研究会の記録


第16回 対照言語行動学研究会 ご報告

◎テーマ 言語行動と「主体的/主観的 表現」:言語主体の場面と意識を中心に

私達が日常使う言葉は特定の場面での、特定の主体による表現、また、理解として成立します。表現主体はその場面における特定の意識状態の下に発話する。その言語表現は「客体化された表現」と「主体的/主観的 表現」からなる。表現主体の意識を直接的に表す「主体的/主観的 表現」は、現在 “subjectification” の研究の活発化に示されるように、言語の違いを超えて発達してきたと見られています。英語、中国語、日本語ではそれぞれどのような意識がどう言語記号化されているのか。三言語での発話の実態を主体の場面、意識状況の中で捉え、考えました。

[日時] 201778日(土)13:0017:10 (懇親会:17:4019:10

[会場] 青山学院大学 総研ビル10階第18会議室

[内容

1.秋元実治講師(青山学院大学)[英語学・文法化]  

英語の副詞の文法化―主観化との関係で―

[概要] 副詞は英語において最もよく研究されている分野である。本発表においては、副詞、特に-ly接辞を持つ副詞の通時的発達を概観し、それらの副詞が主観化を帯びていく過程を考察していく。その際、左方向仮説が重要である。すなわち-ly副詞は左側に移動すればするほど主観化が高まることになる。 以下は本発表のまとめである。

(i) –lyは derivational から inflectionalへと発達していった。
(ii)–lyはますます文法化していった。
(iii)–lyは単に副詞の文法範疇を作るだけでなく、 ‘adjective + ly’の構成により、 その要素の移動を自由にした。
(iv) 文頭の位置に-ly副詞が来ることにより、そのスコープが拡大し、そこに話者の信念や態度などが言語的に投影される構造を可能にした(主観化の発達)。
(v) その結果、左方向仮説は大体において支持される。

2.譙 燕講師(北京日本学研究センター)[語彙論・中日対照研究]  

中日両言語に見られる主観的表現 ―重複形を中心に―


[概要] 主観性は話者が命題内容に対する立場や態度、感情を表すものである。それは言語の普遍的属性として世界中の多くの言語に存在し、表現形式や手段も様々である。主観性を表す場合、各言語間では同様な形式もあれば異なる形式もあるとされている。また、重複は中国語においても日本語においても重要な文法手段の一つである。名詞、動詞、形容詞、副詞、感動詞などでは重複形により文法的意味を表すことが可能である。

重複による主観的表現は中日両言語に共に多く見られる。特に原形と比べ一部の動詞、形容詞、副詞などの重複形に主観性が顕著に現れている。動詞重複の場合(例えば、(中国語)看看、走走、说说/(日本語)走り走り、泣く泣くなど)、日本語では主に「強調」の意味、中国語では更に「願望、要求、提案、催促」などの主観的意味が読み取れる。これは両言語の行為や動作に対する捉え方の相違に関わるだけでなく、場合により文や動詞の種類、人称などにも関係している。

重複による主観的表現は品詞によって異なり、形容詞や副詞の場合(例えば、(中国語)红红的、高高的、偏偏、明明/(日本語)青々しい、弱々しい、まだまだ、なおなおなど)、原形の意味を強調するのが普通であるが、その「強調」は様態の強調、程度の強調など性質の異なる機能が見出される。特に形容詞の場合、「(ク活用形容詞の語幹を)重ねることは、より客観的な情態的意義を内面化して、より主観的な情意的意義へ推し進める過程を示している」(橋本、1957)という指摘は中国語の形容詞にも適用するが、ただ中国語では文中機能による主観性の強弱の差も観察される。総じていえば、中日両言語とも重複形による主観的表現が多々見られるが、異なる主観的解釈に依拠するところも少なくないと考える。


3.山田昌裕講師(恵泉女学園大学)[日本語学・文法]

副助詞への文法化と副助詞からの文法化

 [概要] 大堀壽夫(2002)『認知言語学』によれば「もともと文法形式であったものがさらに拡張されて異なる機能をになうようになるプロセス、すなわち多機能性(polyfunctionality」も文法化であるという(p.186)。副助詞研究では、内容語から機能語へという文法化に関する記述は多く見られるが、多機能性(polyfunctionality)に関する記述は見られない。  そこで本発表では、副助詞において、とりたてから主観性を帯びた使用へと機能が拡張する多機能性(polyfunctionality)について考察した。ケーススタディーとして「なんぞ」について調査した。「なんぞ」は室町期においては、「Aかなんぞ」という形式をとり、同類の存在であるAを明示しながら「なんぞ」という例示する機能であったが、江戸期になると単に「なんぞ」という形式となり、そこでは他者の存在を明示しない代わりに、言語使用者の「気持ち」が表明されるという使用法になった。その結果を踏まえ例示系(なんぞ、なんか)、並列系(でも、やら、なり)、引用系(など、なんて、だって、ってば、ったら)の副助詞に主観性を帯びた使用が見られるという共通点があることも指摘した。


