NO.218   反骨爺のつぶやき

2014/04/02 4:37 に 山根岩男 が投稿   [ 2014/04/02 4:54 に更新しました ]
  安倍首相の「憲法解釈の最高責任者は私」の発言が大問題になっている。いうまでもないが、日本国憲法のもとでは集団的自衛権の行使は認められないとする歴代内閣の憲法解釈を、「私が変える」という文脈での発言である。
 第1に、内閣総理大臣は「憲法を尊重し擁護する義務」(憲法99条)を負っている。安倍首相は憲法を単に尊重するのみならず、擁護する義務を負っているのであるから、憲法違反の恐れのある行為に対しては、断固として闘い、これを退けなければならない立場にある。その内閣総理大臣が、憲法を解釈改憲する先頭にたつことが許されるのか? 
 第2に、憲法98条1項は憲法の最高法規性を定め、「その条規に反する法律、命令、…国務に関するその他の行為の全部または一部は、その効力を有しない」と規定している。では誰がその行為の合憲・違憲の判断をするのかと言えば、最高裁判所である。にもかかわらず内閣総理大臣が「憲法解釈の最高責任者は私だ」ということが許されるのか?
 第3に、憲法は三権分立の原理をとっている。行政権、立法権が憲法の画する限界を超えたときには、その制限を守らせるのが司法権である。この3権分立の原理から、最高裁判所には憲法81条によって違憲立法審査権が定められている。安倍発言は、最高裁の違憲立法審査権を否定するものであるから、最高裁長官はこれに対して直ちに抗議し、撤回させなければならない。それにもかかわらず、沈黙を保っているのはなぜか? 
布川玲子・新原昭治『砂川事件と田中最高裁長官』がその答えを示してくれている。砂川事件の伊達判決は、米軍の駐留は憲法違反だと明確に判断した。これに驚愕した日米両政府は、時の最高裁長官田中耕太郎と談合してこれを覆した。この著作は、こうした事実をアメリカの公開文書で疑問の余地なく解明している。しかし最高裁はこの歴史的事実にも沈黙を保ち、なんらの自己批判もしていない。その時以来司法の独立は存在しない。日本はもはや法治国家ではないのか?  

                                           高村よしあつ(常任理事)
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