太極拳の練習体系と推手!!太極拳の要求と要素!!健康法、武術、医学、薬学、哲学、易学、軍学、宗教学、方位学など

2019/04/25 23:36 に 広亮岐橋 が投稿

太極拳は、一般的には、健康法として練習されています。また、練習の体系は、24式や、48式太極拳などに代表される、套路()の練習が中心です。しかし、本来、太極拳には、多くの内容と要求が含まれています。

太極拳に含まれている内容や要求を、現代風の言葉で表すならば、次の通りとなります。健康法、武術、医学、薬学、哲学、易学、軍学、宗教学、方位学などです。


健康法には、身体の内部の操作を行い、現代では、インナーマッスルや体幹などとも呼ばれる、身体の内部の筋肉強化や、内臓の調子を整える気功法、あるいは、運気法があります。

また、調息とも呼ばれる、呼吸を整え、コントロールする事により、心身の調整を行う呼吸法。そして、東洋の健康法や、武術でよく耳にする、丹田の運用練習があります。

この丹田の運用練習でいう丹田は、一般的には、臍のしたあたりにある部位が有名ですが、本来、上中下の三種類が存在し、一般的に呼ばれる丹田は、下丹田の事を言います。この上中下の丹田を形成させ、繋げる練習を、小周天法と呼びます。

また、この小周天法で作られた力を、全身に巡らせる練習法を、大周天法といいます。

太極拳の健康法には、本来、これらの練習体系が存在します。また、二人ペアになって練習する、推手と呼ばれる練習により、触覚を通して、五感を活性化させ、脳神経を活性化させる練習も、太極拳の健康法だといえます。

 

太極拳の武術性とは、現代の格闘技や武道などと同じく、戦闘の技術であり、護身術的な要素の事を言います。

太極拳では、このような技術を、套路(型)や推手を通して、練習生のレベルに合わせて、練習していきます。また、太極拳は、前述の通り、武術として形成されました。これは、日本の武術や武道が、戦国時代の戦闘の中から発達したように、中国においても同じく、古代の戦場などにおいて、戦うために発達したと言えます。

そのため、太極拳の門派(流派)にもよりますが、兵器術(武器術)も練習します。有名な兵器術で言うならば、両刃の形態を持つ兵器の剣を使う、太極剣と、片刃の形態を持ち、湾曲した、日本の刀に似た形状を持つ兵器の刀を使う、太極刀でしょうか。

また、この剣や刀以外にも、棍や槍などの長兵器や、特殊な形状をした兵器を練習する太極拳も存在します。

 

太極拳の医学、薬学とは、現代で言う東洋医学と漢方薬の事です。前述した、太極拳に内在している気功や呼吸法のような練習法は、東洋医学の技術や理論が、基盤となって形成されています。

また、この東洋医学の理論をもとに、鍼灸、整体、整骨などの補助的医療も発達しましたが、このような要素も、太極拳の動作や練習法には、含まれています。

実際、太極拳を教える教師には、鍼灸、整体、整骨などの職業につく場合が多いのは、これが理由だと言えます。

また、前述のとおり、太極拳は、武術として形成しましたが、この練習過程の疲労緩和や、ケガ。あるいは、戦闘におけるダメージを回復させるために、薬草などの研究がおこなわれました。このような事が、現代の漢方薬にも影響を与えているといえます。

 

太極拳の哲学とは、太極理論をもととした、陰陽五行説です。この中には、易学も内在していると言えます。太極理論は、現代でいう易学のもととなった、中国の古典の一つである易経の中に書かれている用語です。

また、ほかの古典や、中国の文化に深く根付いた概念だといえます。この太極理論を簡単に説明するならば、世界にある事象を、陰と陽という、二種類の用語によって分類し、まとめる事だと言えます。

これは、西洋哲学における、二元論と同種の考え方だといえます。また、この太極拳の技術に、大きく影響を与えていると言える、この太極理論は、平安時代の日本にも伝わり、陰陽道(おんみょうどう)と呼ばれました。

実際的には、この太極理論をもととした、陰陽の分類から派生した、現代で言う、天文学や気象学などの技術などの、多くの学問を総称したものが、陰陽道だったようですが、根底には、この太極理論が影響を与えているといえます。

 

太極拳の宗教学とは、道教の事だといえます。道教は漢民族の土着的・伝統的な宗教です。中心概念の道(タオ)と呼ばれる、宇宙と人生の根源的な不滅の真理を指す言葉があります。

道の字自体が太極にもある二元論的要素を表しており、この思想は太極拳にも受け継がれているといえます。この道(タオ)と一体となる修行のために錬丹術(気功の一種)を用いて、不老不死の霊薬、丹を錬り、仙人となることを究極の理想と考えます。神仙となって長命を得ることは道を得る機会が増えると考え、奨励されています。

