Pick 1


Pick   ~初めての門出。~

 

 

「おはようございます。」

 

ドアを開けると、だだっ広いフロアと大きなモニターが目に飛び込んできた。

 

「あ、おはようございます。本日、手続きなさる方ですね?」

 

どこからともなく舞い降りてきた、すらっとした男性に迎え入れられた。

 

「あ、はい。」

 

言葉少なに返事をし、誘われるままに歩を進めた。

 

「それではこちらにお座りください。」

 

フロアの隅っこには、大人二人が座れるテーブルがあった。そこまで行くと男性は手で指示を出し、座席の対面側に座った。座りながら少し辺りを観察すると、同じ様な風景がちらほら見受けられる。

 

「…旧名、戸川達朗様ですね?輪廻先の宿主を選べる選択をなさった…。試練は大変だったでしょう。」

 

男性は沈痛な面持ちで、僕の顔を覗いてきた。

 

「えぇまぁ…。」

 

天国行の判決が下った後、説明があった。

その内容とは、ある条件を満たしておくと、輪廻する前にある選択の権利を与えられるとの事。ただしそちらを選んでしまうと、地獄に赴かなければならない。そして地獄行きの判決が下った者を浄化させ、天界に連れ帰る義務が生じる。しかも期限は、人間時間で一年。

その時は興味も無く、右から左へ話しを受け流していた。

 

「地獄に堕ちた者は生前同様怠惰な者達です。しかも年々増加傾向にあり、今や地獄は与太者であふれかえっています。死んだ後の面会で閻魔様により尻を叩かれたにも関わらず、結局そんな場に馴染んでしまって、現世で犯した罪を顧みようとしません。やはり悪に染まった者には何を課しても響きもしないんでしょうか…。」

 

男性は一つため息を吐いた。まるで天界人が勤勉で、手本になる様な生活を送っている様な口ぶりだ。

 

「……。」

 

俺は男性との温度差を感じ、黙りこくった。

 

「あ、申し訳ありません。私としたことがつい愚痴を…。別に地獄行きがいくら増えようと、置き場所が無くなる事はありませんしね。ハハハ…。」

 

男性はどちらかと言えば軽薄よりに笑った。それを見てこういった笑いでごまかしたがる体質は、ことごとく根付いてしまってるんだなと確信した。

 

〝どこにいったって、お役所の人間はこうなんだな。〟

 

生前の記憶が思い返され、俺は首を軽くひねった。

 

「あの…不躾なんですが…。試練に耐えてらっしゃった間、何か気づいた点などございませんか?元番記者のあなたなら、色々目に留まったりあったかと思うのですが…。」

 

男性は目を光らせ、さっきから視線の合っていない僕の目を見だした。

 

「いや別に…。」

 

実際やってみると、思いのほか容易だった。

役目と言えば、生前汚した魂を浄化する為の作業に対し、やる気を出させるだけで良かった。後はそいつに自分のノルマを達成させればいい。

ただ当たった奴が途方も無い元悪人だと、いくらやったって期限内に連れ帰る事は叶わなくなる。そうなればあのクソつまらない天界に逆戻りし、次の機会が回ってくるまで怠惰な生活を強いられる。

 

「そうですか…。報告では初日に重い腰を上げさせたとありますので、ぜひ今後の為にも何かあれば…。」

 

男性は少し身を乗り出してきた。しかし視線は未だ合わせず。

報告書には過程は無く、結果だけが記されているようだ。お役所仕事と言えど、こういった重要そうな事項までぞんざいに扱ってていいのだろうか。

 

「二つ返事でした。たまたまラッキーな方に当たったんじゃないでしょうか。」

 

俺は表情一つ変えず、本当にあった事を話した。

地獄に着いた途端、功を焦ってか他の参加者は我先にと対象を探しに奔走し始めた。そんな中俺は期限に余裕を感じており、座れそうな場所に腰を落ち着けて、地獄の雰囲気を堪能していたのだった。後は発言通りで、偶然にも比較的罪の軽い者から声をかけられ、難無くミッションクリアーに至った。この中身の無さを知ったら、この男性はどういう反応をするだろう。

 

「そう…でしたか…。」

 

男性は釈然としない様な素振りで、体勢を元に戻した。

 

「ところで輪廻先の親を選べるって、どういう手順なんですか?」

 

俺はようやく男性の目を見た。

 

「はい、そちらに関しましては、後程詳しく説明いたしますのでお待ちください。」

 

男性は手元の資料を整えた。そしてきちっと重なった数枚の紙を、差し出して来た。

 

「それではこちらに目を通していただき、旧名で構いませんのでサインを頂けますでしょうか。」

 

男性は胸ポケットからペンを取り出し、紙の上に添えた。幾分急いでる様にも感じる。

 

〝何々?〟

 

・ご案内・

 

これからあなたはまず、逢引きをする男女の観察をして頂きます。

 

そして候補となるつがいを探していただき、決定次第スタート致します。期限は人間時間で5年です。

 

尚、観察して頂ける組数は無限ですので、気の済むまで探索くださいませ。

 

 

「ん?ちょっと待って…。これ選んだ相手がもし子供産む前に別れたりしたらどうなるんでしょうか?」

 

俺は顔を上げて、男性に疑問をぶつけた。ついつい言葉が雑になってしまったが、この程度ならお咎めは無いだろう。

 

「はい、そちらは自己責任となっておりますので、もしお選びになった組が全滅…なんて事になりましたら、その時点でゲームオーバーです。」

 

