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IT翻訳入門【クライアント編】03:翻訳外注先を選ぶ

発表機会:『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版)2001年2月号掲載(雑誌記事)

1999年から一年あまり『通訳翻訳ジャーナル』(イカロス出版)という業界誌に「IT翻訳入門」というタイトルで連載記事を書かせていただく機会がありました。現在同誌は年四回発行ですが当時は月刊誌でした。このホームページの内容は、雑誌向けの原稿に加筆修正し、連載と並行して当時のホームページに公開したものです。『通訳・翻訳ジャーナル』の概要は下記のリンクから参照できます。


利用上の注意:このホームページは執筆当時(1999-2000年)の状況について述べており、すでにかなりの記述が「時代遅れ」となっていますが、原則として当時のままの内容を修正せずに公開しています。ご注意ください。

翻訳外注先を選ぶ

ここでは、仕事を外注する先について検討してみましょう。翻訳を外注できる先は規模によって何種類かカテゴリがあり、大きい方から順に、外資系多言語翻訳会社 (MLV)、独立系国内翻訳会社 (SLV = Single Language Vendor)、 翻訳SOHO (チーム翻訳)、個人翻訳者があります。翻訳コストを下げたいのであれば一般的に個人翻訳者に直接発注したほうが安くつきますが、分量の多い仕事では複数の翻訳者を管理するのが面倒になります。

大手翻訳ベンダーの長所と短所

大きな翻訳ベンダーの一般的特徴は、翻訳以外のテスティングや DTP など、周辺業務を含めてすべて発注できる、営業担当者がいるので発注が円滑に行なえる、実機チェック環境や TRADOS ライセンスなど、ツール類が充実している、社内にプログラマや DTP のプロがいるため、技術的な困難を社内で解決して仕事を進めることができる、などでしょうか。

大手ベンダーに外注する問題点としては、相手のベンダーにとって自分が上得意のクライアントでない可能性が高まるということでしょう。どの分野でもそうでしょうが、大手の業者というのは大手の顧客にフォーカスを当てています。世界に支社を展開している MLV や社員50名前後の大手 SLV になると、顧客にしたい企業は、たとえばマイクロソフトやオラクルのような、世界規模の大手ソフトウェア ベンダーです。クライアントとしての自分の会社が、米国本社100人以下で日本支社が10名以下という規模の新進や中堅のソフトウェア メーカーである場合、相手の MLV から見て自分は、顧客としてはあまり相手にしたくない「ゴミ顧客(悪い言葉ですが)」かもしれません。大手 MLV のトップ チームはかなり優秀ですが、大手でも二軍や三軍になると、けっこうひどい翻訳を出してきたりします。MLV から見て自分がゴミ顧客の場合、トップ チームを割り当ててくれる可能性はまず皆無で、よくて二軍、悪ければ三軍が仕事を担当することになります。そうなると、悪くすれば「値段は一流、満足度は三流」という結果になってしまいます。

SOHO/個人翻訳者の長所と短所

クライアントから見たときの SOHO翻訳会社や個人翻訳者のすぐわかる長所は、値段が安く小回りが利くことです。 そして、より本質的な長所は、翻訳者が特定されるために翻訳品質の正確な見当がたてられることと、同じコストであればより上手な翻訳者を選べることです。ちなみに中堅以上の翻訳会社に外注した場合、たいていは翻訳者を指名できません。これは、翻訳品質は翻訳会社が作り込むものであるという建前があるからですが、現実には翻訳品質は翻訳者が作り込んでいる部分が大きいので、翻訳者が変わると翻訳品質も変わってしまいます。SOHOや個人だと、誰が翻訳するのか教えてもらいやすいので、翻訳品質もだいたい事前に見当がつきます。

