第77回 追悼 久野光朗先生を偲ぶ会

ゼミ生75名が札幌に集う

2月に逝去された小樽商科大学の恩師・久野光朗先生(会計学)を偲ぶ会が平成30年8月25日(土)、札幌で開催され、ゼミナールの教え子75名が道内やニューヨーク、全国各地から集った。仙台緑丘会からは、藤井、浅井、田村、高橋、そして私・尾形の5名が出席した。

開会にあたり出席者は、心静かに久野先生のご遺影に黙祷と献杯を捧げた。その後、先生が最後に手掛けられていた辞書編さんの話題が紹介され、その校正作業時に卒業生へ送られた留守番電話メッセージが披露された。懐かしい先生のお声が会場に響きわたる。それは会計用語の生成考察に係わる3分余りのお話しであり、先生から教え子たちへの最後の熱き講義となった。

今回の会にあたり、ご遺族からメッセージが寄せられた。先生は「生まれ変わっても研究者になりたい、今度は植物学者になりたい」と生前語られていたという。人生の終局まで学問と研究を究められたお姿は、私たち教え子に仕事の真の厳しさ、全うすべき己の使命というものを諭されていたようにも思える。

ご遺族からは先生の遺著や愛用品もゼミ生に寄贈いただいた。ちょっと癖字の筆跡メモ、カフスボタンやネクタイピン。卒業生はその遺品の1つひとつを手に取って、先生との思い出を確かめていた。私は同級生と一緒に、銀のカフスボタンをいただいた。

その後、第1期卒業生の尾崎勝先輩の采配のもと、久野ゼミ伝統の3分間スピーチが始まった。その場で指名された卒業生は、躊躇することなく登壇し、先生のご遺影の側で即座に堂々と話を始める。さすが久野ゼミ生だ。皆さん、3分間スピーチがあることを想定し、しっかり事前準備をされて来ているのだ。私もまた今回の出席者の中では最年少の第29期生、かつ仙台から出席したという事でご指名となった。

「よく学び、よく遊べ」、「悔しかったらやってみろ」、「君はその仕事を通じて何を実現させたいのか」。スピーチでは、その時々に久野先生が教え子に語られた厳しくも温かい言葉や思い出の数々が紹介された。それはいまも時を越えて教え子たちの心に深く刻まれ、それぞれの人生を形作っていた。

会の最後に、ゼミ生の山本真樹夫前学長が挨拶された。「久野先生は最後の最後まで研究者としての人生を厳しく全うされた。そして先輩方、後輩たちのスピーチを聴いていると教育者としても偉大な功績を残されたことがわかる。久野先生、これからも私達を導いてほしい」と静かに遺影に語られた。

そして参加者全員が新歓・追出しコンパのように輪となり、「若人逍遙の歌」を久野先生に捧げた。延べ4時間にわたった会は、過ぎてみれば、あっという間に閉会となった。

久野先生の遺影にお別れを告げて、会場のホテルを後にした。夕暮れの札幌の街を歩く。ふと心が軽くなっていることに気づいた。北辺の小さな学園・小樽商科大学、久野ゼミ生の末席にいられる幸せをつくづく感じた。

久野先生のご冥福を改めてお祈り申し上げます。