utsuo diary 2008 tour

Pascals Europe Tour 2008(5/6 - 5/28)
フランス、スペイン

2008年5月6日(火)出国(移動日)
成田 → Paris(CDG) → Le Mans

5/6、深夜1時を過ぎても、まだ荷づくりが出来ていないのはいつものこと。違うのは、テロ対策。空港で足止めされるのは避けたいので、とにかく液体っぽいもの何でもかんでもビニール袋に入れてみる。100ml以上のものはトランクに入れれば持って行けるらしい。粉末は?

今回、ツアーに参加できないメンバーより、急きょ届けられた御守りの癒しオイル&クリームは、ツアー終了まで肌身離さず持っていたいので、これだけは回収されませんようにと祈る。トランクの傷を念入りに修理&チェック。

早朝6時半に家を出て、成田エクスプレスで空港へと向かう。ゴールデンウィーク明けで思ったより混雑しなかった。搭乗ゲートに着くと、私達の乗る飛行機が見えた。晴れた滑走路に光る機体が眩しい。どうか無事に飛んで欲しい。とりあえず今日は本番がない。移動するだけだから、と何度も自分に言い聞かせる。自宅から搭乗ゲートまでで、まず一仕事。ここからパリまで、もう一仕事。そして、パリに到着後、いつものツアーバスに乗り換えて宿泊地のル・マンまで、あともう一仕事終えて、今日のスケジュールは終了だ。長い移動の一日が始まった。

予定より10分ほど早い現地時間の夕方4時過ぎにパリCDG空港到着。機外に出ると、パリは快晴。暑い。通路のガラス窓越しに滑走路が眩しく光っている。まるで昼間のような明るさと日差しだ。トランク出したり楽器・機材受け取ったり入国審査などして、ようやく出口へ。心配が当たってしまった。またトランクが壊れている。今度は滑車の部分まで亀裂が入っている。ツアー3回続けて破損。ホテルに着いたらすぐ応急修繕しておかないと。ツアーは始まったばかりだ。

RUNツアーマネージャーのフィリップ、別便でやって来たメンバー達とも無事合流し、駐車場で待機していた、いつものツアーバスを見つけるとホッと安堵感。

バス乗り場はパリのディズニーランド行きシャトルバス乗り場でもある。移動の前にちょっと記念撮影。まだ元気だ。良かった。

パリ市内は、ツアーのたびに必ず最初に通る街なので懐かしく、夕方6時半過ぎてまだ昼間のような明るさの市街や人波をながめながら(飛行機から降りたんだー)と実感する時間。

いつも気になるフランスの、あの独特の甘い匂いも今回はあまり気にならない。慣れたのだろうか。

しかし、今日はまだ終わっていない。本日最後の移動、パリCDG空港から今夜の宿泊地ル・マンまでは車で約2時間と聞いていたが、案の定、渋滞に巻き込まれた。

2時間かけてやっとパリを抜け、途中のドライブイン休憩で「夕食の調達を」と言われ我にかえる。ホテル到着の頃には周囲の店がもう閉まっているため、食事がとれないだろうとの話。そんなに早く着けるわけがないと思っていた。ショッピングモール奥にマクドナルドがあったのでテイクアウトと思って入ったが、ものすごく高くてびっくり。諦めてスーパーで安いパンと惣菜を少し買う。

前回より物価がものすごく高くなっている。500ml入りペットボトルの水が2.4€、日本円で約400円。ショッピングモールを出てバス乗り場に向かう途中で真っ赤な美しい夕陽を見てメンバーしばし足を止めてジッと眺めていた。あと何時間で横になれるんだろうとか考えながら。

再びバスに乗り込んでさらに約1時間経過。途中で、酔い止めや安定剤やらの薬が全て時間切れとなり、ギリギリの状態で意識モウロウとなる。ホテルに辿り着いたのはフランス時間の夜11時30分。出発からちょうど24時間。「ル・マンって、あの24時間耐久レースの街?」と誰かが言った。まさに今日は24時間耐久レースの一日だった。

2008年5月7日(水)公演日
Le Mans → Quimper / Teatre de Cornouaille

翌朝、ホテルの窓の外からの音で起こされる。朝の出勤ラッシュだ。泊まったホテルは駅前だった。昨晩は歩いている人が誰も居なくて寂しい街だなという印象だったが、どこからこんなに人があふれて来るのかというくらい、駅へと急ぐ人、路線バスを待つ人。路面電車も忙しく走っている。ホテル1階のカフェテリアで女性従業員が日本の浴衣を着て珈琲を淹れているのをぼんやり見ながら簡単な朝食をとり、私たち一行は、朝9時、ツアー初演地のカンペールへと出発。

