特定課題セッション Featured Session


言語教育の「商品化」と「消費」を考えるシンポジウム
IN 香港

特定課題セッションは英語で行われます。

2016年7月16日(土) 14:05-17:20
会場: CPD3.01

14:05-14:40
発表1:
日本の英会話学校における白人西洋男性の商品化と消費

ロズリン・アップルビー
(シドニー工科大学)

要旨:
 本研究は、日本の英会話産業で外国人英語教師達が欲望の対象としてどのように構築され、消費されているのかを論じる。特に、日本人女性学習者が抱く恋愛的欲望について、英語教師として働く白人西洋男性がどのように認識し、対応しているのかに焦点を当てる。
 先行研究では、日本人女性が西洋、英語、および西洋男性に対して恋愛的欲望を抱いており、それに伴って日本の英会話学校産業において白人西洋男性が商品化され消費されていることが注目されてきた(Bailey 2006; Kubota 2011; Piller & Takahashi 2006; Takahashi 2013)。これを踏まえ、本研究では、白人西洋男性の英語教育経験をエスノグラフィーとインタビュー調査から明らかにし(Appleby 2014)、私立英語専門学校において、教師と学習者の関係にいかに性的意味が付与され、ロマンチックなものとして管理されているか、そして市場に売り込まれ、利用されているのかを教師の視点から探った。日本の主要都市にある私立英語専門学校に焦点を当て、西洋男性教師のジェンダー的・性的魅力をめぐって流布している言説について調査し、授業中に教師達がどのように学習者の恋愛的・性的欲望をうまく利用したり、かわしたり、折り合いをつけているのか考察する。
 本研究は、商品化・市場化のために英語専門学校が取る戦略によって、教師と学習者が社会的に交流したり恋愛的関係を持ったりする可能性が暗黙のうちに生み出されていると主張する。そして、このような関係性から、従来の英語教育に対する理解を超え、第二言語習得を促進する方法を取り入れることに主眼を置くのではなく、教師達は仕事を通して対人ストラテジーや異文化間ストラテジーを身につけなければならないことが示されている。

References
  • Appleby, R. (2014). Men and masculinities in global English language teaching. Bristol: Palgrave Macmillan.
  • Bailey, K. (2006). Marketing the eikaiwa wonderland: Ideology, akogare, and gender alterity in English conversation school advertising in Japan. Environment and Planning D: Society and Space, 24, 105-130.
  • Kubota, R. (2011). Learning a foreign language as leisure and consumption: Enjoyment, desire, and the business of eikaiwa. International Journal of Bilingual Education and Bilingualism, 14, 473-488.
  • Piller, I. & Takahashi, K. (2006). A passion for English: Desire and the language market. In A. Pavlenko (Ed.), Languages and emotions of multilingual speakers (pp. 59-83). Clevedon, UK: Multilingual Matters.
  • Takahashi. K. (2013). Language learning, gender and desire: Japanese women on the move. Bristol, UK: Multilingual Matters.

※本発表は、シドニーから会場への配信となります。

略歴:
 シドニー工科大学、応用言語学のシニアレクチャラー・研究者。研究関心領域は、言語の文化政治論、ジェンダーとセクシュアリティ、言語教育のグローバル政治論。著書に、ELT, gender and international development (Multilingual Matters, 2010)とMen and masculinities in global English language teaching (Palgrave Macmillan, 2014)がある。


14:45-15:25
発表2:
「私達は永遠の英語学習者」
―年配ESL学習者の余暇活動としての英語学習―
ハキューン・リー
(ジョージア州立大学)

