スイス ヴァリス アルプス 天空散歩記

2013年7月19日~26日 山口 一史

ブライトホルン

アラリンホルン

昨年年初の登山計画では海外はメキシコ最高峰オリサバ(5699m)を計画した。しかしツアーのメンバーが集まらず不催行、よってエクアドルのコトパクシ(5897m)に行先を変更した。今年も年度計画ではオリサバとしていたが再び振られてしまった。オリサバはよほど不人気らしい。第二希望の中国雲南省のハバ雪山も駄目。“仕方がないな、アルプス天空散歩にでも行くか”とて スイス ヴァリス アルプスの初心者向け4000m峰ブライトホルン(4164m)とアラリンホルン(4027m)に出かけることにした。

一行は国際山岳ガイドの熊田さん(58歳)、メンバーは42歳のOさん、52歳のSさんそして70歳の僕、親子ほどの年の差トリオの4人パーティである。

7月20日高度順応と時差ボケ解消ハイキング

ツェルマット(9:36)=(登山電車)=(10:10)ゴルナーグラート―(11:30)リッフェルベルグ(11:55)―(13:30)サンネガパラダイス(14:40)=(全地下式ケーブルカー)=(14:45)ツェルマット

朝ゆっくりと食料買い込みなどした後、ツェルマット(1620m)からアブト式登山電車(GORNERGRAT-BAHN)で一気にゴルナーグラート(3089m)まで上る。ここからはマッターホルンを正面に望み、左の谷ゴルナー氷河の向こうには3つもの小氷河を抱えたブライトホルンの岩壁が頭に真っ白の雪の帽子をかぶってそそり立ち、ゴルナー氷河を登り詰めたところにはこの山塊の最高峰モンテローザ(4634m)が大きく白くまぶしくそびえている。雄大な眺めである。

電車を降りて山腹をトラバース気味に降りながら、フィンデルバッハの谷を越えてサンネガパラダイスまで下り身体を慣らすのが今日のハイキングの目的だ。

山頂駅から200mほど下ったローテンボーデンに小さな湖がある。ここはマッターホルンが逆さに映るのが見られる観光スポット、3~40人からなる日本の観光ツアー団体が3パーティも湖の周辺に群がり、帰国後“行ってきたぞ”と自慢するための写真を撮らんとごった返している。僕もその仲間入りをして一枚。

登山電車の途中駅リッフェルベルグで小休止ののち登山電車の線路沿いに下っているとき面白いことに気が付いた。アブト式電車の地上歯車が左右の歯のピッチを半ピッチずらして2列設置されているのだ。これは電車側の歯車が回転するときのスリップを他方の歯車で防止するためかななどと想像しながら通り過ぎた。

標高2300mほどのリッフェルボーデンからフィンデルバッハ谷の高巻にはいると斜面はお花畑になる。つつじの小株のようなピンク色のアルペンローズ、レンゲソウの花に似て濃紫色のタマシャジン、中央に黄色の花芯のある淡青色5弁のエリトリキウム・ナヌム、光沢のある黄色の花弁が卵型に巻いたキンポウゲ科のモニタヌス、一見サボテンを思わせる紅色のベンケイソウ科のセンペルビブム・モンタヌスなどなど、数えだしたらきりがないほどたくさんの花々。

2200mより下は針葉樹の疎林となるが唐松など松が多い、日本なら森林限界には這松が生えるがスイスには這松はないそうだ。

フィンデルバッハの谷を渡るころ上流にフィンデル氷河を見上げる。氷河末端が大きく後退し、そのあとの青みがかった灰色のザラ場の山腹にヒマラヤ襞のような細かい襞模様ができていた。地球温暖化の影響をまざまざと感じさせる光景だ。

サンネガパラダイスに到着。レストランのテラスでジョッキを掲げ、そしてマッターホルンを眺める。ここからのマッターホルンの眺めが最高だそうだ。登山電車を降りたゴルナーグラートからは三角形の矢尻の平面を見ているようにしか見えないが、ここからだとマッターホルンの背面のイタリア国境の峠から登る稜線も見えるのでボリューム感ある三角錐として見えるからだ。もう午後なので上部には雲が巻き、雲が動き完全な形では見えないがその山容は見飽きるということがない。ホロ酔い気分でザックを背に全地下式ケーブルカーでツェルマットへ下る。

