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IT翻訳の現状と翻訳の未来

発表機会:2009年12月10日 JTF翻訳環境研究会(講演)

【テーマ】
IT翻訳現状翻訳未来


【概要】
 IT翻訳(ローカリゼーション)業界は、多言語向けに短期間で大量文書を翻訳する需要にこたえるために、他翻訳分野にみられない独自技術工程を産み出してきました。IT翻訳市場で試された新技術が明日翻訳を変える技術革新に育つ可能性があるこを考えれば、IT翻訳現状を知るこ翻訳将来を考えるうえでいろいろな示唆を与えてくれる思います。


 こ講演前半ではIT翻訳業界そこで使われている支援技術現状を紹介します。また、講演後半ではグローバリゼーションIT技術進展に伴い大きく変化しつつある言語ならびに翻訳未来に関してひ展望を示すもに、来るべき世界に備えて日本ができる準備して翻訳業界から経済界に「英語公用語化」を提案する、いう選択肢について考えます。

 ◎IT翻訳コストダウン追求に終わりはない
 ◎IT翻訳で家族を養えるか - IT翻訳ライフプラン
 ◎「Trados時代」はいつまで続くか
 ◎翻訳品質の本質とは何か(MTの普及と翻訳品質)
 ◎国民国家「国語」時代終わり
 ◎グーグル統計機械翻訳がもたらす翻訳革命
 ◎市民国家におけるGlobal English翻訳役割
 ◎英語公用語化による内需拡大提案

【対象】
IT翻訳方、翻訳会社経営幹部・コーディネーター・QA
翻訳業界将来に関心あるすべて方(IT翻訳予備知識は不要です)

講演で使用したプレゼンテーション資料


20091210

JTF翻訳環境研究会

河野弘毅

  • おことわり

    • 発表に登場する話題は特定のソースクライアント、翻訳業者、翻訳者に関する説明ではありません。

    • この発表では「IT翻訳」という用語を「ローカリゼーション」とほぼ同義として使用しています。

パート1

IT翻訳の現状■

IT翻訳のコストダウン追求に終わりはない               

  • IT翻訳の現場にいて感じていること

  • 翻訳単価は下がる一方で底が見えない

    • ソースクライアントから翻訳会社への発注単価が20円を切る場合も...

    • 翻訳会社から翻訳者への発注単価は8-10円からさらに下を探る展開に...

    • この仕事20年やってるけどここまで下がったのは初めて>先行き不安

  • ソースクライアントは危機に敏感に反応する

    • リーマンショックに市場は大きく反応したしドバイショックにも敏感に反応している様子

    • 経済危機への反応の仕方は「守る型」と「攻める型」があるらしい

    • 守る型の場合、予定されていたローカライズプロジェクトがのきなみ延期される

    • 攻める型の場合、戦略商品のローカライズは進めつつもコスト削減を徹底しようとする

  • 翻訳会社と翻訳者はかつてないほど苦しい

    • 予定プロジェクト延期or翻訳単価ダウン...どっちに転んでも翻訳会社は苦しい

    • 末端のフリーランス翻訳者も、かつてなく苦しいはず>仕事がない、生活できない

  • ●ソースクライアントをとりまく世界

  • 世界全体のローカライズ統括役員が感じること

    • 日本語はなぜ他の言語よりもこんなに高いのか?

    • 日本語はなぜ他の言語のようにMTの効果がでないのか?

    • 日本人のユーザーはなぜこんなに翻訳品質にうるさいのか?

  • 日本支社の営業、翻訳、サポート部門が感じること

    • こんな翻訳でお客さんが納得するわけないだろ

    • だけど上司の米国人を説得するのは至難のわざ

    • 選択肢1>無理難題は下請け業者に外注する

    • 選択肢1の場合、黒澤明監督の時代劇(=圧政者のもとで苦しむ民百姓)みたいな世界になる

    • 選択肢2の場合、日本支社の翻訳マネージャが板ばさみで苦労する

  • 機械翻訳(MT)という"方便(トリック)"の使われ方

    • ローカライズ業界の常識は「ボリューム増でもコスト減」

    • 十年前の翻訳メモリ(TM)はまさにそういう道具だった、だが今のMTは?

