産経新聞の訂正問題

■産経調停は不成立で終結 2018年7月2日

産経新聞に寄稿した櫻井よしこ氏のコラムに誤りがあるとして、植村隆さんが産経新聞を相手取り訂正記事掲載を求めて東京簡裁に申し立てていた調停は、7月2日、不成立で終結した。

【朝日新聞7月3日付朝刊第3社会面】から引用

産経新聞のコラムに誤りがあるとして、元朝日新聞記者の植村隆・韓国カトリック大客員教授が産経新聞社を相手取り訂正記事を出すよう求めて東京簡裁に申し立てた調停は2日、不成立で終結した。植村氏の代理人が明らかにした。

コラムはジャーナリストの櫻井よしこ氏が、慰安婦問題について植村氏が書いた記事を批判する内容で、2014年3月3日付産経新聞に掲載された。櫻井氏が誤りを認め、今年6月4日付で訂正記事が載ったが、植村氏は内容に納得できなかったという。産経新聞社広報部は「6月4日付訂正をもって、できる限りの対応はしたと考えております」とコメントした(引用終わり)

■産経が訂正記事を掲載 2018年6月4日

ジャーナリスト櫻井よしこ氏が4年前に産経新聞に書いたコラム記事が、6月4日、同紙朝刊2面で「訂正」された。この「訂正」について植村隆さんは、「櫻井氏が私の記事を『捏造』という根拠が大きく崩れた。また、事実に基づかない慰安婦報道を正すという点で、前進があった」と、記者会見で一定の評価をした。しかし、訂正内容には問題があることも指摘した。「私への誹謗中傷、名誉毀損への謝罪やお詫びがない。また、訂正記事の末尾に『金学順氏が強制連行の被害者でないことは明らか』と、根拠に基づかない主張をしている」として、「この問題点を今後も追及し続けていく」と語った。

櫻井氏は5月25日発売の「月刊WiILL」7月号でも同じ内容の訂正をしたばかり。いずれも、3月23日にあった札幌訴訟第11回口頭弁論の本人尋問で植村弁護団の追及を受け、誤りを認めた上で訂正することを約束していた。

産経紙面で「訂正」されたのは、2014年3月3日付「真実ゆがめる朝日報道」と題するコラム記事の一部。櫻井氏はこの中で、「捏造を朝日は全社挙げて広げた」「捏造記事でお先棒を担いだ」と朝日新聞の慰安婦報道を批判する一方で、元日本軍従軍慰安婦だった金学順さんについて、

「この女性、金学順さんは後に東京地裁に訴えを起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳のとき再び継父に売られた、などと書いている」

と書き、従軍慰安婦否定派が主張する「人身売買説」を強くにじませた。

しかし、金学順さんの「訴状」には「14歳で継父に40円で売られ」「17歳のとき再び継父に売られた」との記載はまったくなかった。櫻井氏は「訴状」に書かれていないことを材料にし、金学順さんは親族に身売りされて従軍慰安婦になったのだ、と読めるように書いた。これはジャーナリストとしてはあるまじき論法であり、単純な事実誤認とか資料の取り違えではすまされない。なぜなら、櫻井氏のこの主張は、植村さんが書いた記事と真っ向から対立するだけでなく、植村さんを「捏造記者」だと決めつける根拠ともなっていたからである。

このコラム記事が出たのは、週刊文春が「“慰安婦捏造”朝日記者がお嬢様女子大学教授に」との記事を掲載した2カ月後。ネットや雑誌で植村バッシングに火がついた時期だった。櫻井氏はこのコラム記事と同じ内容のことを雑誌にも書き、テレビやインターネット番組でも語った。その結果、植村バッシングはさらに拡散され、すさまじい勢いで広がった。