車中で今日のリハーサル

ドライブインで昼食など休憩して、約6時間後の午後3時すぎに、カンペールのホテルに到着。

カンペールのホテルに到着。旧市街にも演奏会場にも近く、予定よりも少し早く着いたので1時間ほど自由時間ができたので、歩いてカンペール旧市街散策に出掛けることに。

自由時間が1時間は長い方だと思うが、それでもこの旧市街を一周するには到底足りない。

運河を渡り、美術館の古い門をくぐり抜けた広場の前に、教会の巨大な2本の塔が見えたが修繕工事中で入れず。

教会前の広場から、どこまでも広がる中世の町並みが美しく、一昨年のコルマーレを思い出した。右を見ても左を見てもクレープ屋の文字。出発前にwebで調べたとき市内に30軒以上あると書かれていたとおり、開店準備の甘い香りが街中を包んでいる。入りたいが時間はない。これがツアーの現実。グッと堪えて、近くのお菓子屋さんとカンペール焼き(器)の店を覘いているうちに時間切れとなり、帰りは道に迷いつつ走ってホテルに戻る。

今日の会場は、コルヌアーユ座という、カンペール国立文化会館のホール。日仏友好150周年の関連イベントらしい。長距離移動ですでに疲れているけれど、初演なので元気に頑張らねばと思う。

最後はスタンディングオベーションでホッとひと安心。けれども、終演後、片付けをしながら私の気分はすでに明日の過激な移動に向いていた。心配するな、大丈夫だ、とずっと自己暗示にかけながらホテルに戻るが、起床の心配と時差ボケで結局2時間ほどしか眠れなかった。

モウロウとした意識の中で銃声とパトカーの音を聞く。明け方は部屋の窓から見えるホテル中庭にウミネコの群れが集まって鳴いていた。海が近いのだろうか。

2008年5月8日(木)移動日
Quimper → Paris(CDG) → Madrid(スペイン) → Caceres

早朝7時半ホテル出発。目が覚めたら9時半。ドライブインだった。ここでしばし休憩、初日に降り立ったパリCDG空港へ向かう。

空港まで11時間もかかってしまった。しかも、これからスペインのマドリッドへ向かう飛行機が遅れているとのこと。大丈夫か。

マドリッド空港に到着。出口に向かう動く歩道途中の時計(写真)を見ると、21時50分。

ここから、明日の公演地カセレスまで、迎えに来ていたバスで更に移動。このままだと間違いなく日付は明日になる。

途中、ヘトヘトになってしまった私たちが軽食も兼ねた休憩を願う。「134」と書かれたレストラン前に停車し、ここで日付は翌5/9になる。こんな夜中の物騒な山中で、レストランは当然営業しておらず、右隣りのカウンターバーへ。私はそのあまりにも怪しい雰囲気に食欲ゼロとなり、店内ウロウロしただけでコーヒー1杯でダウン。ここはスペインだと気づく。

再びバスを走らせて、深夜3時半、カセレス着。寒い。たぶん標高が高いのだろう。耳がツーンとなってて何も聞こえない。

街はとても古い旧市街のようだが暗くて眠くてよくわからない。その暗闇の奥から沢山の若者たちの奇声が響いた。そうか、WOMADのイベントはもう始まっているのだ。

重たいトランクと楽器を背負って、石畳を黙々と歩いてホテルへ。今日は、朝7時半に出発だったので、計20時間の移動。早く横になりたい。

2008年5月9日(金)公演日 Caceres(spain)
17th Caceres WOMAD 2008 / Plaza Mayor

翌朝。午後のワークショップまでは自由時間なので、昨日までの疲れを癒すべく、メンバー数人とカセレスの街中へ。

世界文化遺産に指定されている美しい街並。それらを全部使ってWOMADのイベントは行われる。街中なのでもちろん入場も観覧も無料。観光客は美しい町とイベントと両方を楽しめるという素晴らしい企画だ。

夜公演のメイン会場でプログラムの書かれた看板ポスターを見てパスカルズの出順を確認したあと、由緒あるマリアの門をくぐって城下町へ。

昼公演のワークショップ会場周辺を歩いたり、教会のてっぺんから町並みを一望したりして、のどかに過ごす。

昼食が用意されない代わりに少し多めのお昼代をもらったので、城内のバルコニーみたいな高台にあったレストランのテラス席で、豪華な食事をすることに。

前菜、メイン、デザートにはショコラケーキとラズベリーのソルベを食べてワインも飲んで、ひとり4000円弱。

日本で食べたら倍以上するだろう。いやたぶん、日本では食べられない。今回のツアーで最高の食事になるだろうなと思いながら、言葉が通じずやたら沢山注文して食べ残してしまったこれらを包んでもらってメンバーの待つ昼公演・ワークショップ会場へ。

