相生道とは

■相生道の由来

担ぎ投げ
 相生道(そうせいどう)は、現代に適合し、創造進化してゆく新武道です。
 その原型は、越中(現在の富山県)で佐々木家に伝承されてきた武術です。これは天武無斗流、あるいは暁流といったいくつかの名称で呼ばれており、二十種類以上の体術や武器術が含まれる総合武術でした。

 佐々木家ですら修行者が激減してしまった昭和後期、その現状を危ぶんだ佐々木武久師範は、源流に含まれる多数の技法を解体して再構成し、社会に役立つ人づくりの道として、相生道を開創しました。

■剛柔一致と三次元

昇段審査 相生道の術技は、突き・立ち蹴り・当て・伏せ蹴りなどの「剛手(こわて)技」、投げ技・関節技などの「柔手(やわて)技」に大別され、基本技だけでも百を越える膨大な体系となっています。
 これらを効果的に組み合わせて攻防展開できるように、科学的に整理・体系化されています。

 相生道の特徴は、 「絶えず変化すること」と「三次元の自在な動き」にあります。「いわゆる古流柔術的な動き」を基礎としつつも、伏せた姿勢から蹴ったり、あるいは飛んだり転がったりする「三次元的な技」を多用します。
 伏せ蹴り・飛び蹴りや前転・側転などを多用するこの様式は、古武術の隠し技と、佐々木武久師範の武道歴の出会いがもたらしたものと言えます。躰道からの輸入品ではなく、その経験を触媒に、もともと天武無闘流にあった技を整理したものです。

 一般的な「古武道」のイメージとしては、跳躍や回転といった動作は奇異なものに映るかもしれません。
 しかしそうした技は、剣術や柔術の諸流派で、極意の技や隠し技として散見されます。有名なところでは浅山一伝流に宙返り系の技が、現存最古の柔術と言われる竹内流にも受け身からの蹴り技が存在することが知られています。

飛び蹴り もちろん「三次元」という言葉は現代のものですし、江戸期から「いきなり飛んだり跳ねたりする攻防」をおこなっていたわけではありません。じっさい「天武無闘流の体座術」として演武で披露される初伝の型は、一般的な甲冑組討技法そのものですが、奥伝の型には受け身しながらの蹴り技などが含まれていました。
 佐々木師範はそれらの跳躍系・回転系の技を取り出し、初学者にも開放して「相生道」を作りました。

■『斯道の教え』

 相生道は、ただ身体を鍛え強くなることのみを目的とする武道ではありません。稽古の前には『五条訓』、稽古の後には『覚悟訓』という訓戒を朗唱するほか、昇級・昇段審査にあたっては実技の他に学科試験が課されます。

 なお少年部においては、これらは難解であるため、『覚悟訓』を基に佐々木武久最高師範が書かれた『五つの教え』を覚えることになっています。

 学科試験では、『斯道(しどう)の教え』という教本を用います。
 これは佐々木武久最高師範が現代の文章として形を整えたもので、扱われている主題は、武術概論や源流の歴史、攻防方法から礼節の意義にまで、計二十五本を初段までに学習します。
初中級者まではその文章を丸暗記し、さらに上に進むと、自らの考えが問われる論述問題が出題されます。

■名前の由来と法形競技
封じ技

 相生道は、相互肯定の武道です。
 その名前は、中国の古代思想・五行説の用語「五行相生(ごぎょうそうしょう)」に由来しますが、これが相生道の根本原理というわけではありません。
 出発点は、流祖の開眼した兵法の極意五箇条です。長い歴史の中で「五」という数字にまつわる教程が整備され、取り入れられた「理論的支柱の一つ」に五行相生がありました。
 そして、その名称を引用しつつも「そうしょう」を「そうせい」と読み替え、「相手を生かし、相手と生きる」武道として名付けられたものです。

 現代人が「東洋古代思想」として触れる感覚とは異なり、流祖たちの時代には「禅の一部」として日本にもたらされ、常に死と向き合う武芸者たちに受容されたようです。そのため現代でも、相生道では五行相生の教えを「仏教思想」と分類しています。

 そして、「相生道は社会性を涵養する、相互肯定の武道である」ともいいます。それは、「学科試験をするから」、というだけの理由ではありません。
 相生道では「法形(ほうけい)」という稽古・競技形式が重視されます。
 この「法形」という名称は、現代では少林寺拳法や躰道が有名ですが、もともとは剣術の流派で使用される言葉です。
それらの武道・武術や、そして佐々木武久最高師範が「天武無闘流柔術会」として指導した時期の教本においても、「法形」とは「動作を定められた形」を意味します。

 しかし相生道で言う「法形」とは、「攻防の流れのみを定めたもの」であり、これを「攻防の法則」──「法形」と呼ぶのです。
 これに従って互いに攻防をおこなうことによって、攻撃の権利と義務、応戦の権利と義務を身につけ、日常の行動が自然と社会規範にかなうものになっていくことを目指すのです。

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