経緯

おねがい

このホームページにおける「ウルトラセブン12話欠番問題」に関する著述は、当該問題について正確な記録を残すこと、理想的な形で の「ウルトラセブン12話」の復権を促すことを目的として、可能な限り公正で客観的な記述を心掛けております。

しかしながら、本意に反して関係各方面の方々にご迷惑をおかけすることがあるかもしれません。不正確不適切な記述等がございました ら、ご遠慮なくご一報下さい。

また、当ホームページに掲載している各種著述・資料を読まれる方は上記の主旨を十分にご理解頂き常識的なご判断をお願い致します。 具体的な行動を起されるにあたってはご自身の責任においてなされます様、またくれぐれも性急な結論による行動で特定の個人・団体にご迷惑のかかる行為はお 慎み下さいます様、お願い申し上げます。

12話会

「ひばく怪獣」事件起こる

昭和45年(1970)10月4日、ドキュメンタリー作家中島竜美氏は、中学生になる長女から何気ない日常の会 話の中である事実を聞かされた。

「このひばく星人の“ひばく”という言葉は、被爆者の被爆以外には考えられないよね」。弟の持つ小学館の学年別学習雑誌「小学二年生」11月号の中 に「ひばくせい人」の文字を発見し、それに違和感を覚えたというのである。これは「小学二年生」本誌に 口絵附録として綴じ込まれた「かいじゅうけっせんカード」全45枚の内の一枚の事で、表は怪獣のカラー写真と遊技用のジャンケンのイラスト、裏はその解説 が書かれており、「スペル星人・ひばくせい人・(おもさ百キロ〜一まんとん)目からあやしい光を出す。」とある。

中島氏はそれを知って即座に小学館に抗議の手紙を書いた。「ひばくせい人」が明らかに被爆者をベースに作られたとしか考えられない事、社会的分別の ない児童に誤った認識を刷り込む危険性があること、そしてそれらが戦後25年(当時)で培った反戦平和教育に対するあからさまな挑戦と受け止めたことによ る。

中島氏は当時東京都原爆被害者団体協議会(別名:東友会)の専門委員であった為、東友会にもこの事を報告。そし て中島氏も参加している『原爆文献を読む会』という一般市民の勉強会と共に正式に抗議書を提出する事を検討し、10月 6日『原爆文献を読む会』有志としても小学館に同じく抗議の書面を送付する。

10月10日になって朝日新聞朝刊が出し抜けにこの「ひばく怪獣問題」を報道した。〜これは中島氏自身も予期せぬ事ではあった。〜続く13日「毎日 新聞」「サンケイ新聞」15日「読売新聞」「赤旗」が同事件を報道。これらによりこの問題が全国化する事となる。

このことが、現在に至る長い12話欠番の歴史の発端となった。

各団体立ち上がる

以後、まるで功名を争うがごとく次から次へと各地の被爆者擁護団体が抗議行動に立ち上がっていく。広島県原爆被害者団体協議会は秋田書店「写真で見 る世界シリーズ・怪獣ウルトラ図鑑」にも「被爆星人スペル星人」の掲載があることを発見。同様の児童向け出版物が広く流布している事と、それらに資料提供 をしているテレビ映画の制作会社円谷プロが「ウルトラセブン 遊星より愛をこめて」を作ったのは実に三年も前の事で、既に各地で再三リピートされていた事 実を知るに及び、ますます見逃せにできない事態との認識を深める。結果、広島県被団協と長崎県被団協は小学館、円谷プロ、秋田書店に対して抗議する事を決 定した。先述の東友会も小学館、円谷プロに対してのみの抗議だけであったが、『原爆文献を読む会』だけが前述三社の他に黒崎出版、サン企 画、講談社、エルムなどの複数の出版社を相手として徹底的な批判活動を行なった。

書面による抗議ばかりではなく、直接行動も行なわれた。10月14日には原水爆禁止日本協議会(略称:原水協、共産党系)被爆者対策部の石井森太郎 と 斉藤義雄両代表理事が小学館に直接抗議に出向いた。小学館側は原田取締役ら三氏と円谷プロからは末安正博課長が対応した。10月20日には原水爆禁止日本 国民会議 (略称:原水禁、旧総評・旧社会党系)の森滝市郎氏と長崎県の被爆者代表による援護法制定行脚団が小学館と秋田書店に直接抗議行動に出る。