男性は淡々と答えてきた。思惑通りツッコまれることも無く、狼藉はさらっと流れていった。

 

天界と言う場所は基本的に自由だが、そこに入る条件として言葉遣いの丁寧さを求められるのが唯一のルールにある。なぜだか結局わからずじまいだったが、閻魔から天界行きを告げられた後に、この事が判明しており、当時の俺は地獄を志願しようか少し迷っていた位だった。

 

〝マジでか。〟

 

予想を超えた達成条件のシビアさに、少し戸惑った。

 

〝天界行きが決まった者は本来であれば、過ごしている中で順番が回って来次第、無作為に選ばれた人間の元へ宿るモノ。それを一つのステップを越えた程度で、言わばワンランク上の待遇を受けられるとなれば、この位の条件はあってしかるべしか。〟

 

「ゲームオーバー…つまりやり直…」

 

「はい。」

 

言い終わる前に、男性は答えてきた。姿勢こそ整っているが、若干気怠そうな印象を受ける。地獄にいる奴らと何が違うと言うのか。個人的にはあの環境で好き勝手やってる奴の方、が超然としていると思う。

僕は続きを読み進めた。

 

 

ただし言うまでも無く、宿主は慎重にお決めください。

 

輪廻完了後、もしご自分でお決めになった相手に不服を感じ、変更を申し出られてもお受けできません。

 

お申し出が出た時点で、残念ながらその方の魂は消滅します。

 

 

「…? 猶予も無いんでしょうか。」

 

「ございません。」

 

またも来る質問を予想していたかの様に、食い気味で言い放ってきた男性の表情はどんどんと冷たくなっていく。

 

〝ここに来ても相変わらずかよ。何でただ質問するだけで機嫌悪くなんだ。てめぇ発信で始めといて、いっつもそいつにとってテンポよく終わらないと気が済まないとかなんなんだよ。大方何かが抜けていたり、不足分等含めて後手後手に知らされる事など日常だったろうが。説明に不備とか、疑問に思わせる事をしょっちゅうだしやがるから質問してんだよ。しかも今回なんて聞く数なんてちょっとじゃん。…話半分で聞いてる他の天界人達の方が賢いのかもしんないけど、そのせいかあいつら放蕩に放蕩を重ねて腐敗しきってるもの。何が地獄の人達は与太者だよ。お前らなんかよりしっくりくるね。あぁ…もう結構経ってるけど、この間はまずい。思わず考え込んじゃったな。ここは早いとこ終わらそう。探索期間は結構あるし、俺が見誤らなければいいだけの話だ。〟

 

案の定、沈黙と共に場には、言い様の無い空気が流れ始めた。

僕は男性の返答や無言のプレッシャーに反応せず、二枚目に取り掛かった。

 

 

・誓約書・

 

一枚目に記載のあった条件等に異存が無ければ、下記の空欄にサインをなさってください。

 

 

二枚目には短くこれだけが書かれていた。

余白部分を考えると、一瞬なぜ紙を分ける必要があったのかを疑問に感じたが、そんな物は即刻、闇に葬り去った。

 

〝消滅か…。でもそれ位のリスクは…。ん~…。〟

 

「ごゆっくりお考えください。」

 

声に反応してちらっと見ると、男性は一変して満面の笑みで間を埋めてきた。が、パッと見た感じでは、まだ少し険の悪そうな表情が見え隠れしている。

 

〝何を悩むことがある。天秤にかけるまでも無く、もうあんな自堕落な環境から出れる所まで来たんだ。何度誘惑に負けそうになったか思い出せ!腑抜けた上に変な親に宛がわれたら、それこそ消滅に値すんぞ。ここまでの展開に少し面食らいはしたけど、何よりここからの判断は全て俺次第…。決まりだ。〟

 

腹を決めて、サインをした。

 

「かしこまりました。それではこちらにどうぞ。」

 

サインを見届けた男性は、用紙をすべて回収して立ち上がった。俺はそれに続くと、ドアが並ぶ廊下に連れて行かれた。

 

「こちらです。」

 

男性がドアに手を添えると、ドアは下から上に開いた。そして男性は先に入室し、俺は引きつけられるように部屋に入った。

 

「こちらがこれからあなたが使用する部屋でございます。中にある物は自由に使って結構ですし、消耗品は自動的に補充されます。ただ一度入れば、結果が出るまでここから出る事は出来ませんのであしからず。それではドアをお閉めしてもよろしいでしょうか。」

 

男性は入り口付近に移動した。俺はキョロキョロと部屋の中を見るにとどまっている。

 

「あ、構いません。」

 

俺は少し間が空いた後に答えた。

 

「かしこまりました。あ…」

 

深々と頭を下げたかと思いきや、男性は何かを思い出したようだ。

 

「??」

 

俺はその様子に対し、声は出さずに見守った。

 

「輪廻先の国をお決め頂くのを忘れておりました。もちろん決めずに全ての国から親元をお選び頂けますが、いかがなさいますか?」

 

「あぁ…日本だけで構いません。」

 

男性が放った最初の一声で、腹はすぐに決まった。

生前海外旅行に何度か行ったが、結局日本が一番便利に感じた。もちろん、全ての国を回った訳では無い。しかし旅ならいざ知らず、生まれ住むとなれば比べるまでも無い。

俺は男性の語尾をかき消すタイミングで、返答した。

 

「それではごゆるりと…。」

 

そんな俺に対して何の反応も無い男性は、無表情にて最後の一枚を手渡してきた。そして外に出て、ドアを閉めた。




Comments