングラスはオレンジ色なので、夜でも花火は良く見えることができる。目を何かで覆わなければ、空を見上げることはできない、こんな花火大会は初めてである。煙がもうもうと立ち込み、まるで戦場のようだ。どこかの家が火事にならないのが、不思議である。

提灯のような風船の中に火を点し、それを空に飛ばしているのを見た。これは、最近事故で亡くなった近所の子供を供養してのことかもしれない。提灯のような風船は、熱気球と同じ原理で、風船内の空気が軽くなり、空を飛ぶことができるようだ。しかし、中には本物の火が点されているのである。いくら気球のように空を飛べても、電線や木に引っ掛かったりすれば、火事を起こす可能性は極めて高い。実際に、電線に引っ掛かって立ち往生している風船を見た。幸い、また風に吹かれて飛んでいったが、一時は電線が切れて、大事故になるのではないかと思った。正直、「自分の家の近所でなくて良かった」と思ったほどである。こんなことで自分の家が焼かれてしまっては、くだらない。

 夫は、ドラムを叩いたり、おしゃべりをしたりする合間に、この日の模様をビデオに撮っていた。私たち夫婦の記念のために撮っていたのだが、このビデオを翌日、近所の人も交えて見せた所、彼らの子供達もたくさんビデオに写っているので、皆がビデオのコピーが欲しいと、大好評だった。姉夫婦のコンピュータにコピーをし、近所一帯に配られることになった。意外にも近所の人たちに喜んでもらえて、満足である。

 こうして私たちは、また4時間かけて、オクラホマからカンザスシティーまでドライブした。なかなか良い独立記念日となった。