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IT翻訳入門【クライアント編】06:翻訳品質を管理する

発表機会:『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版)2001年3月号掲載(雑誌記事)

1999年から一年あまり『通訳翻訳ジャーナル』(イカロス出版)という業界誌に「IT翻訳入門」というタイトルで連載記事を書かせていただく機会がありました。現在同誌は年四回発行ですが当時は月刊誌でした。このホームページの内容は、雑誌向けの原稿に加筆修正し、連載と並行して当時のホームページに公開したものです。『通訳・翻訳ジャーナル』の概要は下記のリンクから参照できます。


利用上の注意:このホームページは執筆当時(1999-2000年)の状況について述べており、すでにかなりの記述が「時代遅れ」となっていますが、原則として当時のままの内容を修正せずに公開しています。ご注意ください。

品質改善の前線はあくまで翻訳者

翻訳品質の80%は翻訳者が作り込む、というのが私の持論です。となると翻訳品質を上げるには上手な翻訳者を人選して、彼女や彼がのびのび力を発揮できる環境を用意すれば、それでOKなはずです(マイクロソフトが快進撃を続けていた90年代前半にはビル・ゲイツ氏もプログラマについて同じことを言ってました...近年エグゼクティブが続々退職してからは「Windowsコードの資産性」を重視する発言に変わってしまったようですが..)。

ところが、クライアントが翻訳者を優遇しようとして翻訳単価を甘くしても、その分が翻訳者に還元されるかというと、たいていそうはなりません。経済危機に陥った発展途上国に経済援助しても、その国を牛耳る特権階級が援助マネーを搾取してしまい、本当に援助が必要な貧民層にはほとんどパイが回ってこないというのと同じ構図です。

つまり、翻訳者を大事にするベンダーを選択するほうが、翻訳単価を上げるよりも、翻訳品質の改善にあたっては効果的なわけです。 また、ファイル単位で担当翻訳者名を公開することをベンダーに要求し、納品された翻訳の品質を見た上で、翻訳者の評価一覧を自分で作ると、次回以降の発注先 (翻訳者) を指名するのに役立ちます。この提案はたいていのベンダーが受け入れを渋ると思いますが、私はこういう動きがクライアント側からムーブメントとして興れば、恵まれない翻訳者が陽の目を見るチャンスになると思うので推奨したいところです。

ベンダーが品質改善の障害になるとき

ベンダーに対してこまやかに指示を出したり参考資料をたくさん支給しても、それらの情報がベンダーの社内で止まっていまい、末端の翻訳者に伝わらない場合があります。これには、やたらに資料や指示を与えても翻訳者が混乱するという配慮からベンダーがあえて翻訳者に伝えない場合と、単にずぼらで伝え損なう場合があります。逆に、 翻訳者からの質問をクライアントに上げてこないベンダーもあります。 問題になるのは、ベンダーがクライアントと翻訳者の間の円滑なコミュニケーションの障害となって、結果的に翻訳品質に悪影響を与える場合です。

このようなベンダーに当たってしまった場合は、対策としてメーリングリストやホームページを使いクライアントが直接翻訳者と情報交換してしまう方法が考えられます。クライアントの担当者、ベンダーの担当者、翻訳者の三者が参加するメーリングリストをプロジェクト進行中に運営すると、コミュニケーション上の問題はかなり解決されるのでお奨めします。この考え方を発展させていくとクライアントによる「翻訳者指名制度」にたどり着きます。

翻訳を値切るとどうなる?

翻訳コストを削減するには、まず翻訳のコスト構造を理解すべきだと思います。クライアントは強い立場にいますから、ベンダーの内部構造をよく理解しないままに強圧的に単価を下げさせることも可能ですが、結果はえてして、ケチるべきでないところがケチられて無駄な部分が温存されることになりがちです。

ベンダーに支払う翻訳コストのうち、ワードあたり 8-20 円程度が翻訳者への報酬にあてられますから、ベンダーから出てきた見積もり単価から相当額を引いた残りが、ベンダーの経費+利益ということになります。 単価を下げるようにベンダーにプレッシャーをかけたときに何がおきるかというと、かなりのベンダーがその負担を右から左へと翻訳者に押しつけます。そうすると、実力のある翻訳者ほどそういうベンダーに見切りをつけて、より心あるベンダーを探すようになります。そうなると、クライアントは上手な翻訳者に逃げられて翻訳品質が低下することになります。 これではクライアントも困るでしょう。

ケチるとすれば翻訳ベンダーの無駄遣い部分ですが、SOHOレベルのベンダーでは昨今の価格低下のために、贅肉はあまり残っていません。一方、技術力の低い中堅ベンダーがTRADOSの機能を使いきれず、本来ならばリサイクルできる部分を新規翻訳あつかいにしているというような無駄はこのごろよく見受けられます。クライアントとして攻める余地があるのは後者だろうと思いますが、ここを攻めてベンダーにコストダウンさせるには、TRADOSの知識が必要になります。

翻訳を急がせるとどうなる?

納期短縮についてはどうでしょうか。ベンダーに翻訳を急がせると、一般的には翻訳品質に悪く作用します。複数の翻訳者が作業する場合、翻訳者の人数が少ないほど表現のばらつきは減りますが、納期を急ぐ場合はより多くの翻訳者が細切れに作業を分担しなければならないため、まずそこで品質が落ちます。また、大手でもSOHOでも、Aクラスの翻訳者の人数には上限があります。大手とSOHOでは大手の方がAクラスの翻訳者を大勢かかえているという違いだけであって、たとえ大手でもすべてのAクラスを出し尽くしてしまえば、Bクラス、ときにはCクラスの翻訳者を仕事に参加させなければなりません。

ベンダー側もできるかぎりAクラスの翻訳者だけで仕事を回していきたいというのが本音ですが、翻訳単価が低くてAクラスを使うと利益がでない場合や、納期に余裕がなくてAクラスの都合がつかないときは、ヒマにしているCクラス翻訳者を起用して翻訳を進めることになります。逆に納期に余裕があれば、Aクラスが今やっている仕事が終わったあとすぐに次の仕事を入れて、Aクラスの翻訳者だけで全部の仕事をこなすことができます。

(2000年12月6日執筆)

利用上の注意:このホームページは執筆当時(1999-2000年)の状況について述べており、すでにかなりの記述が「時代遅れ」となっていますが、原則として当時のままの内容を修正せずに公開しています。ご注意ください。