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IT翻訳入門【TRADOS編】07:TRADOSをいつ買うべきか?

発表機会:『通訳・翻訳ジャーナル』(イカロス出版)2000年9月号掲載(雑誌記事)

1999年から一年あまり『通訳翻訳ジャーナル』(イカロス出版)という業界誌に「IT翻訳入門」というタイトルで連載記事を書かせていただく機会がありました。現在同誌は年四回発行ですが当時は月刊誌でした。このホームページの内容は、雑誌向けの原稿に加筆修正し、連載と並行して当時のホームページに公開したものです。『通訳・翻訳ジャーナル』の概要は下記のリンクから参照できます。


利用上の注意:このホームページは執筆当時(1999-2000年)の状況について述べており、すでにかなりの記述が「時代遅れ」となっていますが、原則として当時のままの内容を修正せずに公開しています。ご注意ください。

TRADOS をいつ買うべきか?

フリーランス翻訳者の方の中には、自主的に TRADOS のような翻訳支援ツールを購入する方もおられるでしょう。しかし、145,000円という値段 (TRADOS Freelance Edition J3 新規購入の場合、2000年6月現在) は個人にとって気軽に買える範囲とは言い難く、現状ではやはり (1) 得意先の翻訳会社から TRADOS の使用を要請された、(2) TRADOS 経験者募集の翻訳会社から仕事を受けたい、などの「営業上の必要」に迫られて TRADOS を購入する人の方が多いのではないでしょうか。(翻訳会社に所属していて会社で TRADOS を購入している場合はこの悩みはありませんが)。

私は個人的には TRADOS に代表される翻訳支援ツールの将来性と有効性を比較的信じている人間ですが、かといって、産業翻訳を初めてまだ日の浅い方やこれから産業翻訳を始めようと志す方が、翻訳で安定収入を計上する前からあわてて高価なツールを購入するのもリスクが高い買い物だと考えます。

その理由はいくつかありますが、まず第一にフリーランス翻訳者の手元に TRADOS がないと作業できない翻訳プロジェクトというのが本当にそれほどたくさんあるのかどうか疑問を感じるためです。翻訳を発注する得意先の中には「翻訳メモリを作成/利用したいプロジェクト=翻訳者が TRADOS を必要とするプロジェクト」と短絡的に作業指示を出しているケースもあるような気がします。実際には TRADOS 処理されたファイルの翻訳は (翻訳メモリを使わないのであれば) 評価版の TRADOS Workbench (以下 TWB) でも行えますし、さらに言えば TRADOS をインストールしていない Word のみの環境でも、Word ファイルの上書き翻訳を行えば TRADOS で前処理されたファイルを翻訳できます。

もちろん、だからといってフリーランス翻訳者が TRADOS を購入する意味がないという言っているのではありません。得意先が TRADOS の使用を指示しようとしまいと、自分の担当範囲のファイルの内部で繰り返し登場する箇所が一定水準以上ある場合は個人翻訳者も TRADOS を使って多少なりとも生産性の向上を図れます。また、得意先の翻訳会社が TRADOS について知識がない場合は、必要な旧版ファイルを支給してもらって TRADOS のメリットを独り占め?できるケースもあるかもしれません。

そのほか、過去に自分が翻訳した翻訳メモリを個人的にリサイクルできる可能性が高いと思われるケース(よく知りませんが得意分野を限定した特許翻訳者などではそういうケースもあるのではないでしょうか?)では、翻訳者が個人として TRADOS を導入して過去の翻訳をメモリに蓄積して有効活用できるかもしれません。

私が言いたいのは、自分の仕事分野における TRADOS 導入効果を自力で見極める知識と経験がないうちに、「隣も買ったから」という理由であせって TRADOS を購入する必要はない、ということです。知識と経験を積んで TRADOS 導入がペイすると判断したプロ翻訳者は、積極的に購入してライバル翻訳者より早めに TRADOS の利用ノウハウの蓄積に励むほうがたぶん後日有利になるでしょう。

とは言うものの、現実問題として「この仕事は TRADOS を使ってね」と言ってくる得意先に対して、「本当に TRADOS を使う必然性があるんですか?」と問いただすのは、フリーランス翻訳者にとってはちょっと勇気がいりますよね。ちなみに、TRADOS Freelance Edition の購入はウェブから可能なので 15 分で済みますが、ドングル (=違法コピー防止のためのコネクタのような外見のもので、これをパソコンのパラレル ポートに接続しないと TRADOS は使えません) は海外から国際宅配便で配達されるため、多少待ちます。急に必要になってからあわてても間に合わないのでご注意ください。

今後は翻訳会社が「TMサーバー化」か?

現在まだ翻訳メモリを利用する翻訳支援ツールは普及途上ですが、将来的にはほとんどのソース クライアント、ローカライザー、翻訳会社がこれを利用するようになるでしょう。そのような状況では、実際に翻訳を担当する SOHO にいる個人翻訳者は、翻訳メモリによるプレ翻訳済みのファイルを支給されるケースが増えてくるでしょう。

また、TRADOS を実際に使ってみると、いろいろと細かいところで試行錯誤してコツを覚えたり、バグに近いような仕様に悩んで回避策を模索したり、といった、翻訳以外のところにかなりの時間と労力を費やさないと活用は難しいように思います。このような、直接報酬をもらえない作業にフリーランス翻訳者が長い時間を割くのは時間の無駄というか、無理のような気がします。一方で、ベンダー側(ローカライザー、翻訳会社など)は、翻訳メモリを利用する以上はこれらのノウハウの蓄積を避けて通れないので、TRADOS 運用ノウハウの蓄積に成功したベンダーが業績も伸ばす、ということになるのではないでしょうか。

となると、旧版からどの程度翻訳がリサイクルできるか解析して調べたり、旧版の英文と和文から翻訳メモリを WinAlign で制作したり、その翻訳メモリをもとに TWB のオプションを適切に設定してプレ翻訳をかけたり、といった TRADOS まわりの操作の大部分は、ベンダー側で行い、SOHO 上の個人翻訳者は TRADOS 処理されたファイルをスタンドアロン環境で翻訳する、という「クライアント・サーバーが役割分担した姿」が、近い将来の産業翻訳におけるワークフローなのではないかという気がします。

(2000年7月4日執筆)

利用上の注意:このホームページは執筆当時(1999-2000年)の状況について述べており、すでにかなりの記述が「時代遅れ」となっていますが、原則として当時のままの内容を修正せずに公開しています。ご注意ください。