要旨:
 本調査では、エスノグラフィ―によって、年配ESL学習者の余暇活動としての言語学習と言語使用の実態を把握し、その特徴を明らかにする。ハワイの公営のESLクラスに何年にもわたって通っている調査協力者達は、楽しみのための生涯の趣味(Kubota, 2011)や社交のために英語を学習し、自分たちを「永遠のESL学習者」と認識している。移民者の第二言語学習は、文化資本や社会経済的流動性の獲得のためであると正当化され、論じられてきたが、本調査では移民者のESL学習の社会的領域に注目する。
 本調査では長期的なエスノグラフィ―調査を行い、半構造化インタビューから得た学習者と教師のナラティブを分析する。その結果、英語学習の意味、教室活動への影響、学習者と教師の言語学習に対する認識の違いが明らかになった。具体的には、英語クラスを受講することによって、学習者は以下のような満足感を得ていた。
  1)社会的ネットワークの形成・維持
  2)英語を学習することで異なる社会活動に参加していくという感覚
 英語学習の社会的機能、趣味的領域、文化消費という観点から、本調査は調査協力者達がどのように英語を用いて、自身の属する場を創出し、社会的アイデンティティと社会的関係を構築しているのかを示す。さらに、分析によって、移民教育のカリキュラムと、言語を文化的・社会的に消費するために学ぶ成人移民学習者の学習目的と動機づけとの乖離も示唆された。教師が言語能力の発達を重視する一方で、学習者達は強いコミュニティ意識(Goldstein, 1996)を持ち、このコミュニティ内で自身のメンバーシップを正当化していくことで、楽しみのための安全な場を作り出すことを強調していた。それゆえ、年配ESL学習者の英語学習のニーズと教師達の学習に対する認識との間にギャップがあった。 
 言語学習の隠れた部分を明らかにすることで、本調査は英語をサバイバルスキルと捉えるアメリカにおける移民者のための言語教育の役割に対して疑問を投げかけた。また、発表者は長期的に学ぶ移民ESL学習者を欠陥のある者としてではなく、個人的・社会的楽しみを追求する積極的な英語の消費者として捉えなければならないと主張する。そうすることによって、言語学習に対する単一的な概念を打ち破り、代わりに研究や実践への新しい理解が生み出され、言語学習をより実社会に近づけていくことができるだろう。

略歴:
 ハワイ大学マノア校博士。ジョージア州立大学世界言語文化学科講師。2013年秋学期よりジョージア州立大学にて韓国語を教えている。研究関心は、社会言語学、バイリンガリズム・マルチリンガリズム、移民教育が交わったところにある。ディスコース分析を用い、言語学習者の社会的相互行為の理解と様々な社会的文脈における言語学習者の言語と文化的資源の使用について明らかにしている。論文は、Journal of Language, Education, and Identity (2011) とApplied Linguistics (2013)などに掲載されている。


15:55-16:35
発表3:
民間英語学校教師のアイデンティティの複雑性
ある日本人教師のケース―

陶堅・大友瑠璃子
(香港大学)

