プロジェクト概要

瀬戸内の里山・里海における生態系機能の解明に向けた研究拠点の形成

H30年度タイトル「瀬戸内の里山・里海の生物多様性涵養機能の解明と環境教育」

はじめに

私たちは生物多様性から様々な恵みを享受しています。その恵みは学術的には生態系サービスと呼ばれており、食糧や木材等を供給するサービス、気候調整や水源涵養等の環境を調節するサービス、森林浴等のレクリエーションの場としての文化的サービスなど、人が通常の生活を行う上で欠くことのできないものばかりが含まれています。

一方で、現代は第6の大量絶滅の時代と呼ばれており、生物多様性は過去にない速度で急速に失われています。その主要因として開発等の人の活動が関わっていることは明らかです。私たちは、生物多様性の恵みを受けつつも、同時に生物多様性を損ない続けているのです。生物多様性保全を通して自然共生社会の形成を目指すことは、低炭素社会や循環型社会の構築とともに、大変重要な課題であります。

今、里山と里海に注目が集まっています。里山と里海はどちらも様々な生態系を含む複合生態系から構成されるため豊かな生物多様性が維持されています。そして里山と里海は人が伝統的な文化・経済活動を行ってきた場所ですから、人と自然とが共生する場としての可能性を持つとみなすことができます。本研究の舞台である瀬戸内では、人の生活域と山と海との距離が非常に近く、歴史的に山や海の恵みに依存した生活が営まれてきました。そのため、瀬戸内には人と自然との共生の場としての里山と里海が多く残されています。現に広島県と岡山県のさとやま指数は非常に高く、そして、瀬戸内海は、その水産資源の豊富さから里海という言葉が生まれた場所なのです。したがって、瀬戸内の中心に位置する福山大学にとって、里山と里海を研究する上で果たすことのできる役割は非常に大きいと言えます。


しかし、里山と里海は伝統的には必ずしも自然共生社会のお手本ではありませんでした。たとえば、過去には製鉄業や製塩業などで多くの木材が利用され、中国山地の多くははげ山と化したと言われています。今、私たちの経済・文化活動と生物多様性・生態系保全を同時に成立させるための新しい里山と里海の姿を模索することが求められています。そのためには、里山と里海の生物多様性・生態系をより深く理解する必要があります。

私たちの里山と里海の生物多様性・生態系に関する知識は十分であるとは言えません。里山は、森林、草原、田畑、ため池など、里海は海洋を中心に干潟や藻場など異なる様々な生態系から構成されます。実は、どの生態系を見ても、構成種の基礎生態学的な知見については未知の点が非常に多いのです。それぞれの生態系にはどのような生物が存在しているのか?それらの生物間にはどのような相互作用があるのか?また、それぞれの生物が生きるためにどのような時空間的・栄養学的条件を必要としているのか?生物が複数の生態系で果たす役割とは何か?人口が減少する里山・里海社会において野生生物の生態は変化しているのか?これらの基礎的な知見がなければ、里山・里海生態系が果たす機能や脆弱性を理解することはできません。人の活動が生態系に与える影響を把握することもむずかしいと言わざるを得ません。


本研究では、瀬戸内の里山と里海を構成する生態系を対象に、種構成、ニッチ、生物間相互作用の観点から研究を推進し、各種生物の生態系における役割を明らかにすることで、生物多様性・生態系保全の方策を探りたいと考えています。特に、時間と空間により変動する複雑な生態系のいくつもの顔を理解することで、その理解を深めなければなりません。本研究には、里山と里海という日本の伝統を次世代シークエンサーやデータロガー等の最新のテクノロジーで科学する点に大きな特色があり、里山と里海の生物多様性に関する知見の蓄積のみならず、地域から普遍的な現象の発見につながるのではないかと期待しています。新しいテクノロジーを用い、そして地域に根差した生態学の研究拠点の形成が地域の活性化に結び付くことを願っています。


目指すところ (ミッション)

  • 瀬戸内の里山と里海の生物種構成の理解
  • 瀬戸内の里山と里海の生物種のニッチ(利用時空間と餌資源)の理解
  • 瀬戸内の里山と里海を構成する生態系における生物間相互作用の理解
  • 瀬戸内の里山と里海を構成する生態系の脆弱性に関する理解

個別研究

本プロジェクトは、福山大学 生物工学科と海洋生物科学科に所属する6名の研究者で構成されており、それぞれの専門分野は動物生態遺伝学、動物行動生態学、藻類系統分類学、微生物生態学、環境教育と多岐にわたる。以下にそれぞれのメンバーの研究概要を紹介する。

