NO.248 反骨爺のつぶやき 高村よしあつ

2016/10/25 1:31 に 山根岩男 が投稿

  漢字は面白い。第1回の「男はつらいよ」におけるさくらは、まだ独身である。さくらのお見合いに同席を頼まれた寅次郎は、車さくらの戸籍名である「櫻」について「二階の女が木にかかる」と読めると言って、一同を笑わす。調子に乗った寅は、「しかし漢字てな面白うござんすね。この尸に水と書いて尿、尸に米と書いてフン。あっしが変だなと思うのはね、尸にヒをふたつ書いてこれがなんと屁なんだ。どうしてヘがヒか、つまり、おならはピーってしゃれかと思って」と、すっかり一同を白けさす。

 確かに漢字は面白いと同時に怖い。表意文字である漢字は、時代と共に歩み続けるからである。優勝目前のカープの「神ってる」は、「神がかってる」ほど勝ちまくっていると言うことなんだろう。

 この参院戦をつうじて、野党共闘という言葉が定着した。野党共闘におけるたたかう相手は、自公政権であり、たたかう目標は改憲阻止であり、共闘の仲間は市民と野党である。 しかし、誕生後間もないこの言葉が、今後どのように発展して行くのか興味深いものがある。野党共闘とは、ある意味で統一戦線である。70年代の初め、東京、京都、大阪などで、革新自治体が嵐のように駆け抜けた。それを支えたのは、社会党と共産党との政策協定を軸にした革新統一戦線であった。日本共産党は民主連合政府綱領を提案したが、それはまだ国政レベルの統一戦線に発展する機運は存在しなかった。

 今回の野党共闘は、戦争法に反対するという国政レベルの課題において、市民運動の突き上げの中で生まれた統一戦線であった。それは初めての国政レベルの統一戦線として、国政革新を課題とするという特徴を持っていた。だから、あれだけ紛糾していた東京都知事選挙において、国政の共闘という上からの大網によって、野党統一候補である鳥越氏を担ぐことができたのである。無限の可能性を持つ野党共闘が、国政革新統一戦線としての実力を発揮しうるのかは次の総選挙での共闘にかかっている。

 野党共闘という漢字も、時代と共にある。それをどう発展させるのかに、現代を生きる私たちの歴史的使命がある。
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