要旨:
 近年、東アジア地域において、年少者を対象とした英語教育が民間を中心に隆盛を見せている。「できるだけ早く始めた方がいい」というよく知られた言語学習神話のもと、英語をはじめとした外国語の早期英語教育が次々と実現され、アジアの複数の国では、英語が小学校の正式科目として導入され、英語教育の開始はますます低年齢化している。このような国レベルでの英語教育政策の変化は、小さな子どもを持つ親が早期英語教育に興味を持ち、例えば、民間の英語学校に子どもを通わせることを促している。英語の象徴的権力の高まりと、それが多くの人々に認知されてきたことも、東アジアにおいて広く見られるこの現象に拍車をかけている。英語を習得することにより、より良い社会的地位の獲得やより上位の社会階層への移動が可能になると広く信じられているため、消費者が目的を達するための有効な交換財として、高価値の英語が取引されているのである。以上が、民間英語教育業界に見られる言語の商品化の核心にあり、本研究の出発点となっている。
 英語教育の民間化に関する応用言語学および関連分野の先行研究では、主に年少者の学習過程と学習成果、そしてそれらの因果関係に焦点が当てられてきた。だが、民間の英語学校教師の経験談や職業的成長に関する研究は乏しい。そこで、本研究はナラティブ・インクワイアリーによって、ある日英バイリンガル教師が、英語教育や検定試験を重要な商品と位置付け接客・販売をする、極めて商業志向の強い環境で、どのようにアイデンティティの葛藤を経験し、対処したのかを探る。本研究は、約1時間半ずつ、計3回にわたって行われた半構造化インタビューに基づき、それから得られたナラティブは、教師自身の(1)日本の中・高等教育での言語学習経験、(2)海外の高等教育機関で応用言語学を修め、英語教育に関する知識とビリーフが形成された研究経験、(3)英会話学校での2年間の教育経験の、3つに関するものであった。調査の結果、教育機関における教師-学習者・サービス提供者-顧客の関係の中で、複雑な教師アイデンティティが構築されていることが明らかになった。研究対象者の日英バイリンガル教師は、彼女自身の高等教育での研究経験から得た英語教育に対する知識・ビリーフと、商業的関心から利益最大化を狙う英会話学校の教育方針の間で板挟みになっていた。彼女は、「顧客の満足度を保証する」という英会話学校での自身の責任を果たすことに妥協する一方で、パーソナルな自己/領域と、職業的な自己/領域の間に明確な境界線を引くという対処戦略を取っていた。しかしながら、このような板挟みの状況に常に身を置き、年少学習者の英語学習の到達度を目の当たりにしたことにより、彼女自身の第二言語習得に関する知識や研究経験に根差した、彼女の早期英語教育や検定試験に対するビリーフは強固なものとなった。
 本研究は、英語教育の市場化により、民間英語学校の教師の使命と役割が見直しを迫られていると結論づける。さらに、教育機関が教師のアイデンティティ構築に強く影響を与えていることも主張する。日本および他地域で民間英語教育機関が増加していることを踏まえ、以下の提言をする。英語教師を養成するTESOLプログラムで、民間英語教育機関における言語の商品化の問題を扱うことで、教師たちが将来のキャリア選択をする際に備えられるようにしなければならない。また、そのような語学教師養成プログラムにおいて、養成する側も、現代社会での英語教師の位置づけを批判的に振り返ることにさらに重きを置き、将来、民間学校で教えることになったとしても、その語学教師たちが様々な方法でアイデンティティを構築していけるようにすべきである。

略歴:
大友瑠璃子
早稲田大学、オーストラリア国立大学にて応用言語学を学び、現在、香港大学教育学部英語教育学科、博士課程に在籍。博士論文は、日本におけるEPA(経済連携協定)介護福祉士・看護師候補者受入事業を言語政策・言語計画の観点から分析する。研究関心領域は、言語政策・言語計画、社会言語学全般。

堅 陶 (Jian Tao)
寧波大学(中国)、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(米国)にてTESOL (Teaching English to Speakers of Other Languages:英語教授法)  を学び、現在は香港大学教育学部英語教育学科、博士課程に在籍。博士論文では、中国の大学におけるESP(専門分野のための英語教育)教師のアイデンティティ構築をテーマとする。研究関心領域は、教師アイデンティティと教師の成長。


16:40-17:20
発表4
コードの曖昧性と日本のテレビにおける英語の商品化

ギャヴィン・フルカワ
(東京大学)

要旨:
 本発表では、日本のテレビにおいてコードの曖昧性と言語の商品化がどのように影響し合っているのか考察する。ポストモダン時代には市場が過度に飽和したことにより、言語に新たな価値が生み出された(Heller, 2010, p.105)。そのような価値を持った言語は、衣服や消耗材、サービス等によく使用されている(Blommaert, 2010, p. 28-30; Seargeant, 2011, p. 196)。最もわかりやすい例としては、日本でよく見られるTシャツに現れる英語の使用が挙げられる。これらの間違った、意味のなさない英語の使用はしばし批判され、日本国内外の様々なメディア媒体で嘲笑われてきた(Furukawa, 2015b)。言語の商品化に関する調査研究はモノやサービスだけではなく、メディアでモノやサービスを市場に売り出していく有名人達にも応用することができる。有名人達は、英語能力を理由に英語語学学校の宣伝によく登場する(Seargeant, 2009, p. 95)。日本のテレビにおけるこのような英語の使用は、これらの有名人の多くにとって、英語が使えることにより、人気を得るというアイデンティティ構築へとつながっている。このトピックに関する先行研究は、日本のエンターテイメントにおける英語使用が極めて複雑であり、言語と文化の境界に対してしばし疑問を投げかけ、その境界を曖昧にしていることを明らかにしてきた(Pennycook, 2003; Moody, 2006)。そして、日本で英語を使用することは、かっこよさ(Furukawa, 2015a)や知的さ(Furukawa, 2014)と結びつけられてきた。さらに、日本の有名人の中には英語ができないことによって自身の商品価値を高めている者もいる。本発表では、テレビの有名人達がどのように言語ができないことを売りにして、市場性の高いアイデンティティを構築しているのか報告する。非指示的な指標性の概念(Eckert, 2008)を援用し、テレビの有名人達がどのように言語ができないことを前面に出し、英語と日本語の曖昧性を打ち消したうえで、自分自身を商品化し、人気や仕事上での成功を得ているのかを示す。そして、テレビ向けのパフォーマンスをポップ音楽での英語使用とも結びつけ、コードの曖昧性の他の形態との関係についても言及する。

