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2)弐の間 歴代事業本部長/社長 インタビュー記事再録(後編)


■1 『3代目:野口幸生社長&中嶋悟会長』

前文--中嶋会長と野口社長による新たな船出

壱の間で掲載した「歴代事業本部長/社長インタビュー記事再録(前編)を受けて、2本のインタビューを続編として紹介する。
 
1本は、フジテレビから出向していた田中亮介社長の退任に伴い、2004年7月31日にスポーツランドSUGOで開催された株式会社日本レースプロモーション(JRP)の新体制発表及び同年9月に開催されるマレーシア・セパン大会の開催概要発表が終わったあとに行った、中嶋悟会長と野口幸生社長に対するインタビュー。もう1本は、新体制に移行して半年が過ぎ新しいシーズンを迎えようとしていた2005年1月に行った、同じく中嶋会長と野口社長へのインタビュー。ちなみに前者は先の前編と一部の時間軸が前後しているので、その点は留意いただきたい。
 
なお、2004年7月31日の発表では1996年よりフジテレビが主導権を握ってきたJRP及び全日本選手権フォーミュラ・ニッポン(FN)の運営から一歩引いたことが明らかになった。JRPの公式見解はテレビ局、サーキット(オーガナイザー)、チームという三極でのトロイカ体制ということだったが、フジテレビの関与がその後ますます薄まったことからも、実質的には大政奉還だった。
 
最後に、以下は文字数が限られた印刷媒体の原稿執筆向けに行った取材であり、やりとりをここまで細かく掲載するのはこれが初めてだ。ただし、あまりにもインタビューの分量が膨大なので、車両規則や競技規則、競技形態の話題は、この再構成にあたってバッサリと削ったことをご了承願いたい。

 
本当に知りたいことは記者会見では分からない

2004年7月31日、スポーツランドSUGOでJRPの新体制発表が次のように始まった。
 
「(新社長の)野口(幸生)です。JRPは1996年に発足し、当時から参加チーム、主催サーキット、テレビ局が集結して、全日本選手権フォーミュラ・ニッポン(FN)シリーズの運営に携わってまいりました。まもなく10年を迎えようとしていますが、より喜ばれるフォーミュラカー・レースを構築するため、いままで以上に専門的な知識と経験による迅速な活動が行えるよう、富士スピードウェイとスポーツランドSUGOから新たに役員を迎えました。新体制はお手元の資料のとおり、取締役会長は中嶋悟(中嶋企画)。代表取締役社長は私、野口(ツインリンクもてぎ)。常務取締役は新任の浅見則夫(フジテレビ)。取締役は金子豊(インパル)、佐藤正幸(セルモ)、三原哲夫(鈴鹿サーキット)、新任の楠本孝(富士スピードウェイ)、同じく新任の武山浩(スポーツランドSUGO)。監査役は稲本茂利夫。参加チーム、主催サーキット、テレビ放送局という基本の枠組みは継続します。新役員が一丸となり、FNの活性化を目指してシリーズの発展を推進いきます」
「日本国内だけに留まらずフォーミュラカーレース市場を開拓することが、FNの活性化または発展にとって不可欠であるとJRPでは考えてまいりました。数年前からいろいろな形で探りつつ、今回マレーシア・セパン大会の開催を発表できることは本当に喜びを感じています。発表が遅れてご心配をおかけしたことをお詫び申し上げます。細かな内容は追って発表します」
 
記者発表に続いてメディア向けの質疑応答が始まった。もっとも、その内容は枝葉末節といっても構わないものだったのでここでは割愛する。 
 

FN運営の主導権はサーキットとチームへ戻った

記者発表の翌日、私は首脳陣へのインタビューも行った。

――新生FNが始まって1年半。車両の面ではワンメイクという現在の枠組みは3年間がひとつの目処であと1年半を残します。一方で執行体制は1年半で変わった。なぜこんな中途半端な時期に変えるのか? というのが正直な感想です。どういう意味合いがあって新体制へ移行したのですか?
 
野口 「新体制についてはこの春くらいでしたっけ?」
 
中嶋 「本来はもっと前でした」
 
野口 「ええ、以前から我々の構想の中にあり、時期がいまになった理由は、ひとつには我々の理想の執行体制を作りたかったからです。それはチームと主催サーキットとメディア(テレビ局)という枠組みを少し変えましょうというものです。チームも主催者サーキットも、それぞれずっとビジネスにしてやっている世界をもう一度きちっと作り上げましょうという理由がひとつ。それとマレーシア・セパン大会とかこれからの将来構想を迅速に進めるうえで、やはりそのほうが我々としても判断を含めたいい体制が取れるだろうという考えがありました。なぜ今回この時期か? という理由は、したがいましてその調整に時間をいただいたというのが本当のところです。もうひとつの理由として、昨日の記者会見でもいろいろと質問をいただきましたが、マレーシアはどうなっているの? 発表もなかなかできなかったね? というのがありましたが、マレーシアもここにきて見通しがついたからです。この2点が、この時期の新執行体制発表になったというポイントです」
 
 
――これまでの体制これまでのやり方ではダメという判断がチーム、サーキット、あるいはJRPの中に生まれたというわけですか?
 
