Fountain Journey 2

カンザスシティーの週末

噴水の旅 2

子供達の噴水

2008年7月20日

カンザスシティーの週末

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「このブロンズ像は、この像が捧げられるべき、どこにでもいる子供達と、子供時代を喜びでいっぱいにする若者の活動を表現しています。」

 こんな説明書きがある「子供達の噴水」。なんともまあ、元気いっぱい、喜びに満ち溢れた子供達だろうと、嬉しくなる。この噴水の水が、ゴウゴウと吹き荒れるほど激しいのも、子供達の躍動する心を表しているのだろうか。とにかく水の吹上が激しいので、場所によっては像を隠してしまうほどで、写真を撮るのもなかなか難しかった。一番下の写真は、この噴水にいる子供達6人全員が収まっているはずだが、水の勢いが激しいため、左から2番目の男の子が見えない。それくらい水の勢いが激しい噴水だ。

 この噴水の子供達一人一人には、名前がついている。一番左で一番背が高く、よって最年長であろう女の子は、「喜び」と命名されている。一番上の写真の左にいる女の子だ。その次が「チャレンジ遭遇」を表している男の子で、彼は足を怪我しながらも、片足でバランスを取る努力をしているようだ。その次の女の子は「バレリーナ」。その横は、「サッカー選手」。次が「逆立ちをする少年」で、最後の三つ網の女の子が「水の中を歩く少女」である。このような子供達の遊びが、「子供時代を喜びでいっぱいにする」のに不可欠であると、この像は言っているのであろう。右から左に背が高くなるのも興味深い。ただ単にバランス的にその方がいい、とも言えるかもしれないが、私はもっと深い意味があると思う。一番小さな女の子は「水の中を歩いている」。そして、次の子供は「逆立ち」ができるほど成長し、「サッカー」や「バレー」もできるようになる。これらは、子供達の遊びや活動である。そしてもっと大きくなると、困難に「チャレンジ」するようになる。そうした難しいことを乗り越え、さらに大きく成長した少女、ほとんど若い女性と言ってもいい女の子の像の名は、「喜び」である。つまり、子供時代の遊びや、冒険心を育むことによって「子供時代が喜びいっぱい」になり、それが、大人になってから必要な人間としての基盤を形成するのに不可欠である事を表しているのではないかと思う。これは私の解釈なので、像の製作者に聞いてみないと本当のところは良く分からないが、大まかな解釈はあっていると思う。

 この像の一つ一つにはかなりの隙間があるので、写真を撮るのは難しかった。全部を撮ろうと思えば、一つの像が小さくなる。一つの像に集中して撮ると、なんだか全体像が浮かばず、漠然とした感じがする。それで、斜めに傾斜を利用して写すとか、後ろから全員が入るような一直線のアングルで撮るなど、素人ながら色々苦心し、写真を取り捲った。平坦に撮れば、つまらない写真になりがちだ。芸術はドラマチックでなければいけない。最近写真を撮るようになって、なんとなく技術が向上した気がする。ここに掲載した3枚の写真は特に気に入っているので、引き伸ばしてパネルにでもしようかと思った。ファーストフライデーに出展してもいいかもしれない。

 この「子供達の噴水」は、N. Oak St と26th St くらいにある。(N.Oak St.は正しいが、26th Stは確かではない。)とても小さな公園で、道が三角形に交差する敷地にある。周りも交通量の多い道なので、車を運転しながら見学とはいかない。この噴水を見学したいなら、どこかに駐車して、歩くしかない。しかし、その努力をしても見る甲斐はあると思う。本当に小さくて見過ごしてしまうような公園だが、噴水フリークである私のカンザスシティーお勧めスポットだ。