東京第3回報告集会

■中野晃一上智大教授の講演

午後4時から、いつも通り参議院議員会館講堂で報告集会が開かれた。講演者の中野晃一さんは、右傾化する日本政治について「99年に6年ぶりに帰国してみたら、本屋にヘイト本が平積みになっている。ずいぶん変わったなと感じた」と自身の体験から説き起こし、この間の日本の変化と、その中で起きた植村さんへの攻撃に関し、ていねいに跡付けた。たいへん整理された話なので、中野さん自身の手によるレジュメの「まとめ」部分を、以下に再録する。

 1. ポスト冷戦世代の政治家、右派メディア・知識人、右派団体・運動体との連携で1990年代後半から始まったバックラッシュの流れが小泉政権期に主流化していった

 2. 自民党内の穏健保守、そして民主党の崩壊を経て、第2次安倍政権でついに歴史修正主義は、政権与党の公式な政策となってしまった

 3. オルタナティブとなる野党のない政党システムの下、自民党による国内メディアの統制・抑圧には相当程度成功してしまった

 4. アメリカを中心とした海外キャンペーンの展開が始まった

 5.  当面は、アメリカの顔色をうかがいつつ、許される範囲での歴史の書き換えを推進しよう.とするものとみられる

 6. 安保や経済面での対米追随政策とのバーターで、歴史修正主義のお目こぼしをしてもらう方針も、いずれ破綻する可能性

 7. 海外では、「慰安婦」問題は、女性の人権問題や軍事性暴力の問題と捉えられており、植村さんへの攻撃も同じく言論や学問の自由など人権問題と深刻に受け止められている


 ■植村隆さんの報告「vs産経新聞、韓国訪問を終えて」

休憩後は、植村隆さんの「V.S産経新聞 韓国訪問を終えて」と題する特別報告。韓国でナヌムの家を訪問した折に元慰安婦のおばあさんと抱き合ったが、彼女の体は本当に小さかった。「慰安婦問題とは、歴史資料などではなく、一人ひとりのおばあさんの悲しみだと小さい体を抱いて知った」と植村さんは語った。

その訪韓前の7月末に植村さんを取材に来た産経新聞の阿比留記者は、「強制連行」とかつて書いていた産経新聞を植村さんに示されると、「間違ってますね」と何度も繰り返すばかり。さらに植村さんが、慰安婦のおばあさんを取材したことは?と聞くと、阿比留記者は「ありません」と答えたという。

これらの経緯も含め、植村さんは「週刊金曜日」10月30日号から、5回の連載をする予定だ。


■学生たちの発言

植村さんの韓国の旅に同行した明治学院大学の学生たちもそれぞれに思いを語った。

「祖先の関わった侵略戦争。それを清算しなかった戦後。その上に私たちは在る」(1年の殿垣くるみさん)

「ハルモニの方々と手を握った。言葉につまった末、『私たちの歴史の中で、日本はひどいことをしました』と言うと、ハルモニから『そのことを日本の教科書に残しておくれ』と言われた」(4年の中村充孝さん)

北星学園大学で植村さんの教え子だった韓国人学生姜明錫(カン・ミョンソク)さんはソウルから自費で駆けつけ、「植村先生のバッシングはあまりに非常識なのに、日本言論はなぜ扱わないのか」。

■弁護団からの報告

続いて報告に立ったのは札幌の渡辺達生弁護士。西岡氏らと同じく植村氏の記事を「捏造」などと否定したジャーナリスト櫻井よしこ氏と新潮社など3社を相手取り、植村氏が札幌地裁に起こした名誉棄損訴訟の弁護団共同代表で、「(東京地裁へ審理を移すよう櫻井氏側が求め札幌高裁に退けられた)移送問題で、櫻井氏側が最高裁に特別抗告(という不服申し立て)を行い、その結果待ちで長引いているが、おそらく年明けには札幌地裁で第1回弁論が行われることになるのではないか」との見通しを語った。この日の東京地裁での第3回弁論の中身については、角田弁護士が簡潔に説明した。

■懇親会

近くの中華料理店でこの日夜に開かれた懇親会では、さまざまな立場の植村支援者が顔を合わせ、明治学院大学や専修大学など合わせて8人の学生たちも参加し、若やいだ場は夜遅くまで盛り上がった。                    (F記)