それから2年後の2016年4月、札幌で植村裁判の審理が始まった。植村さんは第1回口頭弁論で行った意見陳述及び終わった後の記者会見で、このコラム記事の重大な誤りを指摘した。櫻井氏は、同じ時間帯に別の場所で開いていた会見で、記者の質問に答えて、「訴状にそれが書かれていなかったことについては率直に私は改めたいと思います」と語った。

植村さんは、櫻井氏のその発言を受けて、産経新聞に訂正申し入れを再三行った。しかし、産経は「コラムに何ら誤りはないと考える」「各種資料からも、家族による人身売買の犠牲者であることは明確に裏付けられている」などと反論し、訂正に応じなかった。そこで、植村さんは2017年9月に、東京簡裁に株式会社産業経済新聞社との調停を申し立てた

調停の協議は、2017年11月8日から2018年5月28日まで4回開かれた。産経側は第4回調停で、6月4日付紙面に訂正を載せることを明らかにした。その後、訂正文の文面はすり合わせがないまま、掲載された。調停途中で植村さん側は文面の用意はしていたが、結果的には一方的な掲載となった。調停は7月2日に第5回期日が設定されている。植村弁護団の吉村功志弁護士は記者会見で、「その場で今回のことの釈明を求める」と語った。 (H.N記 2018.6.4


■東京簡裁に調停申立 2017年9月1日

問題になっているのは、産経新聞が201433日付けの一面で掲載した櫻井よしこ氏の「美しき勁き国へ『真実ゆがめる朝日新聞』」と題するコラムです。その中で、櫻井氏は元慰安婦の金学順さんについて「東京地裁に裁判を起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳のとき再び継父に売られたと書いていると書いていますが、金さんの訴状にはそうした記述はまったくないのです

植村さんは記者会見で、「『訴状にない』ことを、あたかも「訴状にある」かのように書いて、私の名誉を毀損し、故金学順さんの尊厳を冒涜している」と述べ、櫻井コラムと産経新聞の対応について「ウソに基づいたフェイクニュースの類。明らかなルール違反で、情報の改ざんです」と厳しく批判しました。

櫻井氏本人も、2016422日の札幌訴訟の第一回期日後の記者会見では、「訴状にそれが書かれていなかったことについては率直に改めたい」と述べていました。その後も訂正がないため、植村さんは同年6月に内容証明で訂正を要求しました。

しかし、産経新聞は「重要な点は、訴状にそのとおりの表現で明記されているかどうかではない」として応じていません。それどころか、「当社は、各種資料からも、『金学順さんが家族による人身売買の犠牲者であること』は明確に裏付けられていると認識しております」と主張しています。

これに対し、植村さんの代理人である神原元弁護士は、当時の新聞記事や聞き取り調査などの金学順さんの証言を列挙したうえで「『家族による人身売買』を裏付けるような資料は見当たりません」と述べ、産経側が訂正を拒否し続けるなら、その裏付けとなる『各種資料』をすべて証拠として提出するよう求めました。

民事調停は、裁判官と調停委員が双方の言い分を聴いた上で,公正な判断のもとに調整する手続き。裁判の判決と異なって、双方の合意が必要になります。

記者会見で、なぜ裁判ではなく調停を申し立てたのかという質問に対して、植村さんは「誤りを訂正するという当然のことを求めているので、裁判以前の問題だと思うから」と答えました。また、金さんの訴状に問題の部分が記載されていないことを確認したY紙記者が、産経側の対応について「サッカーでいえば一発でレッドカードですね」と発言。植村さんも「その通り。『訴状によると』という原稿を書いている司法記者の皆さんなら、この問題の重みがわかると思う」と応じる一幕もありました。(T.M記 2017.9.1)

■記者会見で読み上げた声明全文はこちら



■調停申立書全文 <書式、書体は変えてあります。申立人、相手方の住所は略>

調 停 申 立 書

2017年9月1日

東京簡易裁判所 民事部 御中

 

申立人代理人弁護士   神  原   元

申立人    植 村    隆

 