4.全体討議

                                      

研究会の開催にあたり、今年は以下のみなさまに補助員としてお手伝いいただきました。世話役一同より心より感謝申し上げます。

今回の補助員(氏名と所属)陶晶、中西渓(恵泉女学園大学人文学研究科M1, M2)、平山志保香(恵泉女学園大学)、徐楠、徐天成(北京日本学研究センター・言語コースM2)、加納麻衣子(元ノートルダム清心女子大学文学研究科D



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

15 対照言語行動学研究会 ご報告

言語行動をあらためて考える第3回の試みとして、言語を言語行動と捉える視点に焦点を当てました。今回は日本語の「主体的表現」を中心に、他言語との対照も含めた実例に基づく検討を通し、言語行動学を考える場と
いたしました。前回に引き続き、参加申し込みが定員を超え、満員御礼となりました。全体討議ではフロアからたくさんの質疑やご意見があり、両講師を中心にたいへん活発な議論が行われました。ご参加ありがとうございました。
                                                 
                                                   [日時] 201672日(土)午後13:0017:30   (懇親会:18:0019:30
[会場] 青山学院大学 総研ビル(14号館)







 [
内容] 

1.講演:氏家洋子 講師 [言語文化学・認識と言語] (北京日本学研究センター)

思い」を表し、また、理解する:時枝誠記「言語過程説」と言語行動学(約50分)要旨はこちら


 「思い」は概念的認識と意味作用を通して言語化され、連合作用により理解される。言語は話し手と聞き手という言語主体個人(社会内)
の活動としてのみ成立。言語活動は生の営みであり、人間生活全体と交渉を持つ。
    『国語学原論 続篇』を検討し考える。



  2.講演
:井上 優 講師 [言語学・文法] (麗澤大学大学院) 

「気持ち
の言語化」の言語対照(約50分) 要旨はこちら

      発話に込められる
話し手の気持ちは,さまざまな形で言語化される。この発表では,主に日本語と中国語を対照させ ながら,「どのような気持ちがどのような形で言語化されるかは,言語によって意外に異なる」ことを示す。

.全体討議(約60分)

4.ポスター発表 (約60分)

  1.  王 源(外交学院外語系)「日本人と中国人は場面の捉え方がどのように異なるか――「助言」に対する断り行動を中心に――」
  2.  陸田利光(東京大学大学院博士課程)「単一メカニズムと二重メカニズム:名詞化接尾辞「さ」と「み」」
  3.  呂 芳(関西学院大学)「「NPに分ける」に対応する中国語表現“分+C+NP”――格助詞「に」に対応する中国語の補語Cに注目して――」
  4.  大江元貴(金沢大学)「日本語の間投助詞と事態の意味づけ」
  5.  竹内直也(相模女子大学非常勤講師)「指示詞から接続詞への連続性――「それから」を例に――」
  6.  陳 海涛(九州大学大学院博士課程)「中国語におけるフィラー“个”の使用法に関する研究――日本語におけるフィラー「その()」と比較対照して――」 
  7.  許 明子(筑波大学)「韓国人日本語学習者の相手に対する親近感の表し方について――日本語母語話者との会話の分析から――」
  8.  グエン・ティ・ニューイー(大阪大学大学院博士課程)「ベトナム語と日本語の依頼会話における依頼者のストラテジー―― 被依頼者の「拒否」「保留」に対して――」。
  9.  施 信余(淡江大学)「日台遠隔接触場面における台湾人日本語学習者の調整行動――グループ討論の使用言語が言語行動に与える影響――」
  10.  陳 燕(東京工業大学産官学連携研究員)・野原佳代子(東京工業大学教授)「評価シフトからみる日本語訳と中国語訳の特徴」
  11.  禹旲穎(東京国際朝日学院/ミッドリーム日本語学校非常勤講師) 「日韓両言語の数表現をめぐって――「配分複数志向」と「集合複数志向」の観点から――」
  12.  高橋さきの(お茶の水女子大学非常勤講師)「翻訳時の訳文への原文情報反映パターンについての予備的考察:mostの形容詞用法をめぐって」
  13.  尹 智鉉(早稲田大学日本語教育研究センター)「謝罪会見における言語行為と発話解釈――あの謝罪会見はなぜ批判されたか――」


研究会の開催にあたり、今年は以下のみなさまに補助員としてお手伝いいただきました。世話役一同より心より感謝申し上げます。

        今回の補助員(氏名と所属):井口祐子・趙 麗(恵泉女学園大学人文学研究科M2)、陳 軍琴・薛 思思(北京日本学研究センター・

    言語コースM2)、加納麻衣子(元ノートルダム清心女子大学文学研究科D3



     ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


14 対照言語行動学研究会 ご報告

発話行動の実態への注視から既成の文法・構文の枠組みを見直され、第一線でご活躍のお二方をお迎えし実施しました。講演とそれに続く参加者全員での活発な討議により、議論を深めることができました。