中嶋 「ダメというのではなく、FNをよりよくするということです。ハード面に関しては3年間という決まりはありますが、次の変更には比較的時間を要します。現在のローラの導入は、レイナードの倒産という予定外の出来事を受けての3年間でした。昨日も少し言いましたが、次のハード面はもう少しいろいろな意味を含めて考えます。ですから、いまのFNがダメということではありません。現実に、FNも去年からお客さまも増えつつあり、レースの内容もなかなか感動的になってきています。次のハード面を含めたことは、本職の人たちが力を入れてやっていきます。それを実現するための新体制です。だから現在のローラの3年間、直接ハードと関わることではなく、FNがうまく上向いてきたところをここからは我々の新執行体制でやって、それをますます発展させていこうと」
 
野口 「田中亮介社長はマレーシアの目処もきちんとつけていただきましたし、前体制がどうのこうのということではありません」
 

――もっとよくしていこうとは具体的にはどの部分ですか?
 
野口「お客さんにとってです」
 

――前の執行体制では、お客さんにとってよりよくしていこうという職務を遂行するにあたり、ネックとなる部分があったのですか?
 
中嶋 「そういう話じゃない(苦笑)。何事もその時点ではそれがベストな状態で、それをよりよくしていこうと。その前段階として執行体制を変えたという話です」
 

――会長はFNよりもの前のF3000時代から日本のトップフォーミュラに関わり、野口社長も鈴鹿でF1が開催された当時からレースのことはご存知です。つまり豊富な知識と経験を持っているという前提でうかがいますが、ワンメイク状態の現在のFNについて、良い面は何で、変えなくてはいけない面は何だとお考えですか?
 
中嶋 「自動車レースには、ドライバーの戦いという側面とハードの戦いという側面があります。いずれにしても競争の要素は増えれば増えるほどいい。人間を観に来るお客さんもいれば機械を観に来るお客さんもいるわけですから、そういう意味ではレースとして成立するときに競争は多いほうがいいという理想論はあります。ただし、現実的にどれとどれが可能なのかという問題は昨日もお話ししたとおりです。我々では作れないエンジンという要素もあります。また、世界の流れがそうですけど、F1やIRL以外はどちらかというと人間に近い機械を導入し、ドライバーの戦いとして成立させるに至っています。でも、それがベストかどうか? そうじゃないという意見もあるでしょう。なることとならないこと、できることとできないことがある。できればこうしたいという思いは誰も持っています。現状はローラのワンメイクですけれど、できれば競争の種類は多いほどいい。ただ、やはりなることとならないことがある」
 

――コストの問題もあります。
 
中嶋 「それを言い出しちゃうと……。そこはあまり表面に出すものではないと僕は思う。野球にしても、照明の電気代がかかるから夜じゃなくて昼にやればいいと、どんどんそういうことになっちゃう。だから経済的なことだけを言うのではなく、世の中の流れとしてどこへ向かうか。レイナードの倒産は大きな問題だった。ただ、いずれにしてもエンジンは、レギュレーション上はワンメイクじゃない。対抗できるエンジンが自然になくなっただけで、使われたものだけが残ったと僕は思っています。だから理想と現実との差、誰しもイライラはずっと持ち続けていくわけですよ」
 

――社長は同じ質問についていかがですか?
 
野口 「FNとJRPは1996年からの歴史があり、その中にはいろいろな波がありました。時代背景に合ったレギュレーションもあった。ただし、お客さんの数では入ったり入らなかったりというような、大きな波を乗り越えてきている。これはどのレースも同じだと思いますが、そういう環境の中でいま何をやればいいのかという解答を導き出すのは難しい。難しい中で、我々としては何を判断材料にするのかと言えば、会長が言ったように、どういうレースをやればお客さんが注目してくれて、観に来てくれて、楽しくて、再び来てもらえるかというサイクルを作らなければいけないと思います。そのためにはクルマにスピードも必要でしょうし、面白いレギュレーションも必要でしょうし、いままでにないエンターテインメントも必要でしょう。ハードとソフトを合わせて、お客さんに喜んでいただける、受け入れられるレースをどう作っていくか? これが僕のやるべき最大の仕事だと思います。やはりいまの時期、皆さんご注目のハードの話題が少し先行していますが、我々もいまの段階ではハード面について具体的にこれをやりますと言えないのは少し残念ですけど。したがってこれからやっていくことは、ハード面とソフト面を合わせたものでどういうレースがいちばんお客さまに喜んでいただけるものかというところがいちばんの原点だと思います」
 

