札幌訴訟第9準備書面

第6回口頭弁論(2017年2月10日)で陳述した第9準備書面の要旨

(編注1)表題と項目見出しの書式は変えてあります

(編注2)書面中、記事Aは朝日新聞1991年8月11日付、同Bは同12月25日付をいう

(編注3)書面中、事務連絡とあるのは、裁判所が論点を整理した項目に付した番号をいう

第9準備書面要旨①

2017(平成29)年2月10日

弁護士 福田亘洋

 

第1 本準備書面の趣旨

  今回の準備書面では、被告櫻井による本件各名誉毀損表現が,判例上打ち立てられた抗弁の前提を欠くほど悪質性を帯びたものであることを踏まえた上で、被告らの抗弁に対する反論を行っている。

  なお、被告櫻井の記述内容をそのまま掲載した被告株式会社新潮社ほか3社についても、被告櫻井が負うのと同様の責任を原告に対して負うことは当然である。


第2 被告櫻井による名誉毀損の悪質性

I 被告櫻井の記述は取材に基づく事実記述とは対極のものであり、原告に対する悪質な攻撃(バッシング)であること

  被告櫻井は、原告に対する悪質な攻撃(バッシング)の手段として、原告の記事の用語と内容を敢えて捻じ曲げて記述することで「捏造」「虚偽報道」と断定している。

  被告櫻井は、原告の記事Aを「捏造」であると言うために、敢えて記事の核心部分である元従軍慰安婦であった女性が自ら体験した性暴力被害を語つた点に一切触れていない。このような被害実態に触れると、被告櫻井の「信念」たる「強制連行はなかった。」ということが事実でないことが明確になるからである。

  以上のような被告櫻井の記述の目的、態度は、被告櫻井が、本件各記述を行うに際し、丁寧な直接の取材を経て、事実に基づき記述するというジャーナリストとしての基本的な手順を踏んでいないことに端的に示されている。

  このような被告櫻井には、抗弁を主張することの適格性すらないというべきである。

 

Ⅱ 被告櫻井による名誉毀損行為が極めて違法で悪質であること

 1 本件の特質は。被告櫻井の本件各名誉毀損行為が

    ① 我が国の言論界等において多人な影響力を有するジャーナリストたる被告櫻井によって、

    ② 事実を報道するにあたって当然行うべき正当な取材及び調査行為を行うことなく、

    ③ 23年近く前の記事を取り上げた上、その執筆者である原告に対するバッシングが最も功を奏する時期を選択して、原告のみをターゲットにして短期集中的に攻撃し、

    ④ 他方で同時期に同様の記事を発行した他紙には何ら言及せず、

    ⑤「従軍慰安婦」問題というセンシティブな人道上の国際問題に関する記事を原告が「捏造」したなどという極めて違法かつ悪質な言説を用い、

    ⑥ その結果、原告の名誉を多方向から失墜させた、

  というものである。

 2 被告櫻井は、原告の記事Aを「捏造」とか、原告を「捏造」記者などと悪意をもって断定しているとともに、原告が記事Aを執筆した動機を義母の日本政府に対する訴訟を支援するためだとまで言い切り、誤ったレッテルを張り続けることで、原告のジャーナリストとしての名誉はもちろん、「売国奴」「国賊」とまで貶められたという点て日本人として生きることに関する名誉をも失墜させた。

   被告櫻井の言説が流布された結果、原告やその家族も含めて、「売国奴」「国賊」「この一族、血を絶やすべき」「植村の居場所を突き止めて、なぶり殺しにしてやる」などの書き込み、脅迫や名誉毀損行為が拡散している。

  それだけにとどまらず、被告櫻井は、原告の従軍慰安婦に関する記事が「捏造」であり、原告がそれを訂正も説明もしないまま、北星学園大学で教員に従事し続けていることを、「改めて疑問に思う。こんな人物に、はたして学生に教える資格があるのか、と。一体、誰がこんな人物の授業を受けたいだろうか。」と述べ、大学教員である教育者としての名誉をも失墜させている。