    • ソフト大手の役員は皆インテリ>下請業者に対して理屈なしにただ「値下げしろ」とは言えない

    • 良心の呵責を感じずに合理的に外注費を削減できたという言い訳として最適なのがMT

    • だからMTの場合、「うまくいく」という結論が先に決まっている

    • その「建前」に従える(=MTの単価でもそれなりの翻訳をやれる)外注先(翻訳業者)を探す

  • "社内業者"としての翻訳部門が抱く先行き不安

    • ソフトウェア企業内の社内翻訳部門は総務部と同じ「社内業者」

    • 本社トップから見れば諸国の翻訳部門はただの間接経費>外注できるなら社員は切りたい

    • MLVを一言でいえば「各国支社の翻訳部門を解雇して外注に置き換えるビジネスモデル」

    • いいかえれば、各国支社の翻訳者にとってMLVは自分の雇用を奪う潜在脅威

    • 単純にコストを比較すれば「日本支社の翻訳者+SLV」モデルよりMLVモデルが安い

    • だが日本市場の要求にこまやかに応じるには複数のSLVのポートフォリオが優位だった

    • だから本社に対する日本支社の発言力が強い会社はSLVを重用してきた

    • だがコストダウン圧力が臨界点を超えればこのバランスも変化する

    • ソフトウェア企業の社内翻訳者解雇ブームとSLVからMLVへのシフトが来るかも?

  • CMS, Tradosなどのツールの影響については後述

  • IT翻訳会社をとりまく世界               

  • IT翻訳では技術革新が市場を縮小させる

    • 下請け産業なので新技術はソースクライアントから言われるまま導入する以外にない

    • ソースクライアントにとっては「翻訳技術革新」=「コストダウン新手法」

    • だから翻訳会社が導入する技術は常に「自分の首を絞める技術」になる

    • 仮に生産性を2倍に上げるツールができたら市場規模が1/2に縮むだけの話

  • IT翻訳会社が生き残れる戦略はあるか 

    • そもそもIT翻訳は付加価値が低い停滞市場

    • SDLの戦略はブランド化と寡占化>成否の趨勢は今後数年で判明?

    • MilengoのようにSLV連合でMLVと競争するというモデルもある

    • 中小SLVは品質やサービスでSDLの逆をねらう戦略が基本だろう

  • 今の翻訳市場は「採集経済・狩猟経済」

    • いずれにせよ「農耕」「定住」を発明しないと文明など不可能

    • そのためには自ら市場創造するモデルが不可欠>後述

  • IT翻訳者をとりまく世界                   

  • 10年前と比較して応募者が優秀になっている

    • 経験者の中からトライアルで選ぶ状況になっている

    • トライアルに新人が大勢あつまった業界揺籃期は終わった

    • Trados所有はあたりまえのようになっている

    • より優秀なのに単価は以前より安く仕事量もより不安定

  • 優れた翻訳者でも仕事にあぶれる状況がある

    • 親しい翻訳会社が廃業して路頭に迷うケース

    • 派遣の社内翻訳者が更新されずに切られるケース

    • TOEIC900点の失業者が珍しくない

    • トライアルには恣意性の問題があり苦労する>後述

    • 社員になってしまったほうがずっと楽>後述

IT翻訳で家族を養えるのか - IT翻訳者のライフプラン

  • 職業としてIT翻訳を継続する場合の選択肢

    • フリーランス翻訳者

    • 派遣翻訳者

    • 翻訳会社勤務

    • ソースクライアント勤務

  • フリーランスのIT翻訳では家族を養えない状況に

    • それどころか自分一人の老後の見通しすらたたないだろう

    • 地方在住で親の資産があって家賃ゼロとかなら可能かもしれないが...

    • 社員になったほうがずっと楽(ソースクライアントにせよ翻訳会社にせよ)

    • 扶養家族がいるなら(井口耕二さん以外は)たぶん勤めにでるしか選択肢がないのでは?

    • 配偶者が勤めに出ているケースならフリーランスも可能

    • このままいけばIT翻訳の担い手は専業翻訳者から副業翻訳者にシフトする

  • 翻訳会社に勤務して安定収入を得る作戦の問題点は?

    • SLVは一寸先が闇だし、ソースクライアントやMLVはいつでも社員をクビにする

    • それでも現状では勤め人のほうがフリーランス翻訳者より(仮に能力が低い場合でも)安定した待遇を享受できる

    • だが翻訳会社に勤めると翻訳以外の仕事をふられる可能性高い...翻訳そのものがやりたい人は割り切る必要あり

    • もちろん勤めに出れば勤め人の一般的悩み(気が合わない上司やわずらわしい人間関係)がつきまとう

    • ソースクライアントに採用されるには英会話が必要 ちなみにフリーランス翻訳者やSLVではずっと不要だった>英会話

  • 生き残れない翻訳会社の末路はどうなる?