アジアプロジェクトとF1至上主義の方針転換

――2スプリントレースやスペシャルステージ、あるいは燃料補給やタイヤ交換もあるという現在の競技形態は、新執行体制でも継続しますか? 見直しますか?
 
中嶋 「クルマの都合もあるかもしれないけど、戦略性に富んだレースとドライバー主体のスプリントレースがあると思います。一度も給油しないレースも出てくる。その3つくらいしか、いまの中で考えられることはない。フォーミュラカーレースは自動車競技の中でもどちらかといえばスポーツ性の高い競技だと僕は思っていますし、それを極力殺がない範囲でお客さんに楽しんでいただけることも考えられるかなと思います」
 

――現在の参戦チーム数や参戦台数については?
 
中嶋 「都市銀行だっていくつもあったのが3つになりそうだし。経済状態もろもろの状況を踏まえて、なるべくしてなってしまったのでしょう。レースがつまらないから辞めていったチームはなく、経済面の事情だと思います。JRPとの契約関係などにそっぽを向いて辞めたわけじゃなく、経済面でやむなく続けられなかった。経済が好転すれば、またある種イベントとしてFNが魅力的なものに見えれば、もう少しがんばって我々もあそこに行きたいというチームも出てくるんじゃないかという気がします。もちろん台数は多ければ多いほうがいい。ただ予選のタイムなどを見ても、過去に二十数台参戦していたときに比べると、頭とお尻の差は凝縮されていますよね。コンマ5秒負けたら予選10番手まで落ちちゃう厳しい戦いになっています。だから戦いとしてはいままで以上に厳しくなっています」
 

――FNの年間開催数はどう思いますか? 同じサーキットで2、3回も開催している現実があります。
 
野口 「開催数が先に来るというのと、開催場所が先に来るという両方の考え方があると思うんですけど、基本的にはほかのシリーズも考慮して、FNは10戦開催が適正だと思います。ただ、10戦に満足することではなく、海外開催のセパン大会を皮切りにしていろいろな将来構想をどう組んでいくかも考えれば、それ以上もありうるとご理解いただきたい」
 

――そのセパン開催にも関わることですが、FNは創設時からF1へステップアップするための世界有数のカテゴリーと位置づけされ、途中からは通称アジアプロジェクトとして、アジアのドライバーやスポンサーの参入も見据える、さらには環太平洋開催を睨んだカテゴリーでもあるとされました。新執行体制となっても同じ考えと認識していいですか?
 
中嶋 「それは当時、偶然オーストラリアのアデレイドやパースなどいろいろな開催可能性の問い合わせがあり、一方ではタイミングよくマカオのアンドレ・クートやマレーシアのアレックス・ユーンやインドのナレイン・カーティケヤンというアジアのドライバーも出てきた。マレーシア・セパンの開催の可能性もあり、なんとなくそんな風が吹いた。そこでまずはドライバーから、という流れになったと僕は認識しています。ただ、ドライバーはそのときどきの都合や能力もある。だけれど、考え方としてはできるものはやってみようと。その中でもちろんドライバーが生まれれば、関われればこれは最高ですけど。当時はドライバー先行でしたが、ドライバーには能力の問題がありますからね。もちろん、ユーンはF1へ行きましたしね」
 

――アジアプロジェクトは積極的に推進するようなものでもなかったと?
 
中嶋 「進められることと、進められないことがあるわけです。そんなことで、当時の次の舞台としてはアジア開催かなあということで動いてはいました」

――アジアプロジェクトは、いまになって考えると失敗だったと思いますか? 成功だったと思いますか?
 
中嶋 「それは僕が判断することじゃないと思います。僕自身もレースを長いことやってきて、あとで思えば失敗だった成功だったという自分の中で何らかの判断を下していくことはある。でも、あれは非常にたくさんの人が関わって、JRPの人が関わってきたことに一回一回成功だった失敗だったというんじゃなくて、その時代に合ったものに力を注いだ結果がそうだったというだけで、僕自身はあれを失敗だったとは思っていません」
 

――その経験を今後の新執行体制の中で生かしていく?
 
