札幌控訴審第2回集会

【2019年7月2日 札幌市教育文化会館4階講堂】

午後5時30分開会。

はじめに、6月に「植村裁判を支える市民の会」の共同代表に就いた本庄十喜(ほんじょう・とき)さんがあいさつをした。
裁判報告では、この日の弁論内容を札幌弁護団の成田悠葵弁護士が解説し、さらに、6日前の東京地裁判決の問題点を、東京からかけつけた神原元弁護士が詳しく説明した。

裁判報告に続いて、韓国の民主化運動を牽引した「伝説的」ジャーナリスト、任在慶さんと李富栄さんのあいさつと講演があった。
植村さんの裁判を応援し韓国内に広めるために来日した両氏は、この日の裁判を最前列席で傍聴した。任さんは、初めて訪れた北海道の印象と日韓の民間交流の必要性を語った。李さんは、独裁政権時代の過酷な弾圧体験を交えながら、日韓関係の改善と悪化の歴史を振り返り、「朝鮮半島の平和の核は9条の精神にあるのではないか」と語った。両氏の強い自信にあふれた発言に、会場では共感の大きな拍手が起きていた。

集会の最後にジャーナリストの安田浩一さんと植村隆さんがそれぞれの思いを語った。

集会は午後8時半過ぎに終わった。参加者は80人ほどだった。


■社会正義実現のための異議申し立て

共同代表・本庄十喜さんのあいさつ(再録)

札幌地裁に続き東京地裁においても、植村訴訟は、信じがたい耳を疑う判決が続いています。このところ、日本国内では司法の良心とは一体何なのか、人権救済を一体どこに求めることができるのか、暗たんたるやりきれない判決ばかりが聞こえてきます。

しかし、植村さんがきょうの意見陳述で述べたように、歴史と真実に向き合うジャーナリズムの原点、それこそは市民社会の求める社会正義と合致するものだと思いますが、そのような社会正義が脅かされる場合、私たち市民ははっきりと異議申し立てをしなければなりません。

残念ながら日本社会は民衆の力で社会の変革をもたらした経験が非常に乏しいのですが、お隣の国、韓国は歴史上そのような経験が日本に比べて豊富だと思います。その意味で、日本よりも民主主義がより成熟した社会だと言えるでしょう。本日は韓国の民主化闘争の生き字引のようなお二人、任在慶さん、李富栄さんをお招きできたことをたいへん光栄に思っております。李富栄さんは本日、朝鮮半島における日本国憲法第9条をテーマに講演して下さいます。韓国の民主主義の体現者が第9条をどのように評価されるのか、講演をとても楽しみにしております。

日本社会でも不正義に対してノーという権利がきちんと保障され、社会正義を貫くことができる、まっとうな社会を私たちのものとするために、そして、それを未来に生きるこどもたちに受け継ぐために、控訴審も植村さんとともに、みなさんのお力をお借りして、ともに歩んでまいりたいと思います。ご支援のほど、よろしくお願いいたします。


■過去の過ちに向き合う国の強さ

ジャーナリスト・安田浩一さん

今年1月にたまたまソウルに行き、かつて拷問があった南営洞にも行った。映画「1987 ある闘いの真実」の中で、刑務所の独房で調書を書き写して外部に流すという場面があって、映画の中の作り話かと思っていたが、李先生の講演で、あのような真実があったということがわかった。ソウルには今でも拷問に使われた部屋や、政治家、記者たちが投獄された刑務所が残されている。自らの犯罪、自らの過ちをきちんと施設、建物として保存し、残している。そこに韓国社会の強さというものを感じた。

日本では戦争犯罪であれ、民主主義に反したこと、すべてを残していない。過去の遺物を葬り去って、過去に何をしたのか一つ一つ教えることなく、過去の過ちを頬被りをして、私たちの社会から見えなくしている。それが今の日本社会であり、植村裁判の本質もそこにあるのではないかという気がする

私たちの社会がしてきたこと、国がしてきたこと、誤ったことを見ないですむようにし、なかったことにして、私たちの社会は前に進もうとしている。植村さんがやろうとしたことは、それをきちんと見つめることであり、そしてそれを阻止する社会というものがあり、政治があり、今、このせめぎ合いが起きているのではないか。過ちをきちんと総括することもしなかった。そのツケがさまざまな形で今の社会に亀裂を生んでいるのではないか。