    • クライアントのメール1本、電話1本で仕事が吹き飛ぶのがIT翻訳業界

    • 翻訳会社のぬるま湯に慣れると会社がなくなったときが大変

    • MLVに買収してもらえるSLVはごく一部、それも経営者はまず断る

    • 中国のMLVに買収してもらうのがM&Aのラストチャンス?

  • 今後求められるIT翻訳者は"翻訳家"よりも"専門職"

    • 翻訳者はクリエイティブな仕事だと思われがちだしIT翻訳も昔はある程度そうだった

    • だが現代のIT翻訳では翻訳家はいらないし、翻訳家にとって魅力的な職場ではない

    • 現在のIT翻訳業界は工業化・分業化が進行>欲しいのは専門化する工程に対応できる専門職

    • 専門職...ローカリゼーション業界に不可欠の専門的人材だが、もはや翻訳者とは別の職種

    • 当事者は自分を"翻訳者"としてアイデンティティ確立できない>ノーキャリアに陥るリスク

    • ローカリゼーション専門職として"プロ(フェッショナル)"を目指すことでキャリアの確立へ

    • そうなるとほんとにニッチ業界の専門職なので業界内転職しかない>JTFで会いましょう状態

  • あきらめる人から退場>IT翻訳に本気でとりくむ人しか残れない

    • 厳しい状況でも自分をはげましてチャレンジを継続するには信念が必要

    • 「とりあえず」という気持ちの人では厳しさに耐えられず廃業や転職へ

◎「Tradosの時代」はいつまで続くか                       

  • IT翻訳プロセスとその支援ツールの近況

  • 近年のIT翻訳ではCMSTMSの利用が一般的になった

    • CMS=Contents Management System

    • 一言でいえばドキュメントをトピック単位に細分化することでリサイクルによるコストダウンを目指すツールで、いわゆるWebCMSとは別物。狭義にはCCM (Component Content Management) と呼ばれる。

    • 代表的なCCM 製品

      • 開発元 - 製品名, 国籍

      • Empolis - e:CLS, Germany

      • IXIASOFT - DITA CMS Framework, Canada

      • Really Strategies - RSuite, US

      • XyEnterprise - Contenta, US

      • PTC - Arbortext Content Manager, US

      • SiberLogic - SiberSafe, Canada

      • Astoria Software - Astoria, US

      • EMC - Documentum Technical Publishing Solution, US

      • SDL Trisoft - Trisoft CMS, Belgium

      • Author-it Software - Authorit, New Zealand

      • Vasont - Vasont, US

      • DocZone - DocZone, The Netherlands

    • TMS=Translation Management System

    • 一言でいえば翻訳メモリをクライアントの手元で集中管理するためのツール。

    • IdiomWorld Serverが代表製品だったがSDLに買収(2008.2)されて混戦状態になった

    • 代表的なTMS製品...Idiom, SDL TMS, GlobalSight など

  • 現場での悩みのタネはCMSTMSの連携がぎこちないこと

    • CMSはもともと翻訳メモリのことを考えていない

    • TMSはもともとコンポーネント管理のことを考えていない

    • 両者をカバーした画期的製品が Idiom WorldServer だったが物故

    • 連携がぎこちないと現場で細かい問題が頻発して生産性がそこで落ちる...実はMT導入なんかよりCMS-TMS連携の不具合解消のほうがよほど生産性改善に寄与するはずだがエラい人にはアピールしない(地味な話なので)

  • 様変わりしていく翻訳管理プロセス...悩みのタネも変わる

    • ワンソースマルチユースの時代

    • CMSとの連携が主流となった現代

    • CMSが翻訳現場にどういう影響を及ぼしているか

    • 結果的に生じるトピックベース翻訳と文脈の喪失

  • MTでドキュメント翻訳は無理でもUI翻訳だと意外に使える

    • うまく使えば現状のMTエンジンでも30%程度は生産性が改善するのではないか

    • 原文(英文)を制御してMT品質を改善する努力が行われている>今後は原文制御テクニックの蓄積がクライアントのノウハウになる

    • しかしUIのタグ設定すら未解決...CMSがまだまだ未成熟

    • 全言語で単一のMTエンジンを採用するのはたぶん下策>言語別にエンジンを選択したほうがたぶんよい

  • SDLTrados販売戦略のあゆみと業界の反応

  • SDL20082月に買収したIdiomの販売を継続しなかった

    • Idiomの開発チームは解散(サポートは継続?)