スプーンに可愛く盛られたアボカド+オリーブの甘いオードブル

ハモンイベリコの生ハムとサラミの盛り合わせ

昼公演の会場は、食事していたテラスのすぐ隣りだった。さっきまで晴天で焼けるような陽射しだったのが一変、激しい雨と強風で気温も下がり寒い。会場スタッフも大慌てとなり、あと15分待って雨が止まなかったら中止にしましょう、という話まで出たが、ステージ前にものすごい人だかりが出来てしまう。

困っていると、サッと雲が切れて晴れ間がさした。今だっ!とステージに上がり演奏。

異常な盛り上がりでCDもTシャツもたくさん売れた。この人達みんな、パスカルズって知ってるのかなぁ..とか思いながら、強風と寒さに耐えながら演奏する。

昼公演を終えてしばし休息後、夜公演の会場に移動する。メイン会場・マイヨール広場。ステージ裏の楽屋で準備してサウンドチェック後すぐ本番。

広場のずーっと先の先まで人波が続いていて、個々に動いて喋ったり叫んだりしていて、なんか怖いね、とバンマス。暮れていく街や広場や美しい空を見ながら皆んな聴いているのか聴こえているのかと少し不安にも。

2008年5月10日(土)公演日
Caceres(spain)→ Paris(CDG) → Bretignolles-sur-mer
Festival La 7eme Vague / Zone artisanale Le Peuble
→ Le Mans

WOMADの余韻に浸っている場合ではなかった。夜公演終了後、ホテルに戻り荷造りしてすぐ出発。

日付変わって5/10深夜2時半、バスに乗り込んで、昨晩の山道を戻りマドリッド経由パリへ。空港へ向かう車中で、お土産のWOMADカセレスTシャツが配られる。

マドリッド空港より飛行機でパリCDG空港に戻ってみると、なんと、預けていた楽器が出てこない。チェロ2本、アコーディオン、バンジョー。

今日は、ここから更に数時間かけてフランス西岸にあるブレティニョールまで移動して演奏がある。トラブッている時間はない。急いで楽器レンタルを手配し、スタッフは、バスで今晩のホテル(Le Mans)に直行して待機、メンバーは、小さなバンに乗り換えてフェスティバル会場へと急ぎ向かう。

Bretignolles-sur-mer。ここに来る途中の車窓から見えていた日本でもありそうな松林の向こうはたぶん海。

今日は若者たちのフェスティバルに何故か私たちが出演。何故か、という雰囲気は、サウンドチェック中、客席になっている広場側から見学していた関係者やら記者やらの様相ですぐ気づいた。

いまフランスで最も人気があるという、ビジュアル系ロックバンドが出るステージなので、観客も若者中心。レンタルされた楽器は最悪だったが、無ければ演奏が出来なかったから、調達できて良かったと思いたい。

優しいお客さん達に見守られ盛り上がり、何とか無事に終わる。

パスカルズの出番は早々に終わり、私はもう明日の移動のことが心配だったので、早くホテルに戻り、ル・マンの町で食事したら今日は早く寝たいと思っていたが、会場側で夕食が用意されていて、みんなで食べることに。

とても疲れていたので、何を食べたか美味しかったか覚えていない。この後またバンに乗って数時間移動するかと思うと、道のりの心配もあり、ほとんど食べなかったように思う。

けれど食事が終わってもホテルに戻る気配がなく、更けていく夜空を見上げながらホテルで待つスタッフのことを思う。みんなちゃんと食事できたかな、ゆっくり休めているかしら、と心配になる。帰路の途中でメンバーが体調を崩し、ル・マンのホテルに着いたのは、日付変わって5/11深夜2時半。カセレスのホテルを出発したのが深夜2時半だったので、計24時間..てことは。やっぱり、ル・マン、24時間耐久レース。

2008年5月11日(日)公演日
Le Mans → Paris(CDG) ※楽器受け取り→ Nancy
25eme Festival Musique Action / L'Autre Canal

楽器受け取りのため、早起きしてパリのCDG空港へ。結果的には夜のうちにフランス西岸の町から少しでもパリに近いル・マンに移動しておいて正解だったのだが、それでも、フランスに着いてから(正確には出国前日から)毎日2時間位しか寝てないので意識朦朧のままだ。一睡もしていない人もいる。みんな、大丈夫か。

空港に到着後、しばらく待って楽器を受け取ると、チェロ1本とアコーディオンが壊れていた。みんなショックで言葉が出ない。極限に疲れた状態のまま、このあと更に数時間バスに揺られて、遠いアルザスの町まで行って演奏だ。