一昨年アメリカに行った。アメリカが良い国とは思わないが、しかし戦時中に日本人、日系人を収容した施設が全部残っている。しかも「レイシズムの歴史」という看板を掲げ、それがレイシズム、人種主義、人種差別であったこと、過ちであったこととして、残している。第二次大戦でアメリカと戦ったのは日本だけではない。ドイツもイタリアも戦った。しかしドイツ人もイタリア人も1人も収容所にはぶち込まれてはいない。なぜか。日本人はアジア人だからだ。つまり明確な人種差別があったことをアメリカは認めている。

私たちの国はどうか。戦時中の誤りを何も認めていない。私は誤りを認めることに国の強さ、社会の強さを感じる。軍事でも経済でも人の数でもスポーツの強さでもない、本当の強さは、過ちを認めると言う行為の中に見出したいと思う。

私たちの社会には少なくとも戦後、幸いなことに、朴正煕も全斗煥もいなかった。報道の在り方をめぐって極端な弾圧を受けることもなかった。しかし今、私たちの国のメディアは、韓国やアメリカ以上に、めちゃくちゃ弱くなっている。拷問も暴力も弾圧もない。けれどもたぶん、私たちの国のメディアは、忖度し、おもねり、国家権力に都合のいい記事ばかり書き続け、時に弱々しく政権を批判する。そういう構図の中で、私たちは生きているような気がする。

あえて乱暴なことを言う。日本の記者を黙らせるには拷問なんて必要ない。勝手に拷問されたような顔をしてくれるから。暴力も必要ない。勝手に暴力を受けたような泣き言を言ってくれるから。

私たちはメディアという枠組みの中で国家権力にきちんとものを言うことができるのか。

私たちはできることをしよう、書けることを書こう、そして書かなければならないことは絶対に書いていこう。李先生の講演を聞いて、あらためてそう決意した。


■巨大な敵と闘いながら若い記者を育てる「金曜塾」

植村隆さんの報告

私たちは巨大な敵と戦っているのだと思う。裁判の相手、櫻井よしこさんは、憲法改悪キャンペーンの民間組織のトップ。その機関紙に、東京訴訟の被告、西岡力さんは、安倍晋三首相と櫻井さんを慰安婦問題の「古くからの同志」という。

安倍さんは雑誌『正論』(0912月号)で「いま中学校の教科書に慰安婦の文字は無い」と自分たちの運動の成果をうたう。櫻井さんは1710月の産経新聞で「なんとしても安倍政権のもとで憲法改正を」と語り、安倍さんはビデオメッセージを櫻井さんの団体に送ってエールを交換する。

今年元旦の産経新聞の新春対談で、司会の櫻井さんが冒頭で「私は民間団体として、憲法改正の第一歩を後押ししたい」、安倍さんは「国民的な議論と理解が深まっていくように」と返す。今日買った雑誌『HANADA』」にも安倍・櫻井対談が組まれている

忘れてはならない戦争犯罪、伝えなければならない様々な歴史、記憶の継承に対するテロが起きている。ソウル南山ふもとの公園に、「記憶されない歴史は繰り返される」と刻まれた慰安婦に関するモニュメントがある。この言葉を噛みしめ、裁判の勝利、河野談話の継承、ヘイトのないお互いが尊敬する社会の実現を決意してきた。

さらに加えて、骨のある若い記者を育てることを目指している。

一つの取り組みは、日韓のジャーナリスト志望の学生が交流し、一緒に取材、討論し、酒を飲み、メシを食い、共に歴史を直視し、東アジアの問題を考えていく試み。これまで4回開いてきた。

1回目は韓国。元慰安婦のおばあさんが共同生活する「ナヌムの家」を訪れ、ソウル市長を共同取材した。

2回目は広島。中国新聞社を訪問、記者時代に朝鮮人被爆者の問題に取り組んだ平岡敬・元広島市長の話を聞いた。3回目は沖縄、今年5月には韓国の光州で文大統領の演説、ソウルでは李富栄さんの話を開いた。

6月から東京で「金曜ジャーナリズム塾」を始めた。初回はジャーナリスト青木理さんが講師。学生たちが青木さんの話を一生懸命メモしているのを見ると、我々の世代の経験が若い世代に引き継がれていくのを実感した。毎月第4金曜日の夜、週刊金曜日編集部の一角で開く。

「骨のある記者」を10年、20年と育てていければ、世の中は変わると信じている。