3 ところで、被告櫻井は、約23年も前に執筆された記事A及びBを取り上げ、本件名誉毀損行為を2014(平成26)年4月から10月にかけて集中的に行っている。

  この年は、8月5日に株式会社朝日新聞社による「従軍慰安婦」問題の検証記事が発表され、12月22日には同社に関する第三者委員会による報告書が発表された年である。

  また、被告櫻井は、原告の記事A及びBを執拗に「捏造」記事であると主張する反面、これらの記事と同様内容の記事を掲載した国内他紙に対するバッシングは一切行っていない。

  つまり、被告櫻井は、原告のみを目の敵とし、同人に対するバッシングが最も功を奏するタイミングを見計らってで本件各名誉毀損行為を行っていたのである。

4 加えて、被告櫻井は、薬害エイズ名誉棄損訴訟にて被告の立場に立っており、名誉毀損行為の違法性阻却事由たる真実性や真実相当性の立証のためには、正当な取材行為が必要かつ重要であることを当然認識していた。にもかかわらず、本件各名誉毀損表現を行うにあたり、その前提としての初歩的かつ基本的な責務である取材行為を全くといって良いほど行っていない。

5 このように見ると、被告櫻井による本件各名誉毀損行為の違法性・悪質性は顕著であり、他の同種事案に比して際立っている。

  被告櫻井が、慰安婦の「強制連行はなかった」という自らの信念を流布する手段として、原告の記事A、記事Bを「捏造」記事とし、原告をターゲットにして悪質な攻撃(バッシング)に終始したというのが、本件名誉毀損行為の本質である。


第3 本件は事実の摘示による名誉毀損であり、かつ、公共性・公益目的も認められないこと

Ⅰ 本件は事実の摘示による名誉毀損である

 1 本件は、事実の摘示による名誉毀損であり、「公正な論評」が適用される場面ではない。

 2 事実の摘示と論評が表現上混在しているように思わわる場合でも、安易に論評と解釈すべきでないことは、最高裁平成9年9月9日判決が判示するところであり、被告櫻井論文イないし力における表現が事実摘示であって、意見・論評に該当しないことはこれまでに主張してきたとおりである。

 3 そして、事実摘示と意見・論評の区別は、証拠による認定可能性によって行われるべきところ、被告らは、被告櫻井の記述内容を意見・論評であるという結論を示すにとどまり、その論拠を何ら示していない。

 4 ところで、抗弁に関し、被告櫻井側は、原告が抗弁への反論を行っていないことに言及したが、抗弁に関する主張立証責任を負っているのは被告らであり、被告櫻井による本件各名誉毀損表現に、事実の公共性、目的の公益性及び適示事実の真実性もしくは真実相当性があることについて、主張することはもちろん、積極的に立証しなければならないのは被告らであるから、これができなければ。被告らの行為の違法性が阻却されないことを、念のため指摘しておく。

Ⅱ 被告櫻井の記述の意図から「公共性・公益目的性」が認められないこと

 1 被告櫻井が本件各名誉毀損表現を行ったのは、専ら「強制連行はなかった。」という持論(信念)を流布し、正当化させるという私益目的による。

 2 このことは、

    (ア) 記事Aには「強制連行」などとは記載されておらず、記事Aの本文においては、金学順氏につき「17歳の時、だまされて慰安婦にされた」と明記しており、被告櫻井が主張するように「日本軍による強制連行の事実があったと広く誤解され」たとの前提事実は読み取れないにもかかわらず、被告櫻井は、それがあったと主張していること

    (イ) 被告櫻井は、より鮮明に「連行されて日本陸軍慰安所に送られ」「強制連行」「強制的に」等と各記載した読売新聞社、産経新聞社に対しでは、全く批判せず、ことさら原告及び朝日新聞社を狙い撃ちしていること

    (ウ)慰安婦問題が大きく報道さ利るようになったのは、1991年8月14日に行われた金氏の記者会見が原因であり、記事Aによるものではないことはわずかの調査・確認で判明する事実であるにもかかわらず、敢えてそれをせず、あたかも記事Aが原因であるかのように流布したこと