中嶋 「はい。3年後、あのときのセパンは失敗だった成功だったという話をするのは簡単ですよ。でも、未来がすべて見えるのであれば、つまらない人間ではないですか?」

――F1につながる道という、対外的なJRPのアピールは今後も続けていきますか?
 
中嶋 「F1へ行ったドライバーはたくさんいますよね。FNが始まってからも、ラルフ・ファーマン、高木虎之介、アレックス・ユーン、中野信治」
 
野口 「F1への道というアピールもたしかに続けていくことのひとつでしょうけど、ドライバーが目指すものはいろいろあっていいと思います。ドライバーなりチームなり、自由に目的を持って活動されるので構わない。世界の頂点として君臨するF1を目指すという目標もあるでしょう。でも、目標となる山はひとつではなくてふたつであってもいいと思います」
 
中嶋 「FNをF1や世界の頂点への寄り道であると定義するつもりはありません。やはりそれだけじゃないですよね? 過去には偶然F1へ行ったドライバーがそこにいましたけれど。たとえばフォーミュラ・ニッサンやヨーロッパのF3000など、F1直下のカテゴリーを眺めると、F1ドライバーを人数的にいちばん輩出しているのはFNですよ。イギリスF3やドイツF3などと比べても、FNは意外と人数的にはいい位置にいた。ただ、FNに来たからF1を目指さなければいけないという話ではない。FNでチャンピオンになって、FNで王座に君臨し続けるのも不思議ではない。偶然そういうタイミングで若い人がFNで活躍すれば、F1を期待する人も出てくるだろうということです」
 

慎重なテレビ放映と無謀なセパン開催の不均衡

――日本にはD1やGTという、人気を集めるモータースポーツカテゴリーがほかにもあります。そうしたものとの差別化は? また、FNと比べてそうしたカテゴリーをどのように見ていますか?
 
野口 「いろいろなレースが楽しめるのことこそモータースポーツの発展に役立つでしょうし、それぞれの楽しみ方もあるのがいい部分です。現状、我々が言うまでもなくGTはイベントとしてFNよりも集客力はありますし、それは認めます。GTのいいところは取り入れていきたいと思いますし、さらには我々の味付けでFNもいろいろな料理にしていきたい。D1はいろいろな協賛メーカーさんもあり、また参入しつつありますし、あれはどちらかというと魅せるレースだと思います。ただ、FNが目指すものはお客さんと一緒に路線を作っていくというか、お客さまに参加いただくイベントにしたい。参加いただくその手法はいろいろあると思うんです。そういう路線を定着させないといけない。冒頭で申し上げましたが、お客さまの目線に立った、楽しく面白いレースとはなんだろうということを我々もきっちり考えて、それを続けていくことです。いまはGTの人気があるからどうのこうのではなく、我々は我々の路線で行く。なぜかというと、FNのクルマは公道を走っていませんから。実際に見ないと分からないということを、きちんと分かってもらえるようにします」
 

――メディアとしてテレビの力は非常に大きい。ただし、実際には月曜日の未明にFNは放送されています。もはや一般の人に広く観ていただこうという時間帯ではありません。
 
中嶋 「フジテレビはJRPの一員でもありますが、無理矢理に早い時間帯に放送しても視聴率は取れないわけで、本当に見合うものにする努力を我々がすることが先です。まずは欲しがられるFNにならなければいけません。無理矢理に午後8時から放送したところで、視聴率が1%だったらどうなるのかということです。つまりはバランスだと思います。格闘技のK1にしても、昔は深夜に放送していたものがだんだん幅を利かせていったのと一緒です。まず、イベントが盛り上がればメディアも取り上げてくれるようになるし、自然にそういう方向になれるように我々が努力すべきでしょう。フォーミュラカーは速く走ることを目的とした車両、戦いを目的にした車両だと僕は思っていますから、そういう方向で押していきたい。そこに競争の要素が多ければ多いほどいい。まあ、楽しいとか面白いという言葉はいろんな意味があって、ワクワクが面白という人もいればハラハラが面白いという人もいるので、なかなかひと言では表現できませんけどね」
 

――JRPは現在、クルマをチームにリースするシステムを採り、一方でチームに支払っていたスターティングマネーはなくなりました。これは今後も続けますか? というのも、2006年からそのシステムがなくなり、再びチームが自前でクルマを購入するとなった場合、参戦台数の減少も懸念されます。
 
中嶋 「それは問題ないでしょう。オリジナルの形に戻したほうがいいのかそうではないほうがいいのか、リースのままでいいのかそうではないほうがいいのかというのは、みんなで会話すればいいことです。ただ、こうしたリースの形態を採ったのはレイナードの倒産があったです。なんとしても半年後に20台を揃える必要があったからで、そのためにチームとJRPが協議していちばんいい方向として採ったシステムですよね」
 

――セパン大会についてうかがいます。通常、FN開催を希望するサーキットは、定額の開催権料をJRPに納める必要があります。でも、今回はセパン側から開催権料がJRPへ納められていませんが、このレースではどうやって輸送費や運営費を賄うのですか?
 