早く移動しないと公演に間に合わないので、空港で破損の手続きをして、再度、レンタルの手配をして、大急ぎでナンシーへと向かう。

途中、黄金に染まる美しく果てしなく続く菜の花畑を幻のように眺めながら。

予定より3時間ほど遅れて会場に到着すると、遠くキンゲーサイムから、2006年夏ツアー先で大変お世話になったエスパス・チバルのスタッフが出迎えてくれた。疲れている私たちに嬉しいサプライズ。11時からずっとここで待っていた(空港経由&足止めがなければ当初の到着予定が11時だった)とのこと。エスパス・チバルでは、10日間滞在して、食事も含めずっと一緒に過ごして、厳しいリハーサルの日々を慰め励ましてもらったりもした心の恩人である。そんな人が今日ここで待っていてくれたのは偶然じゃない。心身ともに疲れきった私たちを、またも優しく出迎えてくれたのだ。

今日もフェスティバルで出演者多数のため、サウンドチェックの時間も短く、遅れて到着したので、急がなければならない。

リハーサルしていると客席にジャンと息子さんの姿が。良かった。ずっと会いたいと思っていた。

ジャンさんは、2001年、初めてのフランスツアーのときにナンシーでお会いして、公演の翌日はクリスマスマーケットやサン・ニコラのパレードを案内してくださり、帰りは荷物を持ってくれてホームまで見送ってくれた。懐かしい思い出。今日は再会の日なんだな。ここまで頑張ってきたご褒美なんだな、と思い、ジャンに駆け寄ると、フランス語は話せるようになった?と英語で尋ねられ、絶句。白い肌が一層白く透き通っていて、とても痩せていた。体調を崩してしまい、もう、この町から出ることは出来ないという。寂しい会話。会場から歩いて10分程度の所に住んでいるけれど、たぶん、かなり無理をして出てきてくれたんだろう。

本番前の食事の席では何も口にせず、ワインを少しなめただけだった。ありがとう、ジャンさん。そして、息子さんにも感謝。

2008年5月12日(月)公演日
Nancy → Paris / Cafe de la Danse

朝8時半ホテル出発で、思い出のナンシーを惜しみつつ、再びパリへ。渋滞を予測して早めに出発したので早く到着できた。楽器も今日からは全て自前だし、パリ公演が終われば明日は待ちに待った初めてのオフ。疲れていても気分は軽い。見慣れた町という安心感もある。

Parisに行くといつも泊まっているホテルとは別のホテルにチェックイン。その後、公演会場のCafe de la Danseまで歩いて行く。

ここで演奏するのは2003年に続き2回目。リハのあと、会場2階のバーエリアで夕食を頂いて本番。

アンコールは飛び入りゲスト、2006年ツアー先のエスパス・チバルで共に過ごし、共演した、カミーユ&マチューを客席から呼んで、ステージで一緒に「のはら」演奏して終了。

素晴らしい演奏だったと、ツアーマネージャーのフィリップから感想をもらう。

だって、明日はオフ。

ホテルに戻って荷物を置いて、隣りのバーに行き、今日までお疲れさまーの乾杯。

よく頑張りました、とお互い慰めあい褒めあう夜。初めてゆっくり話せる夜。ゆっくり寝られる夜。

しかも明日はオフなので、一日中遊んで良いのだ。良いのだ。良いのだーーーっ!!

2008年5月13日(火)Paris(オフ)

ゆっくり起きて、先ずは洗濯。近くのランドリーへ。

その後メンバー数人と共に歩いて、ヴォージュ広場のカフェ・ユーゴで昼食。

お馴染みの店でランチを堪能しながら、午後の観光について熱心にガイドブックを見る。夢のような光景だ。

私たちは近くのアンティーク楽器屋さんのおじさんに再会。ツアーDVDを渡して、あとは、蚤の市を見たり、植物園を通ってモスクに入り、集まってくる小鳥たちと遊んだり、サンジェルマン界隈を散歩したり、バラの花の形をした美しいアイスクリームを食べたり。