 などの点から明らかである。

3 このように、被告櫻井の本件各名誉棄損表現は、原告に対する根拠のない誹謗中傷そのものであり、 その記述内容には、全く公共性・公益目的性は認められない。

                                                                                                                                                           以 上

 


 第9準備書面要旨②

2017(平成29)年2月10日

弁護士 秀嶋ゆかり

 第4 被告櫻井の摘示事実の真実性が認められないこと

  真実性の主張・立証責任は、被告らにあります。しかし、被告櫻井の摘示事実は根本的に誤っており、到底真実性が認められず、真実性の抗弁を主張する前提を欠いています。

 Ⅰ 事務連絡①について

1 原告は、「挺身隊」を「従軍慰安婦」を意味する言葉として用いており、両者が異なるものと認識しながら意図的に虚偽の報道を行ったことはありません。

2 韓国国内では「挺身隊」が「従軍慰安婦」を意味する言葉として定着しており、日本でも1991年以前から「挺身隊」が「従軍慰安婦」を含む用語として用いられていました。準備書面の別紙一覧表をご覧ください。このことは厳然たる事実です。

3 金学順氏をはじめ、被害者が「慰安婦」という屈辱的な言葉を口にしづらかったことは容易に想像できることです。禁止の被害を聴きとり、元「従軍慰安婦」被害者への支援を当時から現在まで続けているのが、まさに「韓国挺身隊問題対策協議会」です。この「挺身隊」を名称に用いた挺対協は、1990年11月に創立されています。

4 原告は、「韓国挺身隊問題対策協議会」を取材して記事Aを書いており、同協議会の名称及び活動内容は、原告にとって前提でした。

5 金学順氏は、記事Aの後である1991年8月14日の記者会見で、「挺身隊」という用語を用い、現に「挺身隊」との見出しで報道されていました。

6 これらの事実から、1991(平成3)年8月11日の原告の記事は事実に基づく報道であり、被告櫻井が、原告の記事Aを虚偽の記事であるとすることは、客観的に誤りです。

 

Ⅱ 事務連絡②について

1 原告は、記事Aにおいて、「戦場に連行され」との表現を用いており、「強制連行」とは記述しておらず、記事本文では「17歳のとき、だまされて慰安婦にされた」と記述していました。

2 「強制連行」と「連行」とは意味が異なりますが、被告櫻井は記事Aの「戦場に連行され」との内容を「日本が強制連行したとの内容で報じた」と意図的に言い換えています。

3 被告櫻井の摘示事実は、一般読者を基準にすると、原告が「日本(政府)が若い少女たちを(慰安婦として)強制連行した」と虚偽報道したと読者を認識させる内容であり、真実ではありません。

Ⅲ 事務連絡④について

1 原告は、金学順氏が「親に売られて慰安婦になった」とは聞いておらず、そのような認識もないため、この点に関する被告櫻井らの真実性立証は不可能です。

2 被告櫻井は、当時未成年の金氏が自身が慰安婦になることをいかなる意味でも事前に了解、同意していなかったこと、さらに金氏が、慰安所でどのような被害に遭ったと述べていたかを敢えて一切記述していませんが、そのこと自体、極めて悪質といわざるを得ません。

 Ⅳ 事務連絡③について

1 原告が義母の訴訟を支援する目的で意図的に虚偽の報道を行ったことはないため、被告らが、真実性を立証することは不可能です。

2 被告櫻井の記述は、原告が韓国語に堪能であり、原告の妻が韓国人であること、原告の義母が太平洋戦争犠牲者遺族会の幹部であることをもって原告の作成記事が「意図的な虚偽報道と言われても仕方がない」と記述しているのは著しく論理が飛躍しており誤りです。さらに、原告の妻、義母という個人のプライバシーを暴露し、原告を中傷するものであり、原告や家族に対する悪質な攻撃です。