    • 日本の販売代理店(サンフレア)もIdiomの販売をストップ

    • 多くのIdiomユーザーはショックを感じた

    • ソフト会社大手は独自にIdiomをメンテナンスして利用を継続?

  • SDLTradosのライセンス料を20087月から実質値上げ

    • サポートのみでの契約ができなくなり、Premium Software Maintenance Agreement契約(=サポートとメンテナンスを合わせたパッケージ=次期バージョンがリリースされると無償でアップグレードできる契約)しか選べなくなった。

  • VPN経由でのTM共有はSDL Tradosだと非常に高くつく

    • VPNが気軽に使えるようになってきた(10アカウント月額3,800円等)

    • VPN経由でTMを共有すると在宅翻訳者と翻訳会社でTMをほぼリアルタイムに共有できる

    • 技術的には簡単だがSDL Trados 2007のフリーランス版だとこのようなメモリ共有ができない

    • SDL TradosVPN経由のTM共有ができるソリューションを実現しようとすると非常に高い

  • 多くの翻訳会社が主要ツールを競合他社に握られる不安を実感

    • SDLは翻訳会社(LSP)でもあり、他の翻訳会社にとって強力なライバル企業

  • 一方で個人レベルでもTMツールを開発できるようになってきた

    • 開発支援環境の発達にともない、以前は企業レベルの投資が必要だった翻訳支援ツールの開発を個人レベルで行うことが可能に。

  • すでに大手のソフト会社はSDL Tradosへの依存を避けている

    • 上述のCMS-TMS連携問題を解決するのに結局XMLベースのオーサリング>変換>パブリッシングシステムが必要になる

    • 大手のソフト会社はどこも開発者がいて投資もできるので、ベンダーロックインを回避したほうがコストダウンになると判断したら独自ツールを社内開発できる

    • たとえばSDL-TMSにいかずにIdiomを使い続ける(クライアント環境のIdiom TWBが無償で使える)とか、その他の無償のクライアント環境を使うとか。

  • でもそれができるのはソフト会社だから>他業界なら話は別?

    • SDLの戦略はIT以外の業界へのブランド浸透だろう

    • IT以外の業界はベンダーロックインさせやすい(たぶん)

    • そのための基盤はIT翻訳業界で築いた業界内普及率

    • IT翻訳業界に浸透するときはトップダウンで普及した

    • 今度は翻訳者側からIT以外の業界にボトムアップで浸透する戦略が有効(たぶん)

  • ●業界はSDLロックインの回避を模索する

  • クライアント(ソフト会社)は独自ツールの社内開発へ(上述)

  • 大手MLVTrados代替ソリューションを開発して業界を誘う

    • LionBridge

    • Wilocalize

    • TransIT

  • Idiom市場をそっくりねらう独立ベンダーも売り出し中

    • Across Language Server v5

  • IT翻訳者は指定ツールが多様化してきっと迷惑している

    • スタイルガイドが各社バラバラで面倒なのに今度はツールもか!

    • しかしやってみると多くの翻訳者は優秀かつ柔軟で2時間で新ツールに慣れる

    • 各ツールの急所に注意する工夫さえすれば翻訳者側のツール変更は意外に簡単

  • というわけで対応が一番遅れているのは中小翻訳会社(たぶん)

  • ●オープンソースの代替ソリューションは可能か

  • 現状に対する解答のひとつはオープンソース(OSS)の活用

    • IT翻訳業界でも技術標準はゆっくりと、しかし着実に浸透しつつある

      • XLIFF

      • TMX

    • IT翻訳業界のオープンソースソリューションの例

      • 開発元 製品名

      • Welocalize GlobalSight

      • FOLT OpenTM

      • Andrä AG ontram TM

      • ]project-open[ TinyTM

      • 出典:Frank Bergmann, "The race for open source", MultiLingual December 2008

  • OSSの問題点:多く産まれるがうまく育つのはごく一部

    • コミュニティの確保やこまやかなアップデートなど、OSSが普及するには一定の条件がある

    • 大成功してもOSSが市場を占有するわけではない...最大の成功例(Linuxなど)をみると商用製品と住み分けている

    • 個人ベースのボランティアだけの支援では大成した例がない...個人と企業からそれぞれのコントリビューション(貢献)を得られることが成功の条件

  • 200910月に日本で開発されたTMSがデビューした

    • スポンサーはIPA(独立行政法人情報処理推進機構)

