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IT翻訳入門【クライアント編】04:見積もりをとる

発表機会:『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版)2001年3月号掲載(雑誌記事)

1999年から一年あまり『通訳翻訳ジャーナル』(イカロス出版)という業界誌に「IT翻訳入門」というタイトルで連載記事を書かせていただく機会がありました。現在同誌は年四回発行ですが当時は月刊誌でした。このホームページの内容は、雑誌向けの原稿に加筆修正し、連載と並行して当時のホームページに公開したものです。『通訳・翻訳ジャーナル』の概要は下記のリンクから参照できます。


利用上の注意:このホームページは執筆当時(1999-2000年)の状況について述べており、すでにかなりの記述が「時代遅れ」となっていますが、原則として当時のままの内容を修正せずに公開しています。ご注意ください。

見積もりをとる

外注先翻訳ベンダー (大手翻訳会社または翻訳SOHO/個人翻訳者) の候補を数社リストアップできたら、次は見積もりです。翻訳の見積もりを取る場合、ワード数が見積もり金額を左右しますのでどうしても全体のワード数をカウントする必要があります。外注したい翻訳の元原稿ファイルがクライアントの手元にすでにそろっている場合は、それをメールに添付して翻訳ベンダーに送付すれば一番正確な見積もりが取れますが、米国本社でまだ執筆中のマニュアルの場合は手元にファイルがありませんから、概算で見積もりをたててもらうしかありません。原稿ファイルなしでも見積もりは可能ですが、どうしても見積もり金額が不正確になりますから、米国本社から実際の翻訳対象ファイルが届いた時点で再見積もりを取り、翻訳開始までに金額を確定しておくのがよいでしょう。また、新規取引先となる翻訳ベンダーから見積もりを取る場合、見積もり時点では機密保持契約 (NDA) をまだ締結していないのがふつうです。NDAを締結していない業者に見積もり用の原稿ファイルを渡すことは機密保持上問題があるので、本来なら先にNDAを締結してからファイルを渡すべきですが、実際には見積もり段階でそこまでするのは自分にとっても相手にとっても面倒だという理由から、見積もり前のNDA締結はあまり行われていないようです。気になる方はご注意ください。

翻訳外注の見積もり項目

IT翻訳を外注する場合の見積もり項目としては、ドキュメント本文の翻訳の他に、グロサリの作成、UI (User Interface) 用語の翻訳、旧版データの翻訳メモリへの加工、ローカリゼーション済みソフトウェアのテスティング、ソフトウェア画面のキャプチャと差し替え、紙マニュアルであれば簡易版下の作成、目次および索引の作成、印刷、オンライン ヘルプであればコンパイルとリンク チェック、ホームページであればリンク チェックとブラウザ表示の確認、その他として品質管理経費、プロジェクト管理経費などがあります。もちろんこれらの項目が常に全部含まれるわけではなく、見積もりに含まれる項目は作業内容とベンダーの方針によって変化します。

IT翻訳見積もりのベースとなる数値は原文(英文)のワード数を使うことが多く、版下作成ではページ数をベースに算定するのが普通です。また、ソフトウェアのテスティング、ヘルプのコンパイルなどは作業者が費やした時間数をベースに算定されることが多いでしょう。迷うのは索引の作成、ヘルプやホームページのリンク チェック、グロサリの作成、画面のキャプチャなどで、これらの項目は索引の個数やキャプチャした画面数を基準に算定する場合もありますし、作業時間をもとに算定する場合もあります。

作業時間を基準とする場合、見積もり時点で分かるのが時間単価だけである以上、外注費を事前に確定しておくことは困難です。これは、クライアントにとって (実はしばしば翻訳ベンダー側にとっても) リスクがあって気持ち悪いので、両者の合意が成立すれば作業成果物ベースの見積もりに変えていくのも良いでしょう。参考までに、翻訳速度は 1 時間 150 - 250 ワード、画面キャプチャは 1 時間 5 枚、DTP は 1 時間 3 ページ、索引作成は 1 時間 20-60 項目という値をここではあげておきます。これらの数値はあくまでも目安で、ケースバイケースで変化します。時給制の作業について外注業者の生産性に不安を感じる場合は、派遣業者に依頼して作業をクライアントの社内で行うという選択肢もあります。