 Ⅴ 事務連絡⑤について

「原告は…意図的に虚偽の内容の記事を書いていた」との事実はないため、被告櫻井が、原告は「意図的に虚偽の内容の記事を書いていた」との前提で、そのことの訂正も説明もせず、大学教員に従事し続けていると記述したことについて真実性は認められません。


第5 被告櫻井らが真実と信ずるについて相当の理由がないこと

Ⅰ 抗弁事実としての「真実相当性」

1 「真実相当性」、すなわち、真実であると誤信したとの抗弁が認め得られる場合とは、確実な資料や根拠に照らし相当な理由がある時に限られます(最判昭和47年11月16日 最高裁判所民集26巻9号1633頁)。

2 しかも、主要な部分、重要な部分について事実の真実性が認められなければ、真実相当性も否定されます。

Ⅱ 被告櫻井が摘示事実を信ずるについて相当の理由がないこと

1 被告櫻井は、原告が記事A、Bを書いた1991年当時の韓国や日本での新聞報道等の内容や、金学順氏が被害を名乗り出た際に「挺身隊」との言葉を用いていたこと、金氏は韓国挺身隊問題対策協議会の尹貞玉氏の元を訪れて被害体験を述べましたが、同協議会は「挺身隊」との名称を用いて「従軍慰安婦」の支援を行って来たことを知り得たものです。つまり、ジャーナリストである被告櫻井は、少しの調査や取材を行っていれば、「挺身隊」の用語が「従軍慰安婦」を意味する言葉として用いられたことが容易にわかったはずです。

2 被告櫻井は、2014年に至って、原告の記事Aの「連行」を敢えて「日本が強制連行したとの内容」と記述していますが、「日本が強制連行したとの内容で論じた」と信ずるについての相当の理由はありません。

3 さらに、被告櫻井は、金学順氏が「親に売られ」て従軍慰安婦になったと記述していますが、金氏の1991年8月14日の記者会見を踏まえた韓国国内での新聞報道や、1991年当時の国内での新聞報道等を確認すれば、金氏が、その意思に反して戦場の慰安所に連れて行かれたことを、容易に知り得たものです。原告は、金氏が「親に売られ」たことを知りながら敢えて書かなかったという被告櫻井の記述は真実でなく、真実と信ずる相当の理由もありません。

4 さらにまた、被告櫻井は、原告の各記事により太平洋戦争犠牲者遺族会の訴訟が有利に進むという客観的状況はなく、原告が義母の訴訟を支援する目的で記事を作成したものではないことを容易に知り得たものです。

 このように、被告櫻井が、原告の記事ABが虚偽であり、原告が虚偽であることを知りながら捏造したと信ずるについて相当な理由もありません。


第6 原告に対する名誉棄損表現は「公正な論評」ではないこと

Ⅰ 事務連絡⑤について――「公正な論評」ではないこと

 仮に、事務連絡⑤の内容を「論評」であるとしても、被告櫻井の各記述に「公正な論評」との評価はなりたちません。

Ⅱ 「公正な論評」の前提事実がないこと

 特に、被告櫻井の原告の教員適格に関する記事部分の主要な点は、裁判所の事務連絡①から④であるが、そもそもこれらが真実ではなく、真実相当性もありません。

 したがって、被告櫻井記述のうち、原告の教員適格に関する表現が、仮に意見・論評であると評価されても、違法性は阻却されません。

Ⅲ 被告櫻井の記述が「公正な論評」を論ずる前提を欠き原告に対する「人身攻撃」であること

1 被告櫻井は、敢えて事実を捻じ曲げて原告の各記述について誤った記述をしたうえ、原告の各記事を「捏造記事」と断定しています。

2 そのこと自体、「真実性の証明があるが、真実と信ずるにつき相当の理由」がなく、被告櫻井の記述内容は「公正な論評」を論じる前提を欠いています。

 しかも、被告櫻井が、原告の各記事について繰り返し「捏造記事」と断定して記述したこと自体が、「従軍慰安婦」問題に関するバッシングが酷い状況のもとで、原告に対する「人身攻撃」そのものであり、その点からも、「公正な論評」の抗弁が成り立つ余地はありません。                                                     以上