References
  • Blommaert, J. (2010). The sociolinguistics of globalization. Cambridge: Cambridge University Press.
  • Eckert, P. (2008). Variation and the indexical field. Journal of Sociolinguistics, 12(4), 453–476.
  • Furukawa, G. (2014). "Stupidest of all the primates": The role of English in Japanese television. Journal of Asian Pacific Communication, 24(2), 196-220.
  • Furukawa, G. (2015a). “Cool” English: Stylized Native-Speaker English in Japanese television shows. Multilingua, 34(2), 265-291.
  • Furukawa, G. (2015b, June). The Appropriation and Re-commodification of T-Shirt English in Japan. Presented at The Sociolinguistics of Globalization: (De)centring and (de)standardization, Hong Kong.
  • Heller, M. (2010). The commodification of language. Annual Review of Anthropology, 39, 101-114.
  • Moody, A. J. (2006). English in Japanese popular culture and J-Pop music. World Englishes, 25(2), 209-222.
  • Pennycook, A. (2003). Global Englishes, Rip Slyme, and performativity. Journal of Sociolinguistics, 7(4), 513-533.
  • Seargeant, P. (2009). The idea of English in Japan: Ideology and the evolution of a global language. Bristol: Multilingual Matters.
  • Seargeant, P. (2011). The Symbolic Meaning of Visual English in the Social Landscape of Japan. In P. Seargeant (Ed.), English in Japan in the Era of Globalization (pp. 187-204). New York: Palgrave Macmillan.

略歴:
 ハワイ大学マノア校にて第二言語研究博士号を取得。研究関心領域は、特にマス・メディアにおけるアイデンティティ構築のディスコース分析。これまでの研究は、日本のテレビにおける英語使用、ハリウッドの描写におけるハワイの言語の定型化、教育におけるハワイ語のプラグマティックス、批判的言語意識の獲得を目指した学習者のエスノグラフィの使用、タトゥー文化とアイデンティティの関係性など。最近は、言語としてあまり認められていない言語のソーシャル・メディアによる教育に関するプロジェクトに携わっている。

tsunagaro.net × Association for Language and Cultural Education × Japanese Language Programme, DJS, SMLC, HKU

Symposium on Commodification and Consumption of Language Education 
in Hong Kong

The Featured Session will be conduced in English. 

14:05-17:20, Saturday, July 16, 2016
Venue: CPD3.01

14:05-14:40
Presentation 1:
The commodification and consumption of white Western men in English conversation schools in Japan

Roslyn Appleby
University of Technology Sydney 

Abstract: 
    This paper discusses the ways in which foreign English language teachers are constructed and consumed as objects of desire within the conversation school industry in Japan. It focuses specifically on the ways in which white Western men working as English language teachers perceive and respond to the romantic desires expressed by Japanese female language learners. 
    A body of existing literature has focused Japanese women’s romantic desires for the West, English language, and Western men, and the corresponding commodification and consumption of white Western men within the conversation school industry in Japan (Bailey 2006; Kubota 2011; Piller & Takahashi 2006; Takahashi 2013). In response, this paper draws on an ethnographic and interview study of white Western men and their experiences of teaching English in Japan (Appleby 2014) and examines teachers accounts of the ways in which private English language colleges harness, exploit, market and control the possibilities for romantic and sexualised relationships between teachers and students. Focusing specifically on data generated in one private English language college in a major Japanese city, it investigates the discourses that circulate about Western male teachers’ gendered and sexual allure, and then discusses the strategies that the teachers use to manage, deflect, and negotiate students’ romantic and sexual desires in the course of the language lesson. 
    The paper argues that the commodification and marketing strategies employed by the language colleges implicitly open up a field of possibilities for social and romantic interactions between teachers and students. Such relationships extend beyond the more conventional, pedagogical understandings of English language teaching as primarily focused on the adoption of methods to promote second language acquisition, and require skilled interpersonal and intercultural strategies that teachers must learn on the job.

