シャーシュ学派

シャーシュ学派(Xarxera)はリーサ・カクザの言語思想を出発点として、フィシャ・ステデラフやターフ・ヴィール・イェスカなどのユエスレオネ主義思想の影響を受けた系統の言語思想、哲学のグループの総称である。

ファイクレオネにおける言語ナショナリズムの始まりはピリフィアー暦11世紀頃からであり、活版印刷術を始めとして書記言語としての画一的言語政策、またブルジョワ民主主義革命(ヴェフィス革命)に基づく言語の民主主義化が主張されていった。ヴェフィス革命はヴェフィス・ナショナリズムも同時に喚起しており、リパラオネ人の優性を称揚した。国内では言語の規範性への意識が高まり、植民地支配圏では画一的言語政策を民主主義的観点からもナショナリズムの観点からも認められるような風潮となり、代わりに少数者の言語は顧みられることが無くなった。
保守的な言語政策の潮流に乗ったラネーメ国は、ピリフィアー暦1998年に中リパライン語ラネーメ方言による国語教育を徹底しはじめた。国語新生運動は国家の画一的言語政策のために行われ、地方からはファスマレー語を含めた多くの言語の話者からの強烈な反対を受けた。この時代ではターフ・ヴィール・イェスカやラヴィル・ド・エスタイティエなどがファスマレー国語化運動と呼ばれる反対運動に関わり、画一的言語政策に対する反感が明確に現れた。
そんななか、リーサ・カクザの言語権の提唱を中心に出てきた言語保障とそれにまつわる哲学的思索の系統をシャーシュ学派と言う。

シャーシュ学派の思想家・研究者

リーサ・カクザ(レクタール・ド・シャーシュ)

ピリフィアー暦1999年、リーサ・カクザは著書「ラネーメ国における言語権」を発表する。そこではパイグ語、タカン語、アイル語、バート語の権利が主張された。民族語の支持は、ラディールゲーが考えるような国家の分離主義を推進するものではなく、逆に民衆が国家を信用し、支持を進めるものであるとした。また、「現在のような民族語の排斥状況は使用したいと望む言語を使用して、社会生活を営めない状況である。母語や第一言語でない言語を用いて行政や教育を受けなければならない状況はその本人が自由意志をはっきりと示せない可能性が高い状況である。このために自由な国民国家であるラネーメ国であるためには国民に多言語で行政と教育を受ける権利が保証される必要がある」とした。ファイクレオネで始めて言語権が提唱されたのは本書であった。パイルターファ(伝統的ラネーメ人)知識人たちは主に民衆の言語保護論を支持した。

ジュヘーシェ・ユーヅニー・ライン

同年に発表されたリナエスト人社会言語学者であるジュヘーシェ・ユーヅニー・ラインの論文「政治的言語と比較言語学的言語」の中では「ラディールゲー知識人の主張は政治的言語と比較言語学的言語を混同した無意味な議論であり、現実に沿って民族語の利用を進めることは現在のような言語的混乱を終わらせる」と主張して、パイルターファ知識人側を支持した。

ヴィヨック・イヴァネ

リーサ・カクザやジュへーシェ・ユーヅニー・ラインの理論を進展させ、「多言語社会統合発展言語行政枠組み」、通称LILCを提唱した。LILCでは、リーサ・カクザの行政や教育を保障するための多言語言語行政とその社会一般で使われる多数派言語による言語機会の保障を同時に行うことで双方で一個人の社会統合を目指すことが出来ると考えている。また、言語教育学の発展によって多言語学習が言語学習自体に対して良い影響を与えることが分かってきたことから、このような言語能力の発展によって社会自体が多言語環境に一般化し、相互扶助が可能になっていくという社会的展望も持った革新的な言語行政に対する提案であった。

ターフ・イェラファ

クワク共産党の政策は16世紀の言語ナショナリズムにおける政策と本質的に同じであり、階級主義に逆行する帝国主義的押し付けであるとターフ・イェラファは批判した。しかし、政府は同年このターフ・イェラファを含む21名を反革命煽動の罪で逮捕し、殺害した。これら21名は皆、クワク政府の言語政策を批判しており、イェラファらの検挙はこういった批判を受け流す目的の粛清であったと見られている。

