イスケ紛争

イスケ紛争(ヴェ:Var ailyries fol Isékeit, 理:Elmoss fon Iskess)とは、リナエスト・オルト軍第三陸戦連隊の離脱と国家建設思想から始まる紛争である。

脱走から国際参戦まで

Phil.2013年8月ファルトクノア第八県で治安維持活動中のリナエスト・オルト共和国陸軍から派遣された第三陸戦連隊(殆どがイスケ・リナエスト人で構成される)が戦線を離脱する。離脱した第三連隊は北の諸島国家(パハール王国)を蹂躙し始める。王国側はファルトクノア共和国側に即刻状態を対処することを要求、非常事態を理解する形でファルトクノア共和国首脳部は本国ユエスレオネ連邦国際外交院を通して内閣非常事態対策室に連絡され連邦内閣は急遽内閣各大臣による内閣ファルトクノア特定脱走兵士問題対策室(TFSB/TastersserFafsirlestanen Snutok fon Bliument)を設立、関係省庁へのアクセシビリティを高める。一方王国の本土では激しい戦闘が行われ8月から9月の間にパハール王国の正規軍は機能を失い、降伏して第三連隊側の戦力となる兵士が大半を占めた。ファルトクノアは9月になるとパハール王国の正規軍の機能喪失を確認してなお相手は本国の兵士であるために動くことは出来なかった。9月5日ユエスレオネを筆頭とする五カ国(ユエスレオネ・ハタ・スキ・ファルトクノア・ラネーメ)による多国籍軍、9月11日サニス条約機構によるパハール平和維持活動軍、9月12日ヴェフィス共同体によるパハール平和活動ミッションなど様々な多国の手が入れられた。これを国際参戦と言う

PMCFでの紛争

国際参戦により一時は沈静化したものの続く戦況下衛星通信により全世界へ向けて、彼らは自らの対戦理由を発表した。それは以下の通りである。
  1. 我々はイスケ・リナエスト人(中央リナエスト語を話すリナエスト系人)であり、自分たちのリナエスト国家リナエスト・オルスを実現するために戦っているIsztät ü isztä(リナエスト人ではないリナエスト人の意味)である。
  2. 我々はリナエスト・オルス共和国によるイスケ・リナエスト人に対する迫害にもう我慢ならない、今こそ団結して新たなオルス国家を作り上げるために我々を解放するために戦う。
  3. 我々への攻撃に参加するPMCF、多国籍軍、ETCA、GVAまた我々を追放したリナエスト・オルスは全て我々真なるオルスの敵であり、同じくして唯一神アレフィス様の刃向かうドルムである。
  4. 我々の要求は「我々のオルス国家の建国」、「リナエスト・オルス共和国の同志の奪還」、「諸国のオルス国家承認」、「ユエスレオネ連邦に投獄中の同志の釈放」である。
  5. 我々はサニス条約を容認しない。
  6. 我々は必ず勝つ。神の御許において救われるのはリナエストの民のみ。

この発表を受けて10月24日にはリナエスト・オルス共和国はイスケ・リナエスト・オルス(以下ILO)国家を国家承認し、「要求する国中のイスケ系リナエスト人を送還する準備は出来ている。」と姿勢を低めてILOに近づいた。これに対して10月25日PMCF-南諸島共和国連合は非難を発表した。11月10日、パハールのILOは何の装備も残さずにリナエスト・オルス共和国に亡命を発表、リナエスト・オルス側は容認することとなる。PMCF側は再度非難声明を発表する。11月12日多国籍軍はパハールでの治安維持運動から撤退、パハール王国の再建ミッションはphil.2015年まで平和維持活動軍と平和活動ミッションによって行われることになった。同日、ユエスレオネ連邦はILO幹部であるユージュニエ・アレス(únvdie ales)とドホジエ・アレス(vgtohošie ales)の引渡しを要求したがリナエスト・オルス側は拒否した。Phil.2014年11月15日、東諸島共和国連合自衛軍がリナエストの除名を宣告したが、返答も無く、11月19日、この事案に際してPMCFはPMCFとしての独立性を保てなくなったとしてphil.2014年にリナエスト・オルス共和国をPMCFから除名することを発表する。11月20日リナエスト・オルスはこのPMCFの発表を非難するとともに対抗措置としてユエスレオネとのサニス条約の締結をユエスレオネ連邦に打案、ユエスレオネ連邦をそれを受け入れサニス条約機構の一員となる。

リナエスト内戦

Phil.2014年2月8日ユエスレオネ連邦はリナエスト・オルス共和国に対するILO関係者の引渡しを再度要求する。ILO派であるリナエスト政府がこれを再度退けると、リナエスト国内の反イスケ派がILOと紛争を発生させる。混乱を収束させる目的でリナエスト軍は反イスケ派に攻撃を加え、反イスケ派は政府を目的とした攻撃も開始する。これに対してリナエスト軍はサニス条約機構に協力を要請、リナエスト平和維持活動軍(第一多国籍軍)が展開されることになった。リナエスト国内のうちの反連邦派はこの介入に激怒して政府と第一多国籍軍を攻撃する軍閥となり、ILOは政府と決別し対決するようになる。また、反イスケ派はその多くが親連邦派であったため反連邦派を敵とみなして攻撃した。リナエストはILO、政府系(リナエスト軍&第一多国籍軍)、反イスケ派、反連邦派の五つに分裂し、phil.2014年3月26日にサニス条約機構は「リナエストにおける状況は困難であり、内戦状態であり、分裂状態にある。」と発表した。3月30日リナエスト政府はILOによる占領を受け、機能を停止したとILOが声明を発表した。リナエストのTarf.olfardia総統を含む首脳部と一部の国民は4月1日深夜にリナエスト本土を脱出、ユエスレオネ本土のフェーユにリナエスト・オルス亡命政府の設立を発表、ユエスレオネ連邦側は支援を発表した。これに対してILO側は多国籍軍に対する攻撃を開始する。4月9日、リナエストの反連邦派はILOに共同戦線の樹立を提案し、彼らはイスケ・リナエスト・オルス解放戦線(ILO-AM)を組織する。これに対して、反イスケ派は正式にILO-AMに対抗するリナエスト人純血の三日月戦線 (Linaesten Feseladir'd autlveisen Merfedi'a/LFAM)であることを発表する。4月21日、サニス条約機構は「治安維持すべき国家が消滅したため条約の締約も消滅し、我々には派軍する義務が無くなった。」として多国籍軍を撤退させた。これに対してリナエスト・オルス亡命政府は非難を発表した。いきなり空き地が出現したことにより、紛争が過激化ILO-AMとLFAMの直接対決が幕を開けた。

講和宣言

Phil.2014年4月21日、ILO-AMとLFAMは国際社会に向け、いきなりの講和宣言を発表。中央政府としてのリナエスト亡命政府の帰還を歓迎し、民議機関リナエスト政府機構を成立させた。このいきなりの講和には諸説あるが現在でもその経緯が分かっていない。ILO-AMのILOはこれを批判し、「合同本部が勝手に行った」としてリナエスト政府機構への加入を拒否し、テロと紛争による領土分割を発生させた。ILOは「標的はリナエスト政府と連邦影響圏、PMCFの全ての加盟国である。」と声明を出した。PMCFは亡命政府が正常に帰還したことを認め再度、PMCFへの加入を許可した。Tarf.olfardia機構事務長は「サニス条約を破棄する」と発表したがユエスレオネ連邦はこれを認めず、双方の主張のずれのまま放置された。

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