箱根の山は道がないー神奈川県全山登頂のご報告―

平成27年2月22日 山口 一史

春寒の候 皆様にはご健勝にてお過ごしのこととお喜び申し上げます。

さて私、今年2月14日箱根の聖岳(837m)、孫助山(957m)に登頂し、これにて神奈川県全山(102) (1)登頂を果たしましたのでここにご報告いたします。

神奈川県の山群は北から相模湖周辺、丹沢山系、箱根山系と大きく3地域に分けることができます。神奈川県全山登頂を意識しだしたのは相模湖周辺、丹沢山系をあらかた登り終わった3年ほど前からでした。

 改めて「日本山名総覧」(白山書房刊)から神奈川県全山リストを作ってみると、まだ箱根山系に私の足跡が印されていない山が沢山あることに気づきました。そこで昨年(平成26)12月全山登頂を目標に箱根山系に集中登山を実施しましたが、残念ながら2山を残し完登は成りませんでした。理由は猛烈な藪。

そして意外だったのはあれだけ有名な観光地であるにも拘わらず、箱根山系には登山道の無い山が多いということでした。“日向の陽が強ければ日陰の闇は暗い”ということでしょうか。

別紙神奈川県全山リストに道の無い山をマーク(30山中7(23%))していますのでご参照ください。

地理学的に考えてみると箱根山系は三重式火山になっており、道の無い山はカルデラ中央部の主火山(神山、駒ヶ岳等)の寄生火山に多いところから、山として目立たず登山の対象になっていないということでしょう。

 しかし2山だけを残し全山完登できないというのはいかにも悔しいという思いが強くなり、今年2月再び箱根の山に入り、猛烈な藪漕ぎの末、やっと全山完登を果たしたという次第です。

 以下、箱根山系藪漕ぎ日誌とでも称して道の無い山だけの登頂記をいくつかご紹介しましょう。

(1)山数カウント対象の山は国土地理院発行2.5万分図に山名記載があり、かつ標高300m以上の山

1. ルートは自由の台ヶ岳(1045m) (20141223日)

台ヶ岳は仙石原の中央部に盛り上がったピークである。事前にネットで調べてみると湖尻と早雲山ロープウエイ駅とを結ぶ県道734号と、その途中から大涌谷に入る道路との交差点あたりから登った記録があった。その三叉路のバス停名は「国有林前」、その近くの駐車スペースで夜を明かす。晴天の払暁は冷え込み、車のガラスはがちがちに凍っていた。入口にチェーンのかかった古い廃林道に入りほんの少し下り気味に台ヶ岳の山腹を右に巻き、尾根状のところから笹薮の山腹に取りつく。道もなく踏み跡もない。幸いここの笹は箱根笹ではなく熊笹でしかも疎、どこでも適当に登っていける。平たい山頂に立った。山頂には山の主は俺様だといわんばかりにブナの大木が一本どっかと立っている。温かい樹幹に抱きついてみた。優に二抱えはある巨木である。樹の芯から滲みだすかのようなほのかな温かさが身体にゆっくりと伝わってくる。そのブナの横の木に古びて字の消えかかった山頂標識が一つくくられていた

2.下って登る早雲山(1151)  (20141223)

 ロープウエイ駅名も早雲山と付けられていることが示すように、早雲山とは山名なのか地域名なのか定かではなかったが、地図をよく見ると箱根の最高峰神山の東側を巻くお中道の東側下方にそれらしきピークが瘤のようにくっついている。登山道の記載はないがダメ元でトライしてみよう。

 ロープウエイ早雲山駅の駐車場横からハイキングコースの登りにかかる。尾根をジグザグに登る道は落ち葉散り敷く冬の山道、右下には大涌谷、左下には早雲地獄の白い噴煙を見下ろし、硫黄の臭いを常に鼻にして登らねばならない。1時間10分でお中道分岐に至る。お中道は水平歩道のようにつけられているが、それが最初に右にカーブする地点から登山道を外れ、左下に緩斜面の落葉林の中を下る。幸い笹も下草も全くなく、また踏み跡も全くないが、ただ方向だけに注意し意識的に早雲地獄の崖の淵沿いにスイスイと下って行った。早雲山の丸いピークとの間は小さな鞍部になっており、暗いひんやりとした杉林の中を少し登り返して早雲山山頂。山頂標識は全くなく古い赤テープが一つ風に揺れているだけ、手持ちの赤布テープに早雲山と書いてぶら下げておいた。杉林の中の暗い山頂はただ寒いだけで展望は全くなかった。

3.猪柵に導かれて丸山(960)  (20141223)

