NO.220 会長エッセー 「音楽の力」

2014/05/24 18:46 に 山根岩男 が投稿   [ 2014/09/09 0:23 に更新しました ]
  ある演奏会で音楽の力に驚いたことがありました。村上弦一郎さんという岩国市出身で桐朋学園の教授でもあるピアニストがいます。私が若い頃、父親の故村上勝彦さんと知り合いで、その縁で弦一郎さんとも言葉を交わすことがありました。
 何年か前、職場男声合唱団の国鉄広島ナッパーズらによる「ジョイントコンサート長崎・福岡・広島」というコンサートが開かれました。そのコンサートに、弦一郎さんが友情出演してくれました。「左手のノクターン」など30分間の珠玉の演奏でした。アンコールではショパンの「革命」を弾いてくれました。深く感動する演奏でしたが、驚いたことにかなりの方がすすり泣いているのです。演奏が終わると観客はいっせいに立ち上がって「ブラボー!ブラボー!」の大合唱で名演奏を称えました。
 舞台のそでに帰ってきた弦一郎さんに「かなりの人が泣いていましたね」と話しかけると「この曲はそれぞれの方が、自分の人生と重ね合わせていろいろな事を思い浮かべることのできる曲なのです、わずか2分半くらいの曲ですがドラマがあるのですね」という趣旨のことを話してくれました。詩(詞)によって感動することは理解できますが、音曲のみでこれほどの感動を与える音楽というものの、そのすごさを改めて思い知らされました。
 子どもの頃、家に蓄音機がありました。針は竹で、今思えばあれでよく音がでたものだなと思います。レコード盤を回転させる原動力は手回しによるゼンマイ仕掛けで、弱ると回転が落ちて声がふにゃふにゃいうので急いでハンドルを回したものです。その蓄音機で、三橋三智也や春日八郎の歌を好んで聴いていました。カラオケばやりの頃は、いやだという者まで歌わせる傾向があり弱ったものですが、逃げられなくなると三橋美智也の「リンゴ村から」か春日八郎の「別れの一本杉」を汗をふきふき歌ったものです。
 音楽とのつきあいはその程度のものでしたが、あるときウイスキーの宣伝で使われた音楽に衝撃に近いものを感じました。雄大かつ繊細なメロディーでした。その宣伝のために作られたものとばかりと思っていましたが、実はチャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第一番」だったのです。それを知って低賃金の中でしたが月賦でステレオを衝動買いしました。サンスイの高級なもので、せまい独身寮の部屋には不釣り合いなものでした。宝物を得たような幸せな気分になりました。それから少しずつ有名な「ピアノ協奏曲」を買い揃えました。

 それらを聴くにつけ作曲家の頭脳はどうなっているのかと思います。4重奏くらいなら分からなくもありませんが、あれだけの楽器を使いながら、それらが音をだすとあの美しい旋律とリズムになるのは不思議を超えています。
 今、もう一度観たい映画に「チャイコフスキー」があります。43年前に上映された映画です。全編チャイコフスキーの曲が流れるもので、特に「ピアノ協奏曲一番」をバックに、馬車で白樺林を行くシーンが音楽とあいまってそれは美しいものでした。新しい曲想を得たチャイコフスキーが、忘我の境地で曲想を追って知らず知らずのうちに川の中に入っていくシーンも忘れられません。ああ、頭の中で音楽が鳴っているのだなと、曲作りの一端にふれました。
 芸術はすべてそうですが、そのひとつである音楽が人に与える感動は計り知れないものがあります。元気と勇気をあたえ、ここでも頭を垂れるばかりです。
                                     会長 重村幸司
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