皇族の縮小


皇族の縮小

日本の歴史の中で神に守られた存在であり、また明治以降は神そのものであった天皇も、敗戦の際は有史始まって以来の存亡の危機にさらされました。
マッカーサーはGHQのホイットニー民政局長に日本国憲法の草案づくりを命じたとき、「マッカーサー三原則」といわれるものを盛り込むように厳命しました。
1、立憲君主国とすること。
2、武力を放棄すること。
3、華族制度を全廃すること。
の三点です。
1と3は矛盾していますが、要するにイギリス式の立憲君主制にせよ、と言っているのです。
2は、ご存知の憲法第九条に盛り込まれている戦争放棄です。
3は、皇族の中でも天皇の弟宮であられる「秩父宮」「高松宮」「三笠宮」だけを残し、後は全廃するということです。
この三宮家を残す事で後々の継承者問題(まさに現在ある継承問題)もなくなると考えたのです。
もう一つ、皇室財産の国有化を行い、皇室はわずかな御手元金を除く資産のほとんどを取り上げられ、国有財産にされてしまいました。

アメリカでは19世紀に外国の王室を潰す三つの方法が考えられました。
1、戦争で打ち負かす。
2、民衆に民主主義を吹き込む。
3、王位継承者を絶やす。
の三つで、アメリカは実際にこれらの方法でハワイや中南米の王家を潰してきたのです。
マッカーサーは日本に対して皇位継承の資格者を局限することで、将来の皇統の断絶を狙ったのです。
実はこの方法はマッカーサーが考えたというよりは、植民地大国イギリスのやり方を真似たようです。
「世界に王様は二人しか必要ではない。 一人はイギリス国王、そしてもう一人はトランプのキング。」
というのがイギリス王室数百年の方針で、征服した国の国王は絶対に認めていません。
イギリスは占領したビルマ(現ミャンマー)・マレー・インド・アフリカ等のすべての王室を潰してしまいました。
今回、イギリスとオーストラリアはアメリカよりも日本の天皇制廃止を強く望んでいました。
天皇を残すと必ず日本は復活を遂げ、再び脅威になると考えたのです。
では、なぜアメリカは一気に日本の皇室を廃止しなかったのでしょうか。
それは占領政策で利用する価値があると同時に、日本の共産主義化を防ぐために必要だったのです。
それと前項でも書いたとおり、実際に戦ったアメリカは日本人の天皇信仰の凄さを嫌というほど見せつけられた事で、うかつに天皇を廃止すると日本人の大反逆、もしくは総自決の可能性があったため、天皇を残しつつ民主主義を吹き込みながら皇位継承者を徐々に絶やしていくという方法をとったのです。
このように継承者と財産の両面からじわじわ責めるアメリカの策略が、現在でも皇室と日本人に影響を与えている事は確かです。
しかし大東亜戦争で日本は特攻隊をはじめ多くの犠牲を出し戦闘にこそ敗れはしましたが、彼らの勇気がアメリカの占領政策に大きな影響を与え、見事に現在まで国体(天皇)を守り抜いた事を見れば、彼らの死は決して無駄ではなかった事が断言できます。
そしてその事を現代の平穏な生活を送る我々日本人は、決して忘れてはならないのです。

一方、ソ連は別の方法で皇族を潰しにかかりました。
実は日本国憲法第一条がそれで、ただし前段の
「天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であって」
の部分ではなく、後段の
「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」
の部分をソ連が作成し、前段のみで充分と考えたアメリカに国民主権をはっきり明記するように、強く主張しました。
戦後日本はアメリカの単独占領だったのでソ連は直接手を出せず、もしその後日本がアメリカ側になった場合、「象徴としての天皇の地位も国民の主権に基づいているんだ」という事を明記しておけば、日本の左翼を利用して世論を操作し国民をうまく操り、「国民の意思だ」という事で天皇制そのものを廃止し、その後には日本を共産主義化することも可能だと考えたのです。
ですから日本の左翼は一貫して不自然なほどに「反天皇」「反皇室」を叫ぶのです。

現在、王室がある国で国民主権をうたう国は日本以外にありません。
イギリスは王室と議会が主権を分かち合う国で、他の君主国も必ず君主を「元首」としています。
日本のように国民主権の君主制にすれば、必ず君主の地位が危うくなるからです。

しかし日本の場合、憲法でいくら国民主権を明記したところで、太古の昔より日本の国柄に染み付き神格化されている天皇の存在は、現在でも風化するに至っていません。
2670年以上も昔から日本人の中に組み込まれた臣民(天皇の国民)DNAは根強く、アメリカやソ連などの大国ですら取り除く事は出来なかったようです。