178 うさぎと毒ガスの島(1)

 最近、大久野島が「うさぎの楽園」として脚光をあび、年間10万人を超える観光客が訪れている。ネットによる配信によって外国人観光客も増えている。そのことを伝える週刊誌と新聞の記事を全文紹介しよう。

 「ウサギの楽園 戦争の闇」(2016年1月1日『読売新聞』)

 朝日に輝く晩秋の凪いだ瀬戸内の海を、新郎新婦らを乗せたフェリーがゆっくりと進んでいく。デッキや客室を埋めた乗客250人近くの中に、スイスでソフトウェアを開発するラファエル・ソニエさん(26)と大学生のソニア・ペルネさん(28)の姿もあった。 忠海港から12分、フェリーは野生のウサギが人気の大久野島に着いた。竹原市によると、40年以上前、島に放たれたウサギが700匹くらいまで繁殖したという。

 「知人が島を訪れ、ウサギの写真をメールしてくれた。ソニエさんは、島に渡った理由を語る。大きな荷物二つを背負ったままの島内ハイキングに、コインロッカーがあればいいのに」と本音ものぞく。

 周囲4・3キロの小島で、戦時中は旧日本軍が毒ガス兵器などを製造し、日本地図から島の存在が消された時期もある。環境省広島事務所によると、戦跡で倒壊の恐れがあるため、島内の一部は立ち入り禁止になっている。

 ソニエさんが島を訪れたもう一つの目的は、毒ガス資料館の見学だった。同じ知人が伝えたのだという。廃墟と化した発電所を背景に、餌を求めてウサギが次々穴からはい出る光景と、毒ガス製造装置などを展示する資料館は「大きなコントラスト(対比)」だという。ぺルネさんも「発電所が印象的だった。資料館は小さいが、とても興味をそそられた」と話した。

 市によると、島を訪れた外国人は2013年の378人から、14年は5564人と約15倍になり、韓国、台湾、アメリカ、ドイツの順で多かった。

 「瀬戸内海の小島に年間10万人が来訪!ウサギにいちばん近い島」(2016年2月11日『週刊文春』)

 フェリーから降りると、あちらにもこちらにもウサギの姿が見えた。持参したドライフードやニンジンを取り出すと気配を察してウサギたちがまっしぐらに駆け寄って来る。つぶらな瞳のキュートな動物に、あっという間に囲まれてしまった。ウサギの好きにはたまらない光景だ。

 ここは広島県大久野島。瀬戸内海に浮かぶ周囲約4キロの小さな島だ。約七百匹のウサギが棲息するため「ウサギ島」とも呼ばれている。島には一般の住民はおらず、宿泊施設が一つあるだけ。近年はウサギ目当ての観光客が年間十万人も来島しており、宿は常に満室に近いそうだ。

 実際、ウサギと遊んでいる人たちに声をかけると、国内のみならず、アメリカ、タイ、台湾など、海外からの訪問客も驚くほど多い。カリフォルニアから来たという青年は「YouTubeで知りました。日本に来たら絶対この島に来ようと思っていたんです。とにっこり。インターネットを通じて、かわいいウサギの噂は世界中に広まっているのだ。

 そもそも大久野島には、昔から野生のウサギがいたわけではない。約五十年前に宿泊施設を建てる際、「観光客が楽しめるように」と数匹のウサギを飼ったのが始まりで、そこに地元の小学校のウサギも加わり、いつの間にか増えていったと言われている。

 しかし、島の歴史をさらにさかのぼると、戦争中は陸軍の兵器工場が立ち並び、毒ガスを製造していたという暗い過去が浮かび上がる。実は毒ガス実験に使用されていた動物もウサギだった。当時のウサギと現在の島にいるウサギはまったく関係ないが、この島にとってウサギは歴史の重要なカギを握る存在なのだ。

 現在も毒ガス工場跡が残る島で、ウサギたちはのびやんに自由に暮らしている。餌付けされているため人を恐れることはなく、むしろとても人懐っこいのが特徴だ。平和な時代をかみしめながらかわいいウサギとふれ合える、大久野島に出かけてみてはいかがだろう。(文・菅 聖子)

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