2015年1月31日 従軍慰安婦問題の報道で週刊文春など一部メディアから激しいバッシングを受けてきた植村隆さんが、このほど、損害賠償などを請求する名誉棄損訴訟を東京地裁に起こしました。 この裁判は、植村さんを「捏造記者」と決めつけて誹謗中傷を繰り返した週刊文春と西岡力氏(東京基督教大学教授)を相手どり、植村さんの傷ついた名誉を回復させるものです。代理人には地元札幌ほか全国の弁護士170人が名前を連ねています。 植村さんは、一連の朝日バッシング報道の中で、まるで“主犯”のような扱いを受けました。誹謗中傷や脅迫、いやがらせは本人だけでなく、家族にまで及びました。朝日を退職して転職することになっていた大学からは契約を取り消され、非常勤講師をつとめる大学にも攻撃や業務妨害行為が加えられました。その間、植村さんが味わった苦労や心痛、恐怖そして被害は、私たちには計り知れないほどに過酷なものだったと思います。 法廷での闘いが始まったいま、相手側からの攻撃は強まりこそすれ、弱まることはないでしょう。裁判は東京で行われるため、これまでの精神的、肉体的な負担に加え、札幌からの往復や連絡などにかかる経済的負担も過重なものになるでしょう。 私たち退役世代が物心両面でできる支援には限りがありますが、植村さんがかかえる負担が少しでも軽くなるように、ささやかではありますが、カンパをして支え、励ましたいとと思います。 ひとりでも多くの方のご賛同を、よろしくお願いします。 【カンパ実施要領】 ◆金額 ひとり一律3、000円 ひとりでも多くの方に賛同していただくために、低い額におさえました ◆払込先 植村隆さんを支え励ますOBの会 ゆうちょ銀行 口座番号 02760-6-70335 同封の払込用紙をお使いください。払込手数料は各自でご負担をお願いします(郵便局窓口130円、同ATM80円)。通信欄に氏名と住所を必ずお書きください。メッセージ書き込みも可です。 ◆受付期間 2月10日から3月20日まで ※口座は現在も開設しています。 追加呼びかけ(2015年3月5日) 札幌に住む元朝日新聞記者植村隆さんに対して、極めて悪質な誹謗中傷が昨年初めから一部メディアで繰り広げられています。植村さんはこのほど、西岡力、櫻井よしこの2人、週刊文春、週刊新潮、週刊ダイヤモンド、月刊WiLLの発行元4社を名誉棄損で訴えました。 しかし、いまもネット上では植村さんへの攻撃が続いています。そして、残念なことに私たちのまわりにも、植村さんに疑いの目を向ける人がいます。誹謗中傷を真に受けている人が少なくありません。一部メディアが垂れ流したデマが世間一般に流布し、こびりついてしまった、ということです。 私たちの活動は植村さんの裁判を支えることを目的としていますが、それと同時に、植村さんにまとわりつくデマをきちんと取り除くこともだいじなことだと思っています。 ▽植村さんは慰安婦報道の主犯ではない、 ▽捏造記事は1本も書いていない、 ▽韓国人義母の運動に利する意図はない、 ▽韓国の反日世論を煽ってはいない、 ということを理解していただきたいと思います。以下、植村さんの手記や記事をもとに、わかりやすく説明します。 ■「植村記者は朝日の慰安婦報道の主犯だ」との見方について。 朝日の社内にもそんな声があるそうですが、とんでもない誤解であり、いいがかりです。 植村さんが慰安婦について書いた署名記事はたったの2本です。24年前の91年8月11日付と同年12月23日付のもので、いずれも韓国で初めて名乗り出た元慰安婦、金学順(キム・ハクスン)さんについて書いただけです。もちろん、虚報として取り消された「吉田清治証言」について書いたことは1度もありません。それどころか、97年には「吉田清治証言」検証作業チームの一員として済州島で調査をし、証言にある事実は裏付けることができない、との報告を提出しています。 朝日の慰安婦問題報道の最大の過ちは「吉田清治証言」に関する報道とその後の対応の過ちであって、主犯という言い方が許されるなら、その記事を書いた記者、それを長年放置した関係者、そして今回の検証特集記事で謝罪をしなかった経営幹部たちこそが主犯でしょう。 1月にあった外国特派員協会の記者会見で、日本人ベテランジャーナリストが植村さんに向かって「あなたは何本、吉田証言の記事を書いたのか」と質問して、失笑とひんしゅくを買っていました。誤った理解が世間一般に広く流布されていることが如実に示された一幕でした。ちなみに、「吉田清治証言」が初めて記事になったのは82年9月、松井やより記者が韓国人従軍慰安婦のインタビュー記事を書いたのは84年11月で、植村さんは91年です。慰安婦報道の主犯どころか、トップランナーでもないのです。 ■「植村記者は記事を捏造した」との見方について。 捏造などしていません。西岡、櫻井らが問題にしているのは、91年8月11日付記事についてです。植村さんは同記事のリードで「女子挺身隊の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人従軍慰安婦のうち一人がソウル市内に存在していることがわかり」と書いていますが、西岡らは「女子挺身隊、連行、強いられた」の語句をとらえ、「強制連行された、と書いているが、その事実はない、彼女は妓生学校に通っていた女性だ」と攻撃をしているのです。挺身隊とか連行という語句は慰安婦報道のキーワードですが、当時、韓国社会には女子挺身隊=従軍慰安婦という見方が強くあったことも背景にあります。つまり、当時は決まり文句というか定型文となっていたわけで、同様の表現は朝日にも他紙にもたくさんありました。植村さんだけが攻撃されるいわれはありません。(この点については、2014年8月5日付「慰安婦報道」検証特集で、挺身隊と従軍慰安婦を同一のものとした混同、誤用があったことを認め、93年以降はそのようなことのないように気をつけた、と書いています。