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■B'z(ビーズ)というネーミングは、当時、TM NETWORK Fence Of Defence(=FOD)と 記号的なネーミングのバンドが台頭していたのを踏まえ、当所は、A'z= A to Z)で アズというネイミングだった。 

 

テスト盤まではA'z(アズ)だったが、デビュー当時ロート製薬からA to Zという商品が出て(目薬)テレビスポットも打たれていたので、急きょ名前を変更することに。それとエイズと呼べる事も良くないということでB'zに変更した。

長戸はBや、Zは男らしい響きを持っているとしてお気に入りだった。

また、ビーズという呼び名に関しては果たして誰が呼んだのかは定かではない。

デビューしてから数ヶ月したある日、急に長戸が「ビーズって呼び名変じゃない? ビーゼットでしょう」と言って周囲が慌てたというエピソードも残っている。

 

 このように、ビーイングのアーティスト名は大抵、プロデューサー長戸大幸によって命名される事が少なくない。 例えば、今や夏の代名詞的存在であるTUBE、実はTUBEも当初、テスト盤を配っている時まではパイプラインと呼ばれていた(名付け親は長戸)。 昔はサーフィン用語だったが (また、1950年代日本でサーフィン・サウンドブームを引き起こしたベンチャーズに名曲「パイプライン」という曲がある)、サウジアラビア等に ある石油管ラインに聞こえるということで、同じ意味のサーフィン用語に長戸が変更、TUBEにしたいきさつがある。(デビュー当時は「チューブス」という洋楽のバンドがあったため、Theがついた The TUBEだった)

 

■1988年、デビュー当時、同じくBMGビクターにやってきた19才のシンガーソングライター志望の少年が福山雅治だった。

彼の制作を当初、松本が担当したのは、長戸の友人である音楽評論家、吉美祐子の紹介からである。 

 制作途中でアミューズのディレクターがめんどくさい事を言って来て、作業は途中で頓挫したが、 こういうやり取りにも、長戸が、深く関わっていた事は間違いない。