References
  • Appleby, R. (2014). Men and masculinities in global English language teaching. Bristol: Palgrave Macmillan.
  • Bailey, K. (2006). Marketing the eikaiwa wonderland: Ideology, akogare, and gender alterity in English conversation school advertising in Japan. Environment and Planning D: Society and Space, 24, 105-130.
  • Kubota, R. (2011). Learning a foreign language as leisure and consumption: Enjoyment, desire, and the business of eikaiwa. International Journal of Bilingual Education and Bilingualism, 14, 473-488.
  • Piller, I. & Takahashi, K. (2006). A passion for English: Desire and the language market. In A. Pavlenko (Ed.), Languages and emotions of multilingual speakers (pp. 59-83). Clevedon, UK: Multilingual Matters.
  • Takahashi. K. (2013). Language learning, gender and desire: Japanese women on the move. Bristol, UK: Multilingual Matters.

※ This presentation will be delivered online from Sydney to the symposium venue at Hong Kong. 

Short Biography: 
    Roslyn Appleby is a senior lecturer and researcher in applied linguistics at the University of Technology, Sydney. Her research interests include the cultural politics of language, gender and sexuality, and the global politics of language education. Roslyn is the author of ‘ELT, gender and international development’ (Multilingual Matters, 2010) and ‘Men and masculinities in global English language teaching’ (Palgrave Macmillan, 2014).


14:45-15:25
Presentation 2:
“We are forever English learners”: 
Elderly ESL students’ learning English as a leisure activity

Hakyoon Lee
Georgia State University

Abstract: 
    This ethnographic study documents and characterizes elderly ESL students' language learning and use as a leisure activity. These participants, who have been attending publicly-funded ESL classes in Hawaii for several years, are willing to characterize themselves as "forever ESL students," since learning English to them is a lifelong hobby for enjoyment (Kubota, 2011) and for socializing. While immigrants’ second language learning is often justified or explained in terms of the acquisition of cultural capitals or socioeconomic mobility, this study calls attention to social dimensions of the immigrant ESL learning. 
    Drawing on longitudinal ethnographic research, this paper analyzes learners’ and teachers' narratives obtained from semi-structured interviews. The analysis shed light on the meaning of learning English, its impact on classroom practices, and the gap between learners’ and teachers’ perspectives on language education. Specifically, taking an English class provided the learners with a feeling of satisfaction in the following two ways: 1) forming and maintaining their social networks and 2) giving a sense that learning English makes them participate in different social activities. 
    By emphasizing social functions, hobbyist dimensions, and cultural consumption of English learning, this study shows how the participants use English to create space to belong and construct their social identities and relations. The analysis also indicates the mismatch between the curriculum of immigrant education and the learning goals and motivation of adult immigrant learners who are learning a language for cultural/social consumption. While the teachers emphasize the development of competence, the learners highlight creating a safe space for enjoyment with a strong sense of community (Goldstein, 1996) and legitimatizing their membership in this community. Thus, there is a gap between the elderly ESL learners' needs in learning English and the teachers' perspectives on learning. 
    By uncovering the hidden corners of language learning, this study challenges the roles of immigrant language education in the U.S., which often link English as a survival skill. I also assert that the long-term immigrant ESL learners need to be viewed as active consumers of English who pursue their personal and social enjoyment rather than be viewed as deficit learners. This also brings language learning closer to the real world by breaking down the monolithic notion of learning a language and instead offering an alternative understanding of it in research and practice. 