明日から再び始まる連日移動&公演に備えて、今日はなるべくゆっくりじっくり夜遅くまでオフを楽しんだ。

洗濯も終えて気分もすっきり。

2008年5月14日(水)公演日
Paris → Blois / Le Chato'do

11時ホテル出発。機材も携帯も、私も充電ばっちり。今日もやってるパリ市内の蚤の市を横目で見ながら、ブロワへ。途中でバスもガソリン充填。

かわいいブロワ駅を通り過ぎて町外れのホテルにチェックイン後、本日の公演会場へ向かう。

大通りから左へ折れると工場のような建物の中へ。土のう?がびっしり積まれた不思議な建物。ここが今日の演奏会場だ。

サウンドチェックのあと、会場外で、みんなで夕食。

寒いので上着を着たままで。お好み焼きみたいな前菜と魚のボイル焼きみたいなメイン料理。お酒は飲み放題。

若者の集うバーと聞いていたが、お客さんは年配や家族連れが多く和やかだった。

今回、毎日どこからか日本人のお客さんが見に来てくれて、今日も来ていた。とても嬉しい。

2008年5月15日(木)公演日
Blois → Bron / Espace Albert Camus

朝9時出発。昨夜泊まったブロワは、以前ツアーで行ったブザンソンを思い出させる山深い古城と旧市街の素敵な町だったが、素通りだったのでフロントで観光パンフをもらいバス内で見る。高い山脈を走り、雨に打たれながら今日の公演地、リヨン郊外の町ブロンへと向かう。

アルベール・カミュ、という名前のカルチャーセンターはフランス各地にある。

ステージの床の木が良い感じで、音の響きが良い。

サウンドチェック後、会場内で夕食。パエリアだ。

テーブル中央に等間隔に並べられた細長いフランスパンは皆でちぎって食べる。

近くに住んでいるという日本人の方が通訳で来ていて少し話した。

会場の人がパスカルズのファンで、どうしてもポスターが欲しいというので、皆でサインを書いて渡す。マジックでぐちゃぐちゃになってしまって、大丈夫かしらと思いながら、ハンガーに干して本番へ。

助っ人・内橋さんとの演奏も落ち着いてきて調子が良い。移動もそんなに過酷でなくなり、いつものツアーな感じになってきたので、精神的にも余裕が出て本番中も皆んな笑顔で楽しそうだった。

石川さんのカブリモノが可愛かった。

2008年5月16日(金)公演日
Bron → Nanterre / Maison de la Musique

晴れた朝、ホテル前のコテージで今回なぜか流行っているヨガ「立ち木のポーズ」して体調整えてから出発するメンバー。移動してきた道を戻り、パリ郊外の町ナンテールへ。

パリの西側、ピカソがデザインしたという不思議な色合いの塔のような建物を見ながら辿り着いた場所は、広大な庭園の向こうに立派な洋館のそびえる門の前。ここが今日のホテルです、と言われ車内に歓声が。中に入ると小さな道具やかわいい絵がたくさん飾ってあった。どうやら幼稚園らしい。トイレの便器も小さくてかわいい。その2階が今日の宿泊場所。とても天井が高くて音がよく響く。ベッドも高くて大きい。少し時間があったのでベッドに横になったらそのまま寝てしまった。他の部屋のメンバーも同じなのか、急に館内がシーンと静かに。休む時間があって良かった。

洋館の外門前にいた白い猫に見送られ今日の演奏会場へ。雨が降ってきた。道に迷い一方通行を逆進した先に止まっていたパトカーに道を尋ね、先導してもらって会場へと急ぐ。

近代的なカルチャーセンター。ロビーに出ると隣りのホールから子供たちの楽しそうな声がした。かわいいバレエの衣裳を着た女の子達が笑いながら駆けていくのが見えた。

そのロビーに置いてあったチラシを、石川さんが衣裳にたくさん貼り付けて本番。

夜は洋館の一室で、明日帰国するスタッフのお疲れさま会..が、部屋に戻ったきり倒れてしまったので不在のまま、三木さんが代役?を務めて夜更けまで宴会だったらしい。

私は早々に力尽きてダウン。

2008年5月17日(土)公演日
Nanterre → Tourcoing / Le Grand Mix

夜中降っていた雨も上がり、洋館中庭に咲く真紅のバラに雫が光って美しい。

今日は、これから北上。2005年にも行ったリール郊外の町、ツルコワンへ向かう。演奏会場も前回と同じ。

けれど、昨晩とは対照的な山小屋のロッジみたいな宿に到着。町からも外れている。周囲も道路ばかりで殺風景。

ここはツルコワンじゃない、と叫びながら荷物を置き、すぐ会場へ。

今日は昼夜2回公演。

昼の部は子供向け。5歳~10歳くらいまでの子供達が会場でお菓子をもらい、作ってきたというオブジェや映像を流しながらライブを見る。

石川さんのパフォーマンスに興奮したり、坂本さんの火を見て身を乗り出す子供、逃げ出す子供、演奏とコラボした映像作品も素晴らしく、こんな癒しのひとときを作ってくれて感謝。笑みの絶えない楽しいワークショップとなった。