中嶋 「経済的なことはお話しできません。我々だけではなくセパン側の事情もありますから」
 

――車両や機材の輸送費はすべてチーム側の負担ですか?
 
中嶋 「チームは、開催場所へ行って走ることが仕事です。当然、国内でもサーキットへはいつも行っているわけです。美祢は鈴鹿よりも遠いからという事情は勘案されませんよね。だから自己負担の部分はあります。JRPと契約してJRPの開催するレースにチームは出場するわけです」
 

――前の田中社長は、そうしたチームの輸送費もJRPが負担したいと言っていました。
 
中嶋 「それは当時の理想論でそうだったんじゃないですか?」
 

――以前、国内のあるサーキットに対しては、開催権料を求めないで開催を実現しようという提案がJRP内部でなされました。しかし、ほかのサーキットから猛反対があって潰れたと聞いています。今回、開催権料なしでもセパン開催を認めたのはどんな理由からですか?
 
野口 「反対があったとは、どういう反対があったんですか?」
 

――あるサーキットのみ、開催権料なしという提案に対してです。
 
野口 「払わないということではありません。多少、交渉における入れ違いは発生していたかも分かりませんが、向こうが払わないということではない。払い方というか割合が少し変わったということです。あるいは内容というか。通常はおっしゃるとおり、我々が開催権料をいただいて開催しますが、その割合が変わった。割合に変化があったにしろ、セパン開催は今後のためにもチームと我々がやろうということです」
 
中嶋 「決まった数字はあったかもしれませんけれど、我々はセパンを重要なポジションに置いています」
 

――2005年以降もセパン開催を目指していますか?
 
中嶋「はい。相手があることですけれど、今回の開催でセパンとしての事情もありますけれど、JRPとしては続けたい」
 
(取材・再構成:石井功次郎)


■2 『3代目:新体制発足半年後の野口社長&中嶋会長』

前文--新執行体制の発足から半年後の首脳陣
 
2004年夏から半年後、中嶋会長と野口社長にあらためてこの半年を振り返ってもらうためにインタビューの機会を用意してもらった。なお、インタビューでは2005年シーズンに向けた競技規則や車両規則の話題、2006年シーズンから導入される新型車両の話題にも触れられたが、あまりにも長くなるのでここでは端折ることをご了承いただきたい。
 

それぞれの分野がそれぞれに力を尽くそう

――スポーツランドSUGOでのインタビューから半年が経ちました。今後も発展的に現在のトロイカ体制で行けるという手応えを得られましたか?
 
野口 「当初より我々がそうした体制を取った目的というものもあり、おっしゃるとおりトロイカ体制という形になりますけれど、我々が最初から狙っていた目的に対してまったく外れていないと思います。いま、いちばん皆さんに訊かれるのは、フジテレビさんが退いて、やるのやならないの? と。石井さんも書いていましたが、間違いなくフジテレビさんは2005年もやっていただきます」
 

――こうしたほうがいいのでは? こうしたほうがよりよく動けるのでは? こうしたほうがビジネスできるのでは? という提案がチーム、サーキット、あるいはテレビ局から出てきましたか?
 
野口 「営業の部分を取り上げますと、ビジネスをどうやるかという部分はJRPだけで完結する仕事と、そこへ行く過程において一緒に、つまり大げさには言えませんが共同体のように、お互いのマンパワーを使ってきっちりとやっていこうというのはいままでもやってきたことなので、まったく変わっておりません。トップが代わったことで何かが変わったというわけでもない。いままでどおり、より確固たるものにするということです」
 

――2005年シーズンに関しては9戦開催ということが、昨年の早めに発表されました。ここに1戦追加される可能性もある、検討中であるという情報も頂戴しております。その1戦とは海外ですか? 国内ですか?
 
野口 「ご想像のとおりセパンです」
 

――日程的にはどのあたりに組み込むつもりですか?
 
野口 「全10戦のうち第8戦目、つまり9月くらいにあたる予定ですが、現段階ではセパン側とはいろいろな開催条件を含めたものを議論している最中で、明確な答えを用意できていません」
 

――機材の往復を考えると、日程的にはかなり厳しくありませんか? 9月にはGTが2戦開催されます。
 
野口 「去年のやり方でやっていたら苦しいと思います。でも、同じやり方にはしません」
 

――飛行機で運ぶと?
 