下山後ツェルマットの街を散策。ホテル、レストラン、登山用具店、土産物店がランダムに並ぶメーンストリートの下側(川側)に長方形断面の角材を積み上げて造った、納屋、穀倉、冬季の牛羊小屋、豚小屋及び家屋等16~17世紀のログハウス建物群が保存されていた。面白いことにライ麦など穀物用の建物は基礎石(束石)の上に広い平板石を置き、その上に角材を積み上げている、鼠返しなのだろう。屋根にも同様な平板石が並べられている。平板石はこの近くで産出するのだそうだ。

ガイドの熊田さんの話ではツェルマットの街はたった3人の地主のもので建物仕様なども厳しくこの3人が規制していて無機質なコンクリートの建物などは建てさせないとか。道理で街全体がダークチョコレート色のログ

ハウス風造りの建物で統一され、どの建物の窓辺にも花が飾られ落ち着いた雰囲気を醸し出していると思った。

7月21日 ブライトホルン(4164m)登山

ツェルマット=(ロープウエイ)=(8:40)マッターホルン グレーシャー パラダイス(9:00)-(10:45) ブライトホルン(10:55)-(12:10) マッターホルン グレーシャー パラダイス=(ロープウエイ)=ツェルマット

ホテルで朝食を済ませ、ロープウエイ乗り場に急ぐ。6人乗りのゴンドラは箱根の早雲山のそれのように途中3か所ほどでゴンドラごとロープウエイを中継してぐんぐん高度を稼ぐ。眼下の緑の急斜面にはホテル、レストラン、別荘が点在、車道はないから皆歩きで来るのだろう。

森林限界を超えると草原で耳のない兎に似たマーモットが遊んでいるのを見かける。2939mの地点で大型ゴンドラに乗り換え、マッターホルン グレーシャー パラダイス(3883m)へ、眼下にはテオドル氷河の表面に青く不気味な横縞模様を見る。まさに氷が流れている証拠だ。山頂駅はクラインマッターホルンという岩峰をくりぬいて作られている。その寒いトンネルを抜け南側、イタリア側に出ると目の前に雪原が広がる。広大な台地。スキーリフトがいくつもかけられ、太陽がまぶしい。ここでハーネス、アイゼンを付け、ガイドをトップにアンザイレンを組む。僕はセカンド、年齢順にロープにつながって出発。スキーリフトの下を緩く下降気味に少し南へ歩き、途中で左に折れ、ブライトホルンプラトーに入り、ブライトホルンパスに向け東に進む。ほとんど平坦な雪原で雪もしまっている。ちょうどスイス、イタリア国境を歩いていることになる。左手上にはブライトホルンの丸い雪のピークが見えているのだがブライトホルンパスまでは意外に長い。登山者も多く点々と列がつながっていて登山ルートは山頂までよくわかるのだがパスにはなかなか着かない。今日は快晴なので平坦な広い雪原でも難なく歩けるがガスっていたら大変だななどと思いながら汗をかきかき足を前に出す。パスで休憩。オーバーズボンにパーカーは防寒対策のし過ぎであった、パーカーを脱ぎ、高所帽の耳カバーを跳ね上げてから出発。パスからは山頂まで雪の急斜面、傾斜は30~40°はあるだろう。左上に斜めトラバース気味にときどき大きくターンをしながら喘ぎ登る。山頂に着いた。山頂は東西に延びる山稜になっていて北側、スイス側は雪の急斜面の下に岩壁を抱えゴルナー氷河へと切れ落ちている。東側にモンテローザの高く丸い白い頂、西側にマッターホルンの薄茶色の矢尻のピーク、四周に尖ったアルプスの峰々が並んでいる。いくら見ていても見飽きることのない展望、しかし長居はできない。記念写真をバチバチ撮って下山開始。

