ナチス・ドイツ

1919年 ドイツでナチ党が結成される。
ナチスは、アヴェレル・ハリマン、プレスコット・ブッシュ、J・P・モルガン、ウォーバーグ兄弟、シュローダー兄弟など、ウォール街とシティの国際銀行家達から莫大な資金を受け取っていた。また国際決済銀行もナチスの財源確保に加担した。

1933年 ドイツでナチスが政権を握り、ヒトラーが首相に就任。翌年、総裁となる。

1939年 第二次世界大戦勃発。
ナチスドイツはソ連と不可侵条約、翌年にはドイツ・ソ連通商協定を結び、ヒトラーは「賎しいユダヤ人」「呪うべき共産主義者」と攻撃していたはずの共産主義ソ連と手を組んで、石油・貴金属・穀物の供給を受けた。

ドイツは日本と同じで石油が出ないので、ドイツに戦争をやめさせたければ石油の供給を止めればよいのである。しかし、ドイツにソ連のバクー油田から石油を供給して戦争を継続させたのは、ロスチャイルド=ノーベル財閥の石油会社シェル(敵国である英国籍)であった。

ドイツとの奇妙な関係は、これだけではない。ナチスにユダヤ人を迫害させたのはシオニストだという証言が、ユダヤ人を中心に沢山出ている。
(出典:ヘブライの館2「ナチスとシオニストの協力関係」http://hexagon.inri.client.jp/floorA6F_hd/a6fhd300.html

[マーク・レイン](反シオニズムのユダヤ人)
「ヒトラーはユダヤ人絶滅命令を一回として出してはいない。彼が部下に命じたのは追放することのみであった。そのユダヤ人追放が大量に達したとき、ヒトラーは当時のシオニズムの指導者であったハイム・ワイツマン(世界シオニスト機構・総裁、のちに初代イスラエル大統領)にある取引を申し出た。ユダヤ人たちをそちらに渡す代わりにドイツへの経済援助を求めたのである。これは歴史的事実である。しかし、ワイツマンはそれを断った。ユダヤ人達が迫害され、あるいは殺されることによってそれがイスラエル建国のバネとなり、また戦争後のユダヤ人たちが世界にアピールしていくときのバネになると、彼ははっきり答えたのだ」

[ナイム・ギラディ](ユダヤ人ジャーナリスト)
「いつでも歴史において犠牲になるのは特権階級ではない、金持ちでもない、指導者たちでもない、一般庶民たちなのである。ナチス・ドイツの犠牲となったのは、そのような哀れむべきユダヤ人たちだった。しかしシオニスト指導者たちは、その犠牲となったユダヤ人たちの上に立って自分たちの主義主張を今に至るまで展開しているのである。言葉を換えれば、一般のユダヤ人の犠牲を利用しているといっても過言ではないだろう」

[ハビブ・シーバー](イスラエル建国の功労者、のちに反シオニスト)
「反ユダヤなどというものは、この世界のどこにもない。反ユダヤはシオニストたちが自分たちの都合のためにつくり出す騒ぎなのである」

[元ナチス高官]
「アイヒマンはシオニスト・ユダヤ人について知りすぎた男だった。ヒトラーはユダヤ問題解決のため、アメリカやイギリスと極秘のうちに話し合いを進めていた。その時の連絡係を果たしたのがアイヒマンだった。役目上彼は国際ユダヤ組織のトップたちと何度となく話し合っている。そして彼らの考えを克明に記録に残したのだ。アイヒマンは彼らに対して、もしアメリカもイギリスもユダヤ国家建国に協力しないなら、ドイツとしては彼らを隔離するために収容所に入れざるをえないだろうとまで言った。すると彼らは反対するどころか、大賛成の意を表明したのだ。さすがにアイヒマンもこれにはビックリしていた。彼らのうちの誰が何を言ったかまでアイヒマンは記録していた」


ホロコーストという言葉は、ナチスによるユダヤ人大虐殺と同義に使われるが、本来は「神に捧げる犠牲」という意味である。ユダヤ人600万人がナチスに殺されたというのは誇張があるかもしれない。なぜなら、戦前のユダヤ人の人口は約1600万人、戦後は約1470万人と、人口を比べると130万人ほどしか減っていない。その上、ソ連領内で100万人のユダヤ人が減っていることがヨハネス・ロスクランツの調査によって確認されている。
他国への移住者も数多くいたので、せいぜい数万〜数十万人でなければ計算が合わない。強制収容所内での飢えや病気が原因の死亡者も多くいたと思われる。ただ、ある種のユダヤ人が迫害を受けたのは事実で、シオニズムに反対したユダヤ人たちはイスラエル建国のために、まさしく「神に捧げる犠牲」とされたようだ。