    • 「オープンソースソフトウェア(OSS)のヘルプメッセージ等を翻訳する際の、コミュニティーによる協調作業を支援する「翻訳コミュニティー基盤ソフトウェア」を開発し、OSS開発・評価支援環境「OSSオープン・ラボ」から提供を開始しました。」(20091028日のプレスリリースより引用)

    • 20091030日オープンソースカンファレンス2009 Tokyo/Fallで発表

    • 現在はまだOSSオープン・ラボでの公開だが近日中にオープンソース化するらしい(関係者談話)

  • IPA Benten デモ)

    https://www.openlab.ipa.go.jp/


(休憩)

パート2 

■翻訳の未来■

◎翻訳品質の本質とは何か(MTの普及と翻訳品質)

  • いまさらですが「翻訳の品質」とは何でしょう?

    • 同じ翻訳でもある人はOKといいある人は問題だという

    • それぞれが納品先で翻訳品質を評価した人(QA)の価値観に左右される

      • 翻訳者は翻訳会社の

      • 翻訳会社は得意先の

      • 得意先は社内の顧客部門の

      • 社内の顧客部門は製品購入顧客の

      • トライアルの場合は採点者の

    • 工業製品におけるネジの寸法の許容誤差のようには言語の品質を規定できない

    • その原因は言語という対象の特性にある

  • それまでの言語観を180度くつがえしたソシュール(1857-1913)

    • 01.ソシュールの言語観革命...出典:竹田青嗣+現象学研究会『知識ゼロからの哲学入門』p.115

  • ラングは<国語審議会>が決めるものではなくパロールの蓄積で変化する

    • 言語は時とともに(=通時的に)変化する...明治期以降の日本語の変遷

  • 人はあるパロールの「正しさ」をみずからの身体に問い合わせて検証する

    • つまりラングは各個人の身体に「しみついて」いる(産まれたときからしみこみ続けて今の身体になった)

    • このような状況を哲学用語では「言語が身体化されている」と呼ぶ

  • 翻訳業界で交わされる翻訳品質議論はすべて「言語身体性の相互確認」行為

    • その構造を自覚せずに翻訳品質を議論しても時間のムダ

    • 翻訳品質を定量化できる、という言説にも要注意>多くの場合、工業製品と同じモデルを言語に当てはめる考え方に拘束されている

  • IT翻訳で翻訳品質と呼ばれるものの本質は情報格差と言語身体性に由来する

    • IT翻訳の場合、翻訳品質で括られるものの約80%は情報格差

      • 02. IT翻訳における情報格差

    • 残りは身体化された言語感覚の食い違い(個人差)に由来する

      • 身体性にもどって検証しようとするしかない

      • 身体性は個体差があるので必ずばらつく

      • しかも身体性は通時変化しているのでだんだん変わる

      • 昔は悪いと思った翻訳が許せるようになったり、その逆になったりする

    • カネを支払う側はカネの力でカネを受け取る側の言語身体性に干渉できる!(経済原理により当然)

    • 言い換えれば、自分の身体性に正直な言葉で訳文を思う存分展開したい翻訳者は趣味で翻訳するか出版社に力量を認めさせるしかない。

  • ●もうひとつの大きなファクター...機械翻訳と翻訳品質

  • MT訳を活かして品質を多少下げていいから単価を下げてください」と言うが...

    • ほんとに品質を「下げ」たらエンドユーザーが怒るような訳文になるのは自明

    • MTだから安くしろ」という常套句は下請業者相手には通用するがユーザーにも「MTだからこの日本語で我慢してください」と言えるでしょうか?

    • MTを活かすなら、人間のほうがMTに合わせるという方法も確かにありえるが...

    • 言い換えれば、「MT訳+なんちゃってポストエディット」も新しきパロールなので、いつかラングに「登録」されていく可能性は確かにあるが...

  • MTの出力が日本語(のラング)として受け入れられていく時代がくるか?