野口 「それしかないと思います。ただしこれは交渉ごとですので、はっきり決まったわけではない」
 

――開催戦数のほかにも、2005年シーズンにはどのくらいのチームとドライバー参戦するのかが気になります。2004年を踏まえて考えると、チームやドライバーが多いことが必ずしも面白いレースにつながるとも思えない。もちろん、昨年は近年稀に見る面白いシーズンでした。とはいえ、JRPとしてはどのくらいのチームとドライバーの数の参戦を見込んでいますか? 増えるのか? 減るのか? チームのエントリー締切は1月下旬に例年は設定していませんでしたか?
 
中嶋 「決め事として、チームのエントリーは1月の末です。もちろん、ドライバーは流動的ですし、今年の開幕は4月とエントリーから開幕までは日取りもあるので、2週間くらいの幅であやふやな動きを過去はしていました。いまのところの大枠としては昨年なみと想像しています。プラスマイナスで言うとプラスはあまり想像できないけど、マイナスはあるかも分からない。我々が想像した以上に世の中の経済が厳しそうというのは間違いない。ですからチーム数に関してはまだ確定していない」
 

――JRPやサーキットやテレビ局は、集客のために何かこれまでにないイベントを行いますか? もちろんプロモーションも含めてです。
 
中嶋 「もちろんサーキットやテレビ局の思惑もありますし、自分たちが持っているもの、つまりJRPといっても会社の代表が寄り集まったものですから、それぞれが持っているものについての部分はそれぞれがやりましょうと。それぞれの得意分野では趣向を凝らしてやろうと。ただ、具体的な話としては、じゃあテレビ局が夜7時から放送をするということはない」
 
野口 「いちばんは、イベントごとにきっちりお客さんを増やしていこうと。それがJRPの今年の大きな目標であり、それは先ほど会長が言ったように、それぞれの役割においてしっかりやりましょうと。JRPも、いままでとはひとつひとつやり方を考えて、お客さんがいかに各イベントへ来場いただけるかということに重きを置いた展開を2005年はするということだと思います。そして主催者は主催者で、きっちりイベントを受け入れたり、来ていただいたお客さんへのホスピタリティをきっちりやりましょうと。プロモーションも、JRPと主催者がきっちり連携したものをやろうと」
 

――現状は個々に任せると?
 
中嶋 「JRPが実際に動ける範囲は限られると思います。サーキットはお客さんが来れば利益になるし、チームはスポンサーが付けば利益になる。それらはJRPに何らかの影響を及ぼすものではない。当然フジテレビもいちばんビジネスである部分にもっと精力を注ぐ。それぞれがそうすることがいちばんいいんじゃないかと。サーキットも、これはJRPがやってくれるでしょう? と思っていた部分もあるだろうし。チームも、これはJRPがもっと助けるべきと言っていた部分もある。だけどそういうことではなくて、自分たちの分野はまず自分たちでしっかりやってくださいということで、そのためのお手伝いはJRPでやりましょうというのを基本的なスタンスとして考えて行きましょうということなんです。ただ、どの部分がどうとは具体的には説明しにくいですけれど、いいレースを見せる、いい戦いを見せることがまずはチームにできることだし、サーキットは舞台を整えることがいちばんの仕事で、お客さんをたくさん呼ぶことで利益を得るのはサーキット。だから、サーキットはJRPに頼らないで個々でもがんばってくださいとなる」
 
野口 「一緒になって何を最初にするべきか? 2004年は2003年に比べれば微増、微増というか前期並みの観客動員でしたから、やはり我々のやることはきっちりといいレースをお客さんに観ていただくことと、いいレースをどうやって皆さんにお伝えするかだと思います。そのための方法論はいろいろとあると思いますが、まずはそれぞれが持っている強みの部分をきっちりとやっていただく。当然、プロモーションではドライバーに協力していただきたいときは協力をいただきますし、それは一緒になってやっていきたい」
 

――ファンにとって切実なのは入場料の問題で、鈴鹿と茂木はほかよりも安い。ほかのサーキットも安くするとか、あるいは年間や複数戦をまとめて買うと安くなるというような手法はありませんか?
 
