アルスの会とは

 学術文化同友会:アルスの会は、文化としての学術を護るため議論を重ねています。原子核物理の研究者やジャーナリスト、関連分野の会友、会員が所属しています。ぜひご参加ください。


 アルス (Ars)という言葉 については,伊達宗行先生の提案「アルスへの回帰」(アルス伊達文庫): アルスの崩壊ご覧下さい


アルスの会第I期の総括 (2006 〜 2014)

アルスの会は2006年に立ち上がり、タウンミーティングの開催や アルス文庫における意見の交換や収録などに努め活発に活動してきたが、2014年頃から内外の激しく難しい状況にやや息切れしたように迫力を失ってほぼ 2年の間いわば休眠状態に陥ってしまいました。
この状態から脱して復旧し第2期(2017 〜 )に入る努力を始めることにしました。                        
そこで、この機会に第1期の活動の総括を行い今後のを考えることにします。

 アルスの会は 2000年の秋に有志が集って相談した時に始まったと言えます。しかし、その原点には伏見康治先生が主宰して進められた「リンクス・リセウム」(1983 〜 1997) がありました。「リセウム」というのはギリシャ時代の昔、プラトンがが開いた「アカデミー」に
対してアリストテレスが始めた学術同好者の集まりだそうです。
「リンクス」とは山猫のことで、その鋭い癌力に因んで会の名につ
られました。
伏見先生は90歳というご高齢まで続けた後この素晴らしい会「リンクス・リセウム」を解散されました。アルスの会はその後継を目指して始めたものであります。   
            リンクス•リセウム
Lynx Liceum

 アルスの会を創設するにあたっては、伏見先生のお考えをついで次の基本理念を建てアピールをしてきました。


基本理念

 学術文化同友会:アルスの会創設の動機は「アルス・フオーラム」No.1トップページのアピール欄で論じた。この会
の目的は「文化としての学術」を護ることにある。わが国の学術・科学技術の発展について「民」の立場から自由に意見を交換し討論重ねて、建設的な問題提起、提言をできる組織を創ることにある。
  アルスの会がその議論を通じてまとめた問題提起や提言が、社会に受け入れられ、行政に反映するものとなるためには、アルスの会の活動が社会の評価を獲得す る努力が必要であろう。それには、高い見識と広い視野に立っ活動を心がけ、学術の原点からその応用に及ぶ広い範囲で社会との接点を重視した姿勢が必要であ る。
 かつて、わが国には科学を尊敬し技術を信頼する風土があっ た。しかし、科学技術の推進に国策的な要素が強まるとともに、社会との接点で多くの問題を起こし、科学技術への信頼感は次第に薄れてしまった。不幸であり 残念なことである。その要因を的確に把握し、科学が尊敬され技術が信頼される社会を目指す努力が必要である。この努力は、おそらく「官」ではなく「民」の 組織によってのみ成し遂げられることであろう。
 学術文化同友会:アルスの会は、社会と科学の問題に対して結果を急ぐのではなく原点にまで立ち返って、基本理念・文化・社会心理・哲学等にまで遡った考察を基礎に、ともすればもつれてしまう複雑な問題に取り組みたいと考えている。



 









アルスの会タイトル

 アルスの会が最初に取り組んだ大きなテーマは「文化としての学術」でした。このテーマについては京都•仙台•東京においてタウンミーティングを重ね, 特に哲学者の参加を得て充実した議論ができました。
  初めにJ.J.ルソーの
「学問芸術論」に基づく文明批判について考えました。18世紀の産業革命より一足早くルソーは、
 *「学問芸術の光が地平にのぼるにつれて、徳が逃げてゆきます。」
 *「生活の便宜さが増大し, 芸術が完成にむかい, 奢侈が広まる間に,   真の勇気は萎縮し武徳は消滅します。」
と論じました。その後18世紀後半から展開した産業革命が築いた今日の「文明社会」の危うさを予言する言葉として注目されました。京都•仙台•東京の3つの会場における議論は「アルス論説1」にまとめられています。
 ルソーの予言は.産業革命が築いた現代社会を見ると
その先見性を感心するところですが、学問•芸術に対する否定的な考えを受け容れることはできません.「文明」と「文化」の違いを考える必要もありましよう。 V.F.ワイスコップは「学問と芸術は人間の昂揚心を刺激し、その精神を高めることである」と強調しています。