東京第9回 2017.7

【東京地裁 2017年7月12日】

東京訴訟の第9回口頭弁論が7月12日、東京地裁で開かれた。連日きびしい暑さが続いている東京だが、103号法廷は96席ある傍聴席が支援者でほぼ満席となった。この日初めて傍聴にかけつけた労組、市民運動の関係者や朝日OBも少なくなかった。

■西岡被告、「当事者への取材を一切しなかった」ことが明らかに

午後3時開廷。原告と被告の双方が提出した準備書面を確認し合ったあと、原告弁護団事務局長の神原元弁護士が、第7準備書面の要旨を朗読した。第7準備書面は、被告側が「名誉棄損部分等一覧表」に記載した反論と抗弁(3月18日付記載)に対して、24ページにわたって詳細な批判を加えている。その要旨朗読の中で、神原弁護士は、被告側が「植村氏は金学順氏が養父によって身売りされて慰安婦になったことを知っていて書かなかった」としている点に主張をしぼり、「身売りされたという被告西岡の主張は証拠によっては全く証明されていない。金氏が国を訴えた訴状にも、(金氏の記者会見後の)韓国紙の記事にも、そのような記載は一切ない。金学順氏が身売りによって慰安婦にされたという事実は証明されていないと言わざるを得ない」と述べ、さらに「植村氏が意図的に偽りの記事を執筆したと西岡が信じるに足る相当な理由」(いわゆる相当性)についても、西岡氏は直接の当事者に一度も取材していないことを指摘し、「被告西岡の名誉棄損行為は、事実の証明がなく、相当性もない」とあらためて主張した。

西岡氏の取材内容とその問題点については、前回に植村氏側が14点にわたる質問(求釈明)を出していたが、その回答書面がこの日までに出されていた(6月12日付)。被告側はその中で、直接の当事者である金学順氏、尹貞玉氏(挺対協=韓国挺身隊問題対策協議会代表)、植村氏に一度も取材していないことを認めている。そのこと自体が驚きだが、その理由にはさらに驚くほかない。金氏については「入院中とのことで面会取材することはできなかった」「現地在住の在日韓国人に会って話を聞いた」、尹氏については「当事者ではなく研究者と言う立場であり、特段の取材の必要性を感じず、取材をしなかった」、植村氏については「原告が執筆した新聞記事についての批評をしたに過ぎず、同記事の執筆者に取材をしなかったことは問題とされるべきではない」というのである。西岡氏の取材と執筆の姿勢についてはこれまでにも批判が絶えなかったが、植村氏に対する重大な誹謗中傷と名誉棄損行為が、じつは当事者へのひとかけらの取材もなく行われたことが、この日の口頭弁論で明らかになった。

法廷ではこのあと、原克也裁判長が今後の進行について双方の意見を聞き、次回期日と書面提出の締め切り日、進行協議の日時を確認した。午後3時7分閉廷。次回(第10回)口頭弁論は10月11日午後3時から開かれる。


資料■神原弁護士の意見陳述要旨全文(書式は変えてあります)

1 はじめに

本件で、被告らは、要するに、金学順氏が身売りされた(乙10)先の養父は、従軍慰安婦募集の一手を担っていた悪質な仲介業者であり(乙12)、金学順氏は、日本軍によって強制連行されたのではなく、妓生の検番である養父によって、身売りされて慰安婦にされた、との事実を前提とした上で、「金学順氏がキーセンに身売りされたことを、原告が知っていたことは真実であり、少なくとも被告西岡において真実と信じるにつき相当の理由があった」と主張しているものと理解されます。

第7準備書面において、原告は、そのような事実は真実ではなく、また、被告西岡において真実と信じるにつき相当の理由もないと主張しております。以下では、この点を口頭にてご説明します。

2 金学順氏が「身売りされて慰安婦にされた」事実はない

まず、前提として、被告西岡の主張するところは、証拠によっては全く証明されていないことを強調しておかなければならない。この点はすでに第3準備書面で述べたとおりですが、極簡単に述べれば以下のとおりです。

