旅の画帖 (ホームページ)                              大森 達三
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・企画展のご案内

「木曽谷の自然スケッチと

  バードカービング

         ふたり展」

200/04/07 より

ギャラリー田代

(川崎市多摩区・稲田堤)

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ハイタカ&崖屋造り

・・・・・・・・・・・・・

・スケッチ画 常設展

ル・ペシェ(桃の木)

(ケーキの美味しい喫茶店)

川崎市多摩区登戸

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・「旅の画帖」とは?

 長年、勤務の関係から世界数カ国を訪問・滞在する機会があり、その都度描いたスケッチが数十点になっている。

 ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリア、或いは東南アジア等訪問月日に関係なく手元のスケッチ帳「旅の画帖」をもとに思いつくまま記して見たい。

 また、昨今の国内風景スケッチも掲載したい。

新サイト構築中

=>> 「旅の画帖 大森達三」

★木曽開田高原からの便り

この 「木曽開田高原からの便り」 は月刊誌 「情報の缶詰」 に

2005年10月から連載。 =≫ 月刊誌 「情報の缶詰」のご案内へ

 ★木曽駒遠望

14.おうい雲よ

君は常に、青の点滅が変わらぬうちに渡らなければ、という気分で過ご

してきたのではないか。周りが秀才揃いの中で予習復習に忙しかった

高校時代。実験とレポート提出に追われ部活とバイトの日程調整に苦し

んだ大学時代。外人との会話、報告資料の作成で機中一睡もしなかっ

た海外出張の会社員生活。全てが遠い出来事の筈。でも東京に居る

限り、何かしていないと居心地の悪い気分がするだろう。2,3日でも良

いから、まやギャラリーで過ごしてごらんよ。新聞もテレビも無い生活。

何もしないことが如何に心と身体を休ませてくれることか。空を見上げれ

ば、小学校の教科書にあった詩の一節が自然と口から出るに違いな

い。

『 おうい雲よ ゆうゆうと 馬鹿にのんきさうぢやないか どこまでゆく

んだ ずつと磐城平の方までゆくんか 』 (山村暮鳥 雲 より)

西野からの御嶽山

 

15.一期一会

 深沢氏の奥様は、裏千家の師匠である。登戸にあるお宅を訪問し、書

院造りの広間や路地、躙口(にじりくち)の造作、茶道具の説明を聞く。

また季節により変わる風炉先屏風(ふろさきびょうぶ)、床の間の掛け軸

の意味、船花器の吊り下げ方出船・入船の教示受け、ほんの少しだ

が茶のこころに触れた気がした。

 ここ数年「まやギャラリー」を中心に多くの人たちとの出会いと開田の

四季を楽しんできた。錦秋の木曾谷、風雪に霞むこならの木、輝く白河

氷柱群、新緑の里山、木曽川の流れの音を聞きながらの崖屋風景な

ど。毎年見る風景とはいえ、その折々の感動の源はいつも異なる。

風景との対峙も一期一会である。

(今回で「木曾開田高原からの便り」は終了いたします。ご愛読ありがと

うございました。)