上り1時間45分、下り1時間15分の行程であった。少し早いピッチだ。最長老の僕のみが少ししんどそうであった。やはり若さにはかなわないな。

7月23日 アラリンホルン(4027m)登山

ホテル(7:20)-(7:40)ロープウエイ山麓駅(7:45)=(ロープウエイ・全地下式ケーブルカー)=(8:10)ミッテルアラリン駅(8:20)―(9:35)コルー(10:17)アラリンホルン山頂(10:35)-コルー(11:45)ミッテルアラリン駅(11:55)=(全地下式ケーブルカー・ロープウエイ)=ロープウエイ山麓駅―ホテル

昨日ツェルマットから電車でシュタルデンまで下り、そこからバスに乗り換えてツェルマットの東のザース谷を遡りザースフェーに入る。ここがアラリンホルンの登山口、標高はツェルマットより100mほど高い。リゾート地ザースフェーでは僕ら日本人が異様に感じる光景に出合う。両耳の前に長く伸ばした髪の毛をカールさせてたらし、頂部には小さなお皿のような黒い帽子または黒いシルクハットの帽子、真っ白なシャツの上からこの暑いのに真っ黒なコートを着た、そう伝統的な服装のユダヤ人を多く見かけるのだ。その理由はよくわからない。ザースフェーの北端に近い小奇麗なホテルに泊まる。

ホテルで朝食ののち小30分歩いて一汗かきロープウエイ乗り場へ。90人乗りゴンドラで一気に3000mまで、さらに全地下式ケーブルカーで3500mのミッテルアラリン駅まで上る。ここはスキー場にもなっていて3本ほどのリフトが雪原にかかっている。アラリンホルンから西南へアルフーベル(4206m)、タッセホーン(4491m)、ドーム(4545m)と鋭く尖った岩峰山脈が連なっている。この山脈がツェルマットの谷とザース谷を分けるミシャベル山群なのだがその岩峰山脈の下部山腹全体が広いフェー氷河となっている。一般に氷河は谷筋に流れるように発達するがこの氷河は山腹全体が氷河となり、ザースフェーの谷に押し出している。壮観な眺めである。

ミッテルアラリン駅を出てハーネス、アイゼンを付け、しばらくスキー場の雪上車が付けた幅広の雪道をたどり、アラリンホルンを左に見上げ山腹をトラバース気味に登り始めるところでアンザイレンを組む。順番は一昨日と同じだ。途中2か所のクレバスを越える。ガイドの熊田さんの話ではこのクレバスは時々崩れ事故が起こるのだそうだ。またクレバスが大きい時は直登できないのでアルフーバル峰の方まで大きく迂回しなければならないとのこと。1時間15分でコルに出る。眼前にパッと広がるマッターホルンからモンテローザまでの大パノラマ。モンテローザの左肩には雲が湧いているが大展望を眺めるに支障はない。お茶を飲みながらの大展望満喫。コルから山頂はもう近いが傾斜は40°以上ありそうだ。一歩一歩アイゼンをクラストした雪面に叩き込みジグザグに登る。左上岩場の山頂に十字架を見つけてからも山頂を左に巻くように回り込み、最後に雪稜を渡ってコンクリートの台座に十字架のキリスト像が建てられた山頂に立つ。一昨日のブライトホルン登頂の時は重かった足も今日は快調、ほとんど汗もかかずに登ってきた。高度にも順化したのだろう。

思い思いに記念撮影。四周見渡す限り4000m級の岩峰の連なり、しかしもう今日で4日目、どんなにおいしい料理でも続けて食べれば飽きてくるものだ。

これで今回目的の2つの山は登頂できた。天空散歩と銘打って出かけてきた今回の山行、2つとも時間は3時間、標高差は最大500m前後だから日本でなら散歩に違いないが、4000m級の山は山、一旦天気が崩れれば夏でも吹雪の高嶺と化す。なめてはならぬ。

しかし連日の好天にも恵まれ、歳の差トリオとも親しくなり毎晩の宴会とダベリング、楽しい山旅であった。 完