すなわち、金学順氏が国を訴えた訴状(甲16)には、養父の記載はあるものの、「小さな部落で別れた」というだけで、「養父が金学順氏を慰安婦として慰安所に連れて行った」という記載はありません。韓国紙の1991年8月15日の各報道は、いずれも金学順氏と養父は暴力的に引き離されたと報じており(東亜日報 甲20、中央日報 甲21、ハンギョレ新聞 甲67)、養父が金学順氏を慰安所に身売りしたとの記載はありません。

被告西岡が論拠とする月間宝石記事(乙10)にも「サーベルと下げた二人の日本人将校と人の部下が待っていて、やがて将校と養父との間で喧嘩が始まり、『おかしいな』と思っていると、養父は将校たちに刀で脅され、土下座させられたあと、どこかに連れ去られてしまったのです」とあります。これらの記事から、金学順氏が慰安婦にされた経緯は必ずしも明確ではなく、むしろ日本兵が力ずくで金学順を連行した可能性の方が高いとすらいえるのです。

以上からすれば、金学順氏が身売りによって慰安婦にされたという事実は証明されていないといわざるを得ません。

3 相当性の前提

では、相当性はあるでしょうか。ここが本準備書面の課題です。

くり返し述べるとおり、「捏造」とは、「ないことをあるかのように偽って作りあげること、でっちあげること」(福岡高裁平成16年2月23日判タ1149号224頁 甲44、3頁)です。

中村明『日本語 語感の辞典』(岩波書店、2010年)には、捏造の意味について、以下のとおり説明されています。

「事実であるようにみせかけて偽りのものをつくりあげる意の用語で、やや専門語よりの文章語。「でっち上げる」以上に計画性や悪意が感じられる。「でっち上げる」の用法のうち、形だけつくようにいい加減にやっつけるといった意味合いでは代用できない」

そうすると、事実摘示であれ、論評であれ、「捏造」との表現を用いる前提としては、単に記事に誤りがあったという事実だけでは足りず、記者が意図的に偽りの記事をつくりあげたという事実の存在が必要だというべきです。なぜなら、「捏造」という言葉を使う以上、読者は、前提として「でっちあげ」と記述するに足る具体的事実があるものと考えるからです。本件では、「義母の裁判を有利にするため」という具体的な動機まで記述されているのであるから、なおさらだと言わなければなりません。

そうである以上、事実摘示であれ、論評であれ、「記者が捏造記事を書いた」という記載について相当性があるといえるためには、記者(原告)が故意に事実をねじ曲げて偽りの記事を執筆したとの事実を信じるに足る相当な理由がなければならないというべきです。

4 本件における相当の理由の不存在

本件では、まず、金学順氏は、原告が参加した1991年11月25日の聞き取りの際(甲14)、検番に売られたとか、身売りされたとは証言していないし、養父についてはその存在すら述べてません(甲14)。原告は、金学順氏が妓生学校に通ったというエピソードは慰安婦になった経緯と関連のある事実ではないと考えて、これを記事にしなかったにすぎないのであります。

被告西岡は、金氏が国を訴えた訴状(甲16)や、ハンギョレ新聞(甲67)月間宝石記事(乙10)に目を通しているというのですから、金学順氏の事案は、身売りの事案とは断定できないことを知っていたはずです。

被告西岡は、金学順氏に一度も直接取材をしたことがありません。金学順氏が「身売りによって慰安婦にされた」と主張する以上、直接本人から供述をえるのが当然だったし、そのことが可能であったのに、被告西岡はそのような努力を全くしていません。

また、被告西岡は、挺対協の代表である尹貞玉氏にも取材していません。。被告西岡は原告が金学順氏の情報を義母から入手したと主張し、これが「捏造」の根拠だと主張するのですから、原告の取材源を確認すべきだったのにそれもしておりません。

くわえて、被告西岡は、原告本人にも取材をしていません。被告西岡は、原告に一切の取材をせず、一度も話を聞いていないのに、「植村記者がキーセンへの身売りを知らなかったなどあり得ない。わかっていながら都合が悪いので意図的に書かなかったとしか言いようがない」とまで断定し、原告の記事を捏造だと主張しているのです。

5 結論

以上からすれば、被告西岡において、原告が故意に事実をねじ曲げて記事を書いたと信じたことについて相当な理由は、何ら存在していなかったと断ずべきであります。

早急に、原告の名誉を回復する判決を下されたく、ここにお願いする次第です。

以上

※原告第7準備書面(全文PDF)は下記にリンクがあります