昼の部終演後、前回と同じ近くのビストロでみんなで夕食。とても美味しい。ここで今回助っ人の内橋さん甘党がバレる。デザートにつけるホイップクリームが全てなくなってしまう騒ぎに。夜の部は大人向けライブ。子供連れの人たちも。本番が始まってすぐ私のバイオリンの弦が切れる。松井さん美尾さんが直してくれている間に急きょフリー演奏タイムが始まって助けられる。涙が出るほど嬉しかった。何だか今夜はいろいろな意味で盛りだくさんな思い出深い夜に。

終演後、スタッフから、会場の方やお客さんから「メンバーがみんな(ステージで演奏しながら)笑っている」ことについて、つられて私たちもお客さんたちも笑顔になりとても幸せな気分になれる。それがとても良いと言われた、という話を聞いた。

そんなこと、考えたこともなかったのでびっくり。楽しんでもらえたなら、それが一番うれしい。宿に戻り、明日帰る松井さんのお疲れさま会。外は冷たい霧雨が降っていた。

2008年5月18日(日)公演日
Tourcoing → Le Havre / Cabaret Electric

フランス北西端の町ル・アーヴルへ。ノルマンディ上陸作戦のほかに、火山も有名とかで、着いた演奏会場の建物も山の形をしていた。その壁面から大きな手が出ていたのは意味不明。

どこで入手したのか入口に飾り付けられた鯉のぼりもまた不思議な雰囲気を醸し出していた。町おこしでみんな頑張っているんだという。私たちも何か少しでも役に立てるなら。

右耳が全く聞こえない。数日前から小雨続きで疲れもあり体調いまひとつ。松井さんも帰国してしまい不安だが、今日が終われば、アジャンに移動してしばらくオフ、と思い、落ち着いて演奏しようと思う。

今日も昼夜2回公演。昼の部は子供向けライブ。大入り満員の子供たちの前で、マイクなし、ほぼ生演奏。「きんとんうん」は、全員で大合唱した。

少し休憩のあと、夜の部は大人向けのライブ。お客さんは少なめだったが盛り上がった。

ステージ脇にいた会場スタッフが坂本さんのすぐ傍にいたので、火花が始まるとパーカーのフードをすっぽり被って応戦。曲が終わり、メンバーがみんなで彼の様子を見て大丈夫?と笑いかけると彼も、OK!と笑い返してくれたのでホッとひと安心。

終演後、会場スタッフもみんなで手作り料理やデザートを堪能。ティラミスが絶品だった。ティラミス苦手の私が、おかわりしたくらい、本当に美味しかった。

帰りにはロビーでとても美味しいエスプレッソも入れてもらって心温まる夜に。

比べて外は、ホテルはすぐそこなのに、治安が悪いので、といわれ、みんなで固まって歩いて帰る。道端に怪しい薬品臭や注射器が普通に転がっていて、人気もなく物騒感が漂っていた。

2008年5月19日(月)移動日
Le Havre → Agen

翌朝、ホテルを出発して馴染みの町Agenへ。

今日から23日の本番まではしばらくオフ。みんな嬉しそう。初めてのオフは5/12のパリだったので、1週間ぶりのオフということになる。道のりは遠くとも気分は爽快。

勤務時間の都合でドライバーが交代したあたりから、後部座席で宴会が始まる。私は暮れゆく空をぼんやり眺めながら安堵感に浸っていたが途中から車に酔ってしまい苦しくなる。夕食(時間的には夜食?)の調達のために寄ったドライブインで「あとどれくらいでアジャンに着きますか?」と聞いたら「あと20分位」と言うのでもう少しの我慢と思っていたら、到着したのは1時間後だった。辛かった。