相 手 方      産経新聞株式会社

  代表取締役 熊 坂  隆 光

損害賠償請求調停申立事件

訴訟物の価額 金320万円

貼用印紙額 金10,500円

 

第1 申立の趣旨

1 相手方は、相手方の発行する「産経新聞」に別紙訂正広告目録記載の訂正広告を、別紙要綱目録記載の要綱に従い、1回掲載せよ。

2 相手方は、申立人に対し、相当額の損害賠償金を支払え。

3 申立費用は相手方の負担とする。

 との調停を求める。

 

第2 申立の実情

1 はじめに

  本件は、元朝日新聞記者である申立人が、相手方が掲載した新聞記事によって、申立人が1991年に執筆した所謂「従軍慰安婦」に関する報道に対し、事実に反する報道で名誉を毀損された事案である。申立人は、2017年7月よりくり返し時事実の訂正を求めているが、相手方がこれを拒否したため、

 2 当事者

  申立人は、1982年(昭和57年)に、株式会社朝日新聞社(以下、「朝日新聞社」という。)に入社し、仙台、千葉支局を経て大阪本社社会部員、外報部員、テヘラン支局長、ソウル特派員、外報部デスク、北京特派員などを歴任し、北海道支社報道センター記者、函館支局長を務めた者である。2014年3月末、55歳で朝日新聞社を早期退職した。

  申立人は、大阪社会部に所属していた1991年8月と12月、所謂従軍慰安婦として韓国で最初に名乗り出た金学順(キム・ハクスン)についての署名入り記事を書き(甲1,甲2)、これが、相手方による誹謗中傷の対象となっている。

相手方は、「産経新聞」を発行する新聞社である。

 3 事実に反する記事による名誉毀損

  相手方は、相手方が発行する2014年3月3日付け産経新聞において、櫻井よしこ氏による「美しき勁き国へ『真実ゆがめる朝日報道』」と題する記事(甲3)を掲載した。当該記事には、以下の記載が存在した(以下、「本件記事」という)。

   「91年8月11日、大阪朝日の社会面一面で、植村隆氏が「『女子挺身隊』の名で連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍慰安婦』」を報じた。

  この女性、金学順氏は後に東京地裁に裁判を起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳のとき再び継父に売られたと書いている。植村氏は彼女が人身売買の犠牲者であるという重要な点を報じず、慰安婦とは無関係の「女子挺身隊」と慰安婦が同じであるかのように報じた。それを朝日は訂正もせず、大々的に紙面化、社説でも取り上げた。捏造を朝日は全社挙げて広げたのである。」

 4 本件記載が事実に反すること

  上記のとおり、本件記事は、「金学順氏は後に東京地裁に裁判を起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳のとき再び継父に売られたと書いている」ことを前提にして、申立人が「彼女が人身売買の犠牲者であるという重要な点を報じ」なかったことを批判するものである。

しかし、金学順氏が東京地裁に提出した訴状(甲4)の記載は、以下のとおりである。

「母は家政婦などをしていたが、家が貧乏なため、金学順も普通学校を辞め、子守りや手伝いなどをしていた。金泰元という人の養女となり、一四歳からキーセン学校に三年間通った

「一九三九年、一七歳(数え)の春、『そこへ行けば金儲けができる』と説得され、金学順の同僚で一歳年上の女性(エミ子といった)と共に養父に連れられて中国へ渡った。トラックに乗って平壌駅に行き、そこから軍人しか乗っていない軍用列車に三日間乗せられた。何度も乗り換えたが、安東と北京を通ったこと、到着したところが『北支』『カッカ県』『鉄壁鎭』であるとしかわからなかった。『鉄壁鎭』へは夜着いた。小さな部落だった。養父とはそこで別れた。金学順らは中国人の家に将校に案内され、部屋に入れられ鍵を掛けられた。そのとき初めて『しまった』と思った」

