河川水の減少が河口・浅海域の環境や生物に与える影響
にひら・あきら(日本科学者会議会員)

1.河川水が流入する海は豊かな海である
  「川が注ぐ海はそうでない海に比べて、水の色、水質、流れや海洋構造が異なるだけでなく、生物の種類と数が多く、漁業もさかんである。川は水と砂と栄養を海に運び、海岸と生態系を涵養する。川は海の環境形成と海洋生産にとってきわめて重要な存在であり、限りない自然の恵みを生み出す源泉となる。」と宇野木ら(2008)が述べている。鹿島灘から常磐南部にいたる茨城県沿岸域も、関東1、2位の利根川、那珂川、そして久慈川などから大量の河川水が流入することによって、昔から海産生物の種類と数が多く、漁業もさかんな海として支えられてきた。

2.消えて行く鹿島灘の砂浜
1970年代以降、日本全国の砂浜海岸で著しい海岸浸食が起きている(宇田1997)。日本でも有数の砂浜海岸である鹿島灘や海水浴場で有名であった阿字ヶ浦海岸も例外ではなく一昔前までの広大な砂浜も無残なコンクリートブロックが並ぶ海岸へと変容してきている。海岸浸食の主な要因には2つある。第1には河川事業によって川からの砂の供給が減少していること、第2には港湾建設などに伴う防波堤や砂止め消波ブロックの設置により岸に沿った砂の流れ(漂砂)の遮断である。
   一時行なわれていた川砂の採取、港湾内堆積砂の沖捨てで、鹿島灘の砂浜はやせ細り、鹿島灘と九十九里にのみ残された外海性ハマグリ資源は枯渇寸前にまで追い込まれている。また、砂浜の消失と粗粒化で砂浜海岸のもつ有機物分解能・海水浄化機能は著しく低下していると考えられている。

3.河川水が海に運ぶ栄養
栄養塩類とは生物が正常の生活を営むのに必要な塩類(窒素・リン・カリウム・カルシウムほか)である。陸水は風化や生物活動を促進して、無機物や有機物を取り込みながら河川水となって海に流入する。河川水中には生物体を構成する窒素、リン、炭素などの化合物が多い。これらの化合物は主に陸上の生物活動にともなって生成されたもので、海に運ばれて栄養物質になる。海洋の表層は本来は栄養に乏しいが、沿岸域には、河川から豊富な栄養物質が運ばれてくることにより生物生産の豊かな生態系が形成されることになる。海に運ばれた栄養塩類は、すみやかに植物プランクトンの増殖に使用されていく。
  那珂川河口から海に流失した河川水の広がりは北半球ではコリオリ力の作用によって河口から南の鹿島灘側に向うが、河川水は沖にすぐに拡散することはなく、沿岸に沿って南下する。数値計算結果(中山ら2004)や鹿島灘のクロロフィルa衛星画像からも沿岸に沿う低塩分水の広がりとそれによるクロロフィルa(植物プランクトン)増加の様子が見て取れる。このことからも、水深30m以浅の鹿島灘沿岸に対する那珂川河川水の一次生産への貢献度はきわめて大きいといえる。河川流量が少なければ河川水影響は河口近傍に限定され、流量が大きければ河川水影響は鹿島灘沿岸全域に及ぶ。

3.取水による流量減少は最大で33%
  国側の資料(疎乙第33号証)には、1996年1月から2005年12月までの10年間の下国井地点における半旬別の自然流量、確保流量が示されている。ここではこの値をもとに以下の検討を行なった。
  那珂川の流量を1月から6月の冬春季と7月から12月夏秋季に分けて①15トン取水可能な半旬数と②確保水量以下の半旬数をカウントした。冬春季と夏秋季では明らかに流量動向が異なり、夏秋季に比べて冬春季の方が渇水傾向が強い。10年間で確保水量以下の平均日数割合は夏秋季が6%であるのに対して、冬春季は27%にものぼる。冬春季で50%以上の日数にわたり15トン取水できるのは1998年のみで、1996・1997・1999・2001・2002・2005年の6年間は33%以下の日数しか15トンの取水はできない。とくに1996年は8%、2005年は3%の日数でしかない。また、1996・1997・1999・2005年の4年間は、確保水量以下に水量が低下する日数割合がそれぞれ67・44・31・39%にもなっている。
  確保水量と最大取水量(15トン/秒)から、自然流量に対する霞ヶ浦導水の最大取水量比率を求めると、比率は28から33%にもなる。つまり、流量が確保水量プラス15トン、およそ45から55トン/秒程度の流量のときは、河口から海への河川水の流入量は約3割も減少することになる。取水による3割もの流量減少は渇水傾向が強い1月から6月の冬春季に起こりやすい。鹿島灘においては冬春季はヒラメ、カレイ類をはじめとした大半の魚介類の産卵期・幼稚魚の生育期にあたる。大半の魚介類がこの期に産卵期をもつのは水温上昇期であると同時に、餌となる植物プランクトン、動物プランクトンの増大期にあたるからである。3割もの流量減少はプランクトン増殖を阻害し、幼稚魚の生育に悪影響を及ぼすであろう。