また、拳法を通じて「気」を整え精神の安定を図る事や、瞑想によって「無為を成す」ことも道への接近に有効であるといわれます。また、老荘思想(道家)を道教の源とみなす場合もあり、老子の影響もあるといえます。

古来の「卜占」「蠱術」や「鬼道」(シャーマニズム)を利用した内容も、これにふくまれ、前述した、陰陽五行説や占星術や「易」を援用しています。上述以外にも、この道教には、消災滅禍のための「方術」「道術」錬丹術や錬金術を追求し、金丹などの薬物生成の技術も研究されていました。

これは、前述でも説明した、現代でいう医学、薬学、方位学の要素だと言えます。

 

太極拳の軍学とは、兵法の事です。前述した通り、太極拳は武術として発生しました。現代でいう格闘技のような要素もありますが、本来、古代の戦場において生き残る術であったと言えます。

もちろん、このような戦場において戦闘を行うためには、剣、刀、槍などの、兵器術(武器術)の要素が強く、素手で行う現代のような技術は、ある程度平和な時代に構成されたものだといえます。

また、日本でも、昔の武術家を兵法者と呼ぶ場合がありましたが、当時の武術家は、兵法を行う人間でもあったということです。つまり、少なくとも、当時の武術とは、戦場における用兵である、集団戦闘の統率の術を、最小化したものだったということです。

集団戦闘とは、三国志や、日本の戦国時代の歩兵や騎馬兵などの統制を行う事をイメージすれば、解かりやすいと思います。このような戦闘における技術の事を、一般的には、戦術、戦略という言葉で表します。

この戦術、戦略の術を、最小化し、最小単位で運用したものが、武術です。戦術、戦略の最小単位とは、一対一などの想定です。

このような事を小の兵法と呼びます。逆に、前述の集団戦における戦術、戦略の事を、大の兵法と呼びます。

つまり、太極拳には、武術として発生した以上、このような戦術、戦略の要素が内在しており、このようなことを、軍学ともよびます。

 

このように、太極拳というカテゴリーの中には、多くの内容が含まれています。このような多くの内容の中から、どの分野を重視するかによって、太極拳の練習体系や、風格が変わってきます。

本来、太極拳は、武術として形成されましたが、このような多くの内容を取り込みながら、現在に至ると言えます。また、現代では、一部の太極拳において、表演と呼ばれる、套路()を美しく演じる事を重視する門派も生まれました。

本来、套路()を演武する、演武会や表演会は、套路()の動作の美しさを競うものではなく、套路()の機能美や、術者の変化力を発表するものでした。

 

機能美とは、言葉の通り、機能するために構成された形態などが、美しさを持つ事だと言えます。例えば、日本の刀があります。一般的には、日本刀と呼ばれるものです。この日本刀は、元々、戦場において使われる、兵器(武器)として生まれました。

つまり、相手を切るために作られたと言えます。そして、この切るという行為を追及した結果、現在のような形状になりました。

つまり、切るという機能を追及した結果が、現在の形状だということです。しかし、現在では、この日本刀には、美術価値を持ちます。

もちろん、モノによっては、歴史的な価値によるものもありますが、現代刀などとも呼ばれる、現代になって作られた刀であっても、高い値段で取引されています。

これは、この刀の製法、形状に、美術価値があるためです。つまり、ただ究極的に、切るという行為を追及した刀の形状に、人間は美を見出し、価値を感じるのです。

このような、美しさの追及ではなく、一つの機能の追及から生まれる形状が持つ美を、機能美といいます。

また、太極拳の動作や形状には、それを形作る目的と意味があります。日本刀と同じく、究極まで練られた動作には、一種の美が生まれます。

形や外見だけを整えただけの物とは違う、奥深さをもつ動作と形状です。太極拳の目指す動作の美しさとは、このような機能美でなければなりません。

また、太極拳の動作について言うならば、太極拳の動きは、止まらず、居ついてはいけません。

しかし、形だけや外見だけを綺麗に見せようとすれば、動きが止まってしまいます。つまり、太極拳の要求から離れてしまう、という事です。

 

このように、現代では、目的によって、多様な太極拳が存在していると言えます。特に、現代の日本では、健康法や表演を重視する太極拳教室が多いようです。

一概には言えませんが、このような太極拳教室では、套路()の練習のみを行い、気功、呼吸法、推手(太極拳の練習法の一つで二人ペアで行う)の練習は、ほとんど行われていないようです。

また、逆に、伝統的な太極拳を練習している教室では、推手などを練習する事が多いと言えます。

太極拳は、昔から推手の練習と一緒に練習しなければ、太極拳の半分も理解出来ないと言われています。

これは、その太極拳の教室が、どのような目的で練習しているとしても、套路(型)と推手は、必要であるという事です。

少なくとも、伝統的な太極拳では、このように考えます。このような伝統的な太極拳では、健康法もですが、武術性や他の分野の内容を学ぶ事を重視しているとも言えます。

 

 

 

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