    • 少なくとも、ソフト会社のQA担当者がそのポジションに在職してる期間(長くて5年?)にその時代は来ないでしょう。

  • それよりも「MT精度の高い英文」が英語の新しいラングになるほうが現実味あり

    • MTの出力品質を改善するにはMT"入力"する原文をMT向けに<改良>するのが最善策のひとつであることがすでにわかっている

    • IT業界のクライアント企業のライティングではすでに起きている>AcrocheckIT業界ライティング部門への普及

    • 英語ネイティブには気持ち悪くてありえないラングでも、明日のGlobal Englishのラングに登録される可能性はかなりあるはず>後述

◎国民国家と「国語」の時代の終わり                        

  • ●国民言語は国民国家の誕生とともに発明された

  • 言語の変遷に新しいメディアが大きく影響することは歴史が証明

    • 15世紀後半の欧州において活版印刷が普及し、同時に「出版業者」が誕生した

      • Johannes Gutenberg (1398 – February 3, 1468) 

    • 聖書の庶民への普及を目指した努力が「国民言語」誕生の契機となった

      • Martin Luther (10 November 1483 – 18 February 1546)

      • William Tyndale (1494 – 6 October 1536)

    • ただし、視点を変えるとそれは多くの言語が淘汰される過程だった

      • 「言語の起源についてはさまざまな議論があるが、歴史的に確認できるのは、新しい「媒体(メディア)」が登場する度に言語の淘汰が行われて来たことだ。」(三浦信孝『多言語主義とは何か』p.011

      • 言語の淘汰に興味がある人はネトル、ロメイン著『消え行く言語たち』を参照

  • 近代国家は国家政策(国家統一)のために統一言語(=国語)を必要とした

    • 国語審議会は(ラングを定める機関ではなくて)「国語政策に関する多くの建議・答申」(Wikipediaより引用)を行う機関(だった)

    • ちなみに国語審議会は2001年に廃止され、以後は、文化審議会国語分科会が実質的な内容を継承

  • いわゆる「近代国家」という政治構造は、それが普及した19世紀には今以上に強い妥当性を持っていた

    • 富国強兵と殖産興業をがんばらなければ戦争に負ける=アジアの場合は植民地として支配されてしまうので。

    • 設立された近代国家どうしは相互を牽制して戦争を繰り返す(その結果が20世紀の歴史)

  • しかし21世紀の現在、近代国家の対立構造のままでは解けない難問が切迫

    • 20世紀の近代国家モデルでは貧困問題(南北問題)と資源問題(環境破壊含む)が解決できずに先送り>時間切れになるリスクをだんだんみんなが共有してきているのが現状。

    • 思想用語では現代社会はすでに近代としては説明できないという視点から「ポスト近代」と呼ぶ。

    • 近代国家モデルももはや見直しが必要>各国家が地球全体にとって何が必要かをまず考えて、自国の利益をちょっと?ガマンして地球の利益を優先できれば問題解決の条件ができるはずだが...>もちろんそれが難しいのは皆さんご存知のとおり。

    • それでも近代国家=国民国家を超える次の理念が必要

  • ●この状況を言語の視点から考えるとどうなるか?

  • 「国民国家」のための「国民言語」というモデルだけではうまくいかない。

    • ちなみに経済では政治に先行してグローバリゼーションが進行>このため世界経済に参加する前線ではなんらかの共通言語(多くの場合は現状では英語)が必要とされている状況あり。