今回は、参加申し込みが定員を超え満員御礼となりました。会場の都合にて、受付を事前に締め切らせていただいたこと、お詫びを申し上げます。次回のご参加を心よりお待ちしております。


◎テーマ 発話行動を言葉に即して考える ---発話の実態とそこに見る文法 ---


 最近盛んな言語行動研究では現実に発話される表現を場面や状況の中で捉えようとしています。そこには行動面に比重を置いて実態に迫ろうとするものと、より言葉に即して、場面や文脈とそこから生まれる発話との関係を見つめようとするものとがあります。後者ではそこから文法規則を捉え直す研究も生まれています。行動面と言語表現面について双方向で研究がなされ総合的に言葉について考察することを目指し、発話の実態を言語表現面に焦点を当てる貴重な機会となりました。

[日時] 718日(土)13:3017:00 (懇親会 17:3019:00

[会場] 青山学院大学 総研ビル(14号館) 8 10会議室

[プログラム内容]

  1. 講演:定延利之講師 [言語学・コミュニケーション論](神戸大学)

    「非流ちょう性の文法」        


要旨: 母語話者の日常的な話し言葉に見られる非流ちょう性を3タイプ(夾雑物挿入タイプ・細切れタイプ・つっかえタイプ)に分類し、それらのタイプのいずれにも「文法」と呼べるような、教育/習得可能な規則性があることを、我々にとって身近な現代日本語を例に示す


2. 講演:天野みどり講師 [日本語学・現代日本語文法論](大妻女子大学)

    「発話の予測と構文」

 要旨: 省略や逸脱のある言語形式からどのようにして意味理解がなされるのか。逸脱的な「それが文」をとりあげ、「それが」の後の発話がどのように予測されるかを、母語話者・外国人日本語学習者の調査から明らかにし、意味理解に果たす「構文」の役割を考える。


3.全体討議




     ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



無題

2015/01/16 19:22 に 野原研究室 が投稿   [ 2017/08/29 15:55 に更新しました ]

13 対照言語行動学研究会 ご報告

今回は、本研究会が「言語行動」というものを直接取り上げる初めての機会となりました。「言語行動」を
どう捉えるかについては様々な立場がありますが、異なる分野から
下記の3名の講師をお迎えし、講演・
研究発表、そして参加者全員での討議を行いました。
 

◎テーマ 「言語行動とは何か―発話の周辺から考える―」

「言語行動」について考える時、私たちが日常用いる言葉はすべて何らかの行動・行為であるとする見方が想起される。この見方の是非を考えるにあたり、「発話」 を具体的に

その周辺まで含めて取り上げ、多角的に分析する。そして、言語行動の仕組みやコミュニケーションの成立のメカニズムといった基本的な問題を明らかにする手がかりとする。

[日時] 111日(土)午後1:005:00   (懇親会・意見交換会5:307:00

[会場] 青山学院大学 総研ビル(14号館)10階 第18会議室


[プログラム内容]

1.講演:片岡邦好講師 [言語人類学] (愛知大学)

「言語と身体の『詩的』表出について――民族詩学的アプローチの可能性――」要旨はこちら

2.発表:高梨克也講師 [情報学・相互行為分析]京都大学学術情報メディアセンター

「聞き手の情報行動から見た会話コミュニケーションの生態学」要旨はこちら


3.発表:名塩征史講師 [語用論・相互行為分析](北海道大学)

「理容師の仕事を支える言語行動―—理容室に

おける語用の事例研究―—」要旨はこちら


4.全体討議 



北京日本学研究中心-対照言語行動学研究会 北京共同シンポジウム2014

2014/05/06 8:57 に 野原研究室 が投稿   [ 2017/08/29 15:48 に更新しました ]

2014年3月22日(土)8:30-17:40 北京市海淀区 北京外国語大学内 北京日本学研究中心

「言語研究と日本語学:現状と将来」

主催:北京日本学研究中心、対照言語行動学研究会 後援:日本学術振興会北京研究連絡センター、国際交流基金北京日本文化センター

司会進行:氏家 洋子(ノートルダム清心女子大学)

プログラム(要旨集表紙はこちら)


開会挨拶(内容はこちら):譙 燕(北京日本学研究中心)

来賓挨拶:和田 修(日本学術振興会北京研究連絡センター)

イントロダクション(内容はこちら):氏家 洋子(ノートルダム清心女子大学)


A. 統語論

司会:戴 宝玉 (上海外国語大学)

[講演] 日本語の主語表示法と「が」の機能:山田 昌裕(恵泉女学園大学)

動詞否定文の否定のスコープに関する中日対照研究:仇 虹(北京日本学研究中心博士課程院生)




B. 語彙論:語の形成


司会:施 建軍 (北京日本学研究中心)