2008年5月20日(火)機材搬入&セッティング&打合せ
Agen / Le Florida

翌朝、ホテルで朝食を済ませ、洗濯へ。近くのランドリーに行く。

待ち時間を利用して、周辺の教会や石畳の素敵な旧市街を散策。

乾燥機の調子が悪く、結局全部持ち帰って部屋に大量に干して、ベッドメイクの人にたいそう怒られる。

昼食と夕食は今日から23日までずっと公演会場のル・フロリダで会場のスタッフと一緒に食べることになっている。

機材搬入、昼食後、5/23に共演するマキシムとバンマスたちは打合せ。私は夕食タイムまで、旧市街を歩いたり、洗濯物を片付けたり。

2008年5月21日(水)取材&リハーサル with Maxime
Agen / Le Florida

午前中はまた、町を散策。こんなかわいい旧市街があるなんて知らなかった。いつも歩くのは夜で、暗い町だというイメージしかなかった。

今回初めて明るい町を歩き、前回通った古い映画館も、深夜1時まで食事したクレープ屋さんの場所もすぐ近くだったことを知る。

素敵なチョコレート屋さんや、この町特産のプルーン専門店も見つけた。嬉しい収穫。

ル・フロリダで昼食後、地元新聞の取材で衣裳に着替えて演奏シーンの写真を撮る。

小休止のあとは、マキシムとリハーサル。

私は直接のからみはないので、ひと足先に会場を出てホテルに戻り、着替えて少し休む。

半分開いた窓からの景色もまた、ポストカードになりそうな雰囲気の建物が見えて、癒される。

夕食後、メンバー数人と夜の町へ。すっかり日が長くなっていて夜8時過ぎても明るいが、治安が悪くなるのか人通りが急に消えた。

小さな広場の一角にある、昼はアイスクリーム屋さん、夜はバー、の店で少し談笑。帰ろうとして席を立った瞬間に店の照明が全て消えて、テーブルに置いたお金が見えないほど真っ暗になり焦った。大急ぎで閉店片付けしている。そんなに物騒なのか。

2008年5月22日(木)公演日(急きょ決まったキッズショー)
Agen / Le Florida「Workshop for Kids」

午前中はお土産探し。昼食後、急きょ決まったキッズショーのため、セッティング。

6歳までの小さなお子さんたち相手に、演奏&質問コーナー。日本人は棒で食事するそうですが皆さんも棒で食べていますか、から始まって、全員で練習していますか、日本では人気がありますか、とシビアな質問までいろいろ。

ワークショップ終了後は自由時間。素敵な旧市街の中にオーガニックカフェを見つけてテラス席でハーブティを飲む。砂糖も蜂蜜もオーガニックでとっても美味しく温まることができて良かった。明日はいよいよ、マキシムと共演。成功しますように。

2008年5月23日(金)公演日
Agen / Le Florida with Maxime

午前中、小雨降るなか、まだ歩いていない裏通りを散歩する。その先に陶器を焼いて売っている工房を見つけた。あまりに素敵なのでメンバーにもメールで知らせる。まだ開店したばかりで棚も作りかけだったが、どれも優しい形と絵柄で気に入った。どうしても欲しいアクセサリーがあったが、我慢。

渋い洋菓子屋さんの奥のカフェでまん丸のケーキを食べる。ホワイトチョコで出来たボールが上下2つに割れて、中に洋酒漬けのケーキが入っている濃厚なお菓子だった。

部屋のいちばん奥の壁に、柔道着を着た青年たちの写真が大きく飾られていた。

先日の取材写真が、紹介記事とともに掲載されていた。すごい迫力。デモ演奏とは思えない。

楽屋に入ると、ここの名産、干しプルーンがあって食べたらすごーく美味しかった。別の部屋には干しイチヂクもあった。

会場ロビーで関係者等みんなで夕食後、本番。リハーサルでの苦悩が嘘のように、お客さんとともに大盛り上がりで大成功。終演後、フィリップからマツさんに「素晴らしい!キミはエンターティナーだ。すごいよ。」と感激の言葉。

アジャン公演にいつも来てくれるカメラマン(実はどこかの有名なミュージシャンのマネージャーとのこと)が今回もまた来て、たくさん写真を撮っていた。もうすっかりパスカルズファン。2003年DVDに映っているので、それを渡すと大変感激して、急に自分のことたくさん話し始めたという。実はパリに豪邸を持つ大金持ち。メンバー皆で遊びに来てね、と。全員泊まれるほど大きな家だとか。パリに遊びに行ったら泊めてもらえるかも知れない、と真剣に考えた夜だった。

2008年5月24日(土)移動日
Agen → Gijon(spain)

翌朝、雨。会場に預けていた荷物をバスに積み込んで、今日はピレネー山脈を越えてツアー最終公演地、ヒホンへと向かう。

新聞一面トップに載っていた記事によれば、戦争がつい先日(昨日か一昨日)終わったばかりという町を通るらしい。大丈夫だろうか。

スペイン入りして最初のドライブイン休憩。ピレネーの山中。いつの間にか快晴に。

その後、海沿いを走って美しい青い海や空を眺めながら、海辺の高級リゾート都市ヒホンに近づいてくるとまた雨が降り出した。

ヨーロッパはこの時期とても雨が多いそうなので仕方ない。車酔いして大変だったが、とりあえず今日はホテルでゆっくり休んで、本番は明日なので良かった。

ホテルのレストランで遅い夕食をとるが、なんというか、まずい。疲れているせいかもしれない。デザートの不思議な黄色いプルプルしたものは美味しかった。早く寝よう。

2008年5月25日(日)公演日
Gijon(spain)/ Teatro Jovellanos

ホテルで朝食。やっぱりまずい。何だろう。疲れか。

晴れて良かった。今日は夕方の集合時間まで自由なので、メンバーらと海を見に行く。

遠浅の砂浜。入り江の先に教会。あまりにも出来すぎた風景で、まるでアミューズメントパークに来ているようで本物かどうか区別がつかない。では、ということで、あの岬まで頑張って歩いてみることに。