4.流量減少による河川感潮域の汚濁
 河川感潮域(河川内で潮汐の影響がおよぶ範囲)には潮汐による塩水楔(くさび)が発達し、楔の境界面では塩分量が急変する。上流から流下してきた土壌懸濁物質や土壌コロイド(粘土鉱物複合体や腐食物質などのコロイド状の有機物)は、海水と接触すると急速に凝集して沈降・沈積することから、那珂川の河川感潮域(那珂川では河口から水戸市付近)や涸沼などには、これらの懸濁物質が厚く堆積していると考えられる。
 これらの堆積物は比較的分解しやすい有機物に富むため、バクテリアなどにより分解されるが、その時たくさんの酸素が消費される。しかし、気温上昇あるいは河川流量の増減にともなって、感潮域には密度成層(上層に軽い水、下層に重い水と密度を異にする水が重なっている状態)が形成されると、上層の酸素が下層へ補給されにくくなることから、底層の水は酸素がほとんどない状態になって、バクテリアによる分解ができなくなり、底土はヘドロ化し、生物は生存できなくなる(宇野木2005)。
  那珂川においても流量が減少すると涸沼を含めた那珂川河口から水戸市付近までの河川感潮域内では、懸濁物質が堆積しやすく流出しにくくなること、また上下層の鉛直混合が悪くなることから貧酸素水塊を形成しやすくなり、汽水域を生息域とするハゼやシジミなどの底棲魚介類やワカサギ・シラウオ・ウナギ、また、生活史の一時期にこの水域を利用するアユ・スズキなどの生残に悪い影響を及ぼすと思われる。そして、これら有機物は出水時には一気に、流量減少期には徐々に海域へ流出することになる。

4.懸濁物質によるアワビ漁場の汚濁
 那珂川河口に隣接する大洗海岸、那珂湊・平磯・磯崎海岸は観光名所として紹介される岩礁海岸でもあるが、一方、昔からアワビ漁場としても有名な海岸でもある。これらの地域の岩礁域で漁獲されるアワビは80%近くが放流種苗由来で放流後4年から5年経過して殻長11cm以上になった貝を漁獲している。近年、那珂川河口近傍のこれら漁場、とくに河口から南側にあたる大洗の岩礁域では懸濁物質による漁場汚染が著しく、透明度が極端に低下している状況にある。懸濁物質は那珂川由来と推察され、那珂湊・平磯・磯崎海岸では河口に近い那珂湊側の岩礁域ほど汚濁が顕著である。懸濁物質は岩礁域の藻場に堆積するばかりでなく岩礁に生息するアワビの貝殻も汚染し、汚染された岩礁やアワビの殻には座着生多毛類であるカンザシゴカイが多数付着して漁業被害を与えている。カンザシゴカイによる漁業被害は広島や仙台湾のカキ養殖施設などでも報告されている(荒川・久保田1973)。調査によれば、このカンザシゴカイが大量発生しアワビに付着した年は2005年で那珂川の河川流量が特に少なかった年にあたる。おそらく、河川感潮域に沈降した懸濁物質が流量減少で一気に沖合へ流去することなく、河口周辺から南側近傍の岩礁域に拡散分布し漁場を汚染し、それによってカンザシゴカイが大量発生してアワビ漁業に害を与えたものであろう。このように流量減少は河口近傍の岩礁生物にも悪影響を及ぼしていると考えられる。