[講演] 畳語名詞の意味 ―成分の意味との関わりー:譙 燕(北京日本学研究中心)

中日辞書に収録される三字語 ―接尾辞による造語を中心に―:楊 超時(北京外国語大学日本語学部)

複合動詞における動作性と状態性について-名詞形との関わりから-:志賀 里美(学習院大学博士課程院生)・竹内 直也(恵泉女学園大学)

中日同形類義語“以外”と「以外」に関する一考察:潘 蕾(北京日本学研究中心)


C. 語彙論:語の用法


司会:譙 燕 (北京日本学研究中心)

[講演] 東

アジア諸国の言語における漢字語使用状況の研究プロジェクトについて:施 建軍 (北京日本学研究中心)

[講演] 日本語形容詞の機能 -コロケーションの観点から-:秋元 美晴(恵泉女学園大学)

大規模コーパスを使用した形容詞と名詞のコロケーションの対照研究―日中同形の漢語形容詞「単純」を例にして―:岩崎 拓也(東北師範大学中国赴日本国留学生予備学校)


D. 言語行動・日本語教育

司会:施 建軍 (北京日本学研究中心)

発話・行為・環境 ―会話活動の中で発話を捉え直す―:名塩 征史(北海道大学)

コミュニケーションにおける日中の「丁寧さ」:王 源(外交学院)

日本語母語話者のあいづち使用に関する一考察 -会話場面による相違について-:山本 花江(恵泉女学園大学修士課程院生)

中国人日本語学習者の勧誘ストラテジーに関する一考察 ―日本人母語話者との比較を通して:秦 石美(北京日本学研究中心博士課程院生)

中日協働遠隔日本語授業の実証研究:大塚 薫(高知大学・安徽大学)


まとめ:戴 宝玉 (上海外国語大学)







1 日本語の主語表示法と「が」の機能 山田 昌裕
2 動詞否定文の否定のスコープに関する中日対照研究 仇 虹
3 畳語名詞の意味 ―成分の意味との関わりー 譙 燕
4 中日辞書に収録される三字語 ―接尾辞による造語を中心に― 楊 超時
5 複合動詞における動作性と状態性について-名詞形との関わりから- 志賀 里美・竹内 直也
6 東アジア諸国の言語における漢字語使用状況の研究プロジェクトについて 施 建軍
7 中日同形類義語“以外”と「以外」に関する一考察 潘 蕾
8 日本語形容詞の機能 -コロケーションの観点から- 秋元 美晴
9 大規模コーパスを使用した形容詞と名詞のコロケーションの対照研究―日中同形の漢語形容詞「単純」を例にして― 岩崎 拓也
10 発話・行為・環境 ―会話活動の中で発話を捉え直す― 名塩 征史
11 コミュニケーションにおける日中の「丁寧さ」 王 源
12 日本語母語話者のあいづち使用に関する一考察 -会話場面による相違について- 山本 花江
13 中国人日本語学習者の勧誘ストラテジーに関する一考察 ―日本人母語話者との比較を通して 秦 石美
14 中日協働遠隔日本語授業の実証研究 大塚 薫

第11回 対照言語行動学研究会「日本語の理論的分析と教育」

2014/05/06 5:09 に 野原研究室 が投稿   [ 2017/08/29 15:53 に更新しました ]

2013年11月23日(土・祭)13:30-17:00 恵泉女学園大学

「日本語の理論的分析と教育」

日常的に使われている日本語表現の中にも、分析が不明確・不十分だったり学習者に活用方法を示せずにいたりするものがある。 その具体例を取り上げ、理論的分析と教育法の現状および問題点を明らかにし、両者を突き合わせ検討することによって、それぞれの深化と新たな展開を図る。

講演「理論的研究と日本語教育の接点を求めて―「のだ」の教え方を例に―」

庵 功雄 講師(一橋大)

日本語学と日本語教育の関係が疎遠になってから久しいが、このことは両者にとって不幸なことである。本発表では、日本語学建学の精神に立ち返って、「日本語教育に役立つ文法記述」という観点からした文法記述を「のだ」を例に考えたい。

日本語学的観点からした「のだ」の研究は膨大な量があるが、その大部分は、「理解レベル」の記述、すなわち、所与のテキストを題材に、「なぜここで「のだ」が使われたのか」を「説明」することを目指したものである。もちろん、そのことに意味がないわけではないが、日本語教育のための文法としてはそれでは全く不十分である。なぜなら、そうした「理解レベル」の言語知識が明らかになったとしても、ある具体的な状況において、「のだ」を使うべきなのかどうか(言い換えれば、日本語母語話者はどういう場合に「説明」を行うのか)ということが明らかにならない限り、上記のような意味の「説明」は、「産出レベル」のものとしては、全く「説明」になっていないからである(しかし、残念ながら、日本語学的研究では、この事実すら認識されていないように見える)。