けっこう遠くてヘトヘトに。教会の写真を撮って中へ入ろうとしたが、日曜日のミサ中だった。

海辺のキラキラや波の音にしばらく見とれた後、広大な中庭のある回廊の建物を横切って、反対側のヨットハーバーへ。

さっきの浜辺とは全く違う風景。観光バス停留所になっていて、次々と金持ちそうな観光客が降りてくる。街中も何だか裕福そうな人しか歩いていない。私たちが泊まっているホテルも、そういえばレストランにやってくるお客さんもみな、お金持ちっぽい人達ばかりだった。

吸い込まれそうな魅力的な裏通りがたくさんあったが、そろそろタイムリミット。ホテルに戻らなければ。

今日の会場は、400年くらい前の古い劇場。ホテルからまっすぐの大通り沿いで、歩ける距離にあった。

内装もすごい。残響音もすごくて、そして暗い。昔のままで間接照明しか付いていないのだ。暗闇のなか、危な気にビデオまわしたり、セッティングしたりする。

3階席に向かう通路は曲がり角ごとに巨大な古い絵が飾られていて肝試しのように怖かった。

楽屋に入ると白い大きな包みものがあり、中からたくさんのサンドイッチが出てきた。ホテルの食事が口に合わずほとんど食べていなかったのでこれは嬉しかった。

とても美味しかったので、夜食や明日用にもお土産にした。

本番、今夜が最後の演奏ということで坂本さんも相当気合が入ってしまったのか、ステージ端まで届きそうな火花に、マツさんが極限まで逃げている姿がビデオに映っていた。

世界遺産の建物だが、大丈夫か。

終演後、会場ロビーでは、巨大なシャンデリアが輝くなかで、パスカルズの売り場は人だかり。マツさんがサイン攻めにあっていた。

ホテルに戻り、みんなはお疲れさまの乾杯しに町へ繰り出すというが、私は、明日のピレネー越えに備えてパス。

ベッドに倒れ込み、枕元のスタンドのオレンジな灯りをボンヤリ見つめながら疲れたような、物足りないような、複雑な思いで眠った。

2008年5月26日(月)移動日
Gijon(spain)→ Poitiers(france)

結局、昨晩は日曜日で開いている店がほとんどなく、乾杯はオアズケになったらしい。

今日から帰国への長旅。中継地点のフランス・ポワティエまで、ピレネー山脈の岩肌を縫って行く。

早くポワティエに着きたい私の気持ちと反対に、運転手さんが今日に限って何度も休憩を入れる。

運転手のミシェルも、もう時間を気にすることはなく、あとは帰るだけという気楽さがあるのだろう。

2つのドライブインで休憩したあと、国境付近でまた休憩だ。とても安いお酒が手に入るとかで、友人にお土産を買って帰るのだそうだ。晴れていて良かったが、ここはピレネー。標高が高くて私はとてもキツイので、どうか早く買い物を済ませて出発して欲しいと祈った。

やっと今日の宿、懐かしのポワティエのホテルに到着。写真はとても明るいが夜9時は過ぎている。荷物を置いていつものレストランで食事&乾杯。いつも泊まってお世話になっているホテル。しかも私は最初からずっと同じ部屋なので、まるで我が家に帰ってきたよう。部屋に荷物を置いた瞬間に、さっきまでの車酔いが少し治まった。良かった。

あとはいつもの、バケツ入りムール貝を食べて眠るだけ。(ムール貝は季節はずれでフランス産ではなかった。残念。)

できるなら延泊して、もう少しここに居たいと思ったがそれは無理。もう明日、帰るなんて。やっぱり何か物足りない。

2008年5月27日(火)移動日(帰国へ)
Poitiers → Paris (CDG) →
→ 2008年5月28日(水)成田着

寝坊してしまった。窓から外をみたら皆もう集まっている。帰りたくないなと思いながら仕方なく準備する。

別れの雨が降り出したバスの前で、この町の住人フィリップとお別れ。お疲れさまでした。あとは運転手のミシェルが空港まで私たちを送ってくれる。

パリも雨だった。なんだか気分もしっとり。帰りたくない気分が一層深まっていく。

空港内にあるいつものフードコートでお疲れさまの乾杯。小銭がたくさんあったので、それで、お菓子を買ったりする。

さようならフランス、今度はいつ来られるだろうか。