 丸山は箱根湯の花ゴルフ場の最高点の上にある。登山道は無い。まさかゴルフ場の真ん中を突っ切っていくわけにもいかず、コース管理事務所に顔を出し、「コースの猪よけ電気柵の外側を伝って歩くから丸山に登らせてくれ」と頼み込んだ。最初は渋っていた事務所の長も粘りに負けたか「良いけど電気柵のコードには絶対触れないでほしい、すぐ切断するので。もし切断した場合はすぐ連絡してほしい」と了解した。

 登山開始。一か所谷を渡る堰堤の上が藪で通れず、笹を滑り台にして下の谷に一旦下り、また藪の崖を腕力で這い上がるという難所があった。しかしあとは回り道にはなったものの電気柵沿いにスイスイコースの最高点まで登ることができた。そこから箱根笹の密生する藪を10分ほど漕いで丸山山頂に立つ。ゴルフ場の人の話では山頂に昔ヘリポートがあったとかで、山頂平坦部だけ背の低い箱根笹とカヤトの混じった明るい山頂であった。山頂標識などは全くない。神山、駒ヶ岳、二子山のトロイデ型の山塊が並んでいるのが正面に大きく眺められ、駒ヶ岳の山腹からは白い噴煙が一筋静かにのぼっていた。

 下山時、再び谷を渡るとき、たくさん落ちていたロストボールを30個ほども拾い、コース管理事務所にお礼として届けておいた。

4.4度目の正直聖岳(837) (1,2,3回目:20141221日、4回目:2015214)

 聖岳は南アルプスのそれが有名だが箱根山系にも聖岳がある。しかし箱根のガイドマップには登山ルートは全く記されていない。5万分図では海岸沿いの米神集落から山頂まで破線がついている。とにかくトライしてみよう。

第一回目:米神集落は、頼朝が治承4年(1180)高倉宮以仁王の令旨を掲げ伊豆に旗揚げしたが、大庭景親等の10倍する敵に挟まれ惨敗し、真鶴半島から安房へ逃げたという石橋山合戦の地である。その集落から狭い舗装の大畑林道を標高400mほどの水平林道との交差点(清水橋)まで登って行った。しかし5万分図ではそこから谷沿いに山頂まで破線がついているのだが全く踏み跡すら無い。しかも箱根笹の密生した藪、すこしトライしてみたがこれで山頂まで400mの藪漕ぎはとてもできぬとあきらめて下る。

第二回目:それではと有料の箱根ターンパイクを上り、聖岳山頂に一番近い鍋割駐車場に車を置き、東南方向に標高差100mでピークの仰げる聖岳山頂目指して藪に突っ込んだ。しかし垂直の崖になったキレット状の鞍部に降りることができずこれもあきらめた。

第三回目:鍋割駐車場の少し上の白銀山近くから聖岳南面を巻いている星ヶ山林道から山頂に取りつこうと考え、林道を歩きだしたが、深い林の中の林道は山腹をくねくね巻いていてどこから山頂目指して取りつけばよいのか全く分からない。GPSでもあれば簡単だろうが非常時以外でそんなものを使うのは邪道だという古い頭の持ち主はその用意もなく、このルートもあきらめた。

高々標高差100m強の藪漕ぎを登れないと決めつけて何故放棄したのか、自分でも納得できない。物理的に絶対的なバリアーがあるわけではなし、普通の登山スピードで登ろうと思い込んだところに無理があったのかもしれない。10mを30分かけてでも登る覚悟で登れば5時間で山頂に着くではないか、そう思い直して再び箱根に入った。

第四回目:昨年12月3ルートから登頂を試みるも失敗した聖岳、リベンジ戦でやってきた。ルートは最も可能性の高い鍋割駐車場からのルートを選ぶ。昨年はピークと道路との間の谷を渡るのに谷最上部の鞍部に降りようとして行き詰ったので、今回は鞍部の少し下の方へ下って谷を越えた。下ってみると谷沿いに古い林道跡らしき苔生した法面の石垣を発見した。ターンパイクができるまでは利用されていたのだろうか。岩ごろの谷から熊笹生茂る急斜面に取りついた。箱根笹でないのがまだしもだ。藪下には靴高ほどに積もった雪が凍りつき、倒れた笹をFIXしているが力一杯両手で広げれば何とか足を前に出すことができる。脚力ならぬ腕力仕事でさすがに息が上がる。足を止め呼吸を整えてはまた藪に突っ込む。何回かこれを繰り返しているうち山頂近くは藪も疎となり、思いのほか40分という短時間で標高差100m強の藪漕ぎは完了した。山頂は暗い桧林の中、樹幹に私製山頂標識が一つあるのみで全く展望は無い。覚悟して登れば、産むは易しであった。()