本発表では、「産出レベル」の記述として、「のだ」の用法を整理し、「日本語教育のための文法」として必要な観点について考えたい。

研究発表プログラム

1 日本語と韓国語のあいづち使用についての一考察-韓国人学習者に注目して- 山本花江
2 発話の偶発的側面を起点とする相互行為的トピック推移 犬飼亜紀
3 複合動詞の名詞化の意味特徴に関する一考察 志賀里美・竹内直也
4 化学専門用語「高分子」「低分子」の非対称性に関する一考察 高野明彦
5 「あれら」の人称指示から事物指示への転換について 竹内直也
6 日本語教育における非対面コミュニケーションの取扱いに関する一考察 佐々木泰子・船戸はるな
・佐々木實雄
7 主体的表現「やはり/やっぱり」の示す「既成観念への回帰」の意:
近現代の日本語辞書・和英辞書の記述と‘after all’
加納麻衣子
9 初級日本語学習者に導入すべき副詞125 語の選定
-母語話者の使用実態を通して-
島崎英香
10 知覚情報の整理と訓練法――翻訳作業から考える 高橋さきの

第10回記念研究会「ことばと認識」

2014/05/06 5:05 に 野原研究室 が投稿   [ 2017/08/29 15:51 に更新しました ]

2012年11月24日(土)13:30-17:00 青山学院大学 青山キャンパス 6号館第4会議室

「ことばと認識」

講演「日英語における認識的モダリティをめぐって―因果的推論システムを中心として―」

澤田治美 講師(関西外国語大学)

モダリティは事柄(もしくは、命題内容)がどうあるか、どうあるべきか、あるいはどうありえるかということに関わる意味的なカテゴリーであり、意味論と語用論の両方の領域にまたがっている。モダリティは主観的モダリティと客観的モダリティに分かれるが(澤田(2006, 2011))、前者の場合、概念化主体が事柄をどのように捉えているのか、あるいは、時枝の言語過程説で言えば、言語主体がある場面の中で素材をどう認識しているのか、が問題となる。

意味とは、「事物や表象に対する主体の捉え方」であり(時枝(1955: 4-5))、「概念化」(conceptualization)にほかならない(Langacker(1991: 2))とするならば、言語の背後には認識があると言えよう。1

さらに、時枝の「場面」を「コンテクスト」とみなした場合、コンテクストには、(相手、聞き手を含む)物理的環境だけでなく、前提条件、百科事典的知識、想定、推論、情報の新旧といった目に見えないさまざまな要素が含まれると考えられる。どのような要素が関与するにせよ、モダリティを用いて表された事柄は、断言されない(あるいは知覚されていない)事柄である。 本研究の目的は、以下の例に見られるような日英語の認識的法助動詞(あるいは、述語)の適格性に関して「因果的推論システム」という概念を用いて論じることである。

  1. Nancy keeps crying : she{may/might/must/*should} have a problem.
    (Cf. Swan (20043: 334))
  2. John’s head is hot and clammy: he {may/might/must/*should} have a temperature.
    (cf. Leech (20043: 79))
  3. おや、図書館が閉まっている。 今日は休み{なのに違いない/なのかもしれない/らしい/*のはずだ}。
  4. 「きみ」と、椅子を立つとき、加藤は小野木の肩をたたいた。
    「帰りには、ビールでものまないか」
    「そうだな。しかし、今日は失敬しよう」
    「いやに元気がないね。どうしたのだ?」
    「疲れた{のかもしれない/に違いない/らしい/*はずだ}」
    (松本清張『波の塔』)(原文は「のかもしれない」)
  5. 春日野に煙立つ見ゆ娘子らし春野のうはぎ摘みて煮らしも(春日野に煙が立つのが見える。乙女たちが春野のうはぎを摘んで煮ているらしい。)(『万葉集』巻第十1879)

本研究では、上の例におけるように、話し手が2つの事柄を因果関係によって結びつける際に、断言された「結果」に基づいてその「原因」を推論する(換言すれば、「原因説明的推論」の)場合には、

  1. 認識的なmay, might, mustは適格であるが、shouldは不適格である。
  2. 「(の)かもしれない」、「に違いない」、「らしい」(あるいは、「らし」)などは適格であるが、「はずだ」は不適格である。

ということを明らかにする。さまざまなデータを挙げてこの分析の妥当性を実証し、かつ、この線に沿った分析が外的世界や言語に関する私たちの認識の本質を解明することにつながることを示してみたい。


注1 Langacker (1991: 2)では、次のように述べられている。

(i) Meaning is equated with conceptualization. Linguistic semantics must therefore attempt the structural analysis and explicit description of abstract entities like thoughts and concepts. The term conceptualization is interpreted quite broadly: it encompasses novel conceptions as well as fixed concepts; sensory, kinesthetic, and emotive experience; recognition of the immediate context (social, physical, and linguistic); and so on. (意味とは概念化にほかならない。それゆえ、言語的意味論は、思考や概念といった抽象的な実体を構造的に分析し、同時にそれらを明示的に記述しなければならない。この場合、「概念化」という用語をかなり広く解釈することにする。この中には、既に確立した概念や新規な観念、さらには、感覚的・運動感覚的・情動的な経験、直近のコンテクスト(社会的、物理的、言語的)の認識、などが含まれている。)