  • もうひとつの(歴史的)視点...新しいメディアが新しい言語をもたらす

    • 独語や英語のケースをみると、近代国家の言語が誕生する前提条件として15世紀の印刷革命が重要だったと思われる。

    • つまり、新しいメディア(15世紀の場合は印刷物)が新しい言語(たとえば独語、英語)の誕生をさきぶれした。

  • 現代のIT革命はたぶん印刷革命以来のインパクトを持つ技術革新

    • インターネットの普及が次に何をもたらすか>このメディアはかつての印刷術のように「新しき言語」をもたらすのではないかと思う。

    • ちなみに英語は21世紀にはいって次第に変化しつつある

      • widening of student age and need

        • タイトルどおり。

      • rising competition

        • UKの英語教師市場におけるライバルの話。ELTサービスのnon-nativeスピーカーが競争相手となる。

      • loss of traditional markets

        • 10年以内に伝統的な十代へのEFL学習者へのprivate-sector 市場は衰退する

      • irreversible trend in international students

        • 米英への留学生数の減少傾向は続く

      • irrelevance of native speakers

        • 英語が各国で基礎教育の一部に組み込まれる結果、native-speaker norms は的外れになりつつある

      • the doom of monolingualism

        • 英語「しか」話せないモノリンガルの経済的見通しは暗い。

      • growth of languages of the internet

        • インターネット上では英語よりも多言語の成長率がいちじるしい。

      • other languages will compete for resources

        • 中国語とスペイン語が一部の地域で英語と教育資源および政策上の関心をうばうべく挑戦している。

      • economic importande of ohter languages

        • 海外アウトソーシングの言語としての英語の地位も低下傾向にある。日本語、スペイン語、フランス語、ドイツ語はのびている。

      • asia may determine the future of global english

        • 英語が長期的にグローバル言語となれるかどうかの鍵をにぎっているのは主としてインドと中国である。

      • the economic advantage is ebbing away

        • 英語が near-universal basic skill になるのにともなって、これまで英語が話せるというだけで優位にたっていた個人、組織、国家の競争力は失われていく。英語以外の付加価値の必要性がますます感じられるようになっていく。

      • retraining needed for english specialists

        • 英語が独立した科目として教えられる機会が減るのにともない、英語教育者には追加スキルの再教育が必要になる。

      • the end of "english as foreign language"

        • 英語学習者と市場のニーズは変化しており、従来のEFLモデルからのパラダイムシフトをみせている。

    • 要点を一言でいうと英語とGlobal Englishは別物で、Global Englishは今まさに生まれつつある「新しき言語」なり(河野の理解です)

  • それでは現在進行中のIT革命はどのような言語をもたらすのか?>それは次節で。

◎グーグルの統計機械翻訳がもたらす翻訳革命            

  • IT革命が言語の世界をどう変えて行くか?そのヒントをグーグルに観る

  • ●グーグルが採用した翻訳戦略

  • グーグルのMTは従来のルールベース(文法解析型)ではなく統計ベース

  • 統計ベースの機械翻訳 (Statistical MT = SMT) とはどのようなものか?

    • 一言でいえば従来の文法ベースのMTがラングに着目していたのと対照的にパロールに着目する

    • 膨大なパロールのデータベースを統計的に処理することによって単語の出現頻度を最尤推定する

    • 特徴として、言語の文法構造がわからなくてもパロールのデータベースがあれば翻訳できる

    • 推定の根拠となる対言語コーパスが良質かつ大量にあればあるほど翻訳精度があがる

  • グーグルは世界最大のパロールデータベース(ただし書き言葉だが)を持つ会社

    • しかしSMTの元データ(対言語コーパス)として使うにはアライメントが欠けている

    • つまり、これまで検索のために収集したデータベースはそのままでは使えない

    • MT研究者は大部分が学者系

    • メーカーでも研究所の仕事

    • だが研究者は翻訳現場の需要を自分のものとして切実に実感できない>着想の限界

  • グーグルの問題点...合格レベルまでにかかる時間が5年か50年かわからない

    • 知人によると言語ペアと対象分野によってはかなりうまく訳すらしい

    • 日韓のほうが日英より品質がよい印象(言語構造の近さがプラスに作用)

    • どこまで対言語コーパスを収集すれば十分な翻訳品質になるのかよくわかんない

    • グーグルがどこかで挫折したりすると未来の実現が遅れる?

  • SMTでも従来MTと同様に原文を制限することが品質を改善する

    • なぜ原文の制限がMTの品質改善に効果があるか... ambiguity制限の話

  • 現代の革命=SMTMTavailability へと収斂していく可能性>次節へ

  • 日英翻訳をレビューするのは<ネイティブ>じゃなくチェックツールという時代が来る

    • つまりもう、「英語ネイティブ」に遠慮せずに日本人が英語を書いて世界と話せばいいんだ

◎市民国家におけるGlobal Englishと翻訳の役割        

  • グーグルのSMTがもしも言語の壁を破壊したら何がおきるか?

    • この状態で、旧来の国民国家政府はどう変化(または解体>再編)していくのか?その成立条件は何か?