Short Biography: 
    Hakyoon Lee (Ph.D., University of Hawai‘i at Mānoa) is a lecturer in the Department of World Languages and Cultures at Georgia State University.  She has been teaching Korean at Georgia State University since the fall semester of 2013. Her research interests are at the intersection of sociolinguistics, bilingualism and
multilingualism, and immigrant education. With an emphasis on discourse analysis, her research focuses on understanding language learners' social interactions and their use of linguistic and cultural resources in various social contexts.  She has published her work in Journal of Language, Education, and Identity (2011) and Applied Linguistics (2013). 


15:55-16:35
Presentation 3:
The complexity of teacher identity in a private English language school: 
A case of a Japanese teacher

Jian Tao & Ruriko Otomo
The University of Hong Kong 

Abstract: 
    The past years have seen a rise of English language education (ELE) targeting young learners in the private sectors in East Asia. Based on a popular “earlier is better” myth for language learning, an early start of formal English language instruction has been explicitly observed in foreign (if not English) language-in-education policies. For instance, English has been introduced as a formal school subject into primary schools and even the starting age of ELE has been increasingly lowered in multiple Asian countries. This therefore triggers parents to invest financially in private tutoring of English language at their children’s younger age. This broad phenomenon in East Asia is also driven by the increased symbolic power of English and its realization among the public in this region. It is widely believed that acquisition of English language confers better social status and upward mobility on its learners. Thus, highly-valued English language is being transacted as a tradable good that promisingly leads consumers to attain a certain goal. This is at the heart of commodification of language in private entities of ELE, and this is also the departure point for the current study. 
    In light of the privatization of ELE, the existing literature in Applied Linguistics and its related fields has generally focused on young learners’ learning process, outcome and its consequences, while limited effort has been made to address teachers’ experience and their professional development in commercialized English language schools. In order to fill this research gap, the study, through narrative inquiry, explores how a Japanese-English bilingual teacher underwent and coped with identity struggle in a heavily business-oriented environment which sells English language education and testing as an important commodity for young learners and their parents. We based our study on three rounds of semi-structured interviews, each lasting for about one and half hours. The narrative accounts include (1) her own language learning experience in the formal school setting in Japan, (2) research experience at an overseas higher education institution where she studied Applied Linguistics and developed her knowledge and belief about English language teaching, and (3) her two years long teaching experience in an “eikaiwa” (English conversation) school in northern Japan. The findings highlight the complexity of teacher identity construction amidst the co-existence of teacher-student and server-client relationships in the institution. The teacher was torn between her research-informed knowledge and belief about English language teaching, and the school’s pedagogical philosophy driven by its commercial interests in maximizing profits. On the one hand, she compromised in fulfilling and prioritizing her institutional responsibility to ensure customer satisfaction by adopting coping strategies. Central to these coping strategies was to set a clear-cut boundary between her personal and professional self/sphere. One the other hand, the ongoing confrontation of such tensions and her own observation of students’ achievement at the school consolidated her teacher belief in early childhood English language education and testing that are derived from her knowledge of SLA (Second Language Acquisition) and experience of conducting relevant research. 
    The study concludes that the marketization of ELE has redefined the mission and role of language teachers in private English language schools, highlighting the institutional force in identity formation of such teachers. With the proliferation of private English language institutions in Japan and elsewhere, we argue that it is imperative to address the commodification of language and its manifestation in privatization of ELE in TESOL (Teaching English to Speakers of Other Languages) programs so as to prepare teachers for their possible career options. Moreover, language teacher educators are advised to attach more importance to critical reflection on the positioning of English language teachers in the contemporary society through such program so that the prospective language teachers can conceive of alternative ways of their identity development in private sectors.

Short Biography: 
Ruriko OTOMO is a PhD candidate in the English language education division at the University of Hong Kong, Hong Kong. She has previously studied Applied Linguistics at the Australian National University, Australia and at Waseda University, Japan. Her PhD project examines a bilateral program in which Japan recruits healthcare migrants from Indonesia, Vietnam and the Philippines from the perspective of language policy and planning. Her research interests lie in language policy and planning particularly and sociolinguistics broadly.