 上記のとおり、訴状には、金氏が養父にだまされたという記載はないし、そもそも、金氏が誰かに売られたという記載すらない。そうすると、金学順氏は後に東京地裁に裁判を起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳のとき再び継父に売られたと書いている」(以下、この記載を「本件記載」という。)というのは、全く事実に反するから、本件記事は、事実に反する記載に基づいて申立人を批判し、申立人の名誉を毀損していることになる。

 相手方は卑しくも報道機関であり、事実に反する記載に基づいて他者の名誉を侵害したのであるから、訂正記事を出すべきである。

5 相手方との交渉の経緯

 (1)申立人の訂正要求

   申立人は、2016年7月11日及び同年9月30日、相手方に対し、当該期日の訂正を求める内容証明郵便を発送した。

   相手方より、これに対する回答はなかった。

 (2)申立人による時効中断措置

   2017年3月1日、申立人は、本件記載について、不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効を中断する措置として、改めて訂正を求めるとともに、相当額の損害賠償金の支払いを求める内容証明郵便を送付した(甲5、3月2日に到達)。

 (3)相手方の反論

相手方は、5月23日付けで、「訴状には、金氏が、家が貧しく金泰元氏の養女となり、14歳からキーセンになるための学校に通ったことや、17歳の春に『そこに行けば金儲けができる』と説得され、養父に連れられて中国にわたり、中国で養父と別れ、将校に案内され、部屋に鍵をかけられたこと等が記載されています。つまり、養父にだまされて中国に連れていかれ、慰安婦にされたものと述べているものと理解されます」「この点で、植村氏が、金氏が家族による人身売買の犠牲者であるという重要な点を報じずに、慰安婦と無関係な『女子挺身隊』と慰安婦が同じであるかのように報じ、金氏が日本軍によって慰安婦にさせられ売春を強いられたかのようにいうことは極めて不当であり、真実をゆがめるものだと論じた上記コラムには、何ら誤りはないものと考えます。」「当社は、各種資料からも、『家族による人身売買の犠牲者であること』は明確に裏付けられていると認識しております。」等と反論し、訂正を拒絶する内容証明郵便を申立人に送付した(甲6)。

しかし、前記のとおり、訴状には、金氏が養父にだまされたという記載はないし、金氏が誰かに売られたという記載すらないのであるから、訴状の記載から「金氏が家族による人身売買の犠牲者である」等とは到底いうことができず、相手方の反論は誤りである。

 (4)本調停の申立

不法行為に基づく損害賠償請求権は、2017年9月2日に時効消滅することから、申立人は、記事の訂正を求め、本調停を申し立てることとした。


6 相手方が記事の訂正を行うべき根拠

 (1)相手方が報道機関であり、事実の誤った記事の訂正は常識であること

  相手方は「産経新聞」を発行する報道機関であり、その記事内容は国民の世論形成に重要な影響を及ぼす。言論の自由は民主主義社会の前提であり、報道の自由はその核心部分を形成しているが、事実を偽った報道は報道の名に値しない。本件記事の執筆者は桜井よし子氏であるが、報道機関はその内容に責任を持ち、事実に反する内容がないかどうか事前にチェックするのが当然であるし、事後に事実の間違いがあれば訂正記事を出すのが報道の世界の常識となっている。

  実際、相手方は2015年2月23日付朝刊の「正論」欄で、相手方が慰安婦報道への批判論者に名誉を棄損されたとして起こした訴訟などを取り上げた現代史家・秦郁彦氏の論考を掲載したところ、その中で「植村氏は訴訟までの約1年、被告ばかりか日本メディアの取材を拒否し、手記も公表していない」と記したのは誤りだったとして、同年6月8日付朝刊に訂正記事を掲載している(甲7)。

  そうすると、明らかに誤った内容の本件記事について訂正しない理由はない。

 

(2)桜井よし子氏自身が誤りを認めていること

   また、本件記事の執筆者である桜井よし子氏も、2015年4月22日、札幌地裁における名誉毀損訴訟の第1回期日後の会見において「訴状にそれが書かれていなかったことについては率直に改めたい」と述べている(甲8)。