中嶋 「それをJRPが仕切るとなると、年間パスしかない。また、2戦分の料金で3戦分を観られるとなると、1戦分が偶然それが鈴鹿になってしまうと、鈴鹿が利益を得られないという問題が出る。やはり年間パスを購入していただいて、どこへいくつ行こうが5戦分の料金という方法しかJRPではできない」
 

――たしかに、サーキットへ入場料がいったん入ってしまったらそれまでですからね。開催権料は別として、入場料収入の一部がJRPへ渡されてそれをサーキットに再分配するわけでもないですしね。
 
中嶋 「ですよね。いまはJRPが開催権料をサーキットからいただいていますが、それを上回る努力はサーキットにも必要だし、もっといいレースを見せるのはチームにも必要だと思うんですよね。2005年はほぼ同じ日程でF3が併催となりますし、フォーミュラカー・レースの醍醐味を一日中観ていただけるようなイベントになってくると思います。でも、けっこうレースでいいことをやっていても、なかなかそれを世間へは広められない。サーキットへ来てくれたお客さんは納得してくれるけれど。外には知らせているんだけど知らんぷりされているのか? そのあたりの分析も必死でやってきたりはしている。テレビ局の仕事としてうまい露出の仕方については、浅見常務に検討してもらってはいる」
 

――深夜という放送時間はなかなか変えられないでしょうけれど、そのほかに5分でも3分でも、毎週番組が1回でもあればいいんですけど。
 
中嶋 「そういうことを含めて、努力していただいているつもりですけどね。まあ、なかなかね。スポーツにも野球はあるしゴルフはあるしサッカーはあるしという中で、自動車レースに時間を割いていただけるかというのは、卵が先か鶏か先かになる」
 

日本のトップフォーミュラカーレースのあり方

――IRLのように無線を公開するとか?
 
中嶋 「僕はある種、見える部分と見えない部分はあったほうがいいと考えるタイプの人間ですから、全部見せたら次は何? と。そうなったらあとは裸踊りしかないとなってしまう。古い人間だと言われるけど、まだまだ見えないものへの憧れがあると思うんですよ。100%公開しても、それを聴いて喜ばれるとは限らない。公開しないで、それを聴かないことでいい想像をされている方もいるかも知れない。聴いてがっかりという人もいないわけじゃない。そこまで行く前に、今日もIT関連の人と会って話していたんだけど、もっとやれることがあると思う。鈴鹿でも茂木でも、場内アナウンスはあっても聴こえない場所もある。だから場内アナウンス、それはピットFMでもいいけれど、流行っている携帯電話でもいいし、情報をもっと出してあげられれば、そういうサービスはやってもいいと思うよ。観ている人はつまらないもの」
 
野口 「お客さんにどうやって情報を提供できるかですよね」
 
中嶋 「さっき言ったチームとドライバーの会話の情報じゃなくて順位。なぜそこが緊迫しているかは観客席に居ると分からないこともある」
 
野口 「観戦七つ道具みたいのがあればいいね。モニターとラップタイミングなどが表示できれば」
 
中嶋 「あればいい。高くつきそうだけど。だけどそういうサービスを導入するほうが先決かもしれない。たとえば鈴鹿などの監視カメラ、あれを携帯のサービスで観られるようにするとか。ヘアピンばかり観たい人はそれで観る。オーロラビジョンばかり観るんじゃなくてね。それを8耐ではやったんですよ。テレビ画像とは別にあの画像を観たい人は観る」
 
野口 「ピットライブTVとかは茂木でやっていますけどね」
 

――ノートパソコンを持っていくのはかなりのヘビーユーザーで、やはりインターフェイスは携帯ですね。
 
野口 「お客さんがいろいろ選べるといいよね」
 
中嶋 「そういう方法をやっていったほうがいいだろうね。たとえば鈴鹿のS字へ行ったらほかのことが分からなくなっちゃう。スタンドの前に居ればオーロラビジョンが見えたりするけど、ほかの場所に行くと分からなくなる。F1ですら、ほかの場所に行くとわけが分からなくなるということだった。ただね、その内容が分からなくても、あの音を聴いてクルマが走っていくのを観ればそれで満足という人も居る。僕自身もそうだったし、それで気が済んだ。もちろん、お客さんにはもっと情報を与えられればいい。でも、今日の明日というわけにはいかない。たくさんお客さんが居ればそれで済んじゃうというレースもある。GTなんかそうでしょう。ピット裏が歩けないほど混雑していてそれで済んじゃう。それで音が聴こえれば満足という人も居る。でも、僕は本物のレースにしたい。ドライバーとチームが本当に戦ってというのが感動だと思っているから、そういうレースを塊でお客さんに見せる。まあ、そういうことに感動する人が少なくなっているのかもしれないけどね。手軽に何でもいろいろあったほうがいいという時代かも知れないけど、フォーミュラカー・レースのあり方とは違うと思う。もうちょっと自動車レースの真髄を追求してみたい。ただ、そうしたら昔みたいに35周してヨーイドンで終わっちゃえばいいと言われるかも知れないけど、それだけじゃいけない時代だと思ったから、少しはある種のチームの作戦も含めて、タイヤや燃料や距離など、いろんなもので変化の可能性を与えようかと。本当は自然現象がいちばん素晴らしいけどね」
 

――世界的にはF1直下のカテゴリーとして、GP2やフォーミュラ・スーパーファンド、ワールドシリーズバイルノー、A1GPなどがあってそれは旧F3000にあたります。いずれも道具はワンメイク。そのうえで、あとはドライバーやチームにお任せしている。そうした流れとFNは少し異なるようにも見える。アメリカのIRLに似ていなくもない。現在の海外の状況をどのように感じていますか?
 
