一般的には「哲学は役に立たない」というイメージが定着していると思います。もしくは,哲学では空虚な議論を延々と行なわれているとイメージしている方もいることでしょう。実際,そうしたイメージが該当する哲学もあることと思います。

 しかし,『構造構成主義』は違います。

 構造構成主義は,心理統計学,発達研究法,質的研究法,医学,古武術,QOL,知覚研究法,作業療法学,認知運動療法学といった多くの分野に積極的に継承発展されてきました。また最近では,歴史学,政治や経済分野への導入が模索されつつあります。

 それでは,なぜ構造構成主義は「役に立つ哲学」として継承発展されてきたのでしょうか。それは,徹底された原理性にあります。なお原理と原理主義は違います。原理主義は,自分がよいと思うことを絶対化して他人に押し付けることです。それに対し原理とは,ある仮説を暗黙のルールにおくのではなく,そのルール自体から論理的に問い直し,世界を考えるための視点です。つまり原理と原理主義は根本的に異なるといえます。構造構成主義は原理的思考を徹底することから,当該領域の根本問題を論理的に解明し,新たな理論を構築していくことが可能となるのです。

 そう書くと,構造構成主義の継承発展がとても難しいことのように感じるかもしれません。しかし,難しく考えてはいけません。構造構成主義が論証する基本的なターゲットは「信念対立」です。信念対立とは,ある仮説を前提にすることで生じる不毛な争い,建設性の欠如です。信念対立は,共約不可能性などの哲学的問題から科学性の確保などの科学論的問題といった抽象的レベルから,具体的な研究法などの方法論的問題から医療行為や政治・経済などの実践的問題といった具体的レベルに至るまで,その内実は実に多種多様です。

 そうした信念対立の例のひとつとして,基礎研究者と臨床研究者の「科学性」に関するものがあります。具体的には「科学とは何か」を巡って,基礎研究者は「実験こそが科学だ。現場の研究は客観性に欠けるから科学じゃない」といい,臨床研究者は「そんな科学は役立たない。現場で行なう科学こそ必要だ」と議論しあいます。この議論が建設的であれば良いのですが,堂々巡りの非建設的な議論に終始することも稀ではありません。非建設的な議論に巻き込まれると,本来研究者に課せられた学知の探求がおろそかになり,研究の生産力が低下したり,領域を超えたコラボレーションが大変困難になります。このことはつまり,学知の発展が滞ることを意味しています。そうした問題を超克するために,構造構成主義を継承発展することができます。

 このように基本的には「信念対立」が構造構成主義のターゲットで,どのように考えれば,さまざまな領域で生じている信念対立を超克し,新しい理論を整備できるかを追及するために継承発展されてきたといえるでしょう。もちろん,構造構成主義の継承発展はユーザーの関心に応じてなされるものであり,「信念対立」以外への応用もあり得ることです。ただ,こうした基本的なターゲットをグッとつかんでおくことは,構造構成主義を継承発展する際に有用なことと思います。

 それでは,構造構成主義を継承発展した新しい理論に説得力を持たせるにはどうすればいいか。闇雲に「信念対立」している領域を探し出し,構造構成主義を継承発展すれば説得力のある新しい理論が体系できるのか。私は,そうではないと考えています。例えば,デカルトは「我思うゆえに我あり」という有名なテーゼを提示したと同時に,心身二元論という哲学上の難問を生み出しました。さまざまな問題を含みつつも,いまだに彼の言説がある種の説得力をもってわれわれに訴えかけてくるのは,それが彼自身がさまざまな国に旅をしたときに積んだ経験を通して得た洞察だったからだといえると思います。それと同様に,私たちが構造構成主義を継承発展し,説得力のある新しい理論を体系化していくためには,自分自身の経験を通して辿りついた洞察であった方がより説得力のあるものになると思われます。そのためには,自分に立ち現れる豊かな現象を振り返り,それを出発点に論証を積み重ねていくとよいように思います。

 最後に,構造構成主義の継承発展の可能性を示す概念図を掲載しておきます。あなたにとって構造構成主義が実り多き道具となりますように。