研究発表プログラム




1 フィクションとノンフィクションに見られる比喩表現についての一考察 平山志保香
2 現場指示における指示対象の認識の差について:スウェーデン語話者と日本語話者の比較 桑野リデーン充代
3 自然発話における『ノダ』の語用論的性質と連鎖的機能 西住奏子
4 日本語辞書・和英辞書における主体的表現「やはり」の記述:日本語小説の英訳と関連させて 加納麻衣子
5 コーパスにみる名詞句の文副詞用法 高橋圭子
6 措定文の理解に関わる要因 吉田愛
7 受容年齢層による動詞使用の差違: 海外文学作品の日本語訳の場合 湯浅千映子
8 BCCWJ「Yahoo!知恵袋」「Yahoo!ブログ」における複合動詞「~切る」の文法化現象 志賀里美
9 専門用語の意味をめぐる専門文献と一般向け文献の比較:「高分子」を構成要素とする複合名詞の意味形成 高野明彦
10 新聞における混種語の使用実態の一考察: 語種構成を中心に 時岡範子
11 高校生を対象とした「コミュニケーション・トレーニング 」の実践 高橋俊夫
12 語る活動が創出する仮想環境に応じた各主体による自己の捉え直し 名塩征史
13 翻訳作業の参与的内部観測のために: 日本語でのシャドウイングという方法論 高橋さきの


第9回 シンポジウム「異文化コミュニケーションとしての翻訳」

2014/05/06 4:47 に 野原研究室 が投稿   [ 2017/08/29 15:51 に更新しました ]

2011年7月30日(土)13:30-17:00 青山学院大学(青山キャンパス)総研ビル11階 第19会議室

シンポジウム「異文化コミュニケーションとしての翻訳」

講演

・De Wolf 講師(慶應義塾大 名誉教授):

異文化と翻訳の問題

・野原 佳代子 講師(東京工業大学 准教授):

翻訳を記述する-科学技術コンテンツなどを中心に-

・秋元 実治 講師(青山学院大学 名誉教授):

一英語学者から見た翻訳(論)-平子義雄氏の『翻訳の原理』に基づいて-

講演「異文化と翻訳の問題」

Charles De Wolf 講師(須田狼庵)(慶應義塾大学 名誉教授)

「山がつの垣ほ荒るとも折々にあはれはかけよ撫子の露」 『源氏物語 帚木』

A: Smoking and drinking killed my favorite uncle.

B: That’s terrible! I hope the police arrest them soon!

文学翻訳は、言葉の変化だけではなく、風習や思想の変化の対象にもなる。二・三十年前まで、「日本人論」という現象が盛んであった頃、日本人しか理解できない日本語で描かれている日本文学を外国語にもともと翻訳できないはずだというような意見に絶えず直面することになっていた。しかし現在は、対照的に異なる問題が論じられているような気がする。「グローバル化されている世界では、日本人の作家はどれほど『日本的』であるか。」「影が薄くなったと言われている日本の現状があって、作家、翻訳者、出版社などは、日本文学に対して国際的注目を高めるために、どうすればよいのか。」

翻訳者の私にとって、この時代思潮(Zeitgeist)の変化は、ありがたいことである。翻訳の難題について論じても、日本人論風の「懐疑論者」と間違えられているという心配がほとんどなくなったからである。

今回は、最初にJ.C. Catfordが1965年の論文で「翻訳不可能性」をlinguistic untranslatabilityとcultural untranslatabilityを二分する説を再検討して、元来言語学の用語として使われていたmarkedness(有標性)という概念を翻訳の言語的な問題に適用した。言語の構造的特徴は、通常では「無標」として、翻訳の問題にならない。しかし、言葉の遊びや言葉の間違い、方言の違いも含めて、言語の使い方が意識的な話題になると、「有標」である。

最後に、文学とその文体とその翻訳に影響を与える時代の変化とその価値観について簡単に述べた(例えば、「欽定訳『源氏物語』」は考えられるだろうか)。

資料は、主に古典文学(『源氏物語』と『今昔物語』)であるが、近代・現代文学の例も挙げた。

講演「翻訳を記述する -科学技術コンテンツなどを中心に-」

野原 佳代子 講師(東京工業大学 准教授)

自然科学・技術分野のジャンルでは、翻訳の問題や翻訳者の葛藤は生まれにくいとされている。とくに技術翻訳分野は単純、機械的であるとの印象から学術界では「醜いアヒルの子」扱いされてきた(Byrne 2006)。本発表においては、表出機能が優勢な文学性の高いテキストに比べ、科学技術系のテキストは翻訳不可能性のような翻訳特有の問題に直面することが少ない(Reiss 1981)という言わば「定説」をとりあげ、異文化コミュニケーションの視点からそれを検証した。