中嶋 「ヨーロッパの中でF1があっちこっちでやっていて、そのステップとしてそうしたカテゴリーはつながりがある感じですよね。でも、FNやアメリカは一国でシリーズが完成している。アメリカと日本以外、ほかに完成している国なんてないですよね。ヨーロッパのF3000も、ヨーロッパのエリアでやっていたのにああいうふうになった。それを考えるとちょっと違うだろうなという気がする。アメリカも、成功不成功は別にしてあの範囲でやっている。日本もどちらかというとアメリカと似た形が現実にあるわけだし、ひとつの独特な考え方があってもいいんじゃないかと思います。ただ、事の始まりをもっと昔に遡れば、F1、F2、F3とあって、日本は偶然F2という場所から下のカテゴリーをやってきたわけだから、そのつながりとしてF3000になった。だけどいまの状況を考えると、いまヨーロッパなどでやっているように、必ずしもドライバーを選別しちゃうカテゴリーではなくてもいいだろうと。アメリカも年寄りが走っているしね。つまりGP2であれほかのカテゴリーであれ、3年4年とそこに居る人を想定したカテゴリーじゃないと思う。でも、日本の場合は地理的なものも含めて、そういう人が居てもいいカテゴリーでなければ成立しないだろうと半分思います。といって、そこでスーパーマンが出てきたらあっちのほうに送ってやりたいよなという思いも半分ある。自動車レースは日本で始まったものじゃないから、先生は向こうに居ると思っていますよ。日本が先生じゃなくて先生はヨーロッパにあると思うけど、日本なりのアレンジをすべきだろうし、必ずしもあちらと同じことにこだわることもないだろうという気はします。大雑把なルールは別ですよ。レースとして、イベントとしてやっていくのであれば、多少は日本的なものもあってもいいだろうと思っています。でも、どんなカテゴリーであってもスーパーマンが出てきたらF1へ行ってもいい。ただ、FNに2年居たら早くいなくなれよとは言えないよね。それに一国でFNもGTもF3もこなしている国というのは、ほかにはアメリカくらいでしょう。やはりここはここなりのアレンジをすべきだと。一国のイベントであるという何かを残しておきたい。たとえばあちらと同じようにGP2でドライバーを選別してどうなっちゃうの? ということでもありますよ。本当にいろいろですよ。いろいろなことを考えてやらないといけないことはたしかであって、僕は自動車レースが好きな人間ですから、機械を組み立てて、ドライバーが真剣な顔をしてというのはいいですよね」
 

――そういえば新装なる富士スピードウェイも2005年の目玉でしょう?
 
中嶋 「新しいサーキットの集客力もあるでしょうし」
 
野口 「ツインリンクもてぎも、改修に関してプランはあります」
 
中嶋 「サーキットもやらせてあげているというのではなくて、お客さんに楽しんでもらえるようにして欲しい。JRPの役員としては富士も菅生も来ているけど、よそにないサービスを競っていただければいいと思う。JRPというのはそういったことの会話の場でもあると思う。7月に就いていろんなことをやってきたけど、外の人が変化を見えるのはこれからだと思うよ。まず身内から」
 
野口 「富士や菅生から役員が入ってから、意思決定は速くなりましたよ」
 
中嶋 「いままではそれに胡坐をかいていた部分はあるよね。誰かがやってくれるんだろうと。最初言ったように、JRPはそれぞれの持ち場を見直してもらうための会社でもある。今年で10年目か?」
 
野口 「10年目の記念イベントも組みます」
中嶋 「それを9月あたり、たとえばセパン大会がなければやるとかね」
 

――そういえば昨年9月のセパン大会の賞金は半額でしたが、追加の賞金増額はどうなりました?
 
中嶋 「残念ながら半額のままです。終わって計算したら余りませんでした。それもドライバーあってのチームだし、チームあってのドライバーだから、それぞれの立場で理解しなきゃいけないこともあるでしょう」

(取材・再構成:石井功次郎)