13.ふたり展

8月1日~20日の間、木曾開田高原「まやギャラリー」において、深澤

誠太郎氏の漆工芸品及び拙作水彩・パステル風景画等合わせて数十

点の展示会を行なった。題して「木曾を歩むふたり展」地元の新聞記者

も来て熱心に話しを聴いてくれた。土地の人も沢山来てくれた。

「わしはな、昔、額縁を造るところで働いておってな、金箔が飛ばぬよう

息を詰めて貼ったもんじゃった。ところでこの額は金無垢かね?」そんな

額なら今ごろ左団扇ですよ、額より絵を見てくださいよぉ「ここは昔は馬

小屋じゃってな、この柱と壁の間にドブロクを隠してな、役人がくると馬が

蹴飛ばしてくれよった、ははは」「今朝の新聞に出ているのを見てな、知

ったんじゃ」よくお出でくださいました、遠くですか「いや、すぐ隣りの家の

もんじゃよ」隣りなら新聞記事見なくても、やっていることは分かる筈なん

だがなぁ。

 ★小野原の家並み

12.ザイルの手摺

まやギャラリーの二階の部屋には、この辺りでは一番早く朝日が差し込

むという。草原に朝霧がきらきら光っており、窓を開けると朝のひんやり

とした空気が心地良い。屋根裏部屋の二階にはベッドが3つあり、私が

まやに泊まるときは、大抵ここを使わせてもらう。階段を上がるには、手

摺替わりのザイルを使う。片側は手摺が無いので、壁側に張ってあるザ

イルが頼りだ。夜中、下のトイレに行くには、起きがけのがくがくする膝 

に注意しながらザイルを握る。    

先日何人かの客に混じって女性が二人泊まることになり、いつもの私 

専用の部屋を女性軍に明渡した。

「二階にはザイルを使って上らなければなりませんが・・・」

心配ご無用、一人は山の会リーダーの奥さん、一人は素手で岩壁を登

るフリークライミングの経験者だった。

朝の開田高原

11.中仙道上松 「民宿たせや」

たせやのおかみさんは話好きである。

明治の面影残る改築前のたせやの写真を見ながら、祖母の話をしてく

れた。「祖母は、たせやに寄った貞奴と並んでも見劣りがしなかったそう

な」我が国女優第一号の川上貞奴は、福沢桃介の南木曽の別荘に頻

繁に滞在したと言われるが、その道中で寝覚めの床に近い立場(たて

ば)のたせやに寄ったのだろうか。貞奴にも負けぬ美貌の祖母を持つお

かみさんは、なるほどよく見るとなかなかの美形である。おかみさんの

説明を聞きながら見上げる大黒柱は、上に行くにつれ煤けて天井に近い

ところはくらくて良く見えない。太いはり、二階への釣り階段、スライド式

の明り取り、飾り棚、分厚い煤がこびり付いた竹の自在鍵など興趣は尽

きない。

「民宿 たせや」

10.ル・ペシェ

「残念ながら、私だけ頂上直下で引き返しました」I氏は淡々とマッキン

リー登頂談を終えた。ノートパソコンの画面は小さいが、そこに映し出さ

れるものは、壮大で厳しい表情を見せる山岳風景だ。I氏は、ここ数年エ

クアドルアンデス、ネパールヒマラヤ、アラスカマッキンリーと数々の峰に

挑戦している現役の登山家である。アイランドピークでは頂上直下で友

人の不慮の病死に遭い、マッキンリーでは自らの体調不良で已む無く撤

退と高峰の登頂は容易ではない。某月某日登戸の喫茶店「ル・ペシェ」

において、まやギャラリーの仲間が集い「I氏山の旅を聞く会」を開いた。

ここは、私を木曾に導くきっかけを作り、また多くのまやの仲間を結びつ

ける場所ともなった。

★ 赤い扉の喫茶店 「ル・ペシェ」  =≫ お店情報にリンク

9.春の宴

 5月連休のある日、まやギャラリーに久しぶりに人が集まった。

横浜の山の会、川崎の画廊主夫妻、地元ピアニストとお弟子さんなど総

勢11名。囲炉裏の自在鍵には大きな鍋がぶら下がり、盛んに湯気を上

げている。その周囲には、20本程の竹串に刺された鱒が色よい具合に

なっている。

七笑の一升瓶を回しながらの話は弾むが、中身は他愛も無い。

「山の仲間に富士山に登るのに、砂浜から歩き始めたひとがいまして

ね」

ほうほう、まさに3,776mを登ろうとしたのですね。

「ところが、町中で道に迷ってしまって頂上に行き着かなかった」

「先日、街で駐車違反で捕まってしまったのですよ」

それは災難でしたね。

「ところが開田から来たと言ったら、大変な処から来たのだなぁ、と同情

されて免除してくれたのですよ。余程、僻地に思われているのですかね

ぇ」

開田高原の夕暮れ

8.すんき漬け

 すんき漬けは、木曽特産赤蕪の茎葉を乳酸菌で発酵させたこの地方

特有の風味ある無塩漬物である。そのまま食べても旨いが、暖かいす

んきそばがいい。そば汁に浸かっているすんきを箸でつまみ、口に入れ

る。そば汁の味と乳酸特有のまろやかな酸味がほわっと広がるところへ

熱燗の地酒を流し込む。 う~む、幸せ!

 そんな味を東京でもと、すんき漬けを手に入れてきたが直ぐになくなり

そう。そこで追加を作ることにした。

材料は普通の蕪菜とすんき漬けと広口ビン。さっと茹でた茎葉と木曽

のすんき漬けを交互にぎゅうぎゅう詰めて蓋をしておけば、4~5日で出

来あがり。

 これに 七笑いか中乗りさんでもあれば、わが家はいつでも木曽の味

が楽しめるというものだ。

雨の木曽町本町商店街

左手の家並みの裏側が崖屋造りの景観である。

7.末川の春

 「むかしむかしおじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは、やま

へしばかりに、おばあさんは、かわへせんたくに・・・」

 ロスアンゼルスから久しぶりに一時帰国した3歳半と1歳半の孫娘た

ちに日本昔話をしている。

上の孫がいう、

「ふ~ん。おせんたくのまどからみているの?」 

ん?なんのこと?

