渡瀬線・トカラギャップは

どこにあるのか?

【論文】

Komaki S (2021) Widespread misperception about a major East Asian biogeographic boundary exposed through bibliographic survey and biogeographic meta-analysis. Journal of Biogeography. 48:2375-2386.

【概要】

日本の生物多様性を語る上で、渡瀬線やトカラギャップは無視できない存在である。渡瀬線を境界にして、日本の生物相は旧北区と東洋区に大きく分けられることが多い*1日本の豊かな生物相の基礎的な構造とも言われる。そして渡瀬線は、位置的にはトカラギャップに相当し、トカラ列島の悪石島と小宝島の間に置かれることが一般的である*2

たとえば2016年12月に出版された Species diversity of animals in Japan (Motokawa & Kajihara) では日本の動物多様性がレビューされており、冒頭のイントロダクションで、悪石島と小宝島の間にトカラギャップがあると明記されている。日本動物学会が満を持して出している教科書的な書籍なので、そのイントロに書かれているものは一般に認められているといっていいだろう。さらに Wikipedia でも同様の記述があるし(←2021/12/21確認したら英語ページは修正されていた)、インターネットで検索するとこの手の記述は多く見られる。

だが、なぜ悪石島と小宝島の間で生物相が切り替わっていると考えるのか、説明がない。

上述の教科書を含め、渡瀬線・トカラギャップに言及した書籍や論文を読んでも、明確な根拠を示したものはなかなか見つからない。

なぜ悪石島と小宝島の間に境界が置かれているのか、そこに根拠はあるのか、じつは誰も理解していないのではないか?

そこで、渡瀬線・トカラギャップがどこにあるのか、そもそも何者なのか、以下の方法で調べた。

1.渡瀬線・トカラギャップの定義や使われ方について、Google Scholar や図書館を活用した文献調査

2.トカラ列島周辺の島々における生物の在不在情報を用いた 非類似度解析

結論を先に述べると、本来「渡瀬線」や「トカラギャップ」は屋久島と奄美大島の間に置かれるもので、トカラ列島を分割するものではないこと、そして悪石島と小宝島の間に際立った生物地理学的境界があるとは考えられないことがわかった。

したがって、悪石島と小宝島の間で何らかのジェネラルな生物地理学的境界を設定することは定義的にも、実質的にも不適切であり、現在は誤った認識が広がっていると考えられる。

【渡瀬線・トカラギャップとは?】

渡瀬線:

岡田彌一郎(1927)が提唱したもので、旧北区と東洋区の境界を指す。Holmgren (1912) の脚注で種子島/屋久島と奄美大島の間にシロアリ相の境界の存在を示唆した渡瀬庄三郎に献名したもの。いっぽうで、この時代にはトカラ列島における分布情報が不十分だったこと、あるいは分布する種が少ないことから、トカラ列島は考慮されていないか、分割できないと考えられていた。

トカラギャップ:

木村政昭の1991年の書籍「ムー大陸は琉球にあった!」で提唱されたと思われる。すでに名称があったケラマギャップにちなんだ命名だそうだ。種子/屋久海脚と奄美海脚の間の途切れ(すなわちギャップ)を指すらしい。トカラ列島は横切らない。

以上のことから、渡瀬線・トカラギャップともに、悪石島と小宝島の間どころか、トカラ列島すら横切らないのが元々の使われ方であると思われる。

【なぜ悪石島と小宝島の間に置くようになったのか?】

これが難しい。なぜなら、なぜ悪石島と小宝島の間に境界を置くのか、説明・引用を示している文献がないからである。

Ota (1998) は、悪石島と小宝島の間に境界を置いているように読み取れる。トカラギャップ・渡瀬線に言及した論文ではかなりの高頻度でこの論文が引用されている。しかしこの文献では両島の間に境界を置く根拠までは説明されていない(引用をたどっても該当する記述は見つからない)。

ハブ属の分布北限が小宝島であることを根拠として挙げる考えもある。しかしハブ属以外の種では異なる分布を示すので、ハブ属の分布北限=陸上生物全般の分布境界とは言えない。

奄美〜小宝島が陸続きだったとする図を示す論文もある。しかし引用を示していないか、Ota (1998) を引用していて、それ以上遡れない。

以上のことから、悪石島と小宝島の間に境界を置くことには、根拠がない可能性がある。

【生物地理学的境界は存在するか?】

根拠がないと言ったが、示されていないだけで、実際には生物相が変化しているのかもしれない。

たとえば Nakamura et al. (2009) では、琉球列島の各島に分布する植物の種をリスト化し、非類似度を解析している。この解析の結果、悪石島と小宝島の間で植物の種組成が有意に変化しており、環境要因(島の面積や標高、島間の距離)よりも古地理(悪石島と小宝島の間のトカラギャップ)が植物相の特徴づけに強く影響していると結論づけている。

