スカル&ボーンズ

 米国の名門イェール大学に秘密結社スカル&ボーンズが設立される。
 創設者はアルフォンゾ・タフトとウイリアム・ラッセル。
 アルフォンゾ・タフトは、ユリシーズ・グラント政権で司法長官と陸軍長官を務めた。息子は第27代米国大統領のウィリアム・タフト。
 ウイリアム・ラッセルは、ロスチャイルドとベアリングが支配する阿片貿易の利権を分けてもらった麻薬貿易会社ラッセル社の一族。
 ラッセル社は、英国が独占するインド産阿片より質が悪いけど安価なトルコ産阿片を中国に持ち込み、そこで得た資金で「マサチューセッツ銀行」(のちのボストン・ファースト・ナショナル銀行)を設立している。
 スカル&ボーンズは、1856年には「ラッセル信託基金」の名の下に正規の法人格を取得している。
ウィリアム・ラッセルがドイツに留学した際、どうやらイルミナティと接触したようで、帰国後にその秘密結社の儀式を真似て設立されたのがスカル&ボーンズである。イルミナティとの違いは、スカル&ボーンズはホワイト・アングロサクソン・プロテスタントのみで構成されるという点である。従って、WASPのみで構成された米国版イルミナティと言ってもよいかと思われる。

 初期のスカル&ボーンズは、阿片貿易で巨万の富を得たニューイングランドの有力商家が中心であった。17世紀に最初にアメリカにやってきたピューリタンの末裔たちが第一グループとされ、ホイットニー家、ロード家、ワッズワース家、アレン家、バンディ家、アダムス家、スティムソン家、タフト家、ギルマン家、パーキンス家などがある。第二グループは、18世紀から19世紀に巨万の富を得た名家で、ハリマン家、ロックフェラー家、ペイン家、ダヴィソン家、ピルスベリー家、ウェイヤハウザー家、そしてブッシュ家などである。

 ウイリアム・ラッセルがドイツ留学から持ち帰ってきたもう一つのものが、ヘーゲルの弁証法である。スカル&ボーンズは、このヘーゲルの弁証法を戦略として採用している。どんなものかというと、簡単にいえば、まずテーゼ(定立)を立てて、それに対してアンチテーゼ(反定立)をぶつけて、ジンテーゼ(総合)を導きだすというもので、正+反=合という図式で表せる。自らの優位を導くために、世界の中に意図的に対立を引き起こし、緊張が極まったところで自分たちを有利に導く解決策を提供するという方法論である。これもイルミナティーと同じで、キーワードは「分裂と混沌」。

 スカル&ボーンズは教育界に大きな影響を与えてきた。ティモシー・ドワイドがイェール学長。アンドリュー・ホワイトがコーネル大学の初代学長。ジョン・ロックフェラーはロックフェラー大学とシカゴ大学を創立。ダニエル・ギルマンは、カリフォルニア大とジョンズ・ホプキンス大の初代学長になっている。このギルマンがロックフェラーたちと一般教育委員会を設立し、米国の学問を方向づけた。
 また、ギルマンの愛弟子にジョン・デューイがおり、デューイはアメリカ「進歩主義教育運動」の思想的な柱となっている。このデューイの教育思想と理論は、戦後日本の教育にも大きな影響を与えた。

 スカル&ボーンズの中でも特に重要な人物がヘンリー・L・スティムソンである。
 スティムソンは、セオドア・ルーズベルト、ウィリアム・タフト、ウッドロー・ウィルソン、カルビン・クーリッジ、ハーバート・フーバー、フランクリン・ルーズベルト、ハリー・トルーマンと7人の大統領の側近を務めた。原爆を製造したマンハッタン計画の最高責任者でもある。

 陸軍長官であったスティムソンは、陸軍省内でスカル&ボーンズのフループを結成している。ジョン・マックロイ、ロバート・ロヴェット、マクジョージ・バンディ、ウィリアム・バンディ、ディーン・エイクソン、ジョージ・マーシャル、アヴェレル・ハリマン、プレスコット・ブッシュなど世界大戦時の重要な閣僚たちが名を連ねている。このグループが、第二次世界大戦前から戦後にかけての重要な戦略政策を練り上げ、日独両国の占領政策の立案にあたった。
 また、このグループは戦略事務局(OSS)を創設し、以降、その後進である中央情報局(CIA)はスカル&ボーンズ人脈を中心に構成されている。その他、スカル&ボーンズは、大学、財団、銀行、石油会社なども傘下に擁し、政府機関にも幅広く人材を送り込んできた。
 
 スカル・アンド・ボーンズの1947年の集合写真、ジョージ・H・W・ブッシュは時計の左にいる