日本一の天然アユに及ぼす導水事業の影響
高橋勇夫たかはし河川生物調査事務所)

  霞ヶ浦導水事業が始まった場合、那珂川のアユ資源に対して様々な形で悪影響が出ることが懸念される。そういった影響に関して、事業主体である国交省も分析を進めているが、事業主体側の検討ということもあり、被害を受ける側の漁業者らからはその分析結果の妥当性を疑問視する声もある。

本報告は、国交省がHP(ホームページ)で公表している仔アユの迷入対策 ―仔アユの降下期の10-11月に那珂川からの取水を夜間14時間停止することで、仔アユの迷入率を1%未満とする― の妥当性を検討することを主目的に、導水事業のアユ資源への影響全般についても検討を加えた。

 

1. 方法

 国交省が過去に那珂川で行った仔アユに関する調査データをもとに分析を行った。使用した資料は下記のとおりで、いずれも国交省発注の調査報告書からの基礎データ部分のみをコピーしたものあった。

① 「平成4年度迷入防止対策等検討業務委託報告書」の現地調査データ(付表1.101.12 仔アユの採集個体数) 

② 「那珂川アユ実態調査報告書(平成153月)」の現地調査データ(付表45) 

③ 「平成15年アユ実態調査報告書」の現地調査データ(付表8(1)(3) 仔アユ降下量調査結果)

 

2. 結果と考察

国交省がHPで公表している「仔アユの迷入率を1%未満にする」という対策の根拠となっている仔アユの流下に関する分析結果の妥当性を検証した。

1) 中央部・中層の平均値から算出した18:00-8:00の間の出現率98%に問題はないか?

国交省のHPでは、18:00-8:00の間に98%(中央・中層の平均値)が取水地点を流下するとされており、この間の取水を停止することで影響をほとんど回避されるとしている。

出現率に年変動はないのか? 2002年と2003年のデータを用いて国交省と同様の方法(中央部・中層の採集データで計算)で、18:00-8:00の間の出現率を調査日ごとに計算してみると、2003年のように国交省の算定値98%とほぼ一致する年がある一方で、2002年のように72.4-99.4%(平均89.2%)と値の隔たりが大きい年もあった(図1)。 

1 アユ流下仔魚が18:00-8:00の間に採集された割合(中央・中層)

 

中層のデータに代表性はあるか? アユ仔魚は昼間底層に分布することが示唆されており(兵藤ほか, 1984;、高橋, 2005;荒山ほか, 2008)、国交省が中層のデータのみで算定した18:00-8:00の間の出現率98%(国交省HP)には算定方法そのものに問題を含んでいる可能性がある。そこで、河川中央部の表層・中層・下層・最深部の4層での採集が行われた2002年のデータを用いて検証した(図2)。

 

2 アユ流下仔魚の採集密度と層別採集割合の日周変化

 

20021029-30日の調査では夜間は中層の比率が高く、中層のデータに「代表性」があるとみなしても大きな問題はないように思えるが、昼間は中層の比率は小さく、底層と最深部の割合が高い。116-7日は夜間に表・中層の割合がやや増大するものの、終日底層と最深部の割合が圧倒的に高い。このような層別の出現状況を見ると、中層に代表性があるとは言い難い面があることは否定できない。

 

アユ仔魚は夜間にのみ流下するのか? 国交省が中層のデータのみで算定した「18:00-8:00の間の出現率98%(国交省HP)」が正しいとすると、「この時間帯以外にはまったくといって良いほど仔魚の流下は無い」ということになる。では、なぜアユの仔魚は夜間にしか流下しないのか?このことを論理的に説明することは、取水口への吸い込みの影響の大きさを判断する上できわめて重要であるが、このことについては国交省のHPでは全くふれられていない。ここでは、夜間にのみ流下するという判断の妥当性について検討を試みる。

アユ仔魚が産卵場からふ化するのは18:00-20:00に集中する(木村, 1953;稲葉・和田,1967;田子, 1999)。また、ふ化直後のアユ仔魚は遊泳力がほとんどないため(Tsukamoto and Kajihara, 1984)、「浮遊物のように流れる」という考え方が今のところ一般的である(石田, 1988)。したがって、那珂川の産卵場で18:00-20:00にふ化したアユ仔魚が浮遊物のように流れて、その晩のうちにふ化した仔魚の98%が取水地点を通過するのであれば、国交省の言う「18:00-8:00の間の出現率98%」を合理的に説明することができる。