また、発注元であるクライアントが大手ベンダーからみると「ゴミ顧客」であっても、SOHOや個人の翻訳者からみると「りっぱな上得意客」になるということはしばしばあります。「鶏口となるも牛後となるなかれ」ということわざがありますが、大手ベンダーにゴミ顧客として処理されるよりは、実力が確かなSOHO/個人翻訳者から上得意客として処遇されるほうが、翻訳品質面で望ましいのは確かです。

逆にSOHO/個人翻訳者の短所として一番にあげられるのは、キャパシティの柔軟性のなさです。SOHOや個人は1件か2件仕事を受けるともうキャパシティいっぱいになってそれ以上の仕事を受けられませんから、仕事を頼みたいときにすでに他社の仕事を受けていたりすると、もうそれだけで外注先がなくなってしまうことになります。単価に多少色をつけることによって自社の仕事を優先扱いにしてもらうことは可能ですが、それにしてももともと小さいキャパシティしかありませんから、大量の翻訳を短期間で処理してもらうのは無理です。そうなると、対策としてはロシアのロケットみたいにSOHO/翻訳者を複数たばねて発注することになりますが(クラスター方式)、これだとSOHO/翻訳者の管理をクライアントがみずからやることになって、まるで翻訳会社のような仕事をやっている自分にある日気付いてどっと疲れたりします。

環境の貧弱さもSOHO/個人翻訳者の弱点でしょう。ちょっと高価なソフトは「持ってません」「買えません」と平気で返事してきますから、たとえば翻訳の元原稿が QuarkXpress で相手のベンダーがそれを持っていないとなると、クライアントが自分でファイル変換をやらなくてはなりません。TRADOS も「ドングル持ってません」「Edition2 からバージョンアップしてません」と言われてしまうと、こちらが買って貸与するなどの手間がかかります。大手ベンダーに発注すればこんな手間はかかりません。(だからこそ大手ベンダーの見積もりは高いわけですが...)

「お得意さん」はメリット多し

以上見てきたように、大手翻訳ベンダーとSOHO/個人翻訳者は、外注先としてはそれぞれ一長一短ありますが、外注先選びの基本的指針としてまず言えることは「クライアントの規模とベンダーの規模のつりあいはたぶん重要である。」ということだと思います。 また、つぎに言えることは「お得意さんになるほうがメリットが多い」ということです。

すなわち、次々にベンダーをとりかえるとそのたびに相手ベンダーにとって自分は「一見(いちげん)さん」になりますから、大手にせよSOHO/個人にせよ、いずれも多少「腰の引けた」対応になります。一見さん相手に訳語集を整備したり、翻訳者教育をほどこすことに経済的合理性がないからです。一方、多少の問題点はあっても我慢して継続的に同一ベンダーを使い、仕事のはいるスケジュールなどは事前に情報を伝えておき、報酬面でも他のクライアントよりも少しだけおいしくなるような発注単価設定をしておくと、ベンダー側も「上得意のお客さん」ということで対応がちがってきます。まず、繰り返し関連製品のマニュアルを翻訳することで翻訳者にも知識が蓄積されて翻訳品質が改善されていきますし、翻訳者側も翻訳の速度が上がるので喜びます。ベンダーの営業担当者やコーディネーターも、そのクライアントの発注パターンを学習してくるため、よりスムーズな対応が可能になっていきます。結果的に、クライアントも、同じコストでより満足度の高い結果を得ることができます。

このような経緯を経て、クライアント-ベンダー-翻訳者の間で相互の信頼感が育成されると、最善の結果が期待できるようになってきます。短期間にそのような状態に到達するのは困難ですし、最初から信頼する気になれないベンダーや翻訳者を相手にしても将来よい関係に育つ可能性はまずありませんが、しかしいずれのクライアントも、このような信頼関係を目指して外注先の発掘や育成を継続していくのが本来は望ましいのだろうと思います。

(2000年12月5日執筆)

利用上の注意:このホームページは執筆当時(1999-2000年)の状況について述べており、すでにかなりの記述が「時代遅れ」となっていますが、原則として当時のままの内容を修正せずに公開しています。ご注意ください。