札幌第1回 2016.4

【札幌地裁2016年4月22日】

▼入廷する植村さんと弁護団(札幌地裁前)

■傍聴券求め長い列

 開廷30分前の午後3時。札幌地裁1階で傍聴券の抽選が始まった。並んだのは198人。報道関係者用などを除いた傍聴席57に対し、3・5倍の競争率だ。2基のエレベーターが「当たり組」を乗せ、8階と往復し始めた。

 805号法廷。原告弁護団の数が増えていく。何度もパイプいすが持ち込まれ、28人の弁護団席が確保された。その間に櫻井よしこ氏を含む被告側7人が、そろって入廷した。

 刑事裁判だと被告人には、第一審の公判に出廷する権利と義務がある。民事の被告に出廷義務はない。東京訴訟の法廷のように、被告の西岡力・東京基督教大学教授本人ではなく、代理人の弁護士しかいないのは、民事裁判でよく見かけることだ。それだけに櫻井氏の出廷は意外だった。そのうえ意見陳述する。普通の口頭弁論初回とは違う空気を、法廷で感じた。

 それぞれ20分の意見陳述に先立ち、岡山忠広裁判長が傍聴席に注意をうながした。「拍手したくなる時もあると思いますが、拍手は心の中でお願いします」。廷内にドッと笑いが起き、緊張がゆるんだ。

■3点にわたり櫻井批判

 植村隆氏の陳述は、攻撃の矛先が家族にも向けられていることを、もう隠せないと知った脅迫状から始まった。

 2015年2月2日に受け取ったその脅迫状は「『国賊』植村隆の娘である○○○を必ず殺す。期限は設けない。地の果てまで追い詰めて殺す。絶対にコロス」で終わっていた。恐怖。そして理不尽。千枚通しで胸を刺されるような痛みを、植村氏は絞り出すように話した。

 植村氏は25年前、元従軍慰安婦の金学順さんが韓国ソウル市内で、民間団体の聞き取り調査に応じていることを第一報の記事にした。

 櫻井氏は2014年3月3日、金さんは人身売買されて慰安婦になったとし(産経新聞朝刊1面コラム)、金さんが後に日本政府を訴えた訴状で「14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳の時再び継父に売られたなどと書いている」と、その根拠を示していた。

 植村氏は、訴状には「40円」の話も、「再び継父に売られた」とも書かれていないと指摘。「訴状にないことを付け加え、慰安婦になった経緯を人身売買と決めつけ、読者への印象を操作した。ジャーナリストとして許されない行為だ」と強く非難した。

 櫻井氏はまた「慰安婦と女子挺身隊は無関係」としているが、植村氏は、当時の韓国では慰安婦のことを「女子挺身隊」と呼び、日本のメディアも同様の表現をしていたと話した。そして櫻井氏がニュースキャスターだった日本テレビが、ドキュメンタリー「女子てい身隊という名の韓国人従軍慰安婦」を番組案内していることを例に挙げた。

 「調べればすぐ分かることを調べず、私の記事を『ねつ造』と決めつけ、憎悪をあおっている。問題の産経コラムのコピーに、手書きで『日本人を貶めた大罪をゆるせません』と書き込んだ匿名の手紙は、コラムにあおられたもの」と述べた。

  月刊誌で櫻井氏は、植村氏の教員適格性を問題にし、「こんな人物に、果たして学生を教える資格があるのか」と攻撃。また北星学園大学に対し「23年間、ねつ造報道に頬被りを続ける元記者を教壇に立たせることが、大学教育のあるべき姿なのか」と批判した。植村氏は、こうした発言への反応がインターネット上に現れた具体例を示し、櫻井氏の影響力を指摘した。

  櫻井氏が朝日新聞の慰安婦報道を批判し、朝日新聞廃刊を訴えていることについて、植村氏は「言論の自由を尊ぶべきジャーナリストが、言葉による暴力をふるっている」と逆批判した。「私はメディアからの取材、月刊誌への手記などで反論してきたが、『記事はねつ造』と断定し続ける人がおり、脅迫もやむことはなかった。こうした事態を変えるためには『司法の力』が必要です。司法の正しい判断は、表現の自由、学問の自由を守ることにつながると確信している」と締めくくった。

 被告席の櫻井氏は身じろぎもせず、真正面の植村氏を見据えていた。

  続いて原告弁護団共同代表の伊藤誠一弁護士は、「朝日」「植村」に絞った被告らの極めて公平を欠く執拗な攻撃は、その矛先が自らに向けられることを恐れたマスメディアを委縮させていると指摘。訴訟進行について意見を述べ、「わが民主主義のこれからと、言論のあり方の指針となる判断を」と陳述した。

■従来と異なる櫻井氏の論法

  一方の櫻井氏はまず「世に言う『従軍慰安婦問題』と強制連行の話は、朝日新聞が社を挙げて作り出し、植村氏はその中で重要な役割を担った」と主張した。

 34年前の記事で朝日新聞は、「軍命で済州島に出向き、200人の女性たちを強制連行した」という吉田清治氏を取り上げた。のちに事実無根と分かった吉田証言を報道し続けて日本軍の強制連行説を確立。次に植村氏が「戦場に連行された」女性の存在を報じて、「加害者の日本軍・被害者の朝鮮女性」という形が整えられたことになると、持論を展開した。

 櫻井氏は、元慰安婦の金学順さんが「女子挺身隊の名で戦場に連行された」と植村氏が書いたとして、その根拠を疑った。そして母親によってキーセンに売られた事実に触れていないことを問題視し、「取材対象が語らなかったことを書き、語ったことを省いた」と決めつけた。

 こうした櫻井氏の意見陳述では「○○なのは△△だったからではないでしょうか」「◇◇だとすれば▽▽のはずです」といった、従来の断定調と異なる論法が目につく。そして25年前の植村氏の第一報記事について「私はこの記事について論評したのであって、ねつ造記者と評したわけではない」と言う。

 また「植村氏が言論人であるなら、自分が書いた記事への批判には自分の責任で対応するのが当たり前のことだ。植村氏がそうせず司法闘争に持ち込んだ手法は、言論・報道の自由を害するものだ」と述べた。

■「要点」しか書かれていない桜井側書面

 両者の意見陳述の後、岡山忠広裁判長は櫻井氏側が提出した書面の内容が「要点」しか書かれていないことを柔らかな口調で指摘し、「フル規格」で書くように求めた。この点については植村氏側弁護士も「提訴から1年以上も経つのにどうして書けないのか」と発言した。

植村、櫻井両氏が真正面からぶつかり合うことになった口頭弁論。閉廷は午後4時25分。この後、植村、櫻井両氏はそれぞれ別の場所で記者会見を開き、意見陳述内容の説明などを行った。

text by H.H
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

植村氏の意見陳述 こちら
伊藤弁護士の陳述 こちら
植村氏の記者会見動画 こちら
櫻井氏の意見陳述 こちら