「ばばちゃんのおせんたくはまどがあるよ」

 なるほど、そういえば、我が家の乾燥機付自動洗濯機には窓があり、

中でぐるぐる回転している洗濯物が見える。ふたりの孫たちは、時折そ

の前に座り込んでは中を覗き込んでいた。

 いつか君たちを木曾開田高原に連れて行ってあげよう。川上から大き

桃が流れてくるかもしれないよ。

★ 木曽開田高原 末川風景

6.早暁の木曽御嶽

 日の出の時間より30分も早く目が覚めた。まだ薄暗いため雪を被った

頂きは、灰色に見える。

 しばらくすると、山頂付近の雪が桃色に染まってきた。同時に山を覆う

雪も徐々に桃色に変わる。残念ながら若干ガスり気味のためか、真っ赤

な御嶽山にはならないようだ。

 ここは、木曾開田高原にあるリゾートマンション2階にある友人宅の一

室。昨日着いた時は生憎のみぞれで、スケッチブックも開かず、直ぐ風

呂に入れてもらった。風呂はやはり1階のジャグジー付の共同風呂が

良い。

 温まった身体に濁り酒「白川郷」が旨かった。昨晩の続きだ、部屋の

主が起きてきたら、御嶽山を肴に朝酒でも飲もう。

★ リゾートマンションからの御嶽山

5.まやギャラリー小演奏会

 木曽町のピアニスト伊東郁子さんの家は駅に近い丘の上にある。家の

近くからは、雪を被った中央アルプスが遠謀される。

 ある夕べ、まやギャラリーでその伊東さんのピアノ演奏を聴くことが

できた。たまたま、彼女を交えて囲炉裏を囲みながらの夕食会の後、

聴く機会を得たのだ。

 演奏曲目は、ショパンのノクターン第20番嬰ハ短調「遺作」はじめ、

フィンランドのカスキやパルムグレーン、チェコのボブスラフ・マルチヌー

などのピアノ小品集。伊東郁子編曲のモダンな感覚の「長野県歌」

「木曾節」もあった。彼女の祖父伊東淳(すなお)氏(故人)は、旧木曾

福島町の元町長で木曾節を世に広めた人でもあるという。

★ 木曽町丘の上から中央アルプス遠望

4.崖屋造り

 早朝、木曽福島駅着。まずは腹ごしらえと駅前の店でたぬき蕎麦と熱

燗を頼む。生憎の雨模様だが本降りではない。木曽川の河原に下りて

崖屋造りを見上げ、スケッチブックを広げる。 下から見ると中々の迫力

だ。昼、蕎麦屋「くるま屋」で熱燗とわさび味噌で一杯、更に銘酒七笑

いの冷やで、ざる蕎麦2枚。午後は対岸から描く。

雨がひどくなってきた。親水公園の足場に浸りながら谷を眺める。

紅葉は始まったばかりだが、雨に煙る木曽谷の緑と淡い赤色が混じる

木々が美しい。行人橋から上流のスケッチを再開。雨がますます激

しくなってきた。諦めてバス停横の店に入り焼き鱒と地酒「中乗りさん」

の熱燗でまたもや一杯となった。

崖屋造り 木曽福島は谷底の町。

  二階建ての商店街も裏から見れば、今にも倒れそうに

  木曽川に張り出している。

3.まや文庫

 本人にとっては宝物でも他人には邪魔なだけということはよくある話

だ。私の山の愛蔵書もそのひとつ、家族にとっては邪魔者以外の何もの

でもなかったらしい。

 「岩の呼ぶ声」藤木久三、「山の絵本」尾崎喜八、「霧の山稜」加藤

泰三、「山とある日」上田哲農、「せつなさの山」畦地梅太郎、「山から

の絵本」辻まこと、「ユングフラウの月」庄野英二、「穂高星夜」山崎

安治、「単独行」加藤文太郎、「登山史上の人々」大島亮吉、「山渓記

1~5」冠松次郎、「山の詩」細田幸市写真集、「山の意匠」田淵行男

写真集など約30冊をまやギャラリーに寄贈した。

 オーストラリア、アメリカ等海外を含めた転勤で18回の転居とともに

移動してきたそれらの本も、山好きの主の好意でようやく安住の地を

得ることが出来た。

★ 開田高原から中央アルプス遠望

2.ヒマジンクラブ

 まやギャラリーの隣に「ヒマジンクラブ」と看板のある家屋がある。

某企業の有志が借りている家で連休になると何家族かが寄り合う。

テレビも電話もパソコンもない。水道も少し歩いた所の水場まで行かね  

ばならない。トイレも水洗ではないということで奥さん方の評判は、イマ

イチだという。

 5月連休のある日、「ヒマジンクラブ」に父子一家族が泊まりにきて

いた。少々薄ら寒い日であったが、陽だまりで小学生の男の子が

のんびりと漫画の本を読んでいた。

テレビのない夜、父親の作った夕食を食べながらどのような会話を

しているのだろうか。 

★ ヒマジンクラブ

1.まや ギャラリー

 「馬屋ギャラリー」、市松人形作家・漆工芸作家の深澤誠太郎氏が

木曽開田村の築150年の農家を借受け、独力で改装したギャラリー

である。

 ここは、時には展覧会場、時にはピアノ演奏会場として、また 

時には都会の子供たちを受け入れる「遊びの学校」として様々な場を

提供している。

 そんな、「まやギャラリー」を基点とした木曽の清風をお届けしたい。

まやギャラリー のご案内 

  〒397-0301

  長野県木曽郡木曽町開田高原 小野原

  深沢 誠太郎 ℡ 090-2452-4518

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  =≫≫ 深澤誠太郎のしごと

★ 月刊誌 「情報の缶詰」 のご案内

  時事・趣味・エッセイ等多彩な情報誌 (A4サイズ12ページ前後)

  発行元 セキネットワークス(株) 関 治晃 

Tel/Fax 03-3953-7577

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