5.河川水の減少とイワシシラス漁業への影響
  茨城県鹿島灘沿岸は日本でも有数のカタクチイワシシラスの生産地である。カタクチイワシシラスは主に「しらす干」として全国へ出荷されている。シラス船曳網許可数は茨城県全体で362隻(2005年)、那珂川流入河川水の影響域にある鹿島灘浅海域を漁場範囲とする漁船は茨城県中部以南(日立市久慈地区から波崎地区)だけでも、7漁協、288隻あり、7漁協のシラスの年間総水揚げ金額は9億円(2007年)にのぼり、シラスは沿岸漁業のなかで最重要対象資源となっている。カタクチイワシシラスには春季から秋季の発生群があり、鹿島灘では3月から11月までが漁期となる。
  シラス漁場は河川水の流入水域に形成され、漁場内は一般に低塩分(上原1969,三谷・長谷川1988)、餌生物が豊富(三谷1987)で低い透明度(船越1988)であるとされている。また、魚谷ら(1993)は沖合水中で産卵されふ化したカタクチシラスは遊泳生活が可能となる全長15mm頃から、沖合水と沿岸水の間にできる沿岸フロントや河口フロントなどのフロント面での濁度の差を感知して、積極的に沿岸の漁場内へ集積するとしている。
  漁船の漁獲位置データの解析によれば、同じ船曳網漁具の対象種のうちイカナゴやオキアミが水深10mよりも沖合にその漁場中心があるのに対して、カタクチシラスはほとんどが水深10m以下のごく浅海域に漁場形成されている。また、鹿島灘北部玉田地先でおこなったカタクチシラスの魚群分布調査によれば、1マイルあたり平均魚群数は水深20m以浅では42.7群であったのに対して、水深20m以深ではわずか0.6群であった。また、水深10m以浅におけるシラスの群平均全長が21mmから31mmであったのに対して、沖の水深15mから25mに分布したシラスの群平均全長は20mmから24mmと小型サイズであった。魚群分布数が多かった水深20m以浅の平均透明度は4.3mと低かったのに対し、魚群分布数が少なかった20m以深では15.3mと高い平均透明度を示した。河川流入水の影響を示す調査海域の塩分量は那珂川河口に近い北側調査点および表層で、しかも、魚群分布数が多かった水深20m以浅で低い値を示した。とくに、水深5m以浅が表層・海底直上とも最も低い値を示した。
 以上のことから、那珂川流入河川水は河口から海域に流入後、岸沿いに南下しながら拡散し、塩分および透明度フロントが水深20mから25m付近に認められることから、水深20m以浅が強い河川流入水影響域であったといえる。
 沖合から来遊したカタクチイワシシラスは、全長15mm以上のサイズになると遊泳能力を備え(三谷1990)、積極的に沿岸の漁場へと集積する。シラス漁場内における微小動物プランクトンの分布密度は沖合域に比較して高く(中村1982)、シラスの生存に好影響を与える(服部1966)。辻・三谷(1985)も漁場内の餌料環境は非常に良好で、沖合から漁場に加入したシラスは積極的に漁場内にとどまると推測している。
 鹿島灘沿岸域においても、沖合から加入したカタクチイワシシラスは、那珂川の河川流入水によって岸沿いに形成された低塩分・低透明度の河川系水帯内に集積・滞留して豊富な動物プランクトンを餌として成長していると考えられる。シラス産地で有名な駿河湾、遠州灘(中村1982)、相模湾(三谷・長谷川1988)、伊勢湾、三河湾(近藤1966)においても、シラス漁場は沖合水域には形成されず河川系水の流入水域に形成されている。
  那珂川河川流量の低下は、シラス漁場となる鹿島灘における低塩分・低透明度の河川系水域の縮小と栄養塩類流入量の減少に伴う植物・動物プランクトン量の減少を引き起こすものと考えられる。とくに、春シラス期(3月から6月)における那珂川の自然流量に対する霞ヶ浦導水の取水量比率は最大28から33%にもなることから、霞ヶ浦導水による那珂川からの取水は、鹿島灘海域の最も重要な沿岸漁業であるシラス漁業、特に春シラス漁に多大なマイナス影響を与えると思われる。
  以上、述べたように那珂川の河川流量の減少は、河川感潮域から河口近傍の岩礁域、そして鹿島灘の浅海域に生息・来遊する魚介類の生物生産に悪影響を及ぼすものと推察される。