  執筆者自身が訂正すると述べているのに、掲載者の相手方があえてこれを拒絶する理由が見当たらない。

 

(3)その他の資料の記載

  なお、相手方は、「当社は、各種資料からも、『家族による人身売買の犠牲者であること』は明確に裏付けられていると認識しております。」と主張しているので、金学順氏に関する報道資料を検討しておく。

ア ハンギョレ新聞記事

 金学順氏が初めて実名で記者会見をした、1991年8月14日の会見内容を伝える韓国紙ハンギョレ新聞(甲9)の報道は次のとおりである。

  「1924年満州吉林省で生まれた金さんは父親が生後100日で亡くなってしまい、生活が苦しくなった母親によって14歳の時に平壌にあるキーセンの検番に売られていった。3年間の検番生活を終えた金さんが初めての就職だと思って、検番の義父に連れられていった所が、華北のチョルベキジンの日本軍300名余りがいる小部隊の前だった。

『私を連れて行った義父も当時、日本軍人にカネももらえず武力で私をそのまま奪われたようでした。その後、5ヶ月間の生活はほとんど毎日、4~5名の日本軍人を相手にすることが全部でした。』」

   この記事によれば、確かに金学順は14歳のときに母親によってキーセンの検番である義父に「身売り」されたことになる。しかしそのことと、金学順が「慰安婦」にされたこととは何の関係もない。後にようやくキーセンとしての仕事に就こうとしていたところ、キーセンの仕事とは何も関係なく日本軍が義父から金学順らを「武力で」奪ったことで、「慰安婦」にされてしまったという経緯がはっきり書かれてあるだけである。

  そうであればこの記事からわかることは、金学順は日本軍によって武力で奪われて「慰安婦」にされたという事実であって、「親に身売りされて慰安婦になった」というのとは似ても似つかない経緯である。


イ 月間宝石記事

  金氏が「武力で」強制的に慰安婦にされた状況がよく分かるのは、92年1月5日発行の月刊「宝石」掲載「もうひとつの太平洋戦争~私たちの肉体を弄んだ日本軍の猟色と破廉恥」である(甲10)。同紙掲載のインタビューによれば、金氏が慰安婦になった経緯は以下のとおりである。

「私は、満州吉林で生まれました。…生活がくるしいために母は二歳になった私を連れて、生まれ故郷の平壌に帰り、親戚を頼ったのです。…その後平壌にあった妓生専門学校の経営者に40円で売られ、養女として踊り、楽器などを徹底的に仕込まれたのです。

ところが、17歳のとき、養父は「稼ぎにいくぞ」と、私と同僚の『エミ子』を連れて汽車に乗ったのです。着いたところは満州のどこかの駅でした。サーベルと下げた二人の日本人将校と人の部下が待っていて、やがて将校と養父との間で喧嘩が始まり、『おかしいな』と思っていると、養父は将校たちに刀で脅され、土下座させられたあと、どこかに連れ去られてしまったのです。」

 この記事からすれば、金氏が「人身売買によって」慰安婦になったと  定できず、むしろ力尽くで日本兵が金学順を奪い取ってしまった可能性の方が高いとすらいえる。

 

ウ 北海道新聞記事

日本で初めて金学順氏を直接取材した北海道新聞1991年8月15日の記事(甲11)の記載も同様である。同記事の記載は以下のとおりである。

「学順さんの説明によると、十六歳だった1940年、中国中部の鉄壁鎮というところにあった日本軍部隊の慰安所に他の韓国人女性三人と一緒に強制的に収容された。『「養父と、もう一人の養女と三人が部隊に呼ばれ、土下座して許しを請う父だけが追い返され、何がなんだか分からないまま慰安婦の生活が始まった』(学順さん)」