TRADOSのワードカウント

英和翻訳の見積もりは、昔は翻訳後の和文をベースに金額を決めていました。今でも分野によっては訳文の原稿用紙枚数を基準に翻訳金額を語ることがありますが、これだと原稿用紙の定義がベンダーによってまちまちであるため、クライアントの立場から見ると異なるベンダーの単価が比較しにくいという難点があります。

元の英文のワードカウントをベースにするとして、そのワード数はどのツールでカウントするか決める必要があります。1999年頃までは、ワード数といえばMicrosoft Word や Adobe FrameMakerなどのワープロ/DTPソフトでカウントするのが一般的でしたが、最近では TRADOS によるワードカウントが増えています。特にIT分野の翻訳では、旧版の流用に TRADOS を利用する機会が今後ますます増えると思われるため、TRADOS のワードカウントをベースにするのが現状では合理的だと私個人は思います。TRADOS であればリサイクル部分を (正確さはともかくとして) 一応は定量化できます。複数ベンダーの見積もりを比較しやすいという利点もあります。

TRADOS のワードカウントで注意が必要なのは、ファジーマッチ ペナルティの設定によってマッチ率が変わってくる点です。見積もり条件を統一したい場合はペナルティの設定値をクライアントが指定する必要がありますが、ペナルティの設定は各ベンダーごとに流儀が異なることも多いので、ペナルティ設定を指定するか否かはケースバイケースで判断するのが適当でしょう。

そうしてみると、見積もりの内容をより深く検証するためには、クライアントの担当者みずから、少なくとも TRADOS Workbench の解析機能については実際に試してみて理解しておくことが望ましいと思います。(Workbench にハマると時間がいくらあってもきりがないのでクライアントの立場の人が細かいことまで時間を費やして習得する必要はないと思うのですが、見積もりに利用する分析機能だけであれば短時間で習得できると思います。

旧版翻訳メモリ作成の判断

旧版の英文と訳文があるけれどTRADOSを使っていなかった場合、TRADOSでリサイクルするには WinAlign を使って翻訳メモリに加工する必要があります。しかし、翻訳メモリへの加工にもコストがかかりますので、改訂版への流用率が一定水準以上でないとペイしません。その流用率の見通しは、翻訳メモリを作らなくても立てることができます。その手法を少し紹介します。

流用率の見通しには「仮想翻訳メモリ」を使います。仮想翻訳メモリは見積もり用に英文だけを登録した一時的翻訳メモリで、訳文を登録しません。仮想メモリの作成には旧版の英文だけを使います。TRADOS Workbench の [ツール] メニューから [解析] コマンドを選び、旧版の英文ファイルを追加して解析を実行します。ちなみに HTML ファイルの場合、翻訳対象ファイルが多数になるため [追加] ボタンで 1 個ずつ追加するのは面倒ですが、Windows エクスプローラのファイル一覧からドラッグアンドドロップにより一括選択したファイルを追加すれば簡単です。

旧版ファイルの解析が終了したら、そのまま解析ダイアログボックスを閉じずに [解析] ボタンの左下にある [解析済み翻訳メモリを使用] チェックボックスをオンにします。ちなみにTRADOS Workbench では解析ダイアログが開いている状態では暫定翻訳メモリが作成されます。この暫定翻訳メモリは解析ダイアログを閉じるか、次の解析を実行すると消去されますが、このチェックボックスをオンにすると、次の解析を実行しても消去されず、かわりに次の解析対象ファイルに対して翻訳メモリとして機能させることができます。このように解析目的でしようされる暫定翻訳メモリを仮想翻訳メモリと呼んでいるわけです。

[解析済み翻訳メモリを使用] チェックボックスをオンにしたら、こんどは解析ファイルとして今回の翻訳対象である改訂版の英文ファイルを追加して解析を実行します。こうすると、旧版の英文データを翻訳メモリとした場合の改訂版への流用ワード数が定量的に解析できます。なお、ドングルを装着しないデモ版では、このチェックボックスが選択不能になりますので、仮想翻訳メモリを使った流用ワード数解析は実行できません。

(2000年12月6日執筆)

利用上の注意:このホームページは執筆当時(1999-2000年)の状況について述べており、すでにかなりの記述が「時代遅れ」となっていますが、原則として当時のままの内容を修正せずに公開しています。ご注意ください。