    • 国民国家の統治者(国会議員+官僚)が国民を統治し外部との接触を行う、というモデルはローマ教会(カソリック)のモデルに似ている>インターネットで理念を普遍共有できる時代は新しい「統治」モデルに移行する

    • 企業を含め複数(多数)の極大的ノードが市民社会内に生まれ、それぞれのノードがすでに世界の範囲で相互接続している。(市民国家モデル)

  • かつて印刷術普及が聖書翻訳の契機となり国民言語がうまれ社会が近代に大きく変化した

    • 「近代ヨーロッパの文化がほんとうの意味で花開いたのは、世界語としてのラテン語の支配が崩れ、英語、フランス語、ドイツ語などの各国語が確立し、ヨーロッパ各国の人たちが、母語で読み、母語で学び、母語で考え、母語で議論し、母語で書けるようになってからなのである。世界語を否定し、母語で宗教や思想や科学技術を表現できるようにした後に、ヨーロッパの文化が本格的に発達するようになった。」(山岡洋一『翻訳とは何か-職業としての翻訳』p80-812003.12.22

  • いま、IT技術の進歩が「あたらしい概念」普及のための翻訳・出版の契機となり市民言語状態がうまれ社会は市民国家の時代にいけるかどうかが問われている

  • ●翻訳業界に期待される役割

  • 翻訳が防ぐ社会の英語デバイド深刻化

  • 世界市民言語(Global English)の発展+大翻訳時代2(日本語から英語へ)

  • Global English の誕生と「失語症」の終わり?

    • そうだとすれば、現在起きつつある(IT革命から展開的にもたらされた)「英語革命」+「翻訳革命」=つまるところ「言語革命」は、いったいどうなる?どう考えても、新たなる「失語症の終わり」の夜明けを示唆していると考えたくなる。これは早計だろうか?

◎英語の公用語化による内需拡大の提案                     

  • 公用語化制定までに時間がかかってもグーグルのブレイクに間に合えばよい

  • 英語第二公用語議論

    • しかし全員がバイリンガルにはならない>いくら教育がよくても15%では?(竹田青嗣さんの推察)
      • もしそうなら、それを支配のために使わず共有のために使うには?

    • 教育業界と翻訳業界にとっての内需拡大

    • MTによる日英翻訳の底上げ(国家的支援)

    • そのための提案資料を準備するのはJTFのよい仕事

    • アジアの労働力を日本へ、そのとき日本語の壁をとりはらう意味

  • リーダー養成教育の導入

  • 高齢者への英会話再教育の無償化

  • 教育改革とのワンセット

  • バイリンガルコーパスへの開発支援

  • 統計MTへの政策的投資

  • 日本人が翻訳した英語のスタイルチェッカーへの投資 cf Acrolinks

  • 中公新書ラクレ編集部+鈴木義里編『論争・英語が公用語になる日』

    • 船橋も鈴木もどちらも近代フレームワークの中での国力強化という目標を共有し、その中で議論している(ふたりの違いは戦術論の違いの範囲内)
  • 英語公用語化推進

    • サービス産業人手不足を英語試験解禁で緩和

  • 国際社会における日本の役割と翻訳および会話力

    • 日本孤立を防ぐには英語での発信力改善が不可欠

    • 太田雄三『英語と日本人』

    • 塩崎智『日露戦争もう一つの戦い』

  • 日本は英語の習得による国際社会との連携強化と翻訳の活性化による国内格差の抑制が課題に?

  • 労働市場のアジアへの開放が国内翻訳市場を現在の100倍にするはず

  • 言語政策とは、だから、言語という道具をいかにして支配の道具とさせずに共有の道具として成立させるか、そのための洞察だといえる。

    • 国家間の競争を前提とした言語政策はもはや時代遅れ

  • 言語という道具には少なくとも2通りの使い方がある。
    • 市民ゲームと覇権ゲーム

    • 言語(という道具)もオープンソースで行った考察と同じ。覇権ゲーム(支配)の道具にもなるし市民ゲーム(共有)の道具にもなる。

    • 前者は言語を近代国家の競争のための道具として用いるという使い方(=従来の言語政策)、後者は言語を近代国家を脱皮させていくための道具として用いるという使い方である。

      • 前者にこだわり続ければ人類には未来がない。

      • 後者を選ぶことは国民国家と「国語」の時代の終わりを意味する。

おわりに

  • D.ダニエル『ウィリアム・ティンダル ある聖書翻訳者の生涯』


Thank you for your listening!
prepared by 河野弘毅(あしたのオープンソース研究所