佐藤淳

森林、里山、島の各生態系においてアカネズミ、テン、アナグマ、イノシシ、アライグマなどの動物(特に種子散布により広域生態系に影響を与える雑食性哺乳類、および農業被害を引き起こす哺乳類)の糞を対象にメタバーコーディング法を用いた食性分析を行う。それぞれの種について食性の観点からニッチを明らかにするとともに、生態系における食物網のネットワークを明らかにする。プロジェクトメンバーと協力して、カブトガニ、トビハゼ、オオミズナギドリ等の食性について同様の解析を行い、干潟や島の生態系における食物網を明らかにする。また、瀬戸内海島嶼をモデルとして、絶滅の要因となる遺伝的多様性の減少に関するメカニズムを探る。さらに、開発などの土地の改変が野生動物の遺伝的多様性に与える影響を明らかにし、人の生活圏において野生動物と共生するためのアプローチを提案する。

参考論文:Sato JJ, Shimada T, Kyogoku D, Komura T, Uemura S, Saitoh T, and Isagi Y (2018) Dietary niche partitioning between sympatric wood mouse species (Muridae: Apodemus) revealed by DNA meta-barcoding analysis. Journal of Mammalogy 99 (4): 952-964.

渡辺伸一

河川、干潟、海洋、島の各生態系における高次消費者の移動パターンを研究する。節足動物(カブトガニ)、魚類(クロダイ、ナルトビエイ、アカエイ)、鳥類(オオミズナギドリ、カラスバト、カンムリウミスズメ)、哺乳類(ヌートリア、スナメリ)とさまざまな分類群を対象に研究する。いずれも各生態系で重要な役割を担っていることが予想される種である。多くは、季節的あるいは生活史の段階に応じて、各生態系を行き来する。たとえば、カブトガニは干潟生態系で幼生期を過ごすが、成長と共に海洋生態系へと生息地を広げる。こうした高次消費者の移動を調査し、時間的・空間的利用パターンから、各生態系に与える影響と生態系間の関連性について評価する。

干潟や河口にみられるトビハゼは、環境省の汽水・淡水魚類レッドリスト(2007)で準絶滅危惧種に指定されている。国内では沖縄本島から東京湾までの泥干潟に生息し、瀬戸内海沿岸の泥干潟にも生息している。瀬戸内海沿岸は潮の干満が大きく、外洋からの波の影響が少ないため、良質の泥干潟が形成されやすい。しかし、泥干潟は高度経済成長に伴う工場立地等の埋め立てなどに利用され激減した。さらに、工場や生活排水の流入に伴う水質汚染により絶滅の危機に直面している干潟特有の生物は少なくない。トビハゼもこれらの人為的な要因により数を減じているものと考えられている。このような危機的状況にあるトビハゼの遺伝的集団構造を調査することは、人の活動が干潟生態系に与える影響を理解する上で非常に重要である。そこで本研究では、瀬戸内海西部海域に生息する本種の遺伝的多様性の把握を目的とし、遺伝的集団構造の解析を行う。

山岸幸正

海藻類はいわゆる「藻場」を形成し、多様な海洋生物の生育場・産卵場となるなど、沿岸の生物多様性の維持に重要な機能を持つと考えられている。またある種の海藻は、もともと生育していた藻場において基質から脱落しても、流れ藻となって異なる場所へと移動しながら種々の海洋生物に生活場所を提供する。本研究では、瀬戸内海における藻場や流れ藻を構成する海藻種および各海藻に付随する動物の種類を形態観察および分子系統解析の手法を用いて明らかにするとともに、藻場で生活する動物が藻場をどのように利用しているのかについて、プロジェクトメンバーと協力して食物網などの観点から解明を目指す。

北口博隆

藻場・干潟生態系における微生物の機能および生物間相互作用に関する研究を通して、それらの生態系を維持する上での微生物の役割の重要性を明らかにすることを指向する。例えば、赤潮原因藻を殺滅する細菌(殺藻細菌)を藻場・流れ藻、干潟等の沿岸域から探索・分離することで、これらの場が水質浄化だけではなく生物的にも赤潮の発生抑制に寄与していることを明らかにする。また、分離した殺藻細菌の殺藻機構を解析することで、藻場・干潟生態系における細菌と微細藻類の相互関係を明らかにする。

水上雅春

瀬戸内海に浮かぶ因島には福山大学 マリンバイオセンター付属の水族館がある。上記、里山・里海研究の成果を水族館展示、藻場・干潟水槽の開発、種々の科学コミュニケーション手法を用いて、環境教育につながる研究を行う。


その他のサイトでの研究紹介




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