レシェール・ツァーメナフ

ツァーメナフは特定の民族語を単一言語政策に取り上げることがクワク共産党の矛盾であり、この場合古リパライン語を取り上げるのではなく、完全に階級的でなく全ての民族の深層を記号の中に秘めることが出来る新たな民主主義的言語を作り、この単一言語政策を進めるべきであるとした。このような思想はツァーメナフの死と共に潰えるが、後の新たな原理主義的Xelkenやスクーラヴェニヤ・クランのユーリエン学説に基づく国際補助語などの考え方に影響を与えることになり、Xelken.alesはその中で再編した言語ノヨ・リネパーイネの普及を目指したのであった

アレス・レヴィア・エルメネーフェアフィス

連邦議会議員長であるアレス・レヴィアはLILCを基盤としたマクロな政治的観点を含めた方向性を規定する「言語集中政策」、通称LZELをピリフィアー歴2005年10月に策定している。このようにして、定められたLZELはユエスレオネ連邦のこの後の言語政策の中核的視点となった。また、明確に言語への方針を決めることにより、ユエスレオネ社会としても言語に対する注目が高揚することになった。

スクーラヴェニヤ・クラン

ピリフィアー歴2005年にリパラオネ人言語学者であるスクーラヴェニヤ・クランはユーリエン学説に基づく国際補助語概念から、国際補助語を作り出すことになった。カラムディアとファイクレオネの人類の起源は同一であるとし、ケートニアーがカラムディアにある程度古代から存在するという考古学的見地に基づくものである。スクーラヴェニヤはこれを更に推し進め、リパラオネ諸言語とラネーメ諸言語とリナエスト諸言語を含むシアン大祖語とカラムディアのイブエ・ガッライ語族などの頂点に立つカラムディア大祖語の共通点としてのユーリエン祖語を想定し、それから単語を採用するべきであるとした。また、スクーラヴェニヤの主張は共和制時代のクワク・シェユの言語思想家であるレシェール・ツァーメナフの思想が影響している。スクーラヴェニヤはこれをまた更に発展させて、単一言語による民族語の消滅を目指すのではなく特定の母語を取り上げることによる不平等や不規則性が必ず存在する自然言語を取り上げることが国際語として不適切であることなどを挙げて、民族語を保持しながら、平等で簡単な言語を公用語として用いるべきであるとする運動であった。また、スクーラヴェニヤはピリフィアー歴2006年に「身体としての言語権」を提唱した。そこには「母語やその他の言語は身体の一部であるので、自由に用いることを制限するのは身体の自由を保障するユエスレオネ連邦憲法第二章第八項に違反するものである」とした。

アンハルティア・ド・ヴェアン・アンヴェハル

アンハルティアはリーサ・カクザを批判しながら、その思想を前進させて言語身体論や言語のための新体制を哲学的観点から考えた。

シャーシュ学派の批判者

民族保守運動(CUFL)

多言語教育に対してはリパラオネ語族以外の教育を外国語教育に入り込む反リパラオネ族教育や価値観の汚染によって「民族の血を汚す行為」であるとして反対していた。かといって、リパナスの言語ナショナリズムがXelken.valtoalのような伝統的な保守派と同一化したかというとそれは違った。これはリパナスの潮流がヴェフィス・ナショナリズムを基とする市民革命であったためにアロアイェーレーム支配やリパラオネ教政治を支持するXelkenらとの合一を否定したからであった。また、ユエスレオネに来た人々には旧世界の上層階級が多く、そのうちから更に指導的立場から凋落した貴族などは不満を抱えて排外主義的民族主義であるリパナスの支持層に加わったことやXelken.valtoalなどの過激派を社会を破壊するものと捉えていたことも関係していると言えよう。

ターフ・テニェーキヤ

クワク共産党員であり、思想家であるターフ・テニェーキヤが発表した「多言語状況非難」では「これまでの多言語状況は階級的なものであり、ブルジョア的帝国主義的対立は多言語に依った人民の分割によるものである」とした。これを主要な支持方針としてクワク共産党はシェユにおける多言語状況を無視し、教育や行政における言語を統一しようとした。



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