ところが、Nakamura et al. (2009) では、悪石島と小宝島の間にギャップを置いたうえで、ギャップの効果を検定している。上に述べたように、悪石島と小宝島の間にギャップを置くことに根拠はないので、解析デザインが不適切かもしれない。

そこで、上の図のように、悪石島と小宝島の間だけでなく、屋久島からトカラ列島の各島、さらに奄美大島との間に仮想ギャップを置いて検定したらどうかと考えた。

さらに、植物だけでなく、陸棲貝類・アリ・蝶・トンボ・両生類・爬虫類・鳥の分布情報を使って解析したらどうなるかと考えた。やってみた。

分布情報は論文や図鑑などを参照した。各島・各種の在不在情報から島間の非類似度を算出し、各島の間に設定した仮想境界線がどれほど非類似度パターンを説明できるか検定した。

遠い島ほど生物相が違うと思われたので、島間の距離、さらに島が大きければ種数が多くなると思われたので、各島の大きさの差で補正した。

その結果、渡瀬線が一般的に置かれている悪石島と小宝島の間(上図の仮想境界線5)には顕著な生物地理学的効果が見られなかった。

メタ解析も行ってみたが、やはり支持されず、強いて言えば北側(屋久島と口之島の間)に生物相の切り替わりが示唆された。したがって様々な分類群をまとめた場合、トカラ列島は移行帯に含まれると考えたほうが適切だろう。

琉球にはもう一つ有名な生物地理学的境界、蜂須賀線がある。渡瀬線との比較のため、同様の調査・解析を蜂須賀線に対しても実施した*3。詳細は省くが、蜂須賀線は沖縄と先島諸島の間に置かれているが、それは定義上も正しく、また実際に生物相の切り替わりも生じていることが示された。

【結論】

悪石島と小宝島の間に境界線を引くのは名実ともに適切ではなさそうだ。したがって、悪石島と小宝島の間の海峡に強く依存した生物地理学的考察は避けたほうがよいと思われる。渡瀬線は屋久島と奄美大島の間に存在するのだろうが(というか用語の定義上は存在するのだが)、トカラ列島を考慮する場合は線ではなく帯として捉えるのが良いのかもしれない。

このような誤用は様々な場面で生じうる。渡瀬線に限らず注意が必要だろう。


【その他】

もともと自分も、学部生の頃から渡瀬線というのは悪石島と小宝島の間にあるものだと漠然と理解していた。大学院に進学してからは、テーマの1つとしてリュウキュウカジカガエルの研究のためトカラ列島に何度か訪問していた。フェリーとしまからは洋上に浮かぶ島々が見え、悪石島と小宝島の間以外も相当な隔たりがあるのに、なぜ当該2島の間に境界ができるのか疑問も感じていた。

その後渡瀬線について調べるにつれて疑問が大きくなり、各種学会の懇親会で「渡瀬線はどこにあるか知っているか?」と訊いてまわり、同じ疑問を持っている人がいないことを確認してから研究として着手した。当初は文献調査と両生類の分布解析を考えていたが、爬虫類も加え、ならばより様々な分類群を、となって対象が拡大していった。

まずは文献調査の結果(日本語文献を多く参照)を和文誌(日本生態学会の)に投稿したが、独自データを使っていない点からエディターリジェクトになった。そのため文献調査結果と分布解析結果をまとめてJournal of Biogeographyに投稿したが、「投稿論文が多いので」という理由でエディターリジェクトになった。もともと思いつき研究だったこともあり、とりあえずプレプリントサーバーのbioRxivに載せておいた。

すると江頭さんから研究デザインに関する提案をいただき、蜂須賀線を加え着眼点や手法も刷新した研究を改めて実施した。幸いなことにこの内容をJournal of Biogeographyに投稿したところ好意的な反応があり、出版に至った。

出版後、Heaneyさん(https://doi.org/10.1111/brv.12683)から連絡があったりした。知ってはいたが、Wallace線でも以前から似たような議論があるようだ。

【注釈】

*1:旧北区と東洋区を渡瀬線で区分することがそもそも正しいのか、という指摘を受けました。上辺だけですが表現を変えて「分けられることが多い」と修正しました。

*2:HSJ60で発表したところ様々助言いただきました。これまでも悪石島と小宝島の間に置く現状に疑問を持っていた方はいらっしゃったようです。ただし一般的には(論文や書籍では)2島の間に置かれているので、それが一般認識であるという前提に立っています。

*3:当初は渡瀬線のみに注目しておりましたが、江頭さんより対照区として別の境界線も調査することを提案いただきました。これが本研究の重要なポイントになりました。