Casino Night

カンザスシティーの週末

カジノ・ナイト

2009年3月14日

カンザスシティーの週末

Isoko Durbin のブログ集

アメリカ人夫の一言

アメリカ生活録

アメリカで出会ったおいしい料理

 

 

 私の夫の会社は、毎年三月に「カジノ・ナイト」というのを開催する。最初に食事が出て、その後、ルーレットやポーカーができる部屋に移り、ギャンブルができると言うものだ。もちろん、そこにかけられるのは、会社側から支給されたカジノ用のコインで、実際に本当のお金をかけるわけではない。アメリカでは、こういった大人の催し物は、大抵「夫婦同伴」で、夫は私を連れてこのカジノ・ナイトに繰り出した。以前行った遊園地での「家族感謝デー」と同様、夫の上司や同僚に会い、たくさんの人と握手をする社交場である。遊園地での家族感謝デーと大きく違うのは、それが大人向けのパーティーであること、食事がもっとフォーマルで、それ故ドレスアップの必要性があることだ。こういう場合、妻がどのような格好で登場するかは、夫の会社での査定基準になりそうな気がし、何を着て行くか、悩みどころである。私にとっては、ほとんど面接のようなものだ。

 招待状には、「抽選に参加したければ、7時半までに集合」と書いてあった。

「去年クリスは、『アイスクリーム一年分』が当たったそうだよ。」

それなら、どうしても7時半前に到着しなければならない。しかし、州を超え、カンザス州まで行かなければならないと言うのに、私達が家を出る時は、既に7時を過ぎていた。到底、7時半までには着けそうにもない。

「残念ね。せっかくの抽選なのに、いつも私達はイベントに遅れるのよね。」と、夫が運転する車の中で、私はぼやいた。

「入口で降ろしてあげるから、受付まで走る?」

と聞く夫に、息絶え絶え走りながら、駆け込む演技をしてあげたら、彼はおかしそうに声を上げて笑った。

 7時35分頃にやっと駐車場に到着する。その建物はどうやら、パーティーや会議が行えるリクリエーションセンターらしかった。まだ新しい建物が、アメリカの地方にある新興開発地にふさわしい。少し肌寒かったが、コートを車に残したまま、入口に向かって走った。中に入るとすぐに受付があり、夫は会社の知り合いと挨拶をした。幸い、抽選の申し込みは、まだ受付けていたらしく、胸に貼るネームタグと一緒に、抽選用の小さなチケットを受け取った。ちょうど同じ頃到着した社員の奥さんは、肩の開いたドレスを着ていた。私の夫はカジュアルな格好で構わないと言っていたが、このようにドレスアップする女性がいるのなら、来年はもう少し気合いを入れても良いと思った。しかし、若い人が集まるパーティーとは違い、集まった人のほとんどは、私達夫婦よりも年配の人が多かったためか、それほど派手な格好をしている人はいなかった。なのでドレスアップすると言っても、あまりけばけばしいのは、かえってマイナスのイメージを持たれるのではないかと思う。

 大きなパーティー会場にあるテーブルのほとんどは、すでに塞がっているようだった。私達が座る席があるのだろうかと少し心配になったが、とにかく食事を貰う列に加わる。しばらくすると、夫に握手を求める男性が現れる。社交辞令の一般的な挨拶をし、握手をしたが、こういう場所に行くと、このような儀式が延々と続けられる。これが夫の会社の人達だと思うと、ずいぶん緊張するものである。いや、緊張する必要など、全くないのだが、なぜか「面接」という言葉が、私の頭の中から消えない。

 食事は、チーズ、フルーツ等のフィンガーフードから、ラザニアや肉などの、本格的な物等、バラエティーに富んでいた。自分でバフェに取りに行かなければならないが、給仕してくれる人がいたし、皿もちょっと高級ぽかった。

 食事を受け取ると、次に空いているテーブルを捜さなければいけない。私達が到着した時は、ほとんどの人がすでに食事を済ませていたようで、広い部屋が満席のように見えた。できれば、ゆったりと座りたかったのだが、運悪く(?)夫の上司が座っている席しか空いていない。一旦彼に見つかったからには、そこに行かないわけにはいかなかった。彼は、奥さんを連れてきていた。他にももう一組夫婦がいて、その横には、最近マネージャーになったばかりという、若い男性が弟さんを連れてきていた。私の横には、ドレスアップした女性が座っていた。何でも、その隣に座っている夫の同僚と、最近付き合い始めたらしい。こうやって、会社の人に会うのは初めてらしく、彼女の黒いドレスから、気合いが入ったデートであるのが分かった。

 しばらくすると、中央のステージで、マジックショーが始まった。私達の席からは離れていたので、あまり良く見る事はできなかったが、このようにエンターテーメントがあるのは、良いもんだと思った。マジシャンは、ずいぶん、場を盛り上げるのがうまい人だった。マジックそのものより、こうやって司会がうまい事は大きな条件に違いない、と思った。

 マジックショー終了後、隣のカジノルームに移る。部屋の隅の受付から、トークンを貰い、ルーレットのテーブルに近づく。最近「ある公爵夫人の生涯」という映画を見たが、18世紀を舞台にしたその映画にも、同じようなカジノ道具が登場していた。ということは、そんな昔からカジノで使われる道具は、変っていないのだ。実際に参加してみて、そのシンプルさに「昔から変化していない」というのに、妙に納得する。ルーレットであれば、ディーラーが回すルーレットに落ちる数字を当てた者が勝ち、である。ずいぶんシンプルである。かけ方には色々な方法があるそうだが、私には、あまり興味が湧かない。根がギャンブラーではないのだ。「つまらないことに、一喜一憂するのは、ばかげている」と教わって生きてきた私にとって、あまりにも根拠の無いゲームは、どうもつまらない。なので、隣の「ダイス」に移った。こちらも、ラスベガスにあるような、ボックスの中に、客の誰かがサイコロを投げ、その数字によって勝ち負けが決まる。ディーラーが何度も説明していたが、疲れた私の頭には、その言葉は入って来ず、夫が賭けているのを、脇で見ているだけにした。たまにサイコロを投げたり、夫からお裾分けしてもらったトークンで賭けたりしたが、イマイチ、楽しんでいたとは言えない。賭け方はとても複雑で、たぶん永久に私が解明することは無いのであろうが、でも、これも基本的には、とてもシンプルなものである。「サイコロ」によって、運命が左右される。当たるか、外れるかは、努力をしたかしないか等、関係ない。ただ「偶然」が左右するのだ。こんなことに、お金を賭ける人が、世の中にはたくさんいるのである。私には到底できることではない。

 夜中の12時近くになって、やっとその場を離れることにした。私達は、いつの間にか、たくさんのトークンが溜まっていて、使い切ることができなかったので、同じダイスをやっていた女性に全てあげる事にした。本当のお金を賭けたわけではないので、運が良かったのだろう。私にはギャンブルはできないが、その場の雰囲気は楽しく、久しぶりに「社交場」気分が味わえたので、楽しい一時を過ごすことができた。