Jian TAO is a PhD candidate in the English language division at the University of Hong Kong, Hong Kong. She has previously studied TESOL at the University of Illinois at Urbana-Champaign, US and at Ningbo University, China. Her doctoral project investigates the identity construction of ESP teachers in Chinese universities. Her research interest centres around teacher identity and teacher development.


16:40-17:20
Presentation 4:
Code ambiguity and the commodification of English on Japanese television

Gavin Furukawa
University of Tokyo

Abstract:
    This presentation examines the way that code ambiguity and language commodification interacts with each other in Japanese television. The over saturated markets of late modernity has led to language being used to give additional value (Heller, 2010, p. 105). Such language associated values are commonly applied to objects such as clothes, consumables, or services (Blommaert, 2010, p. 28-30; Seargeant, 2011, p. 196). Easily understood examples of this would be the use of perceived English language on T-shirts which are so common in Japan. Using English that is often widely criticized for being awkward or meaningless, these T-shirts are mocked in various media sources both within and without the country of Japan (Furukawa, 2015b). In addition to commodifying objects and services, research on language commodification may also be applied to media celebrities whose job it is to market such objects. Such celebrities are commonly seen in advertisements for language schools because of their perceived English language ability (Seargeant, 2009, p. 95). Such uses of English in the medium of Japanese television have led to the use of English for constructing popular identities for many of these celebrities. In previous research on this topic it has been shown that the use of English in Japanese entertainment is quite complex, often used for questioning or ambiguating the boundaries between languages and cultures (Pennycook, 2003; Moody, 2006). It has also been shown that such use of English in Japan becomes then associated with a type of social chic (Furukawa, 2015a) or with academic intelligence (Furukawa, 2014). Additionally, there are also cases in Japan where perceived English language inability is used to increase the commercial value of certain celebrities as well. This presentation will show how perceived inability with language is used to construct marketable identities for various television celebrities. Utilizing the concept of indexical fields (Eckert, 2008) I will show how television celebrities use the apparent inability to disambiguate English and Japanese to commodify themselves and increase their popularity and career success. The relation between this and other forms of code ambiguity will be discussed connecting such televised performances with the uses of English in popular music as well.

References
  • Blommaert, J. (2010). The sociolinguistics of globalization. Cambridge: Cambridge University Press.
  • Eckert, P. (2008). Variation and the indexical field. Journal of Sociolinguistics, 12(4), 453–476.
  • Furukawa, G. (2014). "Stupidest of all the primates": The role of English in Japanese television. Journal of Asian Pacific Communication, 24(2), 196-220.
  • Furukawa, G. (2015a). “Cool” English: Stylized Native-Speaker English in Japanese television shows. Multilingua, 34(2), 265-291.
  • Furukawa, G. (2015b, June). The Appropriation and Re-commodification of T-Shirt English in Japan. Presented at The Sociolinguistics of Globalization: (De)centring and (de)standardization, Hong Kong.
  • Heller, M. (2010). The commodification of language. Annual Review of Anthropology, 39, 101-114.
  • Moody, A. J. (2006). English in Japanese popular culture and J-Pop music. World Englishes, 25(2), 209-222.
  • Pennycook, A. (2003). Global Englishes, Rip Slyme, and performativity. Journal of Sociolinguistics, 7(4), 513-533.
  • Seargeant, P. (2009). The idea of English in Japan: Ideology and the evolution of a global language. Bristol: Multilingual Matters.
  • Seargeant, P. (2011). The Symbolic Meaning of Visual English in the Social Landscape of Japan. In P. Seargeant (Ed.), English in Japan in the Era of Globalization (pp. 187-204). New York: Palgrave Macmillan.
Short Biography: 
    Gavin Furukawa received his PhD in Second Language Studies from the University of Hawaiʻi at Mānoa. His research focuses primarily on discourse analytic approaches to identity construction, particularly with data drawn from mass media. Previous research projects that Gavin has worked on include the uses of English in Japanese television, language stylization in Hollywood depictions of Hawaiʻi, Hawaiian pragmatics in teaching, using student ethnography for critical language awareness, and the connections between tattoo culture and identity. He is currently working on a project involving the teaching of less commonly recognized languages through social media.

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