北海道新聞の記事も、金氏が日本軍に強制的に連行されて慰安婦にされたという状況の描写は、概ね他の資料と符号している。

エ 産経新聞記事

相手方が発行する産経新聞の報道内容は以下のとおりである。

「第二次世界大戦中『挺身隊』の名のもとに、従軍慰安婦としてかりだされた朝鮮人女性たちの問題」(産経新聞1991年9月3日 甲12)

「金さんは17歳の時、日本軍に強制的に連行され、中国の前線で、軍人の相手をする慰安婦として働かされた」(産経新聞1991年12月7日 甲13)

「金さんは日本軍の目を逃れるため、養父と義姉の3人で暮らしていた中国・北京で強制連行された」(産経新聞1993年8月31日 甲14)

相手方が発行する産経新聞の報道内容は、連行の場所や状況が他の資料と異なるものの、従軍慰安婦を「挺身隊」と表現している点は申立人の記事と同一であるし、金学順氏が日本軍に強制連行されて慰安婦にされたという点でも一貫している。

オ 小括

以上からすれば、訴状を見ても、他の資料をみても、金学順氏が「人身売買によって慰安婦にされた」という事実は裏付けることはできず、相手方自身「金学順氏は日本軍に強制連行されて慰安婦になった」と報道していたのであるから、相手方の主張する事実関係は全く誤っている。

そうすると、相手方は、全く事実に反する報道で申立人の名誉を毀損し、しかも訂正に応じないということになる。

7 申立人の請求

以上のとおり、相手方は事実に反する報道により申立人の名誉を侵害したのであるから、申立人は、名誉権の回復措置としての訂正記事の掲載、及び相当額の損害賠償金を請求する。

なお、申立人は、誤った記事を訂正するのがジャーナリストの使命であると考えているので、訂正記事の掲載が実現する場合には、あえて損害賠償金は求めない所存である。

8 資料開示請求

前記のとおり、相手方は、「当社は、各種資料からも、『家族による人身売買の犠牲者であること』は明確に裏付けられていると認識しております。」と反論している。

そこで、相手方の保有する「各種資料」を全て証拠提出されたい。

以上

証 拠 方 法

甲1  朝日新聞記事(申立人が執筆した1991年8月11日付け記事)

甲2  同上(12月25日付け記事)

甲3  産経新聞記事(2014年3月3日付け記事 「本件記事」)

甲4  訴状(91年12月に金学順氏が東京地裁に提出したもの)

甲5  内容証明郵便(申立人による訂正要求)

甲6  回答書(相手方による回答)

甲7  産経新聞記事(2015年6月8日付け 訂正記事)

甲8  産経ニュース(2016年4月22日の櫻井よしこ氏の会見内容)

甲9  ハンギョレ新聞記事(1991年12月15日付け 金学順氏の会見内容)

甲10 月刊「宝石」記事(1992年1月5日発行)

甲11 北海道新聞記事(1991年8月15日付け)

甲12 産経新聞記事(1991年9月3日付け)

甲13 産経新聞記事(1991年12月7日付け)

甲14 産経新聞記事(1993年8月31日付け)

 

添 付 書 類

1  申立書副本        1通

2  甲号証写し             各2通

3  資格証明書              1通

4  訴訟委任状                            1通

以上

 

(別紙)

訂正記事目録

 弊社は、2014年3月3日付け「産経新聞」「美しき勁き国へ『真実ゆがめる朝日報道』」と題した記事を掲載し、その中で、「金学順氏は後に東京地裁に裁判を起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳のとき再び継父に売られたと書いている」と記載致しましたが、そのような事実はありませんでしたので、当該部分を取り消し致します。

 

年 月 日

相 手 方      産経新聞株式会社

 代表取締役 熊 坂  隆 光

(別紙)

掲載要領目録

 

掲載媒体  産経新聞社

掲載場所  1面

大きさ   23mm×157mm

フォント  紙面の他の部分の文字と同じ