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哲学史講座⑭ 「非真理の哲学」としての現代哲学

2013/06/12 16:28 に 山根岩男 が投稿   [ 2013/06/12 22:01 に更新しました ]

5月25日に哲学講座の第14講が開講されました。今回は前回に引き続き、現代哲学の二回目であり、様々な観念論哲学を学びました。
 現代哲学は「近代哲学の最高の到達点」としてのマルクス主義哲学への対抗意識の中から形成されてきたがゆえに、様々な形態を装いながらもその本質は観念論哲学でした。したがって現代哲学全体も大きく「唯物論と観念論の闘争」と捉えることができます。講義では代表的な現代哲学の諸潮流である「非合理主義哲学」、「実証主義」、「プラグマティズム」、「構造主義」、「ネオ・マルクス主義」について学びました。

1. 非合理主義
 自然科学と歩調を合わせながら発展してきた近代哲学は、人間の理性を欠くことのできないものだと捉え、唯物論も観念論のどちらも合理主義の立場に立っていました。「大陸の合理論」への批判も、合理論そのものへの批判ではなく、観念論的な世界図式論へ対する批判だったのです。これに対し、非合理主義哲学は資本主義のもたらす様々な弊害をすべて近代科学の責任に転嫁し、反科学主義の立場からマルクス主義に敵対する哲学として登場しました。非合理主義哲学の代表的なものに「生の哲学」(ニーチェ)、「現象学」(フッサール)、「実存主義」(ハイデガー)などの潮流があります。「生の哲学」や「実存主義」などは人間の本質が社会的存在にあることを見ず、もっぱら個人の内面的な生き方に向かう主観的観念論を展開しました。「現象学」は自然の根源性を否定することにより、自然科学や社会科学に対して「判断停止(エポケー)」を要求する反唯物論、反科学主義の立場にたちました。このように非合理主義哲学はマルクス主義に敵対し時代逆行の反科学主義に立つ哲学でした。

2. 実証主義
実証主義は19世紀後半から20世紀前半にかけて西ヨーロッパで流行したブルジョア哲学の一潮流です。コントらは経験された事実や経験から生まれた感覚のみが「実証的」であり、科学の対象になるとし科学主義を装いながら感覚を超えるものを探求することは形而上学だとする不可知論の立場から科学に限界を設けました。実証主義の最大の問題は本質と現象の弁証法的関係を見ず、無限の真理探究に背を向けることにより科学に限界を設け、結局は資本主義美化、物質存在を否定する観念論にたっているところです。

3. プラグマティズム
 プラグマティズムはアメリカに生じた哲学であり、代表的な人物にパース、デューイ、ジェームスなどがいます。プラグマティズムの最大の問題はマッハ主義を継承して客観的真理の存在を否定する不可知論の立場から、真理を経験や実践がわれわれの生活にとって有用・有益か否かに求めたところでした。マルクスは資本主義の本性を究めずにその「有用性」を説くベンサムの功利主義を「資本論」において鋭く批判していますが、プラグマティズムに対してもマルクスの批判は妥当します。結局、プラグマティズムも「有用性」の名のもとにおける現状肯定論でしかないのです。

4. 現代哲学の特徴
  紙数の関係上、講義で紹介された現代哲学の諸潮流をすべて紹介することはできませんが、「非合理主義」や「実証主義」、「プラグマティズム」を見ても分かるように現代哲学は、すべて観念論の立場からマルクス主義を攻撃、批判しています。ここにこれら現代哲学の党派性、階級性が明確に示されているのです。現代哲学は真理探究の立場を放棄し、もっぱら「解釈の立場」に立つことにより、「博識ぶった山師的」(レーニン)議論に終始しています。そこから一部の象牙の塔に篭った学者の関心は集めても、広く人民に共感を得る哲学にはならず、現代においても「哲学は自分には関係ないもの」と多くの労働者が思う現状が作られることになっているのです。しかし、一方で現代哲学は科学的社会主義のあれこれの批判はしても、根本的批判は出来ず、またそれに取って変わる新たな世界観を何ら示すことが出来ずにいます。その事実は逆に科学的社会主義の哲学が現代においても唯一、最高の哲学であることを示すことになったのです。
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