材料は科学技術分野、とくに3.11東日本大震災とそれに続く福島原発問題をめぐる科学的事象に絡む記事や会見記録などからとり、それがある意図を満たすためのコミュニケーションとして機能しているかどうかの分析・記述を試みた。

ジャンルによる翻訳プロセスの違いを、翻訳者によることばへの気づきや迷いの様子を記述することで実験調査する手法があるが、科学記事などの場合、内容の理解が即座に表出につながり葛藤が少ないことが指摘されている。発表者は、翻訳者の中で科学的用語と意味、その訳語とが機械的な対応を形成していることがそのジャンルの翻訳を型にはめ、受け手の多様性に対応できなくなっていると考える。そのことが翻訳を受け取る側と内容の間の断絶を生み、コミュニケーションの成立を阻害しているのではないか。

翻訳者による理解、翻訳研究者による理解と、受け手の理解+受け取るインパクトとを明確に分けて考えることが必要であろう。

日本語・英語間の言語間翻訳だけでなく、専門日本語としての科学技術日本語と一般の日本語の間の言語内翻訳についてもふれ、危機管理として昨今その必要性が語られることの多い科学技術コミュニケーションの実態についても、翻訳理論をツールとして考えた。

講演「-英語学者から見た翻訳(論)-平子義雄氏の『翻訳の原理』に基づいて-」

秋元 実治 講師(青山学院大学 名誉教授)

本発表では、故平子義雄氏著『翻訳の原理』をまず紹介し、次いで、一英語学者の観点から、その内容についてコメントした。本書は第1章の翻訳者の地位から始まり、第6章のテクストの種類に至るまで多様な内容を含んでいる。その中で最も大きな論点は文化の相違を翻訳にどのように反映するかということであり、このことはいわゆるSapir-Whorf仮説をどのように捉えるかという問題に関わるものである。この問題はとりもなおさず、異文化コミュニケーションとしての翻訳の問題であり、A言語からB言語へ翻訳する際、翻訳者が必ず直面する難問である。ここでは主として日本語、英語間に見られる語彙、文法、意味に見られる相違が翻訳にどのように表されるかという点に焦点をあてた。具体的には日本語と英語間の構造上の違い、人称と時制および代名詞と受動態等、日本語と英語に見られる翻訳上の問題点を考え、さらに英語の数(単数、複数)や自動詞・他動詞の区別をどのように翻訳上、訳し分けられるか、といったことについても考察した。

なお、参考までに、多少古いがNida and Taber(1969)の提案するanalysis→trasfer→restructuring→testingという翻訳の手順も紹介し、併せて翻訳一般の方法についても言及した。

第8回 講演「認知と言語」

2014/05/06 4:42 に 野原研究室 が投稿   [ 2014/05/06 4:44 に更新しました ]

2010年12月4日(土) 14:00-17:00 東京工業大学(大岡山キャンパス)本館 H116

講演「認知と言語」

森山 新 講師(お茶の水女子大学)

「日韓両言語の事態把握の違いについての認知言語学的考察~漢語動詞・授受動詞・移動動詞~」

池上(2006)によれば、日英両語は事態把握の主観性に大きな違いがあり、英語に比べ日本語の方が主観性が高いとしている。またこれが日英両語の様々な表現に影響を与えるとしている。本講演では一般的に日本語に似ていると言われる韓国語を取り上げ、事態把握の主観性にどのような異同が見られるのかについて、漢語動詞、授受動詞、移動動詞を例に見ていく。

①漢語動詞:韓国語にも日本語のスル動詞に対応する「하다 (hata)動詞」が存在する。日本語のスルには韓国語の하다、日本語のナルには韓国語の되다 (toita)が対応するように思われるが、そこには微妙なズレがある。このズレは事態をどのように把握するかという事態把握の違いが関わっている。日本語の場合には話し手の事態把握のしかたがスル/ナル(サレル)の使用に大きく影響するのに対し、韓国語では客観性が重視され、事態が自力でそうなったか( 하다 )他力でそうなったか (되다 )により、 하다/되다 の使い分けがなされている。

②授受動詞:日本語ではアゲル/クレル/モラウという3つの授受動詞が用いられるが、韓国語は英語と同じくgiveに相当する「주다 (chuda)」とreceiveに相当する「받다 (patta)」という2つの授受動詞が用いられる。また授受補助動詞では日本語は私を主語にする傾向があるが、韓国語は動作主を主語にする傾向がある。

③移動動詞:日本語では相手に近づく動作は「行ク」で表現されるが、英語はcomeが用いられる。この点について韓国語は日本語と同じである。また日本語ではテイク/テクルといった移動補助動詞があるが、韓国語も同様である。しかしその意味拡張は日本語に比べると狭い。