ところが、取水地点で採集された仔魚の中にはふ化後数日は経過したと推定される仔魚(全長7mmを越える)が採集されているのである。この事実は、上記の前提が必ずしも正しくないことを示唆している。

これらふ化後数日経過したものが①どの程度出現するのかということと、②18:00-8:00以外の時間帯にどこにいるのかということは、吸い込みの影響を判断する上で重要である(この分析は仔アユの試料さえ残っていれば簡単にできる)。というのも、もしも図2のように昼間底層(特にほとんどデータがない最深部付近)を流れるのであれば、中層のデータを用いた18:00-8:00の間の出現率98%は計算の前提条件そのものに問題があることになるからである。

 

2) 10-11月にアユがふ化する割合は97%」は正しいか?

 国交省によると、那珂川では10-11月にアユがふ化する割合は97%であり(国交省HP)、この2ヶ月間の取水を制限することで流下仔魚への吸い込みをほとんど回避できるとされている。

しかし、高知県安田川では2003-2007年の5年間でもふ化のピークは11月上旬から12月下旬の間で大きく変動した(高橋, 未発表)。同様な変化(1ヶ月以上の変動)は那珂川でも起きる可能性があり、10-11月のアユのふ化割合を97%と固定的に考えるのは危険である。

 

3) 現段階でのまとめと課題

   国交省HPで公表されている「仔アユの迷入(吸い込み)率は1%未満」の算定過程には上記のようにまだいくつかの問題点があり、場合によっては迷入率はかなり高くなる可能性も否定できない。少なくとも「仔アユの吸い込み影響は、最大で見積もっても約1%になると推定している」という衆議院予算委員会での政府答弁(衆議院予算委員会第8分科会議事速報;2008/2/27)は、少なくとも現時点では妥当な表現とは言い難いと思える。

アユは「年魚」であるがゆえに、繁殖機会は一生に一度しかなく、やり直しがきかない。したがって、年変動を考慮せず、平均化されたデータでアユへの被害を議論するのは危険である。実際、今回の分析からも取水口への迷入率に幅があることは明らかであるため、「アユへの影響は最大でどの程度になるのか」ということは論議されるべきである。

また、アユ仔魚が取水口に迷入するという被害以外にも、①取水による取水地点下流の流速の低下によって流下時間が長くなり減耗する、②アユ仔稚魚が成育する沿岸への陸水の供給量が減少し、アユの餌となるプランクトンの発生が抑制され、結果としてアユ仔稚魚の減耗率が高くなる、といった影響も考えなければならない。特に悪条件が重なった年は、被害の程度はかなり大きくなることも予想される(図3)。こういったことも十分考慮しなければ、アユ資源への被害を予測することは難しい。

以上から、現時点で霞ヶ浦導水事業がアユ資源へ及ぼす影響を総合的に判断することは無理があり、公開された場でさらに検討することが必要と考えられる。

 

3 水が少ない年にアユへの影響が増大するパターン

 

参考文献

荒山和則・須能紀之・山崎幸夫(2008) 流下仔魚の鉛直分布. アユ資源研究部会研究    発表報告(平成19年度). 全国湖沼河川養殖研究会アユ資源研究部会.

兵藤則行・関泰夫・小山茂生・片岡哲夫・星野正邦(1984) 海産稚仔アユに関する    研究-I, 仔アユの降下状況について. 新潟県内水面水産試験場調査研究報告, 11:

   41-50.

稲葉左馬吉・和田吉弘(1967)長良川におけるアユの産卵から仔アユの降下まで-V,     卵の人工孵化の研究と仔アユについて. 木曽三川河口資源調査報告, 3: 25-36.

石田力三(1988)アユその生態と釣り, アユのすべてがわかる本. つり人社, 東京, 162    pp.

木村関男(1953)アユ卵の自然及び実験室内での孵化と光線の関係について.水産増     , 1(3/4): 36-39.

田子泰彦(1999)庄川におけるアユ仔魚の降下生態. 水産増殖, 47(2): 201-207.

高橋勇夫(2005)四万十川河口域におけるアユの初期生活史に関する研究.高知大学海    洋生物教育研究センター研究報告, 23: 113-173.

Tsukamoto K. and T. Kajihara(1984)On the relation between yolk absorption and       swimming activity in the ayu larvae Plecoglossus altivelis. Bull. Japan. Soc. Sci.      Fish., 50(1): 59-61.