当時、抗議を行った団体は資料で確認できるところだけで以下の通りである。

*東友会 =東京都原爆被害者団体協議会(略称:東京都被団協)
*原爆文献を読む会(現在は解散)
*日本原水爆被害者団体協議会(略称:日本被団協)
*広島県原爆被害者団体協議会(略称:広島県被団協)
*広島県原爆被爆教師の会
*広島県高等学校被爆教職員の会
*長崎県原爆被爆者団体協議会(略称:長崎県被団協)
*原水爆禁止日本協議会(略称:原水協)被爆者対策部
*原水爆禁止日本国民会議(略称:原水禁)

 この他にも、記録にはないが中小の団体が抗議をしたらしい。また、新聞社には全国から批判に共鳴する投書が殺到した。

出版社への抗議と回答

抗議団体の先鋒としてもっとも急進的な存在であった「原爆文献を読む会」有志は小学館への直接行動を行った。(記録文中の発言より11月の事と思わ れる。) 

出席者は

【抗議団体側】
*井上澄夫(原爆文献を読む会 有志)
*鵜沼礼子(同)
*木野礼子(同)
*高橋尋子(同)
*西岡健治(同)
*松本 健(同)
*中島竜美(同・及び東友会専門委員)
*伊東 壮(東友会事務局長 オブザーバー参加)
【小学館側】
*井川 浩(学年誌編集部副部長)
*市川(未就学編集部部長)
*岩淵(未就学編集部副部長)
*宇野(未就学編集部次長)
*畠山洸一郎(学年誌編集部次長)
*原田美房(第一編集部部長)

この話し合いは終始抗議側の圧倒的な攻勢で、小学館における「無過失の責任」「店頭に出回った当該誌の回収を怠った件」「反核平和特集記事の掲載」 等が熱く論議されたが、小学館からは正式な文書による回答の確約をとるには至らなかった。

また12月2日、日本被団協の一団は国会、政党への陳情活動の合間を縫って、小学館に対して抗議行動を行った。抗議団体側は伊東日本被団協 事務局長(東友会と兼任)、檜垣代表委員ら各地の代表13名、小学館側は市川部長、原田編集部長が出席。抗議の趣旨は(1)11月号の回 収、(2)社会的責任として新聞紙上に社告を載せよ、(3)教育的責任として正しい見地の原爆特集の要望であり、回答は(1)すで に回収不能、(2)社内で検討、(3)2月号で社告、3月号で特集を組むとなった。翌71年、小学館は約束通り、「小学二年生」2月号と「小 学三年生」4月号に特集として今西祐行作『ゆみ子とつばめのおはか』を掲載した。この事をもって小学館としては一応の落着となった。

その他の各出版者の対応はまちまちで、回収の努力を約束したところ、取次制度の複雑さを理由に回収を拒むところなど様々であった。「被爆星人スペル 星人」の問題性に関しては、「『被爆者の方々を怪獣扱い』したというより、むしろ原水爆否定の立場で制作」(秋田書店)と作品を擁護しながらも、制作を担 当したのは出版社ではなく、円谷プロより資料の提供を受けただけと、編集自体の責任を回避を図る弁明が多く見られた。

円谷プロの回答

一方、10月10日朝日新聞紙上で、21日書簡に応えてと、比較的早い時期に回答した円谷プロは制作意図に差別感情はなかったものの、その問題性は 全面的に認め、最終的には再放映、出版物等への資料提供を差し控えるという自主的な措置をとった。その方針が今日まで続いている事態がす なわち「欠番」という状況である。したがってこの件に関してはあくまで自主規制であって、裁判に敗れたであるとか、「誓約書」「念書」 等の文書の取りかわしを行なったわけではない。

小学館は「社告」と「反核企画」の掲載で、円谷プロは資料提供の差控えということでこの問題は一応の決着をみた。しかしその後約束に反し71年4月 8日「ウルトラファイト」で「遊星の悪魔スペル星人」が放映されてしまうという不手際があり、円谷プロを相手として瞬間的に抗議運動が再燃するという椿事 が起きている。

以上が一連の「ひばく怪獣事件」の事実経過である。

著作:橿原書蔵(柿衛門改め)

※文中、敬称略

『1/49計画 ウルトラセブン12話大全集』所収記事(02/8/11)を改稿

※禁転載


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