これは慰安婦報道全般について“反省”したものであって、植村さんの記事を特定しているものではありません。 植村さんは、同記事の本文では「女性の話によると、17歳の時、だまされて慰安婦にされた。2、300人の部隊がいる中国南部の慰安所に連れて行かれた」と書いています。「強制連行」というニュアンスはありません。なのに、捏造とはどういうことなのでしょう。西岡はリードにある「女子挺身隊の名で戦場に連行され」は一般例であるのに、それを金学順さんにもあてはめて「詐称」とか「事実誤認」と言いたいようですが、一般例と具体例をいっしょにした悪意のある読み取り、あるいは読解力不足による曲解いうことのようです。翌92年から文春などでこの記事を攻撃してきましたが、最初は「事実誤認がある」という表現の批判でした。それがいつの間にか「捏造」になっています。新しい事実が発見されたわけでもないのに不思議、不可解です。 ■「韓国人の義母の運動を利するために記事を書いた」との見方について。 植村さんは1991年に韓国人女性と結婚しました。前年に韓国取材中に知り合ったそうです。ところが当時、その女性の母は韓国の戦争未亡人の団体「太平洋戦争犠牲者遺族会」の幹部でした。 西岡はそのことに着目して、「植村記者は日本国を相手に裁判を起こして闘っている遺族会の常任理事の娘と結婚している。金学順さんについて植村記者が第一報を書けたのは、義理の母からの情報提供によるのだろう」と著書の中で書いています。 この点について、2014年8月5日付「慰安婦報道」検証特集では、「取材のきっかけは当時のソウル支局長からの情報提供でした。義母との縁戚関係を利用して特別な情報を得たことはありませんでした」と書いています。また、第三者委員会の報告書も「個人挺な縁戚関係を利用して特権的に情報にアクセスしたなどの疑義も指摘されているが、そのような事実は認められない。取材経緯に関して植村は、当時のソウル支局長から紹介を受けて挺対協のテープにアクセスしたと言う。そのソウル支局長も挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)の尹氏から情報提供を受け、前年に慰安婦探しで韓国を取材していた植村に取材させるのが適当と考えて情報を提供したと言う。これらの供述は、ソウル支局と大阪社会部(特に韓国語学留学経験者)とが連絡を取ることが常態であったことや植村の韓国における取材経歴等を考えると不自然ではない。植村が元慰安婦を匿名とする記事を書いた直後に、北海道新聞に単独インタビューに基づく実名記事が掲載されたことをみても、植村が前記記事を書くについて特に有利な立場にあったとは考えられない」としています。 西岡らの指摘は、邪推に過ぎず、下種の勘繰りだということです。植村さんによれば、義母が金学順さんに初めて会ったのは植村さんが記事を書いた後でした。それまでは面識がなかったことをわかってもらうために、植村さんは義母の当時の日記を公開しています。また、挺対協と遺族会はまったく別の組織です。挺対協は進歩的、遺族会は保守的なこともあり、両者が連携して情報提供をすることなどあり得ないともいいます。 ■植村記者は韓国の反日世論を煽った、との見方について。 慰安婦問題が韓国だけでなく欧米各国にも広がっていることについて、櫻井らは朝日新聞の慰安婦報道が火をつけたからだ、朝日は日本を貶めた、などという主張を繰り返しています。植村さんは「捏造記者」のほか「反日」「売国奴」という悪罵を浴びせられています。しかし、慰安婦問題で、韓国政府と韓国の国民が批判し、米国をはじめとする国際世論が問題としているのは、じつは櫻井らの言動なのです。日韓関係を悪化させ、国益を損ねてきたのは、朝日新聞でも植村さんでもなく、櫻井らなのです。 そもそも、従軍慰安婦が韓国で問題になったのは、朝日の最初の吉田証言記事が出てから10年近く経った1991年のことです。同年8月に元慰安婦が名乗り出て慰安婦問題がクローズアップされ、同12月には日本政府に賠償を求めた提訴が行われました。元慰安婦が名乗り出た背景には、韓国の民主化(1987年)により人権意識が高まり、当事者たちが高齢化していたことがありました。元慰安婦が名乗り出た時、朝日は記事にしたが(植村記者)、それが韓国世論を動かしたわけでもありません。ましてや、その10年近く前の「吉田証言」記事が影響したわけでもない。 国際的に大きな問題になったのは、2007年3月です。当時の安倍首相が国会答弁で「(慰安婦問題で)強制性を裏付ける証拠がなかったのは事実」と発言しました(この発言には、強制性がなかったから問題はない、という含意があり、安倍首相はこの後も同じ発言を繰り返しています)。安倍首相は米メディアの批判を浴び、同4月に訪米したさい、米議会幹部とブッシュ大統領に謝罪するハメに追い込まれました。 ところが同年7月、安倍を支援する桜井よしこ、高市早苗らがこんどは米紙に「慰安婦は性奴隷ではなく公娼」などとする意見広告を出したため、国際世論にさらに火がつきました。米下院、オランダ下院、カナダ下院、欧州議会などが、日本政府に対して責任を公式に認め謝罪を求める決議を採択しました。すべて安倍晋三らの言動が引き金となったのです。韓国での問題化と同様に、海外でも朝日新聞の報道がきっかけとなったのではありません。 そのような事実から日本国民の目をそらさせ、自分の責任を認めようとしない安倍首相は、朝日のこのたびの誤報謝罪を絶好の反撃材料として悪用し、吉田証言は捏造だったから慰安婦問題はなかった、といわんばかりの屁理屈を弄しているのです。安倍にとって、慰安婦問題は政治生命をかけて取り組んできた懸案であり、なりふりかまわず必死にならざるを得ないのでしょう。 |