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山岡洋一さんを偲ぶ

発表機会:2011年9月9日 日本翻訳ジャーナル #255(2011年9/10月号)編集後記

私事で恐縮だが、十年ほど翻訳会社を経営していた時期がある。無計画な投資が原因で会社を潰してしまい、再起のめどがたたず、うらぶれていた時期に『翻訳とは何か―職業としての翻訳』と出会った。翻訳者の伊豆原弓さんから、師匠にあたる山岡洋一さんが力を入れて書いた本だときいていた。

「第2章 歴史のなかの翻訳家」の、聖書を英語に翻訳して焚刑に処されたウィリアム・ティンダルのエピソードに衝撃を受けた。工学部出身の自分には、たまたま出会ったソフトウェアマニュアルの翻訳という自分の仕事は、研究や開発と比べて「二流の仕事」だという劣等感がずっとつきまとっていた。しかし、強い意志と高い能力をもつ当時最高の知識人であったティンダルが、自らの命を賭してまで翻訳に取り組んだ物語を知り、自分の仕事が二流以下なのは翻訳という職業が二流だからではなく、自分が二流以下の人間だからなのだ、一流の人間が取り組めば一流の翻訳が生まれるのだ、と悟った。大事なことは人間としての一流を目指すことであって、その過程で各人が役割として与えられた職業においてそれぞれの最善を尽くすことが、自分にとっても社会にとっても望ましい姿なのだと思えるようになった。

たしか2001年に、日外アソシエーツの青木竜馬さんが仲介してくださって、井口耕二さんと二人で山岡さんをお尋ねしたのが、山岡さんとお会いした最初だったと思う。硬派の論調や強面の印象とは裏腹に、恥ずかしがり屋の「かわいい」と形容したくなるような人柄で、魅力にひかれて当時何度も仕事場にお邪魔した。後で聞いた話では、山岡さんは会社を潰した私が気落ちして自殺でもするのではないかと心配してくれていたらしい。自殺する気は全然なかったが、その優しさが心にしみた。当時山岡さんは、代表作となった『国富論』新訳への取り組みを本格化された時期だった。

頻繁にお邪魔していた頃は、山岡さんと話はしても、不肖にもその翻訳をじっくり読んだことがなかった。今年になって経済学に興味が出てきて、毎朝少しずつ、山岡さんの訳した『ケインズ説得論集』『国富論』を読んでいる。流れるような山岡さんの日本語から、ケインズやスミスの卓越した言説が、まるで彫像のようにいきいきと眼前に立ち上がるのを感じている。

『道徳感情論』『貨幣改革論』『貨幣論』『一般理論』を山岡さんの翻訳で読みたかった。その願いが叶わない今、ぜひ日本の翻訳界から山岡洋一さんの志を継ぐ若い翻訳者に出てきて欲しいと願う。