以上を総合すると、韓国語は日本語に近いものの、日本語に比べると事態把握の主観性は弱いことがわかる。

参考文献 池上嘉彦(2006)『英語の感覚・日本語の感覚』NHKブックス

井島 正博 講師(東京大学)

「文末ノダ文の機能と構造」

ノダ文に関する研究は、一九五〇年代以降、現在に至るまで精力的に進められてきた。その間、個々の用法の記述は進んだが、ノダ文の最も根本的な機能については、必ずしも満足のできる説は提出されていない。しかも多くの説が、文末ノダ文に関するものであり、説明説、既定命題説など代表的なものでも、文末ノダ文のすべての用法を覆うことはできない。近年の、関連性理論説はノダ文の意味が希薄であることから、語用論の理論をノダの本質的な意味の解明に誤って適用したものだと了解される。ましてや、文末以外のノダ文、に共通の機能を見出すことに成功した議論は見出されない。

ここでは、そのようなノダ文の本質的な機能を「何らかの人物の認識」であることを示すことであると考える。その上で、これまで最も議論が集中し、さまざまな用法の広がりが見られる文末ノダ文に関して、そのような観点から用法の広がりを説明していく。

まず、文末ノダ文の場合は、文末という位置から「何らかの人物」には話し手が入り、「認識」には信念(事実であると信じていることという意)が入って、本質的な機能は「話し手の信念」ということになる。ただ、これは非常に希薄な意味であり、第一にそのことから、主語が一人称の場合には〈決心〉、二人称の場合には〈命令〉といったモダリティが生じる。それ以外の用法は基本的には事実を陳述するものであるが、第二にそれをあえて「話し手の信念」として述べるということは、一方では聞き手が知らない、信じていないことに対して用いる〈告白〉〈教示〉などの用法となり、他方では先ほどまで話し手自身が知らなかった、失念していたことに対して用いる〈発見〉〈再認識〉〈確認〉などの用法となる。また、第三にあえて「話し手の信念」として述べることは、そうする理由を推測させ、それは前の文あるいは周囲の状況に対する〈説明〉としての用法を獲得し、文文法からテクスト文法レベルの機能へと拡張することになる。

第7回 シンポジウム「開かれたコミュニケーションを求めて」

2014/05/06 4:40 に 野原研究室 が投稿   [ 2017/08/29 15:49 に更新しました ]

2009/12/12(土) 14:00-17:00 青山学院大学 総研ビル3階 第10会議室

シンポジウム「開かれたコミュニケーションを求めて」

春原憲一郎講師 (海外技術者研修協会)

(基調講演)「多文化抗争と言語教育:移民受入論争における言語学習保障の立法化に向けて」

クレア・マリイ講師 (津田塾大学)

「日本語話者の複合アイデンティティを考慮した言語教育実践:「わたし」に何が語れるのか」

植田栄子講師 (了徳寺大学、立教大学大学院博士後期課程)

「医師と患者のスタイルシフト:標準語・地域共通語・方言の指標性」

吉田理加講師 (スペイン語会議・法廷通訳者、立教大学大学院博士後期課程)

「法廷通訳人の訳語選択と裁判員の心証形成:レジスター、アイデンティティ、言語イデオロギー」

第6回 講演「類型論的に見た言語・言語行動・文化」

2014/05/06 4:37 に 野原研究室 が投稿   [ 2014/05/06 4:38 に更新しました ]

2008/12/20(土) 14:00-17:30 青山学院大学 総研ビル3階 第10会議室

講演「類型論的に見た言語・言語行動・文化」

松本泰丈氏(別府大学教授・日本語学)

「琉球方言と標準語の文法体系の比較対象:タイポロジカルな視点から」

田中克彦氏(一橋大学名誉教授・言語学)

「言語行動の社会・文化的類型論の試み」

第5回 発表「表現法の変化・拡大と母語話者の意識」

2014/05/06 0:54 に 野原研究室 が投稿   [ 2017/08/29 15:49 に更新しました ]

2007/12/01(土) 14:00-17:00 青山学院大学 総研ビル3階 第10会議室

発表「表現法の変化・拡大と母語話者の意識」

アル・モーメン氏(NHK教育テレビ「アラビア語講座」講師)

「アラビア語と日本語の対照研究 ―慣用表現における―」

山田昌裕氏(恵泉女学園大学)

「『が』の文法化と日本語の言語類型的変化」

第4回 講演会「言葉を変える・言葉が変わる」

2014/05/06 0:50 に 野原研究室 が投稿   [ 2014/05/06 0:51 に更新しました ]

2006/02/18(土) 13:30-16:30 学習院大学百年記念会館

講演会「言葉を変える・言葉が変わる」

田中章夫氏(東呉大学)

「近代のことばのキャンペーン」

秋元実治氏(